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魔道具研究の日々

白猫

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『アシェル。アシェル。起きてくださーい』

 何か柔かいものがプニプニと僕の額を叩いている感触を覚えて、僕はゆっくりと意識を浮上させて目を開けた。

『あ、やっと起きましたね!』

 声がした方に目線を向けると、僕の頭の上から覗き込むように白猫が僕を見下ろしていた。

「白猫!」

 見えた物を認識すると一気に頭が覚醒した。ガバッと起き上がると、僕は知らない部屋の知らないベッドの上で寝転がっていたようだ。白猫は僕が上半身を起こすのを見計らって、頭の上から足元へと移動するとポスポスと音を立ててシーツを尻尾でゆっくり叩きながらちょこんと座った。

「どこ、ここ」

『適当に作った空間ですから、特に意味はないですね。夢の中は自由ですから、なんでもできます。さぁ、お茶でも飲みながらお話ししましょう』

 白猫はウフフっと笑ってから僕の足をポンポンっと前足で叩いてベッドから降りた。叩かれた時の感触が額で感じた感触と同じで、僕は額を前足で叩かれて起こされたことを理解した。

「そっか。これは夢か…」

 研究は明日からにしようと2人で決めて温室を出たのが夕方ごろ。夕食をルイスさんと僕たち2人で食べて、少し肩の荷が降りた気持ちになった僕たちは急に疲れを感じてお風呂に入ってさっさと眠りについたのだ。

『早くこないと冷めますよー!』

「あ、は、は、はーい」

 のんびりとした声がベッドがある足元よりも奥から聞こえてきて僕は慌てて返事をしてベッドから降りた。きている服は真っ白なワンピースで夜寝る時に着ている寝巻きによく似ていた。

 絨毯の上を素足でテクテクと歩いて声がした方向へ向かうと、部屋の様子が変わって真っ白な丸テーブルと真っ白な椅子が置かれ、花々が咲き誇るガーデンテラスのような場所に変わった。

「わ…急に花に囲まれた」

『夢ですからね。ケーキが好きですか?クッキーが好きですか?あ!もしかして魚が好きですか?』

「え?あ、うーん。なんでも好きだよ」

『ふふ。ではでは、用意した物で足りそうですね』

 僕は返事を返しながら椅子に座ると、白猫はピョーンっとテーブルの上に乗って前足でテーブルを3回叩いた。すると目の前にホカホカと湯気が立つお茶が入ったカップと沢山のお菓子や軽食がのった4段のティースタンドが現れた。

「わぁぁぁ!すごい!」

『ふふ。たんと食べてくださいね。お腹は膨れませんが、食べた時の幸せな気持ちは残りますからね』

「夢の中だからにしても本当に豪華。まるで王族な気分だよ」

『そうでしょうそうでしょう!さて、私はルイスがくれたお魚を食べますね』

 どのお菓子を食べようかなと手を彷徨わせながら迷ってる僕を尻目に白猫は見覚えがある小山のお皿をテーブルの上に置いてその山に顔を突っ込んでモグモグと食べ始めた。その様子は僕が想像した通りで、クスッと笑みが溢れつつ僕はカットされたパウンドケーキを一つ手に取って食べ始めた。

「甘すぎなくて美味しい」

『こちらは…はむはむ、いつもよりも味が濃くて、脂が乗ってます!これは…新鮮な魚介…』

「あー、多分僕たちがアイミヤ公国から持って帰ってきた魚かも。オリーが沢山買ってたよ」

『なんと!だから新鮮さが…はむはむ…しばらくは美味しいお魚にありつけそうですね』

 白猫は喋りながらも魚を食べ続けた。小山に盛られた魚のほぐしみはあっという間に無くなって、最後は名残惜しそうにザリザリと音を立てて皿を舐めてから白猫は顔をお皿から離して、前足でゴシゴシと顔を洗い始めた。

「美味しかった?」

『ええ!とっても!今までは生ばかりで…持ち帰るにも調理がめんど…げほげほ、大変だったので久しぶりのお魚なのです。猫の体になるとどうも魚が美味しくてダメですね』

「え?白猫は白猫じゃないの?」

『私は私ですよ。白猫も私ですし、人型も私です。なんなら貴方の世界に生息している動物も私ですし、植物だって私です。私は神であり、どこにでもいます。神とはそういう物ですよ。暖炉の薪だって私です』

「う、ううん?よくわからない…」

『ふふ。つまりは私は常に貴方達のそばにいるということです』

「はへぇ…難しいことはわからないや」

 僕はパウンドケーキの最後の一口をパクりと口の中に放り込んで、顔を洗ってから毛繕いをして話している白猫をボーッと眺めた。白猫は一通り身支度を整えると、お皿に魔法をかけて綺麗にしてから何処かにしまってしまった。そしてトコトコと僕の近くまでテーブルの上を歩いてやってくると、ぴょんっと僕の膝の上に乗って丸くなった。

「まるで本当に猫だね」

『本当に猫ですよ。撫でてもいいですよ!自慢の毛皮です!』

 汚れていない手で白猫の背中を恐る恐る撫でると、ふわっとしてモコッとした毛皮の感触を感じた。

「わぁぁ!気持ちがいい。毛艶もあってツルツルだし、なのにふわふわ…気持ちいい」

『そうでしょうそうでしょう!もっと撫でていいですよ』

 白猫は気分をよくしたのか僕の膝の上でゴロンっとお腹を出して寝転がった。遠慮なくお腹を撫で回して身体中を撫で回していると、気持ちがいいのか白猫はゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 どれくらいの時間白猫の体を撫で回していたかわからない。でも自分が満足するまで撫で回していると、ふと頭の中に言葉が浮かんできた。

