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9と0?そして…
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「おーい、ちびすけ。おい、起きろ!」
「うわぁぁぁ!」
誰かがウトウトしていた僕の頭をべチーンと大きな音を立てて叩いた。それがとても痛くて痛い場所を手で摩りながら僕はゆっくり目を開けた。
「ふぁぁぁ。どこ、ここ」
大きなあくびをして頭を摩っていた手で寝ぼけ眼を擦りながら見つめた先は、真っ白しか見えない空間だった。
「まあ。生と死の狭間的なアレじゃね?」
声が聞こえた方向に目線を向ければ、タバコを咥えた成人男性が佇んでいた。
「…ふーん。って、君は誰?」
僕はゆっくり上半身を起こした。不思議なことに起こした体の目線が高い。そして目の前の男性の目はとても既視感があった。
「お前もよく知ってる」
「僕が?」
フーっと口から煙を出した彼は僕に手を差し出してきた。首を傾げながらその手に自分の手を乗せると見えたのもは同じ[手]だった。
「え?ええ?」
「なんだよ」
状況がわからず慌てていると、彼は僕の手を掴んで引っ張り上げた。その勢いにつられて立ち上がると、僕より背が高い彼を見上げた。
彼は少し笑ったような顔をするとパッと手を離した。
それがどこか寂しく感じながらも、僕は目線を手元に戻す。見えている[両手]を握ったり開いたりしながら彼に声をかけた。
「変なこと言ってもいい?あの、僕ってさ…」
「なんだよ」
「僕って猫じゃないよね。人だよね」
「どう見ても人間だし猫じゃない。そんでもって小学校低学年ぐらいに見える」
「はは、ははは。猫じゃない…」
ずっと欲しかった体。何度生まれ変わっても僕は〈猫〉だった。亜弥ちゃんが泣いている時に抱きしめる腕、涙を拭う指…。
何度も欲しいと願った姿に成っている。
ただ、それがとても無情に感じた。
「死んでからもらってもな…」
「あ?」
「生きているときに。彼女…亜弥ちゃんが生きている時に…この体に変わりたかったよ…」
僕は目の前がだんだん歪んでいくのを感じながら目の前の青年を見上げた。彼は咥えていたタバコを口から離すと、フーッと煙を出して地面にタバコを投げ捨てた。
そして履いている靴でタバコを踏んでぐりぐりと地面に押しつけると、ポンポンと僕の頭を軽く叩いた。
「そりゃあ、まあ。ことの発端は俺が悪かったわけで。お前はただの猫だから仕方ない」
「どう…いう…いみ?」
ひっくひっくと声を上げて泣きそうになる幼い体を両手で抱きしめながら彼を見つめれば、彼は僕の目の前にしゃがんで目線を同じにした。
「今から言うことが全ての事実だ。そしてこの話を聞いてお前がどう感じるかによって俺も償わなければいけない。とにかく聞いてくれ」
「…うん」
僕の頭をポンポンと軽く叩いた彼は僕の目をじっと見つめた。何を言うこともなくただじっと見つめるその目は、やはりどこか懐かしさを感じる。そんなことを考えながら見つめていると、彼はニカッと笑いながら口を開いた。
「まずは自己紹介からだな。俺の名前は五島新太」
「…ごとう…しんた」
とても聞き覚えがある名前であり、とても懐かしい。そして、名前を聞いてもピンと来ない僕の顔を見て彼は笑っていた。
「9回も生まれ変わったのもあって、やっぱ思念が薄くなったてたか。いいことだ。よし、お前の名前は?」
僕は涙を拭いてから彼を見つめて質問を返した。
「えっと…今は九郎です。初めての名前は一郎でそれから数字が増えて九郎に」
「うんうん。そうだな。亜弥はほんとセンスがない」
「でも、今はでは割と気に入ってるかな」
えへへっと頬をかきながら笑えば彼は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃ、とりあえず九郎って呼ぶぞ。俺の事は新太って呼んでくれ」
「しん、た…」
言葉に出せばとても聞き覚えがある感じがさらに増えた。確か…
「亜弥ちゃんがいつも言ってた。シンタノバカ?」
彼女がよく発していた言葉を何気なく呟けば、彼はポリポリと頬を掻きながら気まずそうに僕から目を逸らした。
「お、おう。馬鹿なのは…事実だな」
「馬鹿したの?」
「…お、おう。盛大にな」
新太はハハハっと乾いた笑いをすると、僕の頭をまたポンポンと軽く叩いた。
「まっ、本題はここからだ。歩きながら話そうか」
「う、うん」
新太は僕の手を取ると、立ち上がってゆっくり歩き始めた。僕よりも歩幅が広いのを理解しているようで、僕が歩きやすい歩調だった。
そもそも人間になったのが初めてなのにスタスタと歩いている僕は、この状態が現実ではない事をようやく受け入れ始めていた。
そんな僕に向かって新太はニカっと太陽のような笑顔を見せながら話しかけてきた。
「亜弥のこと、ありがとうな。最後まで九郎が一緒に居てくれて…アイツも楽しかっただろうと思う」
「そう、かな。でも僕が亜弥ちゃんの側に居たくてしたことだし…」
「あー、そうだけどな。ただまあ、お前がそう思ったきっかけは俺だったんだ。んー、とにかく聞いてくれ」
彼はまた気まずそうに頬を指でポリポリかくとやっと説明という長い長い話を始めた。
