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始まった新生活

それからは

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 朝起きるとオリバーさんはいなかった。隣に温もりがないことに寂しさを感じながら、イーサンが来るのを待ってから身支度を終えた。

 イーサンは僕の様子を見て、ニコッと微笑んだ後に「むせかえるような色香を纏ってしまわれて。私も酔いそうです」っと話してきた。

 僕は休日で色香というものを纏うようになったようだ。

 その後は毎日同じように過ごした。

 ただ前と違うことは、すれ違う生徒や教師に男女問わず夜のお誘いをされるようになったことだ。僕は曖昧に返事をして微笑むと、みんな少しだけ興奮したような顔になる。そして、いつでも相手をするから連絡してほしいと名前を告げてさっていくのだ。

 男性からも誘われるから、この国では同性でも関係を結ぶようだ。でも、本当に遊びなのだろうと実感もしてしまった。

 それ以外は朝食を食べて、職場に行って、口付けられて、僕のモノを飲まれて…。お尻にある魔道具の試作品を渡されて、装着を試してから感想を伝えた。そして、形を変えられてオリバーさんに中をいじられて疲れてベッドで眠った。

 僕がベッドで寝ている間に、誰かを抱いているような声が時折聞こえてきた。

 誰かを抱く度、部屋の中は甘い香りが充満した。オリバーさんが煙草を吸い始めるからだ。

 そして、仕事が終わればオリバーさんは煙草を吸って、銀の腕輪をつけて去っていく。

 でも、休日になれば僕をたくさん抱いて、僕の体に赤い痕をつけた。そして、僕はさりげなく〈好き〉を伝えていた。

 オリバーさんは僕との朝の練習が終われば煙草を吸わないし、休日に2人でいる時も煙草を吸わない。そして、僕が〈好き〉を伝えても笑っている。

 でも僕を見てくれないし、僕以外の人を抱く。

 仕事だと思える間はまだいい。でも休日以外に銀色の腕輪をして歩く姿を見るのが辛かった。

 たった1週間、そんなふうに過ごしただけで僕の心はだんだんボロボロと傷ついていった。



 今日は実の2月、第2水の日。

 月に一度の授業の日だ。オリバーさんから今回は見学をしておけと言われて部屋の隅っこでの机の椅子に座って生徒やオリバーさんを眺めた。

 半分以上は1年生で、残りに2年生と3年生がいた。女性が8割で男性はすくなかった。

 勉強机に向かってペアになって生徒たちは魔力を流しあうが(授業の時だけ生徒同士で魔力を流すことができるらしい)、部屋の中を巡回しているオリバーさんを見つけると、指導してほしいとねだる。

 オリバーさんがまず皮膚から魔力を流しても「わかりません」ばかりで、結局口づけてから「わかりました」と返答する生徒が多かった。

 もしかして…みんなオリバーさんが目当てなんじゃない?

 そんな気持ちで見たくもないオリバーさんと他の人との口づけを見させられて、僕はどんどんイライラしてきた。

「ねぇ。先生、お腹痛いの?」

 声がした方向に目を向けると、カローさんが僕を心配そうに見つめていた。僕は態度に出ていたことに気がついて、スッと気持ちを切り替えるとニッコリ微笑んでカローさんに返答した。