「あ!」

『ん?』

「子供については?!」

『あー、そうでした。久しぶりのモフモフコースで気持ちよくて忘れかけてました』

 白猫は仰向けからくるんっと体勢を変えて四つん這いになると、ぴょんっとテーブルに乗って僕の近くで毛繕いをし始めた。

「僕も魅惑の毛皮に夢中で、この夢に呼ばれた理由を忘れそうになったよ…」

『人というものは欲望に弱いですからね。しかし、その欲望がなければ感情を持った生命体ではない。ただの肉の塊と同じですから、悪いことではないのです。ただ、その欲に溺れすぎてはいけない、それだけですよ』

「そうだね。夢中になると…我を忘れちゃうもんね」

『さてさて、2人の子供についてですね。まずはこれを…』

 白猫は毛繕いを終えるとテーブルの上にポンっと白い石が入った小瓶を置いた。

「あ!」

『これはオリバーに返しますね。初めはこの石を使ってもらおうと思っていましたが、オリバーにとっては形見も同じ。だからマイカさんの魔力を備えた以外の機能を取り除きました。もうこの石では子供はできません。マイカさんの魔力がこもった平凡な石です』

「ありがとう」

 オリーが喜ぶなぁっと思いつつ帰ってきた小瓶を見つめるも、嬉しそうに笑うオリーが頭に浮かんできた。白猫はクスッと笑ってから小瓶の隣にもう一つ小瓶を並べた。

『この透明な石が入ったのが2人の子供のための石です。私がいなくても機能するようにしました』

「見た目は一緒」

 もう一つの小瓶には石が真っ白ではなく、透明だったこと以外は隣の小瓶もそっくりだった。白猫は僕が二つを見比べているのを見つめながら、優しい口調で説明を始めた。

『やり方はマイカさんと同じです。2人の体液を石につけるだけでいいです。それをフローラの膣内に入れれば子供が宿ります。ただし、出産は通常と同じように陣痛が来て出産に至ります。出産の際に母体も子供も健康に、産後の経過も良いようにと加護をかけますから、2人が命を落とすことはありません。まぁ、フローラは2回目ですし、陣痛の痛みは知っているのでそのことに関しては忌避感はないでしょう』

「なるほど…」

『お腹に宿って出産に至るまでの時間も通常と同じです。悪阻があるかは宿るまでわかりませんが、まぁルイスがなんとかするでしょう。マイカさんの妊娠期間中に色々と手を焼いていましたし。後でルイスにも夢渡りをして頼んでおきますね』

「あ、ありがとう。あの…オリーに会ってくれたりは…」

 ルイスさん以外にも白猫に会いたがっている人物について話題を振ると、白猫はうーんっと考えてからフルフルと首を横に振った。

『オリバーには会えません。会ったとしてもマイカさんの事を話すこともできませんし、姿を見せることもできませんからね。期待させては可哀想です』

「そ、う…」

『でも、ずっと見守っていると伝えてください。私にとっても特別な子供達ですから。生まれた時から今までずっと、大きくなる姿を眺めていましたからね』

「…わかったよ」

『神とはなかなか難しいのです。神だからこそ平等に、公平に。神だからこそ残酷に。関わりすぎず、関わらなさすぎず。だからこそ、どの生き物にも宿り、どんな物体にも宿ってそばに居るのです。ああ、オリバーにはマイカさんも私もオリバーの心に宿っているこも伝えてくださいね』

「…う、うん。小難しいことは理解できないけど、見守ってるってことだね。わかった」

 うんうんっと頷くと、白猫は優しく微笑んだ。

『中和についても、手がかりに気がついたようで良かったです』

「あ!あの聖女のような白薔薇!」

『ふふ。アシェルは勘の良い子ですね。ルイスに懐くあの白薔薇はマイカさんの愛を基礎に私が生み出しました。あの薔薇はルイスの近くでないと咲きません。つまり、あの国から外に出ることが出来ないのです。ただし、加工されたものは別です。どのように加工するかはより良い物を試して決めてください。流通はフィレント王国を基盤にした方がいいでしょう。少しばかりフィレント王国を優遇する形になりますが…まぁ、私の今の課題が…あれなので、一石二鳥ですから、えへへ』

「課題?」

『か、神にも色々あるのです』

「ふーん。まあでも…ルイスさんから離れられないという欠点も含めて研究しなきゃだね。その事はルイスさんに伝えるの?」

『ええ』

「もしかしてルイスさんの寿命…きたら…枯れる?」

『ふふ、大丈夫ですよ。あの国から出さない限りはですけどね。マイカさんが降臨した国であることが大事なのです』

「ふーん」

 平等公平にといいつつも、この白猫は聖女マイカとルイスさんを何気に大事にしている気がする。それほどこの白猫にとっても大事な存在という事だろうか。

 どんな理由だろうと、あの花が中和に必要な素材であることは間違いない。僕はカップを手に取ってお茶を一口飲んでからフーッと息をついた。

「のんびりの休暇なんてしてられないなぁ」

『そうですね。だからこそ、この夢の中で沢山のんびりして沢山お菓子を食べて英気を養って下さいね!』

「あ、う、うん。そうだね」

 白猫は伝えるべき事を伝え終わったからと、お茶を楽しむ気分に切り替えたようだ。器用にお茶を舌で舐めて飲んだり、ティースタンドからお菓子や軽食を両前足で掴んで、備え付けのお皿の上に置いてモグモグと食べ始めた。

 僕はその様子を見つめながら、夢の中の豪華な食べ物に舌鼓を打って、白猫と色々な話題について会話を交わして夢の世界を堪能することにした。
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