「あの日俺は亜弥と明日入籍するってんで、あいつの好きな花を買いに行こうとしてたんだ。でもさ、その日持ってた財布には1000円しかないわクレジットカードもないわで…まあ、花束なんて買えなかったわけよ」
「…お金がないとか…」
「はは。いやー、ほんとやっちまったよな。財布を新しく変えて、古い財布から身分証以外新しい財布に詰め込んでる最中に〈そうだ!花を買おう!〉なんて思ったわけで。俺は古い財布だけ手に持って出かけたってわけ」
「バカシンタ」
「全くもってその通り!」
歩きながら話している新太はゲラゲラ笑っておちゃらけている。僕はそんな彼を眺めなら深くため息をついた。
「で?その後どうなったの?」
僕が話の続きを聞こうと声をかければ、彼はポリポリと頬を指でかいた。この仕草は彼の癖のようだ。
「いやー、花をあげたいけど花を買えなくて。よし、野花を探すか!ってなったんだよな」
「いやいやいや。そこは一旦お家に帰って新しい財布を取りに行こうってならなかったわけ?」
「うむ。ならなかった!」
「バカシンタ」
僕がまた呆れながらため息をつくと、新太は「はっはっはっ」と声あげて笑い始めた。
「本当になー。俺ってさ、ちょーっと何かに夢中になりすぎる気質があってさ。亜弥は逆に冷静に物事を判断してズバッと決めてくれる女だったから、俺がやりすぎたら丁度いいタイミングで止めてくれたし、失敗しても笑って許してくれて…」
新太は何かを思い出したのか少しだけ悲しそうな顔になった。でもすぐにニカっと太陽のような笑顔に戻ると話を続けた。
「で、俺は花を探しにぶらぶら歩いて気がついたら夜になっててさ」
「…はぁ…」
「あの日は日曜日だった。亜弥は独身最後だって友人と遊んでたし、俺は家でゴロゴロする予定だったけど昼間から出歩いて気がついたら夜!」
「…うん。もう何も言わない」
新太がとても能天気な人間だと気がついた僕は、また深いため息をついて彼の話に耳を傾けた。彼と一緒にいるとため息が癖になりそうだ。
「でな、あぜ道に咲いてる花を見つけて手に取ってやったー!ってした瞬間に車にドーンっとやられたわけよ」
「へー」
「で、俺は思った。うつ伏せでぶっ倒れながら、体は痛いしどんどん目の前は暗くなる。でもどうしても亜弥に会いたい。愛してるって伝えたい。この花を持って…」
新太はそこまで話すと歩みを止めた。僕も釣られて足を止めて彼を見上げれば、新太は申し訳なさそうな顔をしていた。
「ソレを強く強く願い過ぎた。消えゆく意識の中…目の前に見えた真っ黒なモコ毛に願ってしまったんだ。〈今すぐ亜弥に会いたい。お前になれば行けるのに。愛してると伝えたい〉ってな」
「……モコ毛……」
「おう。ちっこいモコ毛だ。で、死んでお迎えが来てしこたま怒られたわけよ」
「怒られた?」
話の流れがわからずに首を傾げれば新太はまた申し訳なさそうな顔をしてポリポリと頬をかいた。
「おう。死んでからお世話になる係員的なやつにな。俺が強く強く願ってしまった残留思念的なのが幼く無垢な動物に宿ってしまったってな。ゲンコツ30回は頭にくらった!あのねーちゃんまじ怖かったわ」
「……え……」
「そう。つまり、俺の思念が九郎。いや、一郎。お前に宿っちまった。亜弥との出会いを覚えているか?」
新太に言われて古い記憶を探ってみる。しかし、僕は亜弥ちゃんと出会った時のことをぼんやりとしか思いませなかった。
「確か…誰かに追いかけられてて、亜弥ちゃんに拾ってもらったような…」
「おう。そうだ。残留思念も割と曖昧でな。一郎は初め自分の名前、つまり俺の名前な。それすら分かってなかったはずだ。そして、俺は両親をオカン、オトン呼びにしてるし、亜弥のことを亜弥ちゃんとは呼ばない。お前はオカンが〈亜弥ちゃん〉と言った事で目的の相手の名前を認識しただけなんだよ。それでも俺だと思い込んでる事で、俺だった頃の知識も多少なりとも引き継いでいた。だから初めて見るものでもそれがある理由を理解できたってわけだ」
「…まって、えと…」
「だから、お前は俺になりきってたけど似非俺的な感じだったってことよ」
「…………」
新太の説明はちょっと意味がわからなかった。辻褄が合うような合わないような…とにかく理解が難しかった。僕が頭の中で彼の言葉を理解しようとグルグルさせている間に新太の話はどんどんと進んだ。
「まとめれば、お前は俺の代わりに亜弥に会いに行く、愛してると伝える係だった。それで一度目の生で任務を全うしたお前は生まれ変わるたびに、俺の思念が薄くなり、〈僕〉として生きる事ができた。で、九郎になるまでに芽生えたお前の感情によって何度も亜弥に会いに行った。そんな感じだな」
「……ちょっと待って?僕が亜弥ちゃんに伝えたって…僕は話せない!!!」
新太は語りきって満足そうしていたが、僕は全く待って納得できなかった。わけがわからず新太の横腹に向かって右ストレートパンチをくらわせれば、彼はケラケラ笑って僕を見つめた。
「んん、そだな。ほら、お前の癖というか亜弥によくしてたのあるだろ?ほら?これこれ」
新太は僕を見つめおちゃらけながら瞼を何度も閉じたり開いたりし始めた。
「…あー」
「な?な?これ、わかるだろ?」
