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魔道具研究の日々
血筋の執着
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リリーさんに着いていくとどんどんと屋敷の奥へと進んでいった。正直まだこの屋敷に来て4日目だし、はぐれたら迷子になることは間違いない。僕は置いていかれないようにリリーさんを見失わないように気を張って足を動かして歩いた。
どんどんと進んでいって少し暗い部屋に案内されると、そこにはたくさんの肖像画がある部屋だった。
「ここは代々の当主と伴侶の肖像画が飾られてるの。古いもので800年以上前の物もあるわ。もっと古い絵は劣化して燃やされてしまってるけど、この伯爵家はかなり古い血筋であり、歴史がある家なの」
「な、なるほど」
壁に飾られた絵は沢山ある。リリーさんに着いていきながら壁にある絵を見ていると一つ共通点があることに気がついた。
「当主または正室どちらかは銀髪…?」
「ふふ。よく気がついたわね。そう。この家は代々銀髪を当主に据え、当主が銀髪でない場合は銀髪の伴侶を迎えてるの」
「当主になるために必要だからですか?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言えるわ。これは血の呪いと言ってもいいのかしら。この家の血筋は〈運命の相手〉とも言える相手を求めるの。それが銀色であるってだけな気がするわ。銀髪であることはそこまで重要ではないの」
「…運命の…相手?」
リリーさんの言葉の意味が変わらなくて首を傾げていると、リリーさんはある肖像画の前で足を止めた。僕も一緒に足を止めてその肖像画を確認すると、それはルイスさんの肖像画だった。ただ、他の肖像画と違って伴侶の絵が飾られるべき場所はぽっかりと空いている。空いた空間の隣にフロラさんとチャーリーさんの肖像画が並んで飾られていた。
「ここはね、意味があって空いてるの」
「……」
返答することができなくて、ぽっかりと空いている空間の壁を撫でているリリーさんを黙って見つめているとリリーさんは優しい声で語り始めた。
「嫁いてすぐ、ここに私の絵が飾られたわ。この部屋に来ることも、この屋敷にいることも嫌で聖女様が来るまで一度も来たこともなかったし絵が飾られてるのも見たことがないの。私は納得して嫁いできたけど、憧れていた幸せな結婚生活ではなかったから」
リリさんはうふふっと笑みを浮かべてから、ルイスさんの隣にある肖像画をじっと眺め始めた。
「この絵の婦人を見てどうを思う?」
僕は目線をリリさんに言われた女性の絵に向けた。優しく微笑む女性の髪は銀色で目の色は紫色、面立ちは少しリリーさんに似ていた。その隣には面立ちがルイスさんに似た男性の絵があったため、おそらくルイスさんの父親と母親の肖像画なのだろう。肖像画の下にはその人物の名前が彫られた銀色の板があって、それを読むと『リリー・シャルム』と記載されていた。
「リリー…?」
僕がポツリと呟くと、リリーさんは優しい声で僕に話しかけてきた。
「そう。あの人の母親と私の名前は同じなの。理由については個人的なことだし、私も自分から話せないから…言えないんだけど…。ただ、この家に加わるならばこの家の〈執着〉については理解して欲しいからここに連れてきたの」
「執着…ですか?」
「ええ。この部屋を見て疑問に思うことはない?」
なんだろうともう一度部屋を眺めながら頭の中でリリーさんとの会話を思い出してみた。引っ掛かるのは当主と〈伴侶〉という言葉だ。妻や夫が多ければ正室だけ飾られると考えれば特に違和感はない。それならば、当主と正室と紹介すればいい。ただ、あえて〈伴侶〉という言葉を使ったことにはそこの意味があるのかもしれない。僕は頭に浮かんだことをリリーさんに話しかけた。
「もしかして…この家は妻または夫が1人しかいないということですか?」
「そう。アシェル君は読み解きが得意なのかしら?少しの手がかりと言葉で深く考えてくれて嬉しいわ。その通りよ。この家は代々伴侶は1人。古い記録を確認しても、側室を4人も娶った当主はあの人だけよ。娶ったとしても1人いればいい方だったみたいね」
「…執着というのは、そう言った意味で?」
リリーさんは少し困ったような顔になると、じっとルイスさんの肖像画を眺めた。
