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いざ、フィンなんとか王国へ

君は誰?

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 …ヒクッ…ヒクッ…

 誰か泣いている。ゆっくり目を開けるとどこかの家の寝室で、わたしは横たわっていた。自分の体も確認すると白いワンピースを着ていた。

 泣き声が聞こえる方へ目線を向けると、部屋の隅の方で誰かいることがわかった。

 ゆっくり起き上がって、ベッドサイドに足を下ろす。声の方へ目線を向けると、ベッドから繋がるようにそっちに向かって鎖が伸びているのがわかった。私は地面に足をつけて立ち上がると、鎖を辿るように進んでいった。

「…ひくっ…」

 部屋の隅にある本棚の前で小さな銀髪の子供が蹲って泣いていた。白いワンピースだろか。いや、あれは、ネグリジェだろう。体にはあってない大きめのネグリジェを着ている。子供の足首には枷と鎖がついている。ベッドから伸びていた鎖の終着地面はこの子供だったようだ。

「どうして泣いてるの?」

 私は子供の前にしゃがみ込んで顔を覗こ込んだ。すると子供はパッと頭を上げて、綺麗な紫の瞳をこちらに向けてきた。そして涙を流しながらポツリとつぶやいてきた。

「かみさま?」

「うーん、神様ではないけど…まぁ、似たようなモノかな」

 ぽりぽりと指で頬をかいて、私は子供と30センチほど離れて左隣に座った。

「それで、どうして泣いていたの?」

 足を曲げて、抱えるように膝の前に手を組んだ。そして膝の上に左頬をのせて子供を見つめた。

 子供はまた体を抱えて蹲りながら、小さな声で話し始めた。

「あのね…ちちうえが…僕を…よんでくれないの」

「声をかけてくれないってこと?」

 子供はふるふるっと頭を横に振った。動くたびに銀髪がキラキラ光って綺麗だ。

「うーん、お名前を呼んでくれないってこと?」

 子供はコクリと小さく頷いた。

「お名前以外で呼ばれるの?」

 子供は再びコクリと頷くと、顔を私に少しだけ向けて片方の紫の瞳で見つめながら言った。

「リリーってよぶんだ」

「僕って言ってたから、貴方は男の子よね…。リリーって女の子の名前みたいだけど…」

「リリーは、ははうえの…なまえ」

 なんと、父親に母親の名前を呼ばれる?!なぜそんなこと…。私は眉尻を下げて子供を見つめると、慰めたくなって子供の頭を撫でようと手を伸ばした。しかし、子供はビクッと体を揺らして少し怯え、顔を俯かせて縮こまった。

「あ、ごめんね。慰めようかと思って…」

「さわっちゃだめ…僕…けがれてるから」

「え?全然汚くないよ?髪もキラキラ光って綺麗だし。その瞳も宝石みたいだよ」

 子供はまたチラッに目を向けてきたが、私の言葉を信じていないようですぐに目線を外して俯いた。

「ほんとだよ?こんなに綺麗な髪の毛、初めて見たもん」

「ははうえが…まいにち…きれいにしてくれたの」

「いいなぁ。母上は優しい?」

「うん。ちちうえも…ほんとは、やさしい」

 グズっと鼻を啜りながら子供は顔を上げて袖で目元の涙を拭き始めた。

「そうだ!お名前なんていうの?私はマイカだよ」

「ルー」

「ルーちゃん…いや、ルー君って呼んでもいい?」

「うん」

「ルー君は母上と父上と暮らしてるの?」

「ううん。ははうえはもう…いないよ」

 うーん。ルー君は父親からリリーと呼ばれる。リリーである母親はもういない。なぜいないかは深く聞かない方がいいだろうか。そう思って悩んでいると、ルー君が私の着ていた服をツンツンっと引っ張ってきた。

「ん?なぁに?」

「マ、マイカ…お姉ちゃんって呼んでいい…?」

 少し頬を赤らめて照れているルー君は可愛い。ルー君は超絶美少年だ。そんな子に照れながらおねだりされたら、断るなんて出来ない。私は可愛さに癒されながら、ニコッと微笑んだ。