新太は徐々に片目ずつ交互に閉じたりと遊び始めた。僕はそれを眺めなら一郎だった頃のことを思い出そうと記憶を掘り起こした。
(確かに…僕は何気なしに亜弥ちゃんに瞬きをゆっくり2回した気がする。そのきっかけはどうしてもそれをやらねばならないと思って…)
僕がうーんっと唸り始めると、新太はやっとふざけた態度をやめた。そして、僕の前にしゃがみ込むと頭を優しく撫でてきた。
「結婚したら猫を飼おう。そう2人で決めてから、俺と亜弥は猫の飼い方などを軽く本で調べた。それで2人で猫じゃないけど言葉に出しにくい事を伝えたい時に、ある事をしようと決めた。それが【見つめ合ってゆっくり瞬きをする】行為だった。猫ってさ、好きだよーって気持ちを伝える時にそれをするらしい。でな、俺も亜弥もお互いに好きだと思っても中々言葉に出せないタイプでさ。でも見つめあって瞬きするぐらいできるだろ?」
新太は少し照れくさそうにしながら話を続けた。
「見つめあって一回の瞬きは好き。2回は愛してる。3回はすげー愛してる。回数で気持ちを表現することにしたんだ。だからお前は亜耶に出会って瞬きを二回してくれただろ?」
「…うん」
「それでお前の任務は完了したってわけ。すぐにしんじまったのもそれが理由だ。係員も元々の寿命を全うできなかったからって早めに輪廻させて…で、俺はまた奴らにしこたま怒られた!!理由もわからずゲンコツが飛んできてよ。マジで怖かったね!なんかウンタラカンタラ言ってたわ」
ワッハッハと豪快に笑う新太を見つめながら、僕は瞬き2回の意味を知って少し困惑していた。
(僕、あの仕草は亜弥ちゃんに〈僕〉だよって知らせるためにしてたんだけど…。もしかして出会ってすぐに瞬きを2回する僕のことを…)
僕がまたうーんっと悩み始めた様子を見て、新太は僕の頭をまた優しく撫でてきた。
「ずっと俺だと思って接してたんじゃないかって?大丈夫大丈夫。お前しっかり者だったしさ、俺がもし猫になっても毎日やらかしてたって。そりゃ、一郎の時は俺かなぁ?なんて思ってかもだけど、それ以降はお前の事はお前だと認識してたと思うぜ。そうじゃなかったら…あいつは墓参りでお前の自慢しねーって。『新太と違って、五郎はねぇ』とか何度も聞かされたわ…」
ははっと気まずそうに笑いながらも、新太は僕を励まそうしているのか声色はとても優しかった。
「そっか…」
亜弥ちゃん本人に聞いたわけではないため、実はあまり納得できていない。でも僕にとって彼女が特別だってことには変わらない。だから僕は新太の話を信じる事にした。
「わかった。信じる。でも、なんで僕は9回も生まれ変われたんだろ。前の記憶を持って…」
「あー、それはさ。俺もよくわかんねーんだ。すまん。あのねーちゃん達が何か目的を持ってやってたのかもだが…」
「…なるほど?そのねーちゃんさん?ってのは?」
彼を見上げて首を傾げれば、新太も同じように首を傾げた。
「さぁ?」
「…答えを期待した僕が馬鹿だったね」
「ひでー!!てか、お前ちょっと亜弥と性格似てきてんな」
新太は少し拗ねたような声を出してから僕の頭を優しく撫でた。そして、ニッと笑うと僕の手を取ってまたゆっくり歩き始めた。僕は初めに歩き出した時より軽い足取りで彼についていった。
「そりゃ、僕は亜弥ちゃんでできてるようなものだからね」
「おーおー、言ってくれますなぁ。でもな、亜弥は俺のだ!!!」
「ふん。大事な日に馬鹿して居なくなったくせに」
「…くっ…。それを言ってくれるな!俺の中でもやらかし第一位なんだからよ!!」
僕たちはやいのやいのと言い合いながら前に向かって歩いた。目的地はないけど、足は自然と向かう方向がわかってるようで迷いなく前に進んだ。
「新太は馬鹿だからね。もし亜弥ちゃんに今から会ったとしても僕は味方しないから。しこたま怒られてしまえ」
「ぐぬぬぬ。何も言えねー」
「あははは」
悔しそうにしながらも、新太は僕の右肩に腕を回してきた。横を向けば不思議と目線が同じになっており、彼の顔立ちが幼くなっている。でもソレが当たり前なような気もしつつも、僕は自分の左腕を彼の左肩に回した。
そして2人で顔を見合わせてニヤッと笑うとそのまま一緒に歩き続けた。
どこまでも、どこまでも。
2人の体が透けて見えなくなるまで…。
「終わりよければ全てよし。思いがけないことも起きたけど、あの魂が壊れず無事に成長できて良かったわね」
「はい…本当に…」
2人の男女は大きさは違えど白く輝く二つの球体を透明な箱の中に入れるとホッと息をついた。
彼らは高級そうなスーツを着ており、金色の瞳の女性は黒い長い髪を1つに結んでいる。銀色の瞳の男性は肩まである黒い髪を少し揺らしながら、箱に入っている球体を心配そうに見つめていた。
「次の転生は100年ほど休息させてからにするわよ」
「はい、姉上」
姉上と呼ばれた女性は手に箱を持ちながら、隣にいる男性に何か問いかける目線を送った。その目線を受け止めた男性はシュンっと肩を落として俯き、小さな声でつぶやいた。
「ごめんなさい。反省はしています。でも、まだよくわかりません」
彼の少し震えるような声に女性は大きなため息をつくと、手元にある箱を見つめた。
