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第1話
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薄暗い中の道なき道を、二人は手に手を取って走り続ける。
背丈が腰ほどある草を分けて進む。さすがに走りにくいが、一刻も早くここを抜けなければならなかった。もたもたしている時間は無かった。
「もう少し、もう少しで国境を越える」
青年は、先程足に怪我を負っていた。それでも彼女が走りやすいように草を分け、先導していく。
「頑張れ、明かりが見えてきた。あと少しだ」
青年は解っていた。彼女の視線の先にあるものは自分と同じであると。必死になっている自分を理解してくれている。
「そこで何をしている!」
真っ直ぐ前だけを見て走る二人に、着ている服装からして兵らしき者が声を掛ける。
それに気づいた青年が咄嗟に、彼女を庇うように背に隠し、身を低くして構える。走り続けた二人の息は上がったままで、額には汗が滲んでいる。
兵らしき者達はどうやら数人居る様だが、薄暗いからか正確な人数は解らなかった。
「そのまま動くな」
「ここはサマリオの領土だ。このような城の裏で勝手にされては困る。一緒に城まで同行してもらおう。もちろん身分を証明出来るだろうな」
真横からの接近だからか、あっという間に取り押さえられてしまっていた。それに加えて、走り続けた二人には抵抗する力は無かった。
完全なる不審者であっただろう二人だが、兵らしき者達は手荒には扱わずにいてくれたのが救いだった。
◆◇◆◇
サマリオの城に連れて来られた二人は、少し拍子抜けしていた。二人の目的地としては合っているのだが、こんなに簡単に身分を認められるとは思ってなかったのだ。おまけに足の傷の手当も丁寧にしてもらった。衣服の汚れも酷く汚れてはいなかったが、叩いて落としてくれた。このまま座るには忍びない様な綺麗なソファに座るように促されて、恐る恐る二人で座った。
「いいのだろうか…こんな所に座っていても」
青年は部屋の中を見回し、思わず身を縮めた。とても明るい空間で、調度類も色彩としては薄目であるからか全体的に部屋の中が明るく感じられる。なんだか見透かされていそうで、居心地は良さそうなのに今の自分達にはとても穏やかに座っていられる場所ではなかった。
「なんだか、逆に落ち着かない気もします」
彼女も、青年と同様にソファの上で小さく座っていた。
応接間らしき所で待てと言われたのである。予想としては、もっと複雑に事が進むと考えていたので、それなりの覚悟も二人にはあったのだが、こんなにあっさりと城の内部に通されるとは思いもしなかった。
「安心させておいて…って事じゃないよな」
難しい顔をして青年が呟く。
「そんな事、致しませんよ」
後ろからの穏やかな笑い声に思わず驚いて、二人は振り返った。この部屋に入ってくるのに音が聞こえなかった。それほどまでにこちらが緊張していたのもあるのかも知れないが。
二人は立ち上がり、対面する形で一礼をした。
話しかけてくれた小柄な女性は、同じ年くらいのようだった。
どこにでも居るかのような女性。失礼なのかも知れないが、特別美人という訳ではないが存在感が圧倒的だった。栗色の少しウェーブがかった髪が顔立ちに似合って、思わず見入ってしまった。
「私はこのサマリオ国の第一王女、リフィリアと申します。お二人の事はすでに連絡を受けていますのでご安心を。まずは、ええと…」
王女の視線は青年に向いていた。それに気づいた青年が答えた。
「王女様でしたか、大変失礼致しました。私はカルガシスと申します。隣国のシリリアの出身です」
「私は、エリシアと申します。隣国シリリアの第一王女です」
エリシアもはっきりとした声音で答えた。
「隣国だというのに初めてお会い致しますね。先程、我が国王がエリシア様の華紋を拝見致しました」
リフィリアは二人に笑顔で返答した。
「それにしても何故あんな所に?城の裏側と聞きました。…まさか、かけおちとかでサマリオに?」
あまりにも単刀直入に言う王女にカルガシスは面食らった。確かに街道ではなく、ひと目につかない裏山沿いを男女が駆け抜けているとなれば、そう思ってしまうのも仕方がないのかも知れないけど。
「いえ違います。書簡が届いていると思いますが、それには何も書かれていませんでしたか、理由とか」
カルガシスは不振な面持ちでリフィリアに尋ねた。
「いいえ?特に何も…、お二人がいらっしゃるとしか」
「えっ」
「まぁ」
エリシアは苦笑していた。
カルガシスはため息を吐いた。重要な事は自分で説明しろ、という事だろう。確かに書面で説明するにはなかなかに難解ではあったかも知れない。直接本人が口にした方が話の理解は早いだろう。
「我が国にいらしたには、何か理由があるのでしょう?駆け落ちではない様ですし、まさか観光ではないですよね?」
城の裏側からでしたものね、とリフィリアが真剣な表情で尋ねる。
それもそうだ。観光でなら裏からは入らない。何かある、と思ってもらえただけでも有難いのかも知れない。
「こちらに来させて頂いた理由ですが、リフィリア姫にはもちろん、国王陛下にも一緒に聞いて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
カルガシスはリフィリアに尋ねた。エリシアも真剣な面持ちをしている。
二人の雰囲気にただならぬ気配を感じ、リフィリアも気を引き締めた。
「もちろん、そうさせて頂きます。国王と私の兄、第一王子のユキリシスも同席させて頂きます」