「大丈夫。心配させちゃってごめんね。カローさんはどう?まだ分からない?」

「うーん。シャルム先生のガッときてパッとなるって感覚がわかんないんだよね。口づけされるとピリッとくるのはわかるんだけど…」

「僕とやってみる?」

「うん」

 カローさんは僕が座っていた席の隣に座って右手を差し出してきた。僕はその手を右手で握って話しかけた。

「まずは僕に魔力を流してみて」

「はい」

 素直にコクコクと頷いて、カローさんはじわじわと僕に魔力を流してきた。

「うまいね。魔力を流すのはできるんだね」

「そうなの!毎日魔道具に補充してたらコレだけは得意なんだ」

 僕が褒めると嬉しそうに笑って赤い瞳が僕を見つめていた。

 可愛らしいな。無邪気な感じが可愛い。

 僕はクスッと笑うとカローさんの右手を左手で撫でて魔力を止めるように伝えた。

「次は僕だから、一旦止めてね」

「うん」
 
 カローさんは少しだけ頬を赤くしながら、頷いた。僕はカローさんの右手を両手で包んでジワジワと魔力を流した。

「どう?」

「うーん」
 
「じゃあ、少しわかりやすいように流すよ?」

 僕はカローさんの手のひらに刺すように、さっきと同じ量だけど魔力を一点集中で流した。

「あっ」

 カローさんはビクッと体を震わせて僕を熱がこもり始めた赤い瞳で見つめてきた。そして、小さな口を開けて声をかけてきた。

「すごく…ビリって…きて、ます」

「コレが魔力。じゃあ、初めのに戻すよ。ピリピリしてたのがジワーっと手のひらに細かくなって散らばって、手のひら全体を刺激されるようなイメージを作ってみて」

「は、はい」

 ウンウンと頷いてカローさんは目を瞑った。僕は説明した通りに魔力を流しながらカローさんの顔を見つめていると、だんだん眉間に皺が寄ってきた。

「なんか…感じる気がする」

「じゃ、このまま少し強めるよ?」

「あっ!」

 またビクンっと体を震わせて、瞼を開けたカローさんはさらに熱を帯びた瞳で僕を見つめてきた。

「わかり、ます…」

「よかった。全部返ったよ。体の中に戻った感覚ある?」

「あ、あります!すごい!今まで分からなかったのに!」

「その感覚を覚えていると、枯渇する前に魔道具で回復できるでしょ?」

「は、はい!できるかも!」

 カローさんは嬉しそうに微笑んだ。僕がそっと手を離そうとすると、カローさんの右手は僕の右手をぎゅっと握ってきた。

「あの、先生。最近すごく色っぽいって噂になってますよ。本当に色香がすごいです。私、触られただけで…その…濡れちゃった。それに魔力も優しいのに刺激的で…その…」

 少し頬を赤くしながらモジモジしているカローさんを眺めていると、後ろから不機嫌そうな低い声が聞こえてきた。

「カーロー。アシェルはダメだって言っただろ?」

 振り返ると、かなり不機嫌そうな顔のオリバーさんが僕たちの後ろに立っていた。そして、握り合ってる僕たちの手を見て舌打ちをした。

「今日は見てるだけだっただろ?なぜ指導した」

「…すみません。カローさんの力になれればと思って…」

「ランベルツ先生は悪くないもん!私、ちゃんと皮膚でもわかるようになったし!それに、シャルム先生のじゃないのに何でそんなに楯突くの?ランベルツ先生が決めることで、シャルム先生は関係ないじゃん。ね?ランベルツ先生?」

「あ、う、うん。そ、う…だね。僕が断る前に断る権利は確かにないよね」

 僕が苦笑いしながらカローさんに返答して、チラリとオリバーさんを見つめると、僕を怒ったような顔で見ていた。

「確かにそうだな」

 不機嫌そうにそれだけ言うとオリバーさんは他の生徒の指導に戻った。僕がホッと息をつくと、カローさんがまた僕の手を握ってきた。

「先生。シャルム先生に何かされてるの?大丈夫?何かあったら力になるよ?」

 心配そうな赤い瞳が可愛く見えた。まるでエミリーと接してるような感覚になった僕はカローさんの頭を優しく撫でた。

「ありがとう。でも大丈夫。それに、ごめんね。僕…まだそういうことする気になれないんだ」

「…そっか。じゃ、その気になったらいつでも教えてね!」

 カローさんはうふふっと笑うと僕から手を離して元の席に戻っていった。

 不機嫌そうなオリバーさんの授業が終わって、職場に戻る間も僕はいろんな生徒に声をかけられていた。オリバーさんはその様子をじっと見つめながら、僕が断りを入れて戻ってくるのをただ待っていた。

 合流して進んで、僕が捕まって立ち止まる。オリバーさんは少し離れたところでこちらを見つめて立ち止まって待っている。僕が断ったらオリバーさんのところに戻って2人で肩を並べて歩く。

 そんなことを何度も繰り返してやっといつもの扉の前についた。

 扉を開けて2人で中に入ると、オリバーさんは僕の体をキツく締め付けるように抱きしめてきた。

「くるし…」

「お前も俺を置いていくのか?やっと見つけた灰色。真っ白な灰色。お前も…他に大事なものができれば、どこかにいくのか?」

「なに…を…くるし…はなし…て」

「どこにも行かないでくれ…。…母上のように…どこかに行かないでくれ。俺たちを置いていかないで…」

 オリバーさんは少しだけ抱きしめる強さを弱めてから、僕の肩に顔を埋めた。そして、肩はどんどん濡れていった。

 オリバーさんは僕をどう思っているのだろう。こんな反応をされると戸惑ってしまう。

 オリバーさんはそのまましばらく僕の肩を濡らしてから、僕から体を離した。

 急に正気に戻ったような雰囲気になったオリバーさんは涙を拭きながら、申し訳なさそうに僕を見つめた。

「すまん。また溢れるのが止まらなかった」

「別にいいですよ…。オリバーさんは大人だけど子供だって知ってますから」

 ふふっと笑って背伸びをしてオリバーさんの頭を撫でてから、僕はぎゅっとオリバーさんを抱きしめた。

「大丈夫ですよ」

 背中を撫でながら胸元で囁くと、優しく抱きしめ返された。

 

 次の日になっても、僕たちの生活は変わりがなかった。僕は相変わらず誘いが多いし、オリバーさんは僕の体を練習、試作品を試すと称して弄る。疲れて寝てると時折誰かの喘ぐ声が聞こえて、聞きたくないから耳を塞いで、ことが済めばベッドから出る。そして、帰りは銀の腕輪をしたオリバーさんを見送った。

 第2魔の日に初めてのお給料は1枚残して、銀貨8枚を家族に送った。試作品を試すたびに毎日銅貨5枚が増えていくのと、休日は出歩いてもオリバーさんが払ってしまうから僕はあまりお金を使わないためだ。

 そんな生活を続けていると、早くも穫れの1月。研修期間の終わりの月になった。

 僕の心はどんどんボロボロになっていった。

 
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