「謝る相手は私じゃないでしょ。失敗は誰にでもあること。ただ、願いを叶える時ほど相手の気持ちをおざなりにしてしまうのはダメ。この魂が壊れなかったのは偶然でも出会った彼らのおかげであって、私達の力ではない。万能な力なんてないのよ…」
「はい…」
男性は返事をしながら顔を上げるが、少し腑に落ちないような様子だった。女性はそれを見て少し微笑みながら、彼に箱を手渡した。
「彼女の魂もここに入れましょう。さすれば100年の休息の間に細かいひび割れも綺麗になるはず。管理は貴方に任せるわね」
「はい。お任せください」
女性の言葉をきき、男性は何処からともなく白く輝く球体を片手に出現させると箱の中にそっと入れた。
箱の中では大中小の球体が再会を喜ぶかのようにキラキラと輝きを増した。そして2つの球体は1番小さな球体を包むように寄り添うと3つは淡く優しい光を放った。
それを見届けた男性は優しい笑みを浮かべ、そっと箱を胸に抱くと彼の腕からパッと箱が消えた。
女性はそれを確認すると両手をあげて体を伸ばしてから、パチンッと自分の両頬を両手で叩いて気合をいれた。そしてすぐに何かを思いついたかのような顔になった。
「次は…あら、あの時代の彼が待ってる頃だわ。お寺にいるようね。さあ、行くわよ」
「はい、姉上」
2人はスーツ姿から、着物姿に変わるとその場からスッと消えていった。
ーーーーーーーーーー
「こんにちわ。突然お伺いしてすみません。今日から隣に引っ越してきた朝倉です。これからよろしくお願いします。あ、あの。よかったらこちらをお受け取りください」
玄関先に現れた穏やかそうな笑みを浮かべた男女は、扉を開けて出迎えた女性に頭を下げると手に持っていた手提げ袋を相手に差し出した。
「あらあらまあまあ!わざわざご丁寧に…」
差し出された袋を女性が受け取ろうとすると、後ろからドタバタと大きな足音を立てて何かが近寄ってくる。すると隙間から小さな手が伸びきて女性よりも先に紙袋をひったくった。
「こら!朔哉!」
ひったくり犯に向かって女性が声を荒あげれば、当の本人は悪びれる様子もなく袋の中を覗き込んだ。
「燈哉!みろよ!バームクーヘンだぜ!」
朔哉と呼ばれた10歳ごろの少年は後ろを振り返ると、追いかけてきた同じ年頃の少年に声をかけた。
「こらー!それより先に挨拶でしょ!」
女性は紙袋を持った少年の頭をペチンと叩くと、訪問してきた男女に向かって頭を下げさせた。
「すみません、うちの息子がご無礼を…」
「いえいえ。元気があっていいですね。双子さんですか?」
「そうなんです。顔はそっくりなんですけど、体型も性格も違うので2人並べは割と区別はつきやすいんです。若干体が大きくてわんぱくなのが長男の朔哉。小柄ですが兄より冷静なのが次男の燈哉です。ほら、あんたたち挨拶なさい」
朔哉と紹介された少年は頭を押さえつけられつつも、小さな声で「よろしくっす」と呟く。少し不貞腐れた様子だ。
燈哉と紹介された少年は少し頭を下げると、目の前にいる男女の後ろに小さな影がいる事に気がついた。
その視線に気がついた男女はクスリと笑うと、自分たちの後ろにいる人物に前に出てくるように優しく声をかけた。
「紬。ご挨拶しなさい」
「……あ、朝倉紬です。よろしくね」
ひょこっと顔だけ出して、恥ずかしそうにしながら自己紹介をした少女も少年と同じ年頃に見える。彼女は言葉を出したらすぐに自分の両親の後ろに隠れた。
その様子を双子の少年達はポケッとした顔で見つめていたが、すぐ同時に耳まで真っ赤に染め上げた。そして2人同時に扉の前まで飛び出すと、隠れてしまった少女の両脇に近寄った。
「つ、紬!紬だな。お、おれは朔哉!」
「俺は燈哉」
「「仲良くしようぜ!!」」
紬と名乗った少女は突然現れた少年たちにびっくりしながらも、2人が両脇から自分の腕を引っ張るためオロオロとし始めた。
その間にも少年達はどこか嬉しそうに笑いながらも、少女から離れようとしない。
困った様子の少女が離してもらおうと口を開く前に、少年2人は少女を離すまいと彼女の腕に抱きついた。
「なぁなぁ。今からゲームしようぜ!」
「いや、俺とお菓子を食べようよ。バームクーヘンもあるしさ」
「えっええ?」
2人の少年は少女に声をかけつつ、とても嬉しそうにしている。少女は突然のことにまだ理解できないまま彼ら2人に引っ張られるように自宅に連れ込まれていった。
少女は小柄であることもあって、双子達に抵抗する力は無かったようだ。
その様子を見ていた親達3人は嵐が過ぎ去ってからお互いにペコペコと頭を下げ始めた。
「すみません。うちの息子達が強引で…」
「い、いえいえ!あの子はとても引っ込み思案でお友達ができるか心配していたんです。あのくらい強引な方が新しい環境にも慣れてくれるかと。仲良くしていただけると嬉しいです」
「そうだな。あの子にはあれぐらいがちょうどいい」
「あらまあ。本当ですか?あ、よかったらお二人も我が家にぜひおいでください。ちょーっと散らかってますけど足の踏み場はありますので!どうぞどうぞ」
少年達の母親はニコニコ笑って、少女の両親を家に招き入れた。遠慮がちな様子の夫婦もペコペコと頭を下げつつも言葉に甘えて玄関の中に入っていった。
パタンと閉まる扉を外の街路樹から見つめる2つの影。
向かい側にある一軒家から聞こえる楽しそうに笑う声を聞いている様子だ。
