忘却令嬢はペットになりました

まりあんぬ

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16 間話 伝令係の苦難

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「王都に立たれた!?それも一昨日!?」

辺境伯領に到着し、肩に降り積もる雪も払わぬまま知った事実に思わず膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えた

伯爵夫人がタウンハウスに向かわれた旨を伝えに来たのだが
まさかの行き違いだ

「せめて山岳を越える前にすれ違えたりすれば良かったのだが、、」

辺境伯領から王都までの道のりは基本一本道だが、途中大きな山岳を挟むため山岳の迂回路が2本とそのまま突っ切る道のりの3本に分かれている
そこで行き違いになったのだろう

「奥様とカイン様がタウンハウスにご滞在される旨を伝えたく来たのだが、、王都に行かれたのならどちらにせよ、お会いになるな、、」

つまり絵に描いたような無駄足というわけか

執務室で代行をしていたのは知己の友で最近執事長になったフィンセントだ
前執事長の息子で、故伯爵様の時から執事見習い兼補佐のような仕事をしていた
伯爵様が眠りについた際、前執事長はタウンハウスに移り、フィンセントが後任となったのだ

「、、それが王城に御用があるとかで、、真っ直ぐお城に行かれるとの事だ
タウンハウスには寄らないかもしれない」

なるほど、、そう納得した後に思わずため息をつく
伯爵夫人とカイン様がタウンハウスに行ったのにも落胆したが、、まさかルカーシュ様まで王都に向かっているとは

ノーザランドの冬は本当に厳しいのだ
我々辺境で鍛えた騎士が騎馬を使いなんとか行き来できるほど厳しい豪雪に見舞われるため流通がほとんど止まる
そのせいでどうしても領地全体で食糧難になる為、餓える領民も少なくない

その上夜間の冷えは恐ろしく、暖炉の火が消えるとたちまち氷点下に下がり、翌朝ベットの上で凍死体、、なんて事もある

前辺境伯様は自ら薪を配ったり、夜火の消えた家がないか見回りをするなどとても領民を気遣ってくれていた
俺自身も、炊き出しを自ら行われる伯爵様に憧れて、厳しいことで有名なノーザランドの軍人になることを選んだ

常に大量の魔物を相手にする日々
魔物の数が減ってきたと思えば押し寄せる豪雪
そして雪解けと共にまた訪れる魔物の群れ
想像を絶する日々で何度も挫けそうになった

それでも、日々魔物との戦いの後に辺境伯様が見せてくれる夕焼けの山間から見えるノーザランド領の美しさが心の支えだった

「お前たちが守ったものだ、、その美しさを誇るがいい」

そう言って豪胆に笑う伯爵様を皆心から尊敬していたのだ

その伯爵様が自ら連れてきた男だから
俺たちはカイン様ではなく、ルカーシュ様に従おうと、、そう思っていたのに
そりゃあ、伯爵様と同じように炊き出しをしろとか、夜領内を見回れとか
そこまで求めているわけではないのだ
ただ、王都に向かうのは如何なものかと

飢えたり凍えたり、、そういった危機に瀕している領民を置き去りにするという行為が許せないのだ

「ルカーシュ様はきちんと業務を終えられてから行きましたよ」

不平不満が顔から滲み出ていたらしい
フィンセントが筆を止め紙の束を渡してきた

「あのお方は本当にすごい方だ、、さすが伯爵様が連れてきただけある」

「これは、、?」

渡された資料のようなものをぱらりとめくり目を落とす

何やら細々と色々書いてありよく分からない
それに見慣れない変な紋様みたいなのもたくさん書いてある

自分は縁遠いが、これが魔法陣だということは何となく分かる

「魔物は、倒しても消えるだけで何も残らない、ただ有害なだけの存在だったが、、ルカーシュ様曰く、空気中を漂う魔素になっているらしい」

、、、はぁ

間抜けな相槌を打つとフィンセントは呆れたように首を振る

「魔素を利用した発熱というのを実現したんだ
用意できたのが冬が来る3ヶ月前だったから、、十分な魔素が貯蓄できなかったとかで、、今年は夜だけしか発動しないらしいが、それだけでも十分だよ
今夜表に出てみろ、領内が暖かくて驚くぞ」

フィンセントは興奮気味に話し続けている

領地を囲む塀の中、全てを効果範囲とした超巨大な結界のようなものが張られていて、その内部が暖かいそうだ

ただ雪をどうこう出来るものではない為、雪が降っている日は雨が降るらしい
その雨水を利用した飲み水の確保もしてある為、領地内中央広場に好きに活用していいウォータースタンドが設置されたそうだ

伯爵夫人に随行した期間と、戻ってくるまでに一月と少ししか経っていないというのに
まさかこんなことになっているとは

半信半疑のまま迎えた夜、俺は中央広場で立ち尽くす事になった
ノーザランドの、、極寒の夜が、、木の中の水分さえも凍りつき、その膨張に耐えかねた木の破裂音で飛び起きる、、あの夜が
まるで春の昼下がりのような暖かさに包まれているではないか

室内どころか、この石畳の上で横になっても大丈夫そうではないか

放心している俺の後ろからフィンセントが現れポンっと肩を叩く

「と、いうわけで、、これをルカーシュ様にお渡しいただいてもいいだろうか?」

本来なら、すでに疲弊し切った俺ではなく、他のやつに行かせろと騒ぎたいところだが、、
思考停止中の俺は
あぁ、と短い返事をしながら渡された手紙を受け取ってしまった。


ーー
ーーー
ーーーー

数日後、雪山を下山中、もうこれ以上は無理だと引き返すか、依頼を遂行すべきかと揉める男たちがいた。
登山をなめてかかったのか、随分と軽装だ
このままでは間違いなく遭難するか、凍え死ぬだろう。

「どこに向かってるんだ?
この先ノーザランド領まで、村もほとんどないぞ」

見かねて声をかけるとその男たちはガタガタと震えながら口を開く

「ノーザランド領に向かってるんだ」

帰ってきた言葉に呆れて言葉が出ない
とてもじゃないが無理だろう

「慣れていない者が冬のノーザランドに着くのはまず無理だぞ
それに、、、君たちの足では少なくともあと1週間はかかる」

俺の言葉に絶望した彼らは胸元をゴソゴソと漁る

「これをノーザランド領主代行のルカーシュという男に届けるよう、侍女のリリーという女から預かってたんだが」

薄手の、防水加工もままなっていない手袋に握られた手紙には確かにノーザランドの家紋の便箋が使われていそうだ

俺は着込んだ防寒着の中から家紋のブローチを出す

「俺に会えたのは幸運だったな、ちょうど伝令係の仕事の最中だ
ついでに持って行こう」

封筒に箔押しされている紋章とブローチの紋章が同じ事を確認すると男たちは助かったと言わんばかりにヘナヘナとへたり込む

昨日今日と雪がそんなに降っていないのにこれだ、、吹雪が来たら彼らは下山すらままならなそうだ

「すぐに引き返すといい
山の天気はいつ急変してもおかしくないからな」

俺は二通の手紙を握りしめて王都に向かう

彼らからしたら行き先逆じゃ?
となるはずだが
自分のことで精一杯なのだろう
特に何か言われることはなかった
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