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第12話
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話したいと思い立ったその日、急な来客、そこそこな量のサインが必要な書類が届く、屋敷の近くで馬車の車輪が外れ困っているという情報が入る…などの、今日でなくてはならなかったのか、という状況だった。
普段は割と穏やかな状態なので、ここまで忙しく思う日が来るとは思わなかった。何故、今日なのか。
フィリオスの中に焦りが沸いてくる。確かに話したいとは思ったが、シェリルの都合もある。今日でなくていいとも思っていた。だけども、出来れば今日話しがしたかった。
立て続けに時間が作れない状況に陥った為、ファルマに頼んでいたリーナにシェリルの予定を尋ねて貰うのは保留にした。もしシェリルに時間が取れる様であっても、フィリオスが対応出来るかどうか不安があったからだ。
「はぁ…自覚した途端にこれとは。話をするな、という暗示だろうか…」
いやいや、と否定し頭を軽く振る。
今の今まで忙しかったのだが、空き時間が出来、執務室のソファに座り込む。
「シェリルは何をしているだろうか…」
誰も居ない空間に、ぽそりと独り言を呟く。彼女の名前を呟いただけでも心が満たされるのだから、不思議なものだ。
何も進展はしていないのに、自分の心がどうしたいかはっきりした為、妙な不安感はなかった。あとはどれだけ自分が真摯な気持ちでいるかを伝えるだけだ。
どのくらいソファに深く座り込んで思い耽っていただろうか。執務室の扉がノックされた音で、意識が全て扉に向いた。
「ファルマでございます」
「入れ」
ファルマが静かに扉を開けて入ってきた。
「フィリオス様、シェリル様の様子ですが、リーナから図書室利用の申し出があり確認したところ、午後からは図書室の方で刺繍をしていらっしゃるそうです。自室にはいらっしゃらないそうですので、お伝えしておきます」
「図書室?また何故そんなところで?」
「はい、リーナからの報告では、図書室の図鑑を見ながら刺繍をしたいというシェリル様の希望があった様です」
「…そうか、解った。俺の方はあと少しだけ急ぎのサインがあるから、それを片してから図書室の方に行ってみる。ありがとう、ファルマ」
また何かありましたらお申しつけください、とファルマが早々に執務室を出て行った。いつもなら、部屋内を少し片づけ、お茶の用意をしてくれていただろうけども。
今日は早めにこの部屋を出てフィリオスの邪魔をしない様に気を配ってくれた様に思う。
そう気をまわしてくれたファルマに感謝しつつ、執務机に座り書類を片付けていった。
「よし、終わりが見えた。あとは夜に残りをすれば大丈夫だろう」
時間は限られている。早くシェリルの元へ行きたかった。
執務室を出て、図書室へ向かう為に廊下を急ぎ足で進む。シェリルに会いたい。話したい、声を聞きたい。
図書室の扉を遠慮がちにノックした。刺繍の邪魔をしたくなかったから。
だが、中から返答はなかった。不思議に思い、シェリルの自室ではないからそっと扉を開けてみる。
すると、シェリルは部屋のテーブルに突っ伏していた。
「シェリル!?」
慌てて部屋に入り近づく。顔を覗き込む前に、ふと、足が止まった。
シェリルは、穏やかな呼吸をしていた。うたた寝の様だ。
「…良かった。体調不良ではないようだな」
ほっ、と胸を撫で下ろしたが、そこでふるりとシェリルの肩が震えた。
季節柄もあり、今のこの部屋は少し肌寒い。ふむ、とひと考えし、フィリオスは図書室を出て自室へ向かった。
部屋の中からブランケットを掴み、また図書室へと向かう。
図書室の中で眠り続けているシェリルの肩に、今持ってきたブランケットをそっと掛けてやる。
肩に乗る重みで気付くかと思ったが、シェリルはそのまま眠り続けていた。
その隣の椅子に、フィリオスは座った。
横に、今までで一番近い距離にシェリルが居る。
正確に言えば『あの日』に、泣き叫ぶシェリルを宿から連れ出す時、馬車に乗りシェリルの家に向かう時に抱き上げて膝の上に座らせていた。泣き叫ぶ彼女の傍から離れられなかったからだが。
だが今は、あの時の様な取り乱した彼女を宥める為ではなくて。
きちんと自分の感情を認識している状態で、彼女に一番近い所に居る。
素直に、嬉しいと今感じている。
隣で眠るシェリルの顔が穏やかで、心の底から安堵する。彼女の睫毛が陽の光を浴びて金色に光っていて、白い頬がうっすらと桃色に染まっている。つややかな唇が薄く開いていて目が離せない。