「この血筋はね、本当に愛する人以外愛せないの。当主より伴侶が先に亡くなると、追いかけるように当主も亡くなってしまうそうよ。あの人は父親のために本能的にそれを理解して、支えたから父親は生きていることができたけども…。それも特殊ね」
「つまり、僕にオリーよりも先に死ぬなと?」
「ふふ。そう。チャーリーにもこのことは伝えてあるの。この血筋の人間は一途で、不器用で、優しくて、献身的なの。その支えが愛する人であり、その人が現れるまでは愛には無頓着なのよ。ノルも貴方に会うまで、そうだったでしょう?フロラはチャーリーに幼少から出会えて本当によかったわ。女性当主が伴侶を見つけるまで奔放に遊んでいたという記録もあるから、あの子も出会いがなければノルみたいだったかもね」
僕はそれ以降黙ってしまったリリーさんをじっと眺めた。リリーさんの横顔はどこかスッキリしたような、だけど寂しそうな顔をしていた。
リリーさんは本当にそれだけを伝えるために僕をここに呼んだのだろうか。言われた意味はわかる。だけど、執着と言われても愛する人が1人だけということに繋がるのかについては少し理解しにくい。なぜなら僕にとっては両親がそうであり僕自身もそうでありたいと思っている。それに夫や妻が沢山いることは貴族であれば当たり前ではあるが、それも選択肢の一つであり、絶対ではないからだ。
じっとリリーさんを眺めてから、もう一度リリーさんの言葉を振りかえってみた。
『運命の相手』
『意味があって空いている』
『憧れていた結婚生活ではなかった』
『執着』
あの空いた空間は、もしかして…
僕は少し重い足を動かしてルイスさんの隣に空いている空間に前に立った。少しだけ日焼けしていてリリーさんの絵が飾られていたということは間違いない。ただ、剥がされてからも時間が経っている様子だった。銀色の板はまだ取り付けてあって、その板をじっと眺めると【愛しき舞う花を永遠に愛す】と刻まれていた。
(もしかして、ルイスさんの運命の相手は聖女様であり、ここに飾られるべき絵は聖女様だということ?でも、リリーさんはまだ正室だし、側室だって離縁されてるわけじゃない。ルイスさんの女性関係が複雑であることは理解できるけど、ではなぜ妻たちはまだルイスさんに寄り添ってるのだろう)
僕がじっと銀色の板を眺めていると、リリーさんは優しい声で話しかけてた。
「なぜ絵がないのか。なぜ私まだあの人の妻でいるのか。そんな疑問でも生まれた?」
僕は図星をつかれてパッと目線をリリーさんに向けて目を見開くと、リリーさんはクスクスと笑い始めた。
「私の絵がないのは、私自身が望んだことであり、あの人への懺悔もあるからよ。本来飾られるべき相手のために空けておきたいの。離縁しないのは…そうね。複雑ではあるけども、色々な事情と感情があるかかしら。あの人もそれを理解しているし、私たち妻達もあの人のひたむきな愛を理解してるから受け入れている。お互いに家族愛、友人愛ぐらいしかないけど…それでも一緒に過ごしてきた時間の中でやっと関係に名前がついたこの状況を手放してまで1人になりたいとは思ってないの。私達は一つの組織であり、子供を育て家を繁栄させるための集まりなの。私はあの人の運命の相手にはなれなかったけど、それはそれでよかったとは思うわ。だって、どう考えても私が先に儚くなるもの」
ふふふっと笑うリリーさんはルイスさんの絵を愛おしそうな瞳で見つめていた。僕はリリーさんのその瞳を見つめてから、またぽっかりと空いている空間を眺めた。
(ルイスさんが複数の女性を娶った理由はおそらく子供ができなかったからなのだろう。ただ、代々伴侶は1人でありその伴侶が基本的には正室である可能性は高い。それを考えると、リリーさんはルイスさんが望んだ相手ではなかったということだろう。どんな縁があったのか…深く語る気はない様子だから僕はそこまで立ち入ることはできないけども、リリーさんが本当に伝えたかったことはもしかして…)
僕は一つの結論を出して、ふーっと深く息を吐くを覚悟を決めてリリーさんをじっと見つめた。