しかし、しばらくするとその影は跡形もなく消えていった。
「うわぁぁぁ!」
誰かがウトウトしていた僕の頭をべチーンと大きな音を立てて叩いた。それがとても痛くて痛い場所を手で摩りながら僕はゆっくり目を開けた。
「ふぁぁぁ。どこ、ここ」
大きなあくびをして頭を摩っていた手で寝ぼけ眼を擦りながら見つめた先は、真っ白しか見えない空間だった。
「まあ。生と死の狭間的なアレじゃね?」
声が聞こえた方向に目線を向ければ、タバコを咥えた成人男性が佇んでいた。
「…ふーん。って、君は誰?」
僕はゆっくり上半身を起こした。不思議なことに起こした体の目線が高い。そして目の前の男性の目はとても既視感があった。
「お前もよく知ってる」
「僕が?」
フーっと口から煙を出した彼は僕に手を差し出してきた。首を傾げながらその手に自分の手を乗せると見えたのもは同じ[手]だった。
「え?ええ?」
「なんだよ」
状況がわからず慌てていると、彼は僕の手を掴んで引っ張り上げた。その勢いにつられて立ち上がると、僕より背が高い彼を見上げた。
彼は少し笑ったような顔をするとパッと手を離した。
それがどこか寂しく感じながらも、僕は目線を手元に戻す。見えている[両手]を握ったり開いたりしながら彼に声をかけた。
「変なこと言ってもいい?あの、僕ってさ…」
「なんだよ」
「僕って猫じゃないよね。人だよね」
「どう見ても人間だし猫じゃない。そんでもって小学校低学年ぐらいに見える」
「はは、ははは。猫じゃない…」
ずっと欲しかった体。何度生まれ変わっても僕は〈猫〉だった。亜弥ちゃんが泣いている時に抱きしめる腕、涙を拭う指…。
何度も欲しいと願った姿に成っている。
ただ、それがとても無情に感じた。
「死んでからもらってもな…」
「あ?」
「生きているときに。彼女…亜弥ちゃんが生きている時に…この体に変わりたかったよ…」
僕は目の前がだんだん歪んでいくのを感じながら目の前の青年を見上げた。彼は咥えていたタバコを口から離すと、フーッと煙を出して地面にタバコを投げ捨てた。
そして履いている靴でタバコを踏んでぐりぐりと地面に押しつけると、ポンポンと僕の頭を軽く叩いた。
「そりゃあ、まあ。ことの発端は俺が悪かったわけで。お前はただの猫だから仕方ない」
「どう…いう…いみ?」
ひっくひっくと声を上げて泣きそうになる幼い体を両手で抱きしめながら彼を見つめれば、彼は僕の目の前にしゃがんで目線を同じにした。
「今から言うことが全ての事実だ。そしてこの話を聞いてお前がどう感じるかによって俺も償わなければいけない。とにかく聞いてくれ」
「…うん」
僕の頭をポンポンと軽く叩いた彼は僕の目をじっと見つめた。何を言うこともなくただじっと見つめるその目は、やはりどこか懐かしさを感じる。そんなことを考えながら見つめていると、彼はニカッと笑いながら口を開いた。
「まずは自己紹介からだな。俺の名前は五島新太」
「…ごとう…しんた」
とても聞き覚えがある名前であり、とても懐かしい。そして、名前を聞いてもピンと来ない僕の顔を見て彼は笑っていた。
「9回も生まれ変わったのもあって、やっぱ思念が薄くなったてたか。いいことだ。よし、お前の名前は?」
僕は涙を拭いてから彼を見つめて質問を返した。
「えっと…今は九郎です。初めての名前は一郎でそれから数字が増えて九郎に」
「うんうん。そうだな。亜弥はほんとセンスがない」
「でも、今はでは割と気に入ってるかな」
えへへっと頬をかきながら笑えば彼は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃ、とりあえず九郎って呼ぶぞ。俺の事は新太って呼んでくれ」
「しん、た…」
言葉に出せばとても聞き覚えがある感じがさらに増えた。確か…
「亜弥ちゃんがいつも言ってた。シンタノバカ?」
彼女がよく発していた言葉を何気なく呟けば、彼はポリポリと頬を掻きながら気まずそうに僕から目を逸らした。
「お、おう。馬鹿なのは…事実だな」
「馬鹿したの?」
「…お、おう。盛大にな」
新太はハハハっと乾いた笑いをすると、僕の頭をまたポンポンと軽く叩いた。
「まっ、本題はここからだ。歩きながら話そうか」
「う、うん」
新太は僕の手を取ると、立ち上がってゆっくり歩き始めた。僕よりも歩幅が広いのを理解しているようで、僕が歩きやすい歩調だった。
そもそも人間になったのが初めてなのにスタスタと歩いている僕は、この状態が現実ではない事をようやく受け入れ始めていた。
そんな僕に向かって新太はニカっと太陽のような笑顔を見せながら話しかけてきた。
「亜弥のこと、ありがとうな。最後まで九郎が一緒に居てくれて…アイツも楽しかっただろうと思う」
「そう、かな。でも僕が亜弥ちゃんの側に居たくてしたことだし…」
「あー、そうだけどな。ただまあ、お前がそう思ったきっかけは俺だったんだ。んー、とにかく聞いてくれ」
彼はまた気まずそうに頬を指でポリポリかくとやっと説明という長い長い話を始めた。
「あの日俺は亜弥と明日入籍するってんで、あいつの好きな花を買いに行こうとしてたんだ。でもさ、その日持ってた財布には1000円しかないわクレジットカードもないわで…まあ、花束なんて買えなかったわけよ」