「いいよ。ルー君は一人っ子?」

「うん、こどもは僕だけ」

「そっか。うーん、ちょっとくっついてもいい?」

「えっ…だ、だめだよ…マイカお姉ちゃんが…けがれちゃう」

 ルー君はダメダメっと首を横の振って拒否してきた。

「大丈夫だって!よいしょっと」

 拒否してるのに近寄ろうとする私に戸惑っているルー君を尻目に大きなお尻を右横にずらして、ルー君とピッタリ体をくっつけた。

「ほーら。大丈夫だったでしょ?」

 ね!っといいながらウィンクをしてルー君を見つめると、ルー君は目を見開いてびっくりしている様子だった。

 はぁ…美少年は香りもいい匂いだ…ぐひひ

 なんて下品な事を思いながら、なんとなくルー君の足首についている足枷に目をやった。

「ねぇ。これはお父さんがつけたの?」

「うん、たぶん、ぼくが…にげないように」

「どこに?」

「わかんない」

 ルー君はまた膝を抱えて蹲った。

「ルー君は逃げたい?」

「………」

「ルー君が望むなら、お姉ちゃんがルー君のお父さんにお話ししてあげるよ。ルー君にこんなことしちゃだめっ!って怒ってあげる」

「でも…ちちうえが…ひとりになっちゃう」

 ああ。なんで健気な子なんだろうか。父親からの閉じ込められ、鎖に繋がれ、母親の名前で呼ばれていても、この子は父親の事を一心に考えているのだ。

「お父さんを一人にするのが怖い?」

「うん、だって…ちちうえ、こわれちゃったから…。ぼくが…いなくなったら…ぐすっ…もう…」

 小さな肩を震わせながらルー君は泣き始めた。

 くそー、こんな可愛い子を泣かせやがって!まじでクソ親父!私の父親級のクソ親父判定してやる!

 そう、心の中で悪態をつきながら、わたしは右腕をそっとルー君の肩に回して引き寄せた。

「でもね。それはルー君が我慢しなくてもいいんだよ。お父さんが解決しなきゃきっと変わらないと思うな。大好きなお父さんが壊れていくの見るのも辛いよね。でも、ルー君がそれに巻き込まれて…ルー君も壊れていくのはお姉ちゃん悲しい」

「え?」

 ルー君はゆっくり頭を上げて下から涙目で見上げてきた。

「だってね。ルー君にはルー君の人生があるでしょ?お父さんがそれを乗っ取って生きるなんて、子供のルー君が背負うような事じゃないんだよ」

 右手でルー君の頭をよしよしと撫でる。とても指通りのいいサラサラな銀髪は触り心地もいい。

「ぼくの…じんせい…?」

「そう。私もね。お父さんがダメダメでさ。私のお母さんを泣かせてばかりだったの。一人で好き勝手やってね。お姉ちゃん、お母さんを助けたくて小さい頃からお手伝いも沢山したんだ。でもね、お母さんはちっとも幸せそうじゃなくて…いつも泣いてばかりだったの」

 私の話に耳を傾けながら、ルー君は私に寄りかかってきた。撫でる手を止めずに私は話を続けた。

「お母さんを幸せにできるのは、悲しいかな、あのダメダメなお父さんだったんだ。お父さんが家に帰ってくると、お姉ちゃんといるより幸せそうに笑うの。だから、お父さんに言ったの。ちゃんとお母さんを大事にして!って」

「うん。それで、どうなったの?」

「そしたら、あのクソ親父は。俺の人生俺が好きに生きるのも勝手だろ。あいつが俺の人生に必要だと思ったから結婚したけど、道が交差しただけで寄り添って続いてるわけじゃねーんだ。あいつも待ってないで自分の人生好き勝手に生きればいいんだよって言ったの!ムキー!!今思い出してもムカつく!」

「わ、わぁ…落ちついて」

 段々記憶が蘇ってきて、当時の気持ちになった私がフンフンっと鼻をならして怒り出すとルー君は私の左肩を撫でて宥めてきた。

「ごめんごめん。あの頃を思い出したらつい」

「う、うん。それで、お姉ちゃんはどうしたの?」

「お姉ちゃんはね。その言葉を聞いて今みたいに怒ったの。そういう事じゃなくて、誰かを思いやって欲しいんだって。お母さんに歩み寄って欲しいんだって。でもお父さんには全く響かなくてね」

「お母さんはどうなったの?」

「お母さんはね。相変わらずだったよ。ずっとお父さんを待ってて…寂しそうにしてた。でもね、そんな二人の姿を見てた私はね…こりゃあかん!こんな二人は見習ってはいけない!って思ったの」

「うんうん、それで?」

 ルー君は私の話に興味があるのか、涙も枯れて目をキラキラさせながら見上げてきた。

「ふふふ。それでね。お姉ちゃんは家を飛び出して、新しい人生を歩くことにしたの。お母さんを気にかけても、私では寂しさを埋めれない悲しみ、私やお母さんに迷惑かけてくるクソ親父がいるような人生なんて捨てて、私だけの人生を。私が思い描く幸せな人生を生きるんだぁぁ!って」

「ええ?!」

「飛び出したはいいけど、お金がなくてね。色々お仕事もしたけど、お姉ちゃん箱入り娘だったから肉体労働が辛くて辛くて。もともと裕福な生活してたのに、とっても貧乏になってその生活も慣れなくてね。そんな生活をしてたら、ある日あのクソ親から郵便が届いたの」