「リリーさん。僕はオリーを置いていくこともないし、残していくつもりもありません。これから先、オリー以外を愛することもありませんし、ずっとずっとオリーだけを愛します。僕は法的にオリーの伴侶にはなれないけども、それでもオリーだけを愛します。心配しないでください。リリーさんの母としての気持ちも伝わりました。僕がオリーを幸せにしますから、リリーさんも肩の力を抜いてリリーさんが幸せになるために動き出してください。きっとそれは誰も咎めないと思います。だって、自分自身を幸せにするために人の手を借りたとしても、そうなるために動くには自分でやらなきゃダメだと思うんです。そのことを咎めてくる人はきっとその人自身ことしか考えてだけだと僕は思います。僕はこの屋敷に来て4日目だし、家の事情については深く聞きませんが…。リリーさんが幸せになるために動き出しても、誰も怒りませんよってことを言いたいです。リリーさんはリリーさんだし…とにかく僕はリリーさんを応援します」
僕は思いついたまま、言葉に出して真剣な声色でリリーさんに話しかけた。リリーさんは僕の言葉をびっくりしたような顔になって聞いてから、パチパチと瞬きをした。しばらくそのまま固まっていたリリーさんはフッと体の力を抜いたと思ったらポロポロと涙を流し始めた。
「あ、わわわわ!」
僕は慌てて収納からハンカチを取り出すと、泣いているリリーさんにそっと手渡した。リリーさんは泣きながらハンカチを受け取ると、子供のように大泣きし始めた。ペタンと床に膝をついて、エーンエーンとなく姿はどこか小さいころのエミリーのようだった。
しかし僕よりも年上であり、気丈な女性に見えていた女性が泣いてしまってはどう慰めていいのか分からず、僕はただただ泣き止むまでリリーさんの背中を優しく撫でていた。
「ごめんなさい。取り乱して」
「い、いえ。僕も…すみません、うまく慰められなくて」
長い時間泣いていたリリーさんが泣き止んでヨロヨロっと立ち上がろうとした。僕はリリーさんを支えながら返答すると、リリーさんは涙を流して潤んだ瞳に慈愛の色を滲ませながらニッコリと微笑んできた。
「貴方に会えて良かったわ。私にとっては貴方は聖女様と同じ存在。いいえ、それ以上かも。欲しい言葉を与えてくれてありがとう」
「そ、そんな…僕はただ心に浮かんだ言葉を…」
「それでもいいの。ありがとう。私を私として見てくれて言葉を紡いでくれて嬉しかったの。私ための言葉をくれて本当に嬉しかったの」
立ち上がったリリーさんは濡れてしまったハンカチをキュッと手で握ってから僕に優しく微笑んだ。僕はそこまで感謝されるようなことをしたつもりはなくて、気恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じていた。
「ハンカチは…いただいてもいいかしら?」
「え」
「私は私でいいという気持ちになれた記念に」
「で、でも…安物だし…」
「これがいいの。だめかしら?」
綺麗な女性に懇願されるような顔で言われると、断るにも断る事ができなかった。僕は顔がさらに熱くなるのを感じながら目を瞑ってウンウンっと頭を縦に振った。
「ありがとう。嬉しいわ!綺麗に洗ってからあの人に保存の魔法でもかけてもらうわね。さて、長く引き止めてごめんなさい。きっと首を長くして待ってる人がいるわ。さぁ、部屋へ案内するわね」
リリーさんは優しく微笑むと、僕に向かってスッと手を伸ばしてきた。僕はその手を取ってエスコートしながらリリーさんの歩調に合わせてゆっくり歩いて部屋から出た。長い廊下を歩いている間、行きとは違ってリリーさんは気さくに話しかけくれた。どこか張り詰めていた空気がなくなっていた。
僕達がオリーが待っているであろう部屋の前に着くと、リリーさんはスッと僕から手を離した。
「さぁ。今日から新しい私になって沢山働いて、もっとこの家を盛り上げなきゃね。明日には領地に戻るから、またしばらく会えないけども…貴方に一つ預けたいものがあるの」
なんだろうと思ってリリーさんを見つめながら首を傾げてると、リリーさんは僕に一つの鍵を渡してきた。僕はそれを受け取って観察していると、リリーさんは少し嬉しそうな声を出した。
「ここは私の家みたいな場所なの。貴方に託すわ。もし、ノルと喧嘩したりして頭を冷やしたいとか1人になりたいって時とか、研究部屋にしてもいいわ。貴方の自由に使ってね。場所はこの屋敷の離れよ。ここ何十年も掃除だけして保ってた場所だから、綺麗だとは思うけど空気の入れ替えとか初めはした方がいいかもね。じゃあ、また会える日を楽しみにしてるわ」