「…お金がないとか…」
「はは。いやー、ほんとやっちまったよな。財布を新しく変えて、古い財布から身分証以外新しい財布に詰め込んでる最中に〈そうだ!花を買おう!〉なんて思ったわけで。俺は古い財布だけ手に持って出かけたってわけ」
「バカシンタ」
「全くもってその通り!」
歩きながら話している新太はゲラゲラ笑っておちゃらけている。僕はそんな彼を眺めなら深くため息をついた。
「で?その後どうなったの?」
僕が話の続きを聞こうと声をかければ、彼はポリポリと頬を指でかいた。この仕草は彼の癖のようだ。
「いやー、花をあげたいけど花を買えなくて。よし、野花を探すか!ってなったんだよな」
「いやいやいや。そこは一旦お家に帰って新しい財布を取りに行こうってならなかったわけ?」
「うむ。ならなかった!」
「バカシンタ」
僕がまた呆れながらため息をつくと、新太は「はっはっはっ」と声あげて笑い始めた。
「本当になー。俺ってさ、ちょーっと何かに夢中になりすぎる気質があってさ。亜弥は逆に冷静に物事を判断してズバッと決めてくれる女だったから、俺がやりすぎたら丁度いいタイミングで止めてくれたし、失敗しても笑って許してくれて…」
新太は何かを思い出したのか少しだけ悲しそうな顔になった。でもすぐにニカっと太陽のような笑顔に戻ると話を続けた。
「で、俺は花を探しにぶらぶら歩いて気がついたら夜になっててさ」
「…はぁ…」
「あの日は日曜日だった。亜弥は独身最後だって友人と遊んでたし、俺は家でゴロゴロする予定だったけど昼間から出歩いて気がついたら夜!」
「…うん。もう何も言わない」
新太がとても能天気な人間だと気がついた僕は、また深いため息をついて彼の話に耳を傾けた。彼と一緒にいるとため息が癖になりそうだ。
「でな、あぜ道に咲いてる花を見つけて手に取ってやったー!ってした瞬間に車にドーンっとやられたわけよ」
「へー」
「で、俺は思った。うつ伏せでぶっ倒れながら、体は痛いしどんどん目の前は暗くなる。でもどうしても亜弥に会いたい。愛してるって伝えたい。この花を持って…」
新太はそこまで話すと歩みを止めた。僕も釣られて足を止めて彼を見上げれば、新太は申し訳なさそうな顔をしていた。
「ソレを強く強く願い過ぎた。消えゆく意識の中…目の前に見えた真っ黒なモコ毛に願ってしまったんだ。〈今すぐ亜弥に会いたい。お前になれば行けるのに。愛してると伝えたい〉ってな」
「……モコ毛……」
「おう。ちっこいモコ毛だ。で、死んでお迎えが来てしこたま怒られたわけよ」
「怒られた?」
話の流れがわからずに首を傾げれば新太はまた申し訳なさそうな顔をしてポリポリと頬をかいた。
「おう。死んでからお世話になる係員的なやつにな。俺が強く強く願ってしまった残留思念的なのが幼く無垢な動物に宿ってしまったってな。ゲンコツ30回は頭にくらった!あのねーちゃんまじ怖かったわ」
「……え……」
「そう。つまり、俺の思念が九郎。いや、一郎。お前に宿っちまった。亜弥との出会いを覚えているか?」
新太に言われて古い記憶を探ってみる。しかし、僕は亜弥ちゃんと出会った時のことをぼんやりとしか思いませなかった。
「確か…誰かに追いかけられてて、亜弥ちゃんに拾ってもらったような…」
「おう。そうだ。残留思念も割と曖昧でな。一郎は初め自分の名前、つまり俺の名前な。それすら分かってなかったはずだ。そして、俺は両親をオカン、オトン呼びにしてるし、亜弥のことを亜弥ちゃんとは呼ばない。お前はオカンが〈亜弥ちゃん〉と言った事で目的の相手の名前を認識しただけなんだよ。それでも俺だと思い込んでる事で、俺だった頃の知識も多少なりとも引き継いでいた。だから初めて見るものでもそれがある理由を理解できたってわけだ」
「…まって、えと…」
「だから、お前は俺になりきってたけど似非俺的な感じだったってことよ」
「…………」
新太の説明はちょっと意味がわからなかった。辻褄が合うような合わないような…とにかく理解が難しかった。僕が頭の中で彼の言葉を理解しようとグルグルさせている間に新太の話はどんどんと進んだ。
「まとめれば、お前は俺の代わりに亜弥に会いに行く、愛してると伝える係だった。それで一度目の生で任務を全うしたお前は生まれ変わるたびに、俺の思念が薄くなり、〈僕〉として生きる事ができた。で、九郎になるまでに芽生えたお前の感情によって何度も亜弥に会いに行った。そんな感じだな」
「……ちょっと待って?僕が亜弥ちゃんに伝えたって…僕は話せない!!!」
新太は語りきって満足そうしていたが、僕は全く待って納得できなかった。わけがわからず新太の横腹に向かって右ストレートパンチをくらわせれば、彼はケラケラ笑って僕を見つめた。
「んん、そだな。ほら、お前の癖というか亜弥によくしてたのあるだろ?ほら?これこれ」
新太は僕を見つめおちゃらけながら瞼を何度も閉じたり開いたりし始めた。
「…あー」
「な?な?これ、わかるだろ?」
新太は徐々に片目ずつ交互に閉じたりと遊び始めた。僕はそれを眺めなら一郎だった頃のことを思い出そうと記憶を掘り起こした。
(確かに…僕は何気なしに亜弥ちゃんに瞬きをゆっくり2回した気がする。そのきっかけはどうしてもそれをやらねばならないと思って…)