「お手紙?」

「うん。私がどこにいるかわざわざ調べてね。何が届いたと思う?」

「わかんない」

「ふふ。私名義の通帳と印鑑だったの。こんな大事なもの郵送で送ってくんな!って思ったけど、通帳の中を見たら私が生まれた日から毎月生まれた日付にお金が入金されてたの」

「つうちょう?にゅうきん?」

「あ、わかんない?えっと…溜め込んでた宝石を送ってきた感じかな」

「つまりお金だね」

「そうそう!ルー君は賢いね!」

 よしよしっと、頭を撫でるとルー君は恥ずかしそうに照れ笑いをした。

「それでどうしたの?」

 ルー君は撫でられながら続きを促すように話しかけてきた。

「そりゃ、貰えるものは貰ったよ。それに私のことなんて見てないくせに!って思ってたけど、忘れずに毎月お金が入ってるのをみて…。あんな事を言ってたくせに、私の事を考えてお金を貯めててくれたんだって気づいたら…」

「うん」

「わたしはちょっとは愛されてたんだなって実感したの」

 当時を思い出して少し涙があふれるが、こぼれないように堪えつつルー君を自分の体の中に包むように抱きしめた。

「だからね。お姉ちゃんみたいに、逃げ出してもいいんだよ。ルー君はルー君なんだから。お父さんがルー君が居なくなって困っても、ザマァミロ!アッカンベーってしてやればいいんだよ。そこから立ち上がるか、そのまま壊れるかはお父さん次第でしょう?それに、お姉ちゃんの家は私が飛び出してから、お母さんが変わったんだって。通帳と一緒に手紙が入ってて、家に閉じこもってないで外に目を向けて毎日遊んでますって。全く、私がいる時にそうしてくれればよかったのにねぇ。でも、なにかきっかけがないと、人って変わらないんだなってしみじみ思ったよ」

「………」

「だから、そんなに重く考えないで気楽にすればいいともうよ?見捨てたら心が辛いから、骨ぐらいは拾ってやるわ、ケッ。って思ってればいいんだよ。それにどうしても抱え出るものをなかなかおろせないし、重くて動けないよってことなら…。お姉ちゃんが半分持ってあげる。そしたら、動けるくらい軽くなるでしょう?とにかくお姉ちゃんが言いたいのは、逃げ出しても誰も怒らないよってこと」

 ルー君は私の話を聞いて無言になった。少し考え始めている様子だった。

 私の親子関係では正直言ってルー君には参考にならなかったかな…熱がこもって話しちゃったけど…。

 無言のルー君を眺めながら、少し反省していると。ルー君が自分についている足枷をツンツンっと指で突いた。

 足枷はその刺激でポロっと呆気なく外れ、ガチャンッと音を立てて床に落ちた。

「本当はね。この足枷に鍵がかかってないの知ってたんだ」

 そう言ってルー君は足枷を持ち上げて眺めた。

「父上は僕のこと、本当に閉じ込めたいわけじゃないってことも。僕が誰かに助けを求められるように、段々鎖を伸ばして…手を伸ばせば扉が開けれるぐらいにしたのも。自分では止められないから僕が逃げることでやめられるように…」

「うん」

「でも。それでも父上のそばにいる事を決めて…全部見ないようにキタナイモノを閉じ込めて蓋をしたのは僕だったんだね。僕は父上に愛されてなかったんじゃない。もともとちゃんと僕を僕として、愛してくれてたから…逃げ道だって用意してくれてたんだね」

 そうルー君が呟くと、ルー君の体が光ってゆっくり体が大きくなった。

 光が消えると、少年から青年に変わったルー君がそこにいた。

「マイカお姉ちゃん。僕はもう…何でもかんでも受け入れなくていいんだよね」

「うんうん」

 見た目は変わったが、ルー君はルー君だったようだ。私は自分よりも逞しくなったルー君の体に両腕を回してギュッと抱きしめた。

「僕は…助けてって誰かにいう勇気がなかったんだ…。誰かに助けてもらうのをずっと待ってたんだ。神様なら僕を助けてくれるって思ってたけど…それも結局待ってるだけだったんだ…」

 そうルー君が呟くと、またルー君の体が光り輝いて体が大きくなる。光が消えて現れたルー君は見たことある男性に変わった。

「私はマイカ様のことを神から神託で授かったときに…貴方こそが私を助けてくれる存在だと。そして…貴方を穢したいと考えていたのは…結局は私を助けてという意味だったみいです」

 目の前には憑き物が落ちたように穏やかな笑みを浮かべたルイスがいた。
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