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「、、、できた」

完成したブランケットをバサリと広げる

あれから、1週間くらい経っただろうか

手元にある紋章のブローチを返そうかと何度か絵本に手をかけたが、
険しく歪むレストの顔が浮かび、怖くて開く事ができなかった

彼の言った暫く、というのはどのくらいだろうか
考えを整理したいから数日、という意味だろうか
それとも、もう来ないでくれというのを柔らかく伝えられただけなのだろうか

自分から言おうと決めていた、、ブランケットの完成日
先に知られてはしまったが、本来今日がその時だった

私はフーッと息を吐く

この機会を逃したら、もう次は無いのではないか
このブランケットと、紋章を持って
彼に自分の口から話したい

もちろん怖いけれど、、
意を決して絵本に震える手を伸ばす

今まであんなに簡単だった行為がこうも緊張するとは
重厚なカバーがより重く感じる
ぱらりと本を開きぎゅっと瞑った目を恐る恐る開く

「、、、ぇ、」

思わず漏れた声が妙に響いた

変わらない景色
1人きりの部屋

まさか、もう入れてもくれないだなんて思わなかった

「、、、ははは、
そっかぁ、、もう、会いたくないかぁ」

絵本をぎゅっと抱きしめて声を押し殺して泣く

そもそも、記憶を奪われるほどの罪を犯した私に、
希望のような存在はいてはいけなかったのかもしれない


ーー
ーーー
ーーーー

カラカラカラ

揺れる馬車に1匹の白い鳥が近づき窓をコンコンとノックする

窓を開け、招き入れられた鳥はたちまち手紙に姿を変える

鮮血を思わせる赤髪の女性が手紙を読みニヤリと笑う

「さっきまでイライラしてたのに、なんかいい事でも書いてあったの?かーさん」

向かいでへらりと笑うのは、女性との強い血のつながりを感じさせる青年
目と眉の吊り上がり方までそっくりだ
気の強そうな端正な顔立ちをしているが、だらしなく着崩された服装で足を投げ出す様に座る様はあまりお行儀が良いとは言えない

「えぇ、そうね、、行き先をタウンハウスに変えてちょうだい」

随行している騎士に伝えると
行き先の変更はそのまま御者に伝えられた

猛吹雪を抜け、西部に向かっていた一行は王都に行き先を変えられ、内心大きく落胆する

目的地の西部には本日中に着く予定だった
それはもちろん、変更された行き先までは吹雪の中移動する訳ではないし、西部から王都への道のりはいくつも村があり舗装された道もあったりと比較的安定はしている
しかしだ、北部の辺境を任されているノーザランド辺境伯家が、冬季に他領に向けて馬車移動だなんて本来あり得ない事だ
更に、今は喪に伏しているはずで、、
家紋入りの馬車で堂々と王都に向かうのは流石にどうかしている

どんなに不仲が噂されている夫婦であっても体裁は守るべきだ
今回の西部を訪れる件も、無理はあったが一応夫を亡くし、憔悴した夫人が養生の為に、という名目で向かったのに、、
王都に向かってしまっては、、一体どれほどの人の目につく事が、、
今後の社交界でどんな言われ方をしても文句は言えないだろう
いや、ゴシップ誌に取り沙汰されたりしたら今年の社交活動そのものが怪しくなる

しかし、それを進言できる者はこの場にはいない 

今この場には護衛の為にと駆り出された騎士が数人ついているだけだ

そしてその中から1人、辺境の領地に向けて伯爵夫人が行き先を変えられた事を伝える早馬が出される

再度過酷な天候を超えていかねばならない為、辺境にこの知らせがつくのは、早馬をもってしても1週間後にはなるが、、

「なんで俺たちの行動をいちいちあいつに伝える必要がある訳?」

きた道を戻る後ろ姿を馬車から乗り出して確認した赤髪の青年は、そのままじとりと騎士たちを睨みつけ、不服そうに声を上げる
騎士たちはどうしたものかとたじろぐが、リーダーだと思われる男性が馬上で頭を下げながら答える

「申し訳ございません、タウンハウスに分配されております予算の都合上、ご滞在されるのであれば、、、お伝えしなくてはなりません」

名前や領主代理といったワードは地雷になりかねない

最大の配慮の元答えられた言葉だが、未だブーブーと不満が上がる
諫めるべきはずの母親は素知らぬ顔で頬杖をつき目を閉じている

騎士団は故辺境伯領主に忠誠を誓っていた
つまり、今は代行業務を勤めているレスト寄りといえる

一通り文句を言い終えた後窓が閉められ、中のカーテンが勢いよく閉まる

頭を下げながら馬を進ませていた騎士は頭を上げ、バレない様に小さくため息をついた

辺境伯領主様は、偉大な方だったが、、、
何せ魔物討伐と厳しい冬の政のみに尽力した堅物だった

最終的に王の勅命によりあてがわれたのは高飛車で有名な行き遅れてしまった令嬢だった
家格も魔力も高く申し分はなかったが、、

とにかく気が強く、責務だからと世継ぎを産む事はしたが必要最低限、
一切伯爵と面会さえしようとしなかった

そうしてたった1人生まれた息子の事は可愛がるというより
次期当主としての駒程度の興味しか抱かなかった

両親共に高い魔力を持っている為、辺境を収めるに申し分ない子かと思えばまさかの魔力量が少なく
おまけに努力もしない為、初級魔法さえ怪しいときた

伯爵様は亡くなる前に心を痛めていた
親としての関心さえ持っていればそれに応えようと努力くらいはしたであろうに、、と

伯爵夫人はとにかく辺境を嫌っており、身籠ってからというもの、もう辺境にいる必要はないと王都のダウンハウスか、
ご実家の近い西部の別荘にいた

ほとんど辺境から出ることのできない伯爵はそれでも何度か息子の様子は、と聞きにタウンハウスに出向いていた様だが

「問題ないので」

と断られ
息子に会う事は愚か、タウンハウスにも入れないことが多かったという

今は伯爵夫人だとは言え、王より下賜された侯爵家の娘、、

誰一人逆らえず完全に言いなりになるしかなかった為、今こうして大きな歪みが生まれている

さらに、伯爵様が連れてこられた養子はまさかの元平民だという、、
侯爵家か、、それより家格の高い子息を連れてこれたら良かったのだが、、、

上手くいかなかったのだろう

どんよりとした空気の中王都に向けて一行は進む

急に変更された行き先、、、
良いことが待っているとは到底思えない

もう一度ハァとため息をつく

元平民だという伯爵代理にかけるしかないのだ、、
どうかまともな、善良な人であります様に

その願いはタウンハウスに着くと同時に知る、囲われた犯罪奴隷という衝撃で打ち砕かれることになるのだが

彼らはまだ知らない

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