僕がうーんっと唸り始めると、新太はやっとふざけた態度をやめた。そして、僕の前にしゃがみ込むと頭を優しく撫でてきた。
「結婚したら猫を飼おう。そう2人で決めてから、俺と亜弥は猫の飼い方などを軽く本で調べた。それで2人で猫じゃないけど言葉に出しにくい事を伝えたい時に、ある事をしようと決めた。それが【見つめ合ってゆっくり瞬きをする】行為だった。猫ってさ、好きだよーって気持ちを伝える時にそれをするらしい。でな、俺も亜弥もお互いに好きだと思っても中々言葉に出せないタイプでさ。でも見つめあって瞬きするぐらいできるだろ?」
新太は少し照れくさそうにしながら話を続けた。
「見つめあって一回の瞬きは好き。2回は愛してる。3回はすげー愛してる。回数で気持ちを表現することにしたんだ。だからお前は亜耶に出会って瞬きを二回してくれただろ?」
「…うん」
「それでお前の任務は完了したってわけ。すぐにしんじまったのもそれが理由だ。係員も元々の寿命を全うできなかったからって早めに輪廻させて…で、俺はまた奴らにしこたま怒られた!!理由もわからずゲンコツが飛んできてよ。マジで怖かったね!なんかウンタラカンタラ言ってたわ」
ワッハッハと豪快に笑う新太を見つめながら、僕は瞬き2回の意味を知って少し困惑していた。
(僕、あの仕草は亜弥ちゃんに〈僕〉だよって知らせるためにしてたんだけど…。もしかして出会ってすぐに瞬きを2回する僕のことを…)
僕がまたうーんっと悩み始めた様子を見て、新太は僕の頭をまた優しく撫でてきた。
「ずっと俺だと思って接してたんじゃないかって?大丈夫大丈夫。お前しっかり者だったしさ、俺がもし猫になっても毎日やらかしてたって。そりゃ、一郎の時は俺かなぁ?なんて思ってかもだけど、それ以降はお前の事はお前だと認識してたと思うぜ。そうじゃなかったら…あいつは墓参りでお前の自慢しねーって。『新太と違って、五郎はねぇ』とか何度も聞かされたわ…」
ははっと気まずそうに笑いながらも、新太は僕を励まそうしているのか声色はとても優しかった。
「そっか…」
亜弥ちゃん本人に聞いたわけではないため、実はあまり納得できていない。でも僕にとって彼女が特別だってことには変わらない。だから僕は新太の話を信じる事にした。
「わかった。信じる。でも、なんで僕は9回も生まれ変われたんだろ。前の記憶を持って…」
「あー、それはさ。俺もよくわかんねーんだ。すまん。あのねーちゃん達が何か目的を持ってやってたのかもだが…」
「…なるほど?そのねーちゃんさん?ってのは?」
彼を見上げて首を傾げれば、新太も同じように首を傾げた。
「さぁ?」
「…答えを期待した僕が馬鹿だったね」
「ひでー!!てか、お前ちょっと亜弥と性格似てきてんな」
新太は少し拗ねたような声を出してから僕の頭を優しく撫でた。そして、ニッと笑うと僕の手を取ってまたゆっくり歩き始めた。僕は初めに歩き出した時より軽い足取りで彼についていった。
「そりゃ、僕は亜弥ちゃんでできてるようなものだからね」
「おーおー、言ってくれますなぁ。でもな、亜弥は俺のだ!!!」
「ふん。大事な日に馬鹿して居なくなったくせに」
「…くっ…。それを言ってくれるな!俺の中でもやらかし第一位なんだからよ!!」
僕たちはやいのやいのと言い合いながら前に向かって歩いた。目的地はないけど、足は自然と向かう方向がわかってるようで迷いなく前に進んだ。
「新太は馬鹿だからね。もし亜弥ちゃんに今から会ったとしても僕は味方しないから。しこたま怒られてしまえ」
「ぐぬぬぬ。何も言えねー」
「あははは」
悔しそうにしながらも、新太は僕の右肩に腕を回してきた。横を向けば不思議と目線が同じになっており、彼の顔立ちが幼くなっている。でもソレが当たり前なような気もしつつも、僕は自分の左腕を彼の左肩に回した。
そして2人で顔を見合わせてニヤッと笑うとそのまま一緒に歩き続けた。
どこまでも、どこまでも。
2人の体が透けて見えなくなるまで…。
「終わりよければ全てよし。思いがけないことも起きたけど、あの魂が壊れず無事に成長できて良かったわね」
「はい…本当に…」
2人の男女は大きさは違えど白く輝く二つの球体を透明な箱の中に入れるとホッと息をついた。
彼らは高級そうなスーツを着ており、金色の瞳の女性は黒い長い髪を1つに結んでいる。銀色の瞳の男性は肩まである黒い髪を少し揺らしながら、箱に入っている球体を心配そうに見つめていた。
「次の転生は100年ほど休息させてからにするわよ」
「はい、姉上」
姉上と呼ばれた女性は手に箱を持ちながら、隣にいる男性に何か問いかける目線を送った。その目線を受け止めた男性はシュンっと肩を落として俯き、小さな声でつぶやいた。
「ごめんなさい。反省はしています。でも、まだよくわかりません」
彼の少し震えるような声に女性は大きなため息をつくと、手元にある箱を見つめた。
「謝る相手は私じゃないでしょ。失敗は誰にでもあること。ただ、願いを叶える時ほど相手の気持ちをおざなりにしてしまうのはダメ。この魂が壊れなかったのは偶然でも出会った彼らのおかげであって、私達の力ではない。万能な力なんてないのよ…」
「はい…」