リリーさんは僕は返答する前に伝えるべきとことを伝えると、くるっと僕に背を向けて歩いていってしまった。僕は気軽に受け取ってしまった鍵が実はリリーさんの宝物を受け取ってしまったような気分になった。
「い、いいのかな…」
鍵を見つめながら呟くが、その言葉に対して誰も返答してくれなかった。
どんどんと進んでいって少し暗い部屋に案内されると、そこにはたくさんの肖像画がある部屋だった。
「ここは代々の当主と伴侶の肖像画が飾られてるの。古いもので800年以上前の物もあるわ。もっと古い絵は劣化して燃やされてしまってるけど、この伯爵家はかなり古い血筋であり、歴史がある家なの」
「な、なるほど」
壁に飾られた絵は沢山ある。リリーさんに着いていきながら壁にある絵を見ていると一つ共通点があることに気がついた。
「当主または正室どちらかは銀髪…?」
「ふふ。よく気がついたわね。そう。この家は代々銀髪を当主に据え、当主が銀髪でない場合は銀髪の伴侶を迎えてるの」
「当主になるために必要だからですか?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言えるわ。これは血の呪いと言ってもいいのかしら。この家の血筋は〈運命の相手〉とも言える相手を求めるの。それが銀色であるってだけな気がするわ。銀髪であることはそこまで重要ではないの」
「…運命の…相手?」
リリーさんの言葉の意味が変わらなくて首を傾げていると、リリーさんはある肖像画の前で足を止めた。僕も一緒に足を止めてその肖像画を確認すると、それはルイスさんの肖像画だった。ただ、他の肖像画と違って伴侶の絵が飾られるべき場所はぽっかりと空いている。空いた空間の隣にフロラさんとチャーリーさんの肖像画が並んで飾られていた。
「ここはね、意味があって空いてるの」
「……」
返答することができなくて、ぽっかりと空いている空間の壁を撫でているリリーさんを黙って見つめているとリリーさんは優しい声で語り始めた。
「嫁いてすぐ、ここに私の絵が飾られたわ。この部屋に来ることも、この屋敷にいることも嫌で聖女様が来るまで一度も来たこともなかったし絵が飾られてるのも見たことがないの。私は納得して嫁いできたけど、憧れていた幸せな結婚生活ではなかったから」
リリさんはうふふっと笑みを浮かべてから、ルイスさんの隣にある肖像画をじっと眺め始めた。
「この絵の婦人を見てどうを思う?」
僕は目線をリリさんに言われた女性の絵に向けた。優しく微笑む女性の髪は銀色で目の色は紫色、面立ちは少しリリーさんに似ていた。その隣には面立ちがルイスさんに似た男性の絵があったため、おそらくルイスさんの父親と母親の肖像画なのだろう。肖像画の下にはその人物の名前が彫られた銀色の板があって、それを読むと『リリー・シャルム』と記載されていた。
「リリー…?」
僕がポツリと呟くと、リリーさんは優しい声で僕に話しかけてきた。
「そう。あの人の母親と私の名前は同じなの。理由については個人的なことだし、私も自分から話せないから…言えないんだけど…。ただ、この家に加わるならばこの家の〈執着〉については理解して欲しいからここに連れてきたの」
「執着…ですか?」
「ええ。この部屋を見て疑問に思うことはない?」
なんだろうともう一度部屋を眺めながら頭の中でリリーさんとの会話を思い出してみた。引っ掛かるのは当主と〈伴侶〉という言葉だ。妻や夫が多ければ正室だけ飾られると考えれば特に違和感はない。それならば、当主と正室と紹介すればいい。ただ、あえて〈伴侶〉という言葉を使ったことにはそこの意味があるのかもしれない。僕は頭に浮かんだことをリリーさんに話しかけた。
「もしかして…この家は妻または夫が1人しかいないということですか?」
「そう。アシェル君は読み解きが得意なのかしら?少しの手がかりと言葉で深く考えてくれて嬉しいわ。その通りよ。この家は代々伴侶は1人。古い記録を確認しても、側室を4人も娶った当主はあの人だけよ。娶ったとしても1人いればいい方だったみたいね」
「…執着というのは、そう言った意味で?」
リリーさんは少し困ったような顔になると、じっとルイスさんの肖像画を眺めた。
「この血筋はね、本当に愛する人以外愛せないの。当主より伴侶が先に亡くなると、追いかけるように当主も亡くなってしまうそうよ。あの人は父親のために本能的にそれを理解して、支えたから父親は生きていることができたけども…。それも特殊ね」
