上 下
15 / 70
いざ、フィンなんとか王国へ

アーサー・フィレント③

しおりを挟む
 夫への罪悪感を感じながら「あれは犬に噛まれたようなものだ」と、自分に言い聞かせ心を落ち着かせた。アーサー殿下は沢山の女性を相手にしている分、とても手慣れている。これ以上心の平穏を乱されないよう気をつけようと心に込めた。

 しかしその後、アーサー殿下は口調はともかく態度は紳士的になった。ひと騒動あったが、あの不意打ちキス事件のおかげかアーサー殿下とは少しだけ気安く察する事ができるようになったことは事実だった。

 お互いに好きな色や日中の過ごし方などたわいの無い会話をしていると昼食になった。

 昼食は朝食に比べて会話も弾み、アーサー殿下と楽しい食事を終える事ができた。

「マイカ様。天気も良いし午後は外でお茶にしないか?」

「ええ、いいですね」

 私がコクリと頷くと、アーサー殿下はそばに控えていたマリアに指示をした。そしてこちらに近寄りエスコートをするため手を差し出してきた。

「では、マイカ様。お手をどうぞ」

「ありがとう」

 姫に仕える騎士が接するかのように言葉をかけてきたアーサー殿下に、こちらも騎士が仕えている姫のように演技をしながら手を置いた。

 そして2人で見つめ笑いあうと、アーサー殿下に手を引かれながら中庭にでた。中庭には色とりどりの花が植えられていた。

 見た限り品種などはこちらの世界と似ている。マーガレットに似た花を指差しながらアーサー殿下にたずねた。

「この花の名前はなんというのですか?」

「ああ。これはマーガレットだな」

「そう…ですか」

 やはり、同じ名前のようだ。自分の世界と同じ花。その花を見ていると徐々寂しさが込み上げてきた。俗に言うホームシックだ。

 毎日同じリズムで特に変化はなかった。それでも子供の成長を見る喜び、夫と過ごす2人の時間の安らぎ。とても幸せの毎日だったのだ。

 でも今はそれもない。時間軸は違えど、私はこの世界で3年も離れて暮らしていかなければならないのだ。涙が出そうになるのを堪えていると、体が少し震えた。

 リチェ様はこちらの様子を心配そうに見つめている。アーサー殿下は手を引いたまま付かず離れずの距離で佇んでいたが、ギュッと触れ合っていた手を握ってきた。

 ハッとして涙を浮かべたままアーサー殿下を見つめると、そこにはとても優しそうな微笑みを浮かべたアーサー殿下がいた。

「抱きしめてもいいか?」

「ぐすっ。だめです」

「本当に?」

「抱きしめられたら涙が堪えられません」

「気がすむまで泣けば良い。胸を貸してやるよ」

 そういうと、アーサー殿下は私を引き寄せ優しく抱きしめてきた。夫以外の男性に抱きしめられるなんて、頭の中では早く離れないと!っと警報が鳴っているが、心の悲しみに負けてしまい、堰き止めていた涙が溢れ声をあげて私は泣いた。

 アーサー殿下は何も言わず、ただそっと背中を撫でながら抱きしめてくれた。

 数十分ほどそのまま抱きしめられていたが、だんだん落ちついた私はアーサー殿下の胸元から顔を上げた。高価そうなアーサー殿下の服は涙でべったりと濡れていた。

「あ、服が…」

「気にするな。聖女様の涙跡として記念に取っておく」

「そ、そんなの記念にしないでください!ちゃんとか洗ってくださいよ!」

 バシンっとアーサー殿下の胸元を軽く叩くと、「いてっ」っと小さく呟きながらアーサー殿下は笑っていた。

「元気になったか?」

「おかげさまで。ありがとう」

「おう。いつでも貸してやるからな」

「意外と優しいんですね」

「意外とは失礼だな。どう見ても優しそうだろ?」

 にっこり微笑んだ様子は本性を知らなければ、たしかに優しそうな柔和な笑顔だ。顔立ちも可愛らしいので、その優しげな雰囲気を引き立てている。外面にこの笑顔を用いてるのは、自分が相手にどう思われやすいかわかってやっているのであろう。

 自分の価値をわかってやっているあたり、かなりの策略家だ。

「目が腫れたな。治してやる」

 アーサー殿下はそう言うと、私の目元に掌を当てて何か呪文を唱えた。すると目元がほんのりあったかくなったかと思うとアーサー殿下の手が離れた。

「よし、化粧はどうにもならないが腫れは治ったぞ」

「あ、ありがとう」

「化粧直してくるか?」

「ええ。先にお茶を飲んで待ってて」

「寂しいから早く帰ってこいよ?」

 ニヤッと笑みを浮かべたアーサー殿下はマリアを呼んで私を任せると、準備がされたテーブルに向かって行った。

 マリアに手を引かれ2階に上がると、素早く化粧を直してくれた。そして再び中庭に出るとアーサー殿下は背もたれにもたれ、目を瞑って腕を組んで座って待っていた。

「お待たせしました」

「おう。寂しかった」

「冗談も休み休み言ってください」

「冗談じゃないけどな」

 またからかっているのか、クックッと笑いを堪えるようにアーサー殿下は笑った。

 リチェ様は私が泣いた事で何か思ったのだろう。泣いている間も離れた場所でこちらの様子を伺っていたが、今もその場所から動かず佇んでいた。リチェ様に目配せし、心の中で側に寄るよう声をかけるがオロオロとした様子を見せ近寄ってこない。

 微笑みながら手招きをすると、そろりそろりと近寄ってきた。リチェ様を抱き上げ膝の乗せると頭を撫でた。

『もう大丈夫だよ』

 安心させるかのように優しく声をかけるとリチェ様は「ニャー」っと小さく鳴いた。

 リチェ様はその後もしょんぼりとした様子だったが、夕食に出てきたご飯が美味しかったのか食べ終わった後は上機嫌になっていた。

「じゃ、そろそろ帰るわ。今日もお勤めあるからな」

 夕飯が終わり、自室で食後のお茶を楽しんだ後にアーサー殿下はそう言ってソファーから立ち上がった。

「お勤めご苦労様でーす」

「マイカ様もかなり砕けてきたな。また会う日を楽しみにしてる。おやすみ」

「おやすみなさい」

 部屋から出ていくアーサー殿下に手を振りながら見送った。

 その後は昨日と同じくマリアに体を磨かれた。身支度を終えてネグリジェに着替えさせられた私はリチェ様と一緒に布団に入りった。

『マイカさん、ごめんなさい。ありがとう』

 寝入る前にリチェ様が呟いた言葉を聞いて返答しようとするも、眠気に負けそのまま眠りに落ちた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界にきたら天才魔法使いに溺愛されています!?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,269pt お気に入り:1,128

渡りの乙女は王弟の愛に囚われる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:203

出涸らし令嬢は今日も生きる!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:9,697

醜く美しいものたちはただの女の傍でこそ憩う

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:950

猫耳幼女の異世界騎士団暮らし

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,232pt お気に入り:429

獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,763pt お気に入り:1,256

処理中です...