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君と9
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「九郎。私もうダメみたい」
「にゃぁ…(うん)」
僕の頭を撫でながらにっこり笑う彼女はどんなに歳を取っても僕の好きな笑顔を見せてくれている。今は腕を上げる事さえ辛いはず。周りの人の反対を押し切って僕が待ってる家に帰ってきたから…。
僕の頭を撫でる手の重みは昔に比べて軽くなっている。ベッドに横になっている彼女の左横に座って、僕は彼女がとてもとても愛おしくてぐりぐりと頭を彼女の手の平に擦り付けた。
僕にできる愛情表現は少ない。それでも、この愛おしいと思う気持ちが伝わればいい。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、彼女はさらに目尻を下げて微笑んだ。
「九郎。私がいなくなってもご飯は食べなきゃダメよ。あと…ごほっ………ごほごほ………っ。あ……あと、親戚のお家で新しい家族が待ってるから、後のことは心配しない事」
彼女は息苦しそうに息をしながらも僕の頭を撫で続けて話している。しかし、話すことも辛いはず。
僕は返事をすることをあえてやめた。なぜなら僕が返答すれば、彼女は喋り続けてしまうからだ。
でも聞いてることは知っていてほしい。だから僕はじーっと彼女を見つめた。彼女は僕の視線を受け止めると、フッと肩の力を抜いた。
「はぁ…九郎を残して行くのは心残りだけど。85年も生きたんだから、仕方ないわね。あー、寝てるだけもしんどい。でももう起き上がる力もないし………お迎えもそろそろよね……」
彼女は頭だけを動かして右横にあるベッドサイドに目線を向けると、そこに飾られた写真たてを眺めた。
僕もそれに目を向ける。その中には【僕】と彼女、僕との思い出がたくさん詰まっていた。
「踏ん張って生きたらこんな歳になっちゃったわよ…」
彼女はじっと写真を見つめて小さな声でぼやいた。しばらく眺めていたが、ゆっくり頭を動かして上を向くと天井を眺め始めた。
聞こえてくるのは彼女の息遣いと僕の息遣い。あとは外から聞こえてくる自然の音だけ。
音がするから静寂ではない。でも昔に比べたらとてつもなく静かな空間だった。
僕は彼女の左頬に頭を擦り付けてから、その場で丸くなった。
僕の耳は彼女の口元の近くにある。彼女が息をするたびに僕の耳はその音を拾い続けた。
しかし、永遠に続くだろうと思った時間は永遠ではなかった。
しばらく彼女に付き添っていると急に彼女が息苦しそうにし始めた。左腕で僕を引き寄せ顔を僕の体に押し付けるようにしながら、彼女は苦しみに耐える。
僕はその苦しみから少しでも早く解放されてほしいと願いながら、彼女にされるがまま身を任せ続けた。
どれぐらいの時間、そのように過ごしていたのかわからない。とても苦しむ彼女を見るのは辛かったが、今の僕には何もできない。
いや、僕ができることといえば見送ることだけだった。
時折頬を舐めて慰めながら彼女の灯火が消えるのを待った。そして、一瞬彼女の体が弓形にのけぞったかと思うと、彼女はフーッと深いため息をついた。
「……あ……いし………てる……」
「にゃん(僕も)」
彼女は天井を見つめながら言葉を紡ぐと、ゆっくり瞼を閉じた。
頬には涙が伝って跡を残す。僕は最後に彼女が流した涙をゆっくり丁寧に舐めとると、その状態のまま目を瞑った。
(ごめん。君が生きていないなら僕も生きていけない。君をすぐに追いかけてしまってごめん。でも、君じゃないとダメなんだ)
もう彼女から聞こえてくる音はない。
今は夕方。明日の朝になれば彼女の家族がやってくるはず。それまでに僕の灯火も消さなければならない。僕も11年生きてきて体力も無くなってきたし、生きる気力はもうないし…。まあ、彼女を追いかけるのは可能だろう。なぜならさっき食べてはいけないアレを食べてきたし。
僕は冷たくなっていく彼女の亡骸に身を寄せながら、自分の時間が止まるのをじっと待った。
(あの日あの時からずーっと追いかけてきた君を…僕が手放すわけないじゃないか)
段々と体が重くなっていくのとは裏腹に僕の心はとても穏やかだ。
愛しています。
一瞬でも君を一人してしまった僕を許して。すぐに追いつくから…。