リフィリアの返答の声が少し低く発せられた。
背丈が腰ほどある草を分けて進む。さすがに走りにくいが、一刻も早くここを抜けなければならなかった。もたもたしている時間は無かった。
「もう少し、もう少しで国境を越える」
青年は、先程足に怪我を負っていた。それでも彼女が走りやすいように草を分け、先導していく。
「頑張れ、明かりが見えてきた。あと少しだ」
青年は解っていた。彼女の視線の先にあるものは自分と同じであると。必死になっている自分を理解してくれている。
「そこで何をしている!」
真っ直ぐ前だけを見て走る二人に、着ている服装からして兵らしき者が声を掛ける。
それに気づいた青年が咄嗟に、彼女を庇うように背に隠し、身を低くして構える。走り続けた二人の息は上がったままで、額には汗が滲んでいる。
兵らしき者達はどうやら数人居る様だが、薄暗いからか正確な人数は解らなかった。
「そのまま動くな」
「ここはサマリオの領土だ。このような城の裏で勝手にされては困る。一緒に城まで同行してもらおう。もちろん身分を証明出来るだろうな」
真横からの接近だからか、あっという間に取り押さえられてしまっていた。それに加えて、走り続けた二人には抵抗する力は無かった。
完全なる不審者であっただろう二人だが、兵らしき者達は手荒には扱わずにいてくれたのが救いだった。
◆◇◆◇
サマリオの城に連れて来られた二人は、少し拍子抜けしていた。二人の目的地としては合っているのだが、こんなに簡単に身分を認められるとは思ってなかったのだ。おまけに足の傷の手当も丁寧にしてもらった。衣服の汚れも酷く汚れてはいなかったが、叩いて落としてくれた。このまま座るには忍びない様な綺麗なソファに座るように促されて、恐る恐る二人で座った。
「いいのだろうか…こんな所に座っていても」
青年は部屋の中を見回し、思わず身を縮めた。とても明るい空間で、調度類も色彩としては薄目であるからか全体的に部屋の中が明るく感じられる。なんだか見透かされていそうで、居心地は良さそうなのに今の自分達にはとても穏やかに座っていられる場所ではなかった。
「なんだか、逆に落ち着かない気もします」
彼女も、青年と同様にソファの上で小さく座っていた。
応接間らしき所で待てと言われたのである。予想としては、もっと複雑に事が進むと考えていたので、それなりの覚悟も二人にはあったのだが、こんなにあっさりと城の内部に通されるとは思いもしなかった。
「安心させておいて…って事じゃないよな」
難しい顔をして青年が呟く。
「そんな事、致しませんよ」
後ろからの穏やかな笑い声に思わず驚いて、二人は振り返った。この部屋に入ってくるのに音が聞こえなかった。それほどまでにこちらが緊張していたのもあるのかも知れないが。
二人は立ち上がり、対面する形で一礼をした。
話しかけてくれた小柄な女性は、同じ年くらいのようだった。
どこにでも居るかのような女性。失礼なのかも知れないが、特別美人という訳ではないが存在感が圧倒的だった。栗色の少しウェーブがかった髪が顔立ちに似合って、思わず見入ってしまった。
「私はこのサマリオ国の第一王女、リフィリアと申します。お二人の事はすでに連絡を受けていますのでご安心を。まずは、ええと…」
王女の視線は青年に向いていた。それに気づいた青年が答えた。
「王女様でしたか、大変失礼致しました。私はカルガシスと申します。隣国のシリリアの出身です」
「私は、エリシアと申します。隣国シリリアの第一王女です」
エリシアもはっきりとした声音で答えた。
「隣国だというのに初めてお会い致しますね。先程、我が国王がエリシア様の華紋を拝見致しました」
リフィリアは二人に笑顔で返答した。
「それにしても何故あんな所に?城の裏側と聞きました。…まさか、かけおちとかでサマリオに?」
あまりにも単刀直入に言う王女にカルガシスは面食らった。確かに街道ではなく、ひと目につかない裏山沿いを男女が駆け抜けているとなれば、そう思ってしまうのも仕方がないのかも知れないけど。
「いえ違います。書簡が届いていると思いますが、それには何も書かれていませんでしたか、理由とか」
カルガシスは不振な面持ちでリフィリアに尋ねた。
「いいえ?特に何も…、お二人がいらっしゃるとしか」
「えっ」
「まぁ」
エリシアは苦笑していた。
カルガシスはため息を吐いた。重要な事は自分で説明しろ、という事だろう。確かに書面で説明するにはなかなかに難解ではあったかも知れない。直接本人が口にした方が話の理解は早いだろう。
「我が国にいらしたには、何か理由があるのでしょう?駆け落ちではない様ですし、まさか観光ではないですよね?」
城の裏側からでしたものね、とリフィリアが真剣な表情で尋ねる。
それもそうだ。観光でなら裏からは入らない。何かある、と思ってもらえただけでも有難いのかも知れない。
「こちらに来させて頂いた理由ですが、リフィリア姫にはもちろん、国王陛下にも一緒に聞いて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
カルガシスはリフィリアに尋ねた。エリシアも真剣な面持ちをしている。
二人の雰囲気にただならぬ気配を感じ、リフィリアも気を引き締めた。
「もちろん、そうさせて頂きます。国王と私の兄、第一王子のユキリシスも同席させて頂きます」
リフィリアの返答の声が少し低く発せられた。
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