男性は返事をしながら顔を上げるが、少し腑に落ちないような様子だった。女性はそれを見て少し微笑みながら、彼に箱を手渡した。
「彼女の魂もここに入れましょう。さすれば100年の休息の間に細かいひび割れも綺麗になるはず。管理は貴方に任せるわね」
「はい。お任せください」
女性の言葉をきき、男性は何処からともなく白く輝く球体を片手に出現させると箱の中にそっと入れた。
箱の中では大中小の球体が再会を喜ぶかのようにキラキラと輝きを増した。そして2つの球体は1番小さな球体を包むように寄り添うと3つは淡く優しい光を放った。
それを見届けた男性は優しい笑みを浮かべ、そっと箱を胸に抱くと彼の腕からパッと箱が消えた。
女性はそれを確認すると両手をあげて体を伸ばしてから、パチンッと自分の両頬を両手で叩いて気合をいれた。そしてすぐに何かを思いついたかのような顔になった。
「次は…あら、あの時代の彼が待ってる頃だわ。お寺にいるようね。さあ、行くわよ」
「はい、姉上」
2人はスーツ姿から、着物姿に変わるとその場からスッと消えていった。
ーーーーーーーーーー
「こんにちわ。突然お伺いしてすみません。今日から隣に引っ越してきた朝倉です。これからよろしくお願いします。あ、あの。よかったらこちらをお受け取りください」
玄関先に現れた穏やかそうな笑みを浮かべた男女は、扉を開けて出迎えた女性に頭を下げると手に持っていた手提げ袋を相手に差し出した。
「あらあらまあまあ!わざわざご丁寧に…」
差し出された袋を女性が受け取ろうとすると、後ろからドタバタと大きな足音を立てて何かが近寄ってくる。すると隙間から小さな手が伸びきて女性よりも先に紙袋をひったくった。
「こら!朔哉!」
ひったくり犯に向かって女性が声を荒あげれば、当の本人は悪びれる様子もなく袋の中を覗き込んだ。
「燈哉!みろよ!バームクーヘンだぜ!」
朔哉と呼ばれた10歳ごろの少年は後ろを振り返ると、追いかけてきた同じ年頃の少年に声をかけた。
「こらー!それより先に挨拶でしょ!」
女性は紙袋を持った少年の頭をペチンと叩くと、訪問してきた男女に向かって頭を下げさせた。
「すみません、うちの息子がご無礼を…」
「いえいえ。元気があっていいですね。双子さんですか?」
「そうなんです。顔はそっくりなんですけど、体型も性格も違うので2人並べは割と区別はつきやすいんです。若干体が大きくてわんぱくなのが長男の朔哉。小柄ですが兄より冷静なのが次男の燈哉です。ほら、あんたたち挨拶なさい」
朔哉と紹介された少年は頭を押さえつけられつつも、小さな声で「よろしくっす」と呟く。少し不貞腐れた様子だ。
燈哉と紹介された少年は少し頭を下げると、目の前にいる男女の後ろに小さな影がいる事に気がついた。
その視線に気がついた男女はクスリと笑うと、自分たちの後ろにいる人物に前に出てくるように優しく声をかけた。
「紬。ご挨拶しなさい」
「……あ、朝倉紬です。よろしくね」
ひょこっと顔だけ出して、恥ずかしそうにしながら自己紹介をした少女も少年と同じ年頃に見える。彼女は言葉を出したらすぐに自分の両親の後ろに隠れた。
その様子を双子の少年達はポケッとした顔で見つめていたが、すぐ同時に耳まで真っ赤に染め上げた。そして2人同時に扉の前まで飛び出すと、隠れてしまった少女の両脇に近寄った。
「つ、紬!紬だな。お、おれは朔哉!」
「俺は燈哉」
「「仲良くしようぜ!!」」
紬と名乗った少女は突然現れた少年たちにびっくりしながらも、2人が両脇から自分の腕を引っ張るためオロオロとし始めた。
その間にも少年達はどこか嬉しそうに笑いながらも、少女から離れようとしない。
困った様子の少女が離してもらおうと口を開く前に、少年2人は少女を離すまいと彼女の腕に抱きついた。
「なぁなぁ。今からゲームしようぜ!」
「いや、俺とお菓子を食べようよ。バームクーヘンもあるしさ」
「えっええ?」
2人の少年は少女に声をかけつつ、とても嬉しそうにしている。少女は突然のことにまだ理解できないまま彼ら2人に引っ張られるように自宅に連れ込まれていった。
少女は小柄であることもあって、双子達に抵抗する力は無かったようだ。
その様子を見ていた親達3人は嵐が過ぎ去ってからお互いにペコペコと頭を下げ始めた。
「すみません。うちの息子達が強引で…」
「い、いえいえ!あの子はとても引っ込み思案でお友達ができるか心配していたんです。あのくらい強引な方が新しい環境にも慣れてくれるかと。仲良くしていただけると嬉しいです」
「そうだな。あの子にはあれぐらいがちょうどいい」
「あらまあ。本当ですか?あ、よかったらお二人も我が家にぜひおいでください。ちょーっと散らかってますけど足の踏み場はありますので!どうぞどうぞ」
少年達の母親はニコニコ笑って、少女の両親を家に招き入れた。遠慮がちな様子の夫婦もペコペコと頭を下げつつも言葉に甘えて玄関の中に入っていった。
パタンと閉まる扉を外の街路樹から見つめる2つの影。
向かい側にある一軒家から聞こえる楽しそうに笑う声を聞いている様子だ。
しかし、しばらくするとその影は跡形もなく消えていった。
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