僕は今までのことを思い出しながらじっと灯火が消えるのを待った。
「にゃぁ…(うん)」
僕の頭を撫でながらにっこり笑う彼女はどんなに歳を取っても僕の好きな笑顔を見せてくれている。今は腕を上げる事さえ辛いはず。周りの人の反対を押し切って僕が待ってる家に帰ってきたから…。
僕の頭を撫でる手の重みは昔に比べて軽くなっている。ベッドに横になっている彼女の左横に座って、僕は彼女がとてもとても愛おしくてぐりぐりと頭を彼女の手の平に擦り付けた。
僕にできる愛情表現は少ない。それでも、この愛おしいと思う気持ちが伝わればいい。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、彼女はさらに目尻を下げて微笑んだ。
「九郎。私がいなくなってもご飯は食べなきゃダメよ。あと…ごほっ………ごほごほ………っ。あ……あと、親戚のお家で新しい家族が待ってるから、後のことは心配しない事」
彼女は息苦しそうに息をしながらも僕の頭を撫で続けて話している。しかし、話すことも辛いはず。
僕は返事をすることをあえてやめた。なぜなら僕が返答すれば、彼女は喋り続けてしまうからだ。
でも聞いてることは知っていてほしい。だから僕はじーっと彼女を見つめた。彼女は僕の視線を受け止めると、フッと肩の力を抜いた。
「はぁ…九郎を残して行くのは心残りだけど。85年も生きたんだから、仕方ないわね。あー、寝てるだけもしんどい。でももう起き上がる力もないし………お迎えもそろそろよね……」
彼女は頭だけを動かして右横にあるベッドサイドに目線を向けると、そこに飾られた写真たてを眺めた。
僕もそれに目を向ける。その中には【僕】と彼女、僕との思い出がたくさん詰まっていた。
「踏ん張って生きたらこんな歳になっちゃったわよ…」
彼女はじっと写真を見つめて小さな声でぼやいた。しばらく眺めていたが、ゆっくり頭を動かして上を向くと天井を眺め始めた。
聞こえてくるのは彼女の息遣いと僕の息遣い。あとは外から聞こえてくる自然の音だけ。
音がするから静寂ではない。でも昔に比べたらとてつもなく静かな空間だった。
僕は彼女の左頬に頭を擦り付けてから、その場で丸くなった。
僕の耳は彼女の口元の近くにある。彼女が息をするたびに僕の耳はその音を拾い続けた。
しかし、永遠に続くだろうと思った時間は永遠ではなかった。
しばらく彼女に付き添っていると急に彼女が息苦しそうにし始めた。左腕で僕を引き寄せ顔を僕の体に押し付けるようにしながら、彼女は苦しみに耐える。
僕はその苦しみから少しでも早く解放されてほしいと願いながら、彼女にされるがまま身を任せ続けた。
どれぐらいの時間、そのように過ごしていたのかわからない。とても苦しむ彼女を見るのは辛かったが、今の僕には何もできない。
いや、僕ができることといえば見送ることだけだった。
時折頬を舐めて慰めながら彼女の灯火が消えるのを待った。そして、一瞬彼女の体が弓形にのけぞったかと思うと、彼女はフーッと深いため息をついた。
「……あ……いし………てる……」
「にゃん(僕も)」
彼女は天井を見つめながら言葉を紡ぐと、ゆっくり瞼を閉じた。
頬には涙が伝って跡を残す。僕は最後に彼女が流した涙をゆっくり丁寧に舐めとると、その状態のまま目を瞑った。
(ごめん。君が生きていないなら僕も生きていけない。君をすぐに追いかけてしまってごめん。でも、君じゃないとダメなんだ)
もう彼女から聞こえてくる音はない。
今は夕方。明日の朝になれば彼女の家族がやってくるはず。それまでに僕の灯火も消さなければならない。僕も11年生きてきて体力も無くなってきたし、生きる気力はもうないし…。まあ、彼女を追いかけるのは可能だろう。なぜならさっき食べてはいけないアレを食べてきたし。
僕は冷たくなっていく彼女の亡骸に身を寄せながら、自分の時間が止まるのをじっと待った。
(あの日あの時からずーっと追いかけてきた君を…僕が手放すわけないじゃないか)
段々と体が重くなっていくのとは裏腹に僕の心はとても穏やかだ。
愛しています。
一瞬でも君を一人してしまった僕を許して。すぐに追いつくから…。
僕は今までのことを思い出しながらじっと灯火が消えるのを待った。
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