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震える手がどうしてももたつき、なんとか胸元の紐をシュルリと解いたところで突然ガバリと覆い被さられる

無遠慮に体重をかけられ後ろに倒れ込んだ際、後頭部を打った

「大人しくしてれば優しくしてやるよ」

痛さよりも恐怖の方が勝る
押し倒され、上からニヤリと笑う彼に対して
ワンピース形のナイトウェアの防御力はあまりに低く
簡単に顕になった太ももを撫で上げられる
お酒のせいか熱を帯びた手のひら
怯えから体が固まりうまく動けない
それでも目だけは離せず、舌なめずりをする彼と目が合う

今からこの人に、私は、、

そう思った瞬間、やはり思い出すのはレストの事で
涙が溢れそうになる瞳をギュッと閉じると
朗らかに笑う彼との思い出が走馬灯のように駆け巡った

「貴女の好きなようにお過ごしください」

フフッと微笑む彼を思い出しピクリと肩が跳ねる
どうしてずっと忘れていたんだろう

「あの手紙を、、この人が、、?」

「、、、あ?」

自身のベルトに手をかけていた彼は突然の私の発言に動きを止める
こんな人が、、手紙を残したりするだろうか
あれは、目覚めた時の私を配慮しての行動だろう
この人はそんなことまで気を回すだろうか?

「君の好きにしてくれていいって、、そう手紙を下さいましたよね?」

私の言葉にキョトンとしている彼にやはりと思う
そもそも、好きして良いだなんて、奴隷にかける言葉ではないのだ

「私を買ったのは貴方じゃないのね、、!」

私の言葉に彼はハッと笑う

「母上が、お前を買ったんだろう?
だったら俺のものだ」

その言葉にむしろ私が笑いたくなる
若様に確認
そう執事長は言っていた
つまり、私を買ったのは伯爵夫人でないことは確かなのだ

それに、
彼は、、レストは、私が訪れる度に自由に過ごせと、好きにして良いと言ってくれていた
サイドチェストに置いてあった手紙と同じ文言だ
執事長が回収した、あの手紙
すっかり忘れていた

レストは本当に本当に忙しそうだった
それでも私に唯一残した言葉がアレだったんだ

「私を買ったのは夫人でも、貴方でもなくレストだわ!」

バチンッ

頬に走る痛みで自分がビンタされたことに気がついた

「レスト、、レストだと!?
奴隷の分際で、、俺を馬鹿にしているのか!!」

彼は整いだけは良い顔を歪めながら両手で頭を抱えるようにして仰反る
跨がれたままの私はなんとか身じろぎをして後ずさるようにしてそこから這い出る

「ふざけるなよ、、あいつのモノなんてここには一つもない
全部、全部俺のものだ」

ギロリとコチラを睨みつけられるがそんなことはどうでも良い
レストは、実在する、この家の関係者だ
私はあの本を通して彼に会いに行っていただけだったのだ
つまり、絵本に入っていたのではなくテレポートしていたということだ

この部屋から逃げ出したいが、扉の方に立たれてしまっている
私はお守りのように机に置き続けていた絵本を手にすると窓に向かい走りベランダに出る

「お前は俺の糧になるために買われたんだよ!
どのみち死ぬくせに、、主人を一晩楽しませることもできねぇのか?」

追って窓辺に来た彼を刺繍まみれのロープ片手に振り返る
どの刺繍が魔力増強で、どの刺繍が筋力増強かなんて分からない
でも、これを握りしめれば多少、、抵抗出来るはず、、!!

私は絵本の装丁が分厚く華美なことに感謝しながらそれを振り上げる

バコン

思い切り打つようにお腹めがけて本を打ち込むと驚くほど吹き飛びドアを破って廊下まで突き抜ける

「、、、えっ!?!?」

なんか、竜巻みたいな、、魔法も発動した??
え?魔法使えた!?

どんなに練習しても形にならなかったのに、、今!?
手にロープをぐるぐる巻きにしたおかげか
テレポートなんて大魔術を可能にした絵本のおかげか
初めて魔法が発動した

大きな音にざわつき出した屋敷内に私はハッとする
どうしよう、、!
少なくともこのまま、ここにいるわけにはいかない
糧だの
どのみち死ぬだの言っていたのだ
逃げる一択だ

私は結び目を魔法で切ると、手にロープを巻いたまま、絵本を抱えて走り出す

幸い、私の見た目を知らない使用人ばかりな為ざわざわと集まってきた人たちはあまり私に気がついていないようだ
そんなことより廊下で伸びているあの変態息子の方が使用人一同にとっては一大事なようだ

外につながる玄関の扉まで走ったところで、全てを見越していたのか、そこには執事長がいた

どうしようかと狼狽えたが執事長は何も言わずにそっと玄関の施錠を外し立ち去る

伯爵家に使えている立場として唯一できる後押しに感謝する

どうかお元気で、そう思いながら扉を開けたところで後ろから甲高い声に静止される

「お待ちなさい!!」

キンッと通る声に思わず振り向いてしまった
玄関ホールにある階段の上から見下ろすように伯爵夫人が立っていた
もちろん無視して行こう思ったが、隣に立つローブを被った人影に思わず止まってしまった

レストがいつも羽織っていた、濃紺に銀の刺繍のローブだった
フードをかぶっており顔は見えないが懐かしい装い

「、、、レスト?」

つい口をついた言葉
私が気を取られているうちにいつだか私を跪かせたメイド二人が私を両脇から押さえつける

そして私を嘲笑うかのようにフードを外したのは50代後半くらいの中年男性だった
レストじゃなかった、、
少し白髪混じりの髪の毛をぴっちりオールバックにした気難しそうな顔立ちの男性は私をみるなり興奮したように声を上げる

「あぁ、まさかこれほどの魔力量とは、、!」

伯爵夫人と同じ、私を人として見ていない、冷たい目だ

「はっ、やはりね、、!
あの卑しい男が大金叩いて買った奴隷だもの何かあると思っていたのよ」

カツンカツンと近づいてくる二人に私はどう逃げようかと考える
大丈夫、筋力増強してるもの!!!

ぐっと体を捩ると私の腕を掴んでいたメイドたちを簡単に振り落とすことが出来た

今だと振り返り、扉に向かう
わずかに開いた隙間から月明かりが顔を照らすがすぐに遮られる

頭から血を流した状態でランランとした目で私をみる伯爵子息は完全にイカれていると思う

「残念だったな!」

「カイン!待ちなさい!!」

後ろから伯爵夫人の叫び声が聞こえる

彼は手に持った羅針盤のようなものを私に押し当てる
羅針盤の中心に嵌められていた魔力石がぴかりと光り何も見えなくなる
体中から何かが抜けるような感覚と共に体に力が入らなくなる
これは、、魔力切れに似ている

あのおじさん、魔力量の事で興奮していたな
それに、糧だのなんだの言われた
あぁ、そういう事か

前にレストがつけているたくさんの魔力石に魔力を注いだ時のように
魔力石に大量の魔力を入れる為に使われるのか

教科書に書いてあった
血液と同じように、魔力も大量に失うとショック死することがあると

それに、、昔、人を魔力石にする禁術を作った人がいるという文献も読んだ
普通の魔力石と違い、力を失う事の無い
半永久的に使用できる魔石、、
糧となる人間の魔力量でその質が変わるというが、、
私はそれにでもされるのだろう

最後の力を振り絞り抱えたままの絵本をなんとか少しだけ開く

彼に、レストに、、もう一度会いたい

そう思ったが、叶うわけもなく
私の意識はぷつりと途絶えた

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