あぁ、シェリル。本当はライアスが君を紹介してくれた時から、君のその可愛らしい姿に一瞬で心を奪われたんだ。
だけど、ライアスが幼馴染の君と婚約したと、嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑顔で紹介してくれたから。
心奪われたけども、自分の中で否定したんだ。
そして、そういう幸せを手に入れたライアスが羨ましくて、自分にもそういう存在が欲しくて。
大切に出来る存在が、自分の傍に居てくれたらと思い始めたんだ。
偶然にも、紹介を受けてからすぐ後に、俺の元に舞い込んできた婚約者アリシア。
アリシアを、ライアスがシェリルを大切に、愛おしく思っている様に。俺もそう出来たらと。
だから、出来る限りアリシアに思いを寄せた。大切にする、と。
なかなか、愛している、という感情にならなかったけども、俺なりに。
ライアスが、俺に君を託そうとした時、どれほど胸が高鳴ったか。
だが俺にはアリシアが居た。結局、俺の独断で、話し合いも一方的で終わらせて。たくさんアリシアを泣かせて。
大切にしようと心に決めていたから、彼女の気持ちや涙は心を抉られた。
追い込ませた自分に辟易した。身勝手なのは重々承知している。
あの時は、そんな思いの方が大きかったから気分が落ち込み、未練がましくなった。自分で決断したのに。
シェリルが幸せになれる様に協力したかったが為に、アリシアの幸せを壊してしまった。
シェリルが俺を選ぶ事はないと確信していたから、アリシアとの棄てた未来に、あの時縋ってしまったから。
涙が流れた。
納得して決断した、償いだったのに。
だけど今、シェリルの感情の変化が読み取れるから。自惚れかも知れない。でも、少しでも俺を想ってくれているなら。
そう見せない様に、しているなら。
頬を染めて少し俯きながら見せてくれる笑顔が、感情を乗せていないというのならば。俺のただの思い上がりだっただけだ。
それを確かめたい。シェリルの本心を、隠している想いを知りたい。
「…シェリル、話しをしよう?」
今だ眠る彼女に、小さな小さな声で語りかける。
柔らかな髪の毛にそっと触れて、頭を撫でてやりたい。
だけど、今はまだ触れない。
彼女と話しをしてからではないと。
「早く、目を覚まして…」
小さく語り掛けるフィリオスの表情は、少し困った顔をしているが嬉しそうに笑っていた。
普段は割と穏やかな状態なので、ここまで忙しく思う日が来るとは思わなかった。何故、今日なのか。
フィリオスの中に焦りが沸いてくる。確かに話したいとは思ったが、シェリルの都合もある。今日でなくていいとも思っていた。だけども、出来れば今日話しがしたかった。
立て続けに時間が作れない状況に陥った為、ファルマに頼んでいたリーナにシェリルの予定を尋ねて貰うのは保留にした。もしシェリルに時間が取れる様であっても、フィリオスが対応出来るかどうか不安があったからだ。
「はぁ…自覚した途端にこれとは。話をするな、という暗示だろうか…」
いやいや、と否定し頭を軽く振る。
今の今まで忙しかったのだが、空き時間が出来、執務室のソファに座り込む。
「シェリルは何をしているだろうか…」
誰も居ない空間に、ぽそりと独り言を呟く。彼女の名前を呟いただけでも心が満たされるのだから、不思議なものだ。
何も進展はしていないのに、自分の心がどうしたいかはっきりした為、妙な不安感はなかった。あとはどれだけ自分が真摯な気持ちでいるかを伝えるだけだ。
どのくらいソファに深く座り込んで思い耽っていただろうか。執務室の扉がノックされた音で、意識が全て扉に向いた。
「ファルマでございます」
「入れ」
ファルマが静かに扉を開けて入ってきた。
「フィリオス様、シェリル様の様子ですが、リーナから図書室利用の申し出があり確認したところ、午後からは図書室の方で刺繍をしていらっしゃるそうです。自室にはいらっしゃらないそうですので、お伝えしておきます」
「図書室?また何故そんなところで?」
「はい、リーナからの報告では、図書室の図鑑を見ながら刺繍をしたいというシェリル様の希望があった様です」
「…そうか、解った。俺の方はあと少しだけ急ぎのサインがあるから、それを片してから図書室の方に行ってみる。ありがとう、ファルマ」
また何かありましたらお申しつけください、とファルマが早々に執務室を出て行った。いつもなら、部屋内を少し片づけ、お茶の用意をしてくれていただろうけども。
