忘却令嬢はペットになりました

まりあんぬ

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「本当に、本当にごめんなさいっ」

私は出来上がった刺繍に向かって謝罪をしながらそっと耳に被せる

すると刺繍からざわざわとかすかに音が聞こえる

あぁ、部屋に置いてあったらどうしようかと思ってたけど、執事長ちゃんと持って歩いてくれてる、、

そう、この刺繍はいわば盗聴器のようなものだ
執事長にあげたハンカチに、さらに効果を足せるか実験をしたのだが、その際に
聴覚サポートB+
というのがついた
執事長は、
私の耳はそう遠くはなっていないのですが、、いやはや、、
と困ったような悲しいような顔をしていた
というのも少し前に、何を考えているかが刺繍に反映するという話をしたばかりだったのだ
私はごめんなさいごめんなさいとペコペコ頭を下げながらも不思議に思っていた
別に執事長の耳が遠いなぁなんて思っていなかったからだ
どちらかというと、以前より頻繁に訪れてくれる執事長を周囲が悪く思わないだろうかと気にしていた
そう、つまり周囲の声を気にしていたのだ
そこで聴覚サポートBとは?
と思い

同じ付与内容の刺繍を入れてみた訳だ

確証はなかったが、こうして耳に当ててみてはっきりした

「それでは朝礼を始める」

一番近くではっきり聞こえる声はやはり執事長のものだ
朝イチで耳にあてている為、聞こえるのは業務連絡が淡々と行われている様子だ

伯爵夫人だけが来るのかと思っていたが一緒にカイン様が来る、と
文脈からしてご子息、、、つまりは私の購買主の可能性が高い
そして、驚くべきはまさかの伯爵様はお亡くなりになったばかりだという
その為、タウンハウスにはいるが茶会などの他貴族との交流は基本しないそうだ

なるほど、、それで私は放置されていたのか
そりゃあそうだ、、
領主が死んだとなれば引き継ぎやら何やらで大忙しだろう
買ったばかりの奴隷に割く時間などあるはずがない

つまりは、ここから本来の扱いというのに転落する可能性が高いということだ

私はバクバクとはやる心臓を必死に押さえつけながらなんとかどう自分を良く見せるかを考える
大丈夫、付与術師なことも分かってるし、、
いざとなったら領地経営の補佐だってできる
自分をプレゼンして、重宝される補佐的ポジションを獲得してみせる!!


ーー
ーーー
ーーーー


そこから必死になって今まで作った付与が施された刺繍たちや
勉強をしてきた証となるノートや紙をまとめておいた

そうしているとまた外が騒がしくなる
ちょうどお昼過ぎ頃だろうか

私はまた心で謝罪しながら執事長を盗聴する

どうやら馬車が到着したようだ

「お待ちしておりました、奥様」

用意している部屋や、昼食についての案内が聞こえる

「カインは、、夕食までに戻るよう言ってあるわ」

聞こえた女性の声に思わず背筋が伸びる
伯爵夫人、、つまり私にとっても主人のような方ということか

「、、全て後にしてちょうだい、それより、アレはどこにいるの?」

「アレ、、と申しますと?」

「、、、雌猫を競り落としてきたと聞いております。
案内なさい」

その言葉に私はびくりと肩を揺らす
私!?
私のことよね!?!?

「で、、ですが私どもの一存では、、」

困惑する執事長の声をピシャリと冷たい女性の声が打ち消す

「この家において、私が誰かの許可を得なくてはならない事象が存在するかしら?」

「仰せのままに、、」

うぅ、、なんだか私までお腹が痛くなる
というか、、もうきてしまうでは無いか、、!!

私は慌てて耳にあてていたハンカチを隠し
扉の前の床に座る

いや、これでは来るのが分かってますと言ってるようなものだ
椅子、、せめて椅子に座ろう

そうこうしているうちにみるみる扉の外が騒がしくなる
ガチャガチャと鍵が開く音がして思わず立ち上がってしまった

ガチャリと扉が開く
執事長が入り、中から扉を押さえたまま一礼する

あ、刺繍ハンカチは胸ポケットに入れてくれてるんだ

そんなことを思っていると燃えるような赤髪の美しい婦人が入ってくる
エメラルドのような深緑の瞳はどことなく冷たく、鋭い眼光をより一層際立たせる
優雅な立ち居振る舞いに思わず見惚れてしまう

「跪きなさい」

発せられた言葉に驚いている間に婦人の後ろからサササッと侍女が二人出てきて私を取り押さえるように後ろから掴み床に伏せさせる

突然のことに困惑していると床に押し付けられるように下げさせられた頭をぐいっと引き上げられる

仰ぎ見た伯爵夫人の視線の冷ややかさに萎縮してしまい体が動かない

私を見下ろしながら扇子をバサリと広げると伯爵夫人は本当に嫌そうに目を細める

「汚らわしい、、これが例の奴隷ね、、ヘレナ」

「はい、奥様」

ヘレナと呼ばれ返事をしたのは私を取り押さえている侍女のうちの一人だった
何が起きるのか未だついていけず混乱しているうちにヘレナはスッとナイフを取り出し私の腕を少しだけ切る

「、、いっ」

驚いて身じろぐとさらに強い力で取り押さえられる

ポタポタと流れる血を小さな瓶に取る
ぎゅっと掴まれた腕が私の恐怖心をさらに煽る
瓶の半分くらいまで血が溜まったところでもう済んだのか、きゅっと蓋を閉めてヘレナが夫人に瓶を渡す

「、、奥様、これは?」

つい、と言った感じで執事長が声を上げるが無視して去っていく

伯爵夫人が見えなくなったことを確認してからようやく私も解放された

「、、あの、」

声を上げるが一切こちらに見向きもせずに二人の侍女は部屋から出ていった
残された執事長は少し疲れた顔をして私に一礼をすると出ていく

パタンと閉じられた扉を眺めながら私は唖然としていた

プレゼンも何も、、言葉を発する機会すらなかった
というか、多分人間だとも思われていない

そう本当に猫とでも思われているのだろう
そろそろと布の切れ端に手を伸ばし傷口を抑える
そんなに深く無い
すぐに止血は済むだろうが痛いものは痛い
ここにきて初めて自分という存在の無価値さを突きつけられたようだ
お前は人間では無い
そうはっきり言い渡されてしまった

恐る恐る刺繍ハンカチに耳を当てると執事長が罵声を浴びせられている音が聞こえた

なぜ、アレに貴賓室など与えているのだという内容だった
指示なく我々が判断できない
あの部屋を使うよう若様の指示があったと弁明しているようだったが
なんだかこちらが申し訳なくなってしまう

そっとハンカチを耳から外してベットに横たわる
この部屋に居られのは今日が最後かしら、、

そんなことを考えながら私はチラリと今朝運ばれたワゴンを見る

なんとなくそんな気がして半分くらい取っておいたのだが、、
よかった、
もう今夜の夕飯は期待できなさそうだ

今日、、明日の朝までくらいならなんとか持ちそうだ

少し後ろ向きになる心をなんとか奮い立たせ私は針と糸に手を伸ばす

ぼんやりしていられるほどの余裕は今の私には無いのだ
出来ることを精一杯、、やっていこう

幸い、執事長は良い人だ
さっきだって申し訳なさそうな、哀れな目でこちらをみていたし

同情だってなんだって、私を人としてみてくれる人がいるのだ
まだまだ恵まれている
そう自分に言い聞かせながら私はチクチクと針を進めた


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