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魔道具研究の日々

適任だっただけ

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 目を覚ますと僕の右手には二つの小瓶が握られていた。僕はすぐに隣で寝ているオリーを起こして夢の話をした。

 オリーは返ってきた真っ白な石を見ると嬉しそうに微笑み、小瓶を受け取ってからギュッと掌で握りしめると胸元に手をあてて目を瞑っていた。その姿を見るとオリーにとって母の存在を知らしめる石の存在はとても大切なのだと再確認させられた。

 白猫から聞かされた子供を作る方法についてや、聖女の石がなぜ回収されたのかを伝えると、オリーはもう一つの小瓶を手に取って透明の石をじっと眺めた。

「そうか。この石が俺たちの子供に…」

「うん、不思議だよね。魔石なのかはわからないけど、この石が核になって赤ちゃんになるだなんて…神の奇跡だよ」

「ああ…」

 オリーはじっと石を眺めてから少しだけ眉尻を下げて悲しそうな顔をすると僕に小瓶をそっと渡してきた。

「俺たちの子供を作る石はアーシェに保管してもらってもいいか?」

「うん、いいよ。後はいつフロラさんに頼むかとか、子供が生まれてからの拠点をどこにするのかとか、乳母を雇うのかとか…まだ色々やらなきゃいけないことあるから…直ぐにってのは難しいよね」

 オリーから小瓶を受け取って収納にしまって声をかけると、オリーはうーんっと唸ってから返答した。

「そうだな。ただ俺たちが忙しいからと後回しにしてる間に、フロラ達も2人の子供ができる可能性がある。その時期まで避妊の魔道具を使ってもらうのかどうかも相談なしければな」

「うん…。こう思うと、子供を産んで育てるって本当に大変だよね。子供を作る行為は快楽が全面に出ちゃうけど、子供ができてからは母体への影響だったり、生まれてからの環境だったり…。僕の家はとても貧乏だったけど、健康に産んでもらえて成人するまで大きな病気もなく育ててもらえた。子供を持つ親になるんだって思うと…そのこと自体が凄いことなんだって思う。親に感謝を伝えたいし、とっても尊敬する。僕が燻っててもみんな見守ってくれたことも含めて」

 僕の言葉にオリーは少しだけ微笑むと僕の頭をポンポンっと軽く叩いた。

「子供ができたからといっても、すぐに親になれるわけではない。親になるために努力だって必要だということだろうな。俺たちも生まれてくる子供に尊敬されるような親になろう」

「もちろん。僕はオリーを尊敬してるし信用してるし、信頼してるから。僕たち2人ならきっと大丈夫。白猫もそう思ってるから授けてくれるんだと思うよ」

「そう…だな」

 〈白猫〉という単語を聞くとオリーはまた悲しそうな顔になった。僕の頭を撫でながらも気もそぞろな様子なため、白猫からの伝言を伝えることにした。

「オリーには会えないって。頼んだけどダメだった。でも、ずっと見守ってるよって言ってたよ。生まれた時から今までずっと見守ってたって。オリーのことを蔑ろにしてるわけじゃないと思う。だって僕からオリーの話を聞くたびに白猫はニコニコ笑って話を聞いてたからね。どうでもいい相手のことを根掘り葉掘り、さらに話を膨らませて聞かないと思う。僕、張り切ってオリーの自慢をしてきたよ!」

 夢の中での会話では僕の生い立ちや家族についての気持ちなど以外は、ほとんどオリーの話をしていた。白猫はオリーについて全て把握してる様子ではあるが、記録として見るよりも人からの話の方が楽しいと言ってその時の僕の気持ち含めて話を聞いていた。

 どんな話にも楽しそうに相槌を打って聞く姿は、全てを包み込んでくれるような気にもなった。その感じが母さんと話してる時と同じだったため、白猫は白猫ではあるが、僕にとっても母親なような気分にさえなった。

 オリーは僕の言葉を聞くとフーっと深く息を吐いてから僕をギュッと抱きしめてきた。

「すまん。俺はまだ嫉妬と悲しみばかり目を向けてしまうようだ。アーシェばっかりずるいだなんて…子供だな」

「聖女マイカも白猫もずっとオリーの心にいるって言ってたよ。白猫が言うには、神とは平等で公平であるが故にどんな物にもどんな生物にも宿るんだって。だから僕にもオリーにも、この屋敷の人にも、この世界の人や動物や物、皆んなに白猫は宿ってるって言ってた。難しい事はわからないけど、兎に角僕達のそばに常にいるってことらしいよ。なんて言ったらいいかわからないけど…その…」

「リチェ様は……神だったのか…」
 
 オリーはガバッと体を離すとびっくりしたような顔になった。その顔を見てなんとなく変な気分になって僕はポリポリと頬をかいた。

「あ。そういえば聖獣って話だったよね。あれ?僕何の疑問も感じなかった。神って聞いても神なんだなって普通に受け入れてたや。聞き流してたと言うか、白猫は白猫って思ってるからというか…」

「…ふふ…。ははは。あははは」

 僕の様子をびっくり顔で眺めていたオリーは何かを堪えきれないような顔になって急に笑い始めた。声を上げて笑う姿はどこか吹っ切れた様子だった。僕はその様子をポカンとした顔で見つめると、オリーはクスクス笑いながらまた僕に抱きついてきた。

「アーシェは本当に白のようだな。受け入れる器が大きい。神と聞けば戸惑ったり、畏怖を感じたりと何かしらあるはずなのに…それを…くっくくく」

「だって…生魚は調理が面倒だから持ち帰らなかったとか、新鮮な魚は美味しいってムシャムシャ食べてる姿を見たら…。神って感じじゃなかったし…」

「なるほどな。ああ、アーシェが俺のそばに居てくれてよかった。俺だったら神と聞いたら…今までの不満や不安を全部その場でぶつけていたかもしれない。アーシェの前に現れた理由も俺の気質を理解したからなのかもな。見守ってるというのもあながち間違いではないのか…。そう思えばなんてことないな。アーシェが適任であった。俺もいつか何か適任な役目があれば姿を見せてくれるということかもしれない」

「きっとそうだよ。だってオリーのことを可愛い可愛い息子みたいな目で話を聞いてたもん。僕にとっても母のような気分になったし…。もしかすると、白猫にとってはこの世界全てが可愛い子供なのかもだけどね」

 オリーの背中に腕を回してそっと抱きしめると、オリーは無言でコクンっと頷いて僕の肩に顔を埋めた。徐々に肩が少し冷たくなったけど、僕はその事には何も触れずにただオリーの背中を優しく撫でた。

 オリーが落ち着くまで僕はずっとそのままでいた。


 僕よりも年上だけど、繊細だし、心にたくさんの感情を抱いてる。口調は悪いけど、ちょっぴり泣き虫。人の痛みを知ってるからこそ優しい。

 僕はそんなオリーが好きだし、愛おしい。

 愛する人の真っ黒な髪の毛を触りながら、僕はゆっくり天井を見上げた。

(聖女マイカ。あなたの息子は素晴らしい人です。僕にオリーを授けてくれて、残してくれてありがとうございます)

 きっとこの気持ちも白猫は見て聞いているのだろう。

 この感謝の気持ちをできたら別世界まで届けてもらえないだろうか。

 そんなことを思いながら僕は目線をオリーに向けて、優しく背中を撫でた。
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