今日は早めにこの部屋を出てフィリオスの邪魔をしない様に気を配ってくれた様に思う。
そう気をまわしてくれたファルマに感謝しつつ、執務机に座り書類を片付けていった。
「よし、終わりが見えた。あとは夜に残りをすれば大丈夫だろう」
時間は限られている。早くシェリルの元へ行きたかった。
執務室を出て、図書室へ向かう為に廊下を急ぎ足で進む。シェリルに会いたい。話したい、声を聞きたい。
図書室の扉を遠慮がちにノックした。刺繍の邪魔をしたくなかったから。
だが、中から返答はなかった。不思議に思い、シェリルの自室ではないからそっと扉を開けてみる。
すると、シェリルは部屋のテーブルに突っ伏していた。
「シェリル!?」
慌てて部屋に入り近づく。顔を覗き込む前に、ふと、足が止まった。
シェリルは、穏やかな呼吸をしていた。うたた寝の様だ。
「…良かった。体調不良ではないようだな」
ほっ、と胸を撫で下ろしたが、そこでふるりとシェリルの肩が震えた。
季節柄もあり、今のこの部屋は少し肌寒い。ふむ、とひと考えし、フィリオスは図書室を出て自室へ向かった。
部屋の中からブランケットを掴み、また図書室へと向かう。
図書室の中で眠り続けているシェリルの肩に、今持ってきたブランケットをそっと掛けてやる。
肩に乗る重みで気付くかと思ったが、シェリルはそのまま眠り続けていた。
その隣の椅子に、フィリオスは座った。
横に、今までで一番近い距離にシェリルが居る。
正確に言えば『あの日』に、泣き叫ぶシェリルを宿から連れ出す時、馬車に乗りシェリルの家に向かう時に抱き上げて膝の上に座らせていた。泣き叫ぶ彼女の傍から離れられなかったからだが。
だが今は、あの時の様な取り乱した彼女を宥める為ではなくて。
きちんと自分の感情を認識している状態で、彼女に一番近い所に居る。
素直に、嬉しいと今感じている。
隣で眠るシェリルの顔が穏やかで、心の底から安堵する。彼女の睫毛が陽の光を浴びて金色に光っていて、白い頬がうっすらと桃色に染まっている。つややかな唇が薄く開いていて目が離せない。
あぁ、シェリル。本当はライアスが君を紹介してくれた時から、君のその可愛らしい姿に一瞬で心を奪われたんだ。
だけど、ライアスが幼馴染の君と婚約したと、嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑顔で紹介してくれたから。
心奪われたけども、自分の中で否定したんだ。
そして、そういう幸せを手に入れたライアスが羨ましくて、自分にもそういう存在が欲しくて。
大切に出来る存在が、自分の傍に居てくれたらと思い始めたんだ。
偶然にも、紹介を受けてからすぐ後に、俺の元に舞い込んできた婚約者アリシア。
アリシアを、ライアスがシェリルを大切に、愛おしく思っている様に。俺もそう出来たらと。
だから、出来る限りアリシアに思いを寄せた。大切にする、と。
なかなか、愛している、という感情にならなかったけども、俺なりに。
ライアスが、俺に君を託そうとした時、どれほど胸が高鳴ったか。
だが俺にはアリシアが居た。結局、俺の独断で、話し合いも一方的で終わらせて。たくさんアリシアを泣かせて。
大切にしようと心に決めていたから、彼女の気持ちや涙は心を抉られた。
追い込ませた自分に辟易した。身勝手なのは重々承知している。
あの時は、そんな思いの方が大きかったから気分が落ち込み、未練がましくなった。自分で決断したのに。
シェリルが幸せになれる様に協力したかったが為に、アリシアの幸せを壊してしまった。
シェリルが俺を選ぶ事はないと確信していたから、アリシアとの棄てた未来に、あの時縋ってしまったから。
涙が流れた。
納得して決断した、償いだったのに。
だけど今、シェリルの感情の変化が読み取れるから。自惚れかも知れない。でも、少しでも俺を想ってくれているなら。
そう見せない様に、しているなら。
頬を染めて少し俯きながら見せてくれる笑顔が、感情を乗せていないというのならば。俺のただの思い上がりだっただけだ。
それを確かめたい。シェリルの本心を、隠している想いを知りたい。
「…シェリル、話しをしよう?」
今だ眠る彼女に、小さな小さな声で語りかける。
柔らかな髪の毛にそっと触れて、頭を撫でてやりたい。
だけど、今はまだ触れない。
彼女と話しをしてからではないと。
「早く、目を覚まして…」
小さく語り掛けるフィリオスの表情は、少し困った顔をしているが嬉しそうに笑っていた。
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