「つまり、僕にオリーよりも先に死ぬなと?」
「ふふ。そう。チャーリーにもこのことは伝えてあるの。この血筋の人間は一途で、不器用で、優しくて、献身的なの。その支えが愛する人であり、その人が現れるまでは愛には無頓着なのよ。ノルも貴方に会うまで、そうだったでしょう?フロラはチャーリーに幼少から出会えて本当によかったわ。女性当主が伴侶を見つけるまで奔放に遊んでいたという記録もあるから、あの子も出会いがなければノルみたいだったかもね」
僕はそれ以降黙ってしまったリリーさんをじっと眺めた。リリーさんの横顔はどこかスッキリしたような、だけど寂しそうな顔をしていた。
リリーさんは本当にそれだけを伝えるために僕をここに呼んだのだろうか。言われた意味はわかる。だけど、執着と言われても愛する人が1人だけということに繋がるのかについては少し理解しにくい。なぜなら僕にとっては両親がそうであり僕自身もそうでありたいと思っている。それに夫や妻が沢山いることは貴族であれば当たり前ではあるが、それも選択肢の一つであり、絶対ではないからだ。
じっとリリーさんを眺めてから、もう一度リリーさんの言葉を振りかえってみた。
『運命の相手』
『意味があって空いている』
『憧れていた結婚生活ではなかった』
『執着』
あの空いた空間は、もしかして…
僕は少し重い足を動かしてルイスさんの隣に空いている空間に前に立った。少しだけ日焼けしていてリリーさんの絵が飾られていたということは間違いない。ただ、剥がされてからも時間が経っている様子だった。銀色の板はまだ取り付けてあって、その板をじっと眺めると【愛しき舞う花を永遠に愛す】と刻まれていた。
(もしかして、ルイスさんの運命の相手は聖女様であり、ここに飾られるべき絵は聖女様だということ?でも、リリーさんはまだ正室だし、側室だって離縁されてるわけじゃない。ルイスさんの女性関係が複雑であることは理解できるけど、ではなぜ妻たちはまだルイスさんに寄り添ってるのだろう)
僕がじっと銀色の板を眺めていると、リリーさんは優しい声で話しかけてた。
「なぜ絵がないのか。なぜ私まだあの人の妻でいるのか。そんな疑問でも生まれた?」
僕は図星をつかれてパッと目線をリリーさんに向けて目を見開くと、リリーさんはクスクスと笑い始めた。
「私の絵がないのは、私自身が望んだことであり、あの人への懺悔もあるからよ。本来飾られるべき相手のために空けておきたいの。離縁しないのは…そうね。複雑ではあるけども、色々な事情と感情があるかかしら。あの人もそれを理解しているし、私たち妻達もあの人のひたむきな愛を理解してるから受け入れている。お互いに家族愛、友人愛ぐらいしかないけど…それでも一緒に過ごしてきた時間の中でやっと関係に名前がついたこの状況を手放してまで1人になりたいとは思ってないの。私達は一つの組織であり、子供を育て家を繁栄させるための集まりなの。私はあの人の運命の相手にはなれなかったけど、それはそれでよかったとは思うわ。だって、どう考えても私が先に儚くなるもの」
ふふふっと笑うリリーさんはルイスさんの絵を愛おしそうな瞳で見つめていた。僕はリリーさんのその瞳を見つめてから、またぽっかりと空いている空間を眺めた。
(ルイスさんが複数の女性を娶った理由はおそらく子供ができなかったからなのだろう。ただ、代々伴侶は1人でありその伴侶が基本的には正室である可能性は高い。それを考えると、リリーさんはルイスさんが望んだ相手ではなかったということだろう。どんな縁があったのか…深く語る気はない様子だから僕はそこまで立ち入ることはできないけども、リリーさんが本当に伝えたかったことはもしかして…)
僕は一つの結論を出して、ふーっと深く息を吐くを覚悟を決めてリリーさんをじっと見つめた。
「リリーさん。僕はオリーを置いていくこともないし、残していくつもりもありません。これから先、オリー以外を愛することもありませんし、ずっとずっとオリーだけを愛します。僕は法的にオリーの伴侶にはなれないけども、それでもオリーだけを愛します。心配しないでください。リリーさんの母としての気持ちも伝わりました。僕がオリーを幸せにしますから、リリーさんも肩の力を抜いてリリーさんが幸せになるために動き出してください。きっとそれは誰も咎めないと思います。だって、自分自身を幸せにするために人の手を借りたとしても、そうなるために動くには自分でやらなきゃダメだと思うんです。そのことを咎めてくる人はきっとその人自身ことしか考えてだけだと僕は思います。僕はこの屋敷に来て4日目だし、家の事情については深く聞きませんが…。リリーさんが幸せになるために動き出しても、誰も怒りませんよってことを言いたいです。リリーさんはリリーさんだし…とにかく僕はリリーさんを応援します」
僕は思いついたまま、言葉に出して真剣な声色でリリーさんに話しかけた。リリーさんは僕の言葉をびっくりしたような顔になって聞いてから、パチパチと瞬きをした。しばらくそのまま固まっていたリリーさんはフッと体の力を抜いたと思ったらポロポロと涙を流し始めた。
「あ、わわわわ!」
僕は慌てて収納からハンカチを取り出すと、泣いているリリーさんにそっと手渡した。リリーさんは泣きながらハンカチを受け取ると、子供のように大泣きし始めた。ペタンと床に膝をついて、エーンエーンとなく姿はどこか小さいころのエミリーのようだった。
しかし僕よりも年上であり、気丈な女性に見えていた女性が泣いてしまってはどう慰めていいのか分からず、僕はただただ泣き止むまでリリーさんの背中を優しく撫でていた。
「ごめんなさい。取り乱して」
「い、いえ。僕も…すみません、うまく慰められなくて」
長い時間泣いていたリリーさんが泣き止んでヨロヨロっと立ち上がろうとした。僕はリリーさんを支えながら返答すると、リリーさんは涙を流して潤んだ瞳に慈愛の色を滲ませながらニッコリと微笑んできた。
「貴方に会えて良かったわ。私にとっては貴方は聖女様と同じ存在。いいえ、それ以上かも。欲しい言葉を与えてくれてありがとう」
「そ、そんな…僕はただ心に浮かんだ言葉を…」
「それでもいいの。ありがとう。私を私として見てくれて言葉を紡いでくれて嬉しかったの。私ための言葉をくれて本当に嬉しかったの」
立ち上がったリリーさんは濡れてしまったハンカチをキュッと手で握ってから僕に優しく微笑んだ。僕はそこまで感謝されるようなことをしたつもりはなくて、気恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じていた。
「ハンカチは…いただいてもいいかしら?」
「え」
「私は私でいいという気持ちになれた記念に」
「で、でも…安物だし…」
「これがいいの。だめかしら?」
綺麗な女性に懇願されるような顔で言われると、断るにも断る事ができなかった。僕は顔がさらに熱くなるのを感じながら目を瞑ってウンウンっと頭を縦に振った。
「ありがとう。嬉しいわ!綺麗に洗ってからあの人に保存の魔法でもかけてもらうわね。さて、長く引き止めてごめんなさい。きっと首を長くして待ってる人がいるわ。さぁ、部屋へ案内するわね」
リリーさんは優しく微笑むと、僕に向かってスッと手を伸ばしてきた。僕はその手を取ってエスコートしながらリリーさんの歩調に合わせてゆっくり歩いて部屋から出た。長い廊下を歩いている間、行きとは違ってリリーさんは気さくに話しかけくれた。どこか張り詰めていた空気がなくなっていた。
僕達がオリーが待っているであろう部屋の前に着くと、リリーさんはスッと僕から手を離した。
「さぁ。今日から新しい私になって沢山働いて、もっとこの家を盛り上げなきゃね。明日には領地に戻るから、またしばらく会えないけども…貴方に一つ預けたいものがあるの」
なんだろうと思ってリリーさんを見つめながら首を傾げてると、リリーさんは僕に一つの鍵を渡してきた。僕はそれを受け取って観察していると、リリーさんは少し嬉しそうな声を出した。
「ここは私の家みたいな場所なの。貴方に託すわ。もし、ノルと喧嘩したりして頭を冷やしたいとか1人になりたいって時とか、研究部屋にしてもいいわ。貴方の自由に使ってね。場所はこの屋敷の離れよ。ここ何十年も掃除だけして保ってた場所だから、綺麗だとは思うけど空気の入れ替えとか初めはした方がいいかもね。じゃあ、また会える日を楽しみにしてるわ」
リリーさんは僕は返答する前に伝えるべきとことを伝えると、くるっと僕に背を向けて歩いていってしまった。僕は気軽に受け取ってしまった鍵が実はリリーさんの宝物を受け取ってしまったような気分になった。
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