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始まった新生活

溢れる想い

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 あったかい

 僕が熱源に擦り寄ると、ギュッと抱きしめられた感触がした。ゆっくり目を開けると目の前に男性の胸板があった。目線を上に向けるとオリバーさんの綺麗な寝顔があった。

「あ、そうだ。今日は練習で……ぁ」

 眠った事で冷静さを取り戻した僕はカァァァっと体と頬が熱くなるのを感じた。

「わーわーわー!」

 してもらった事や、してしまった事や、している時の感情や快感を思い出し顔を覆って悶えた。

「僕…なんて、淫らなことを…うう」

 元々そんなに欲がないと思っていたのに、あんな風になるなんて!確かに、練習で僕のを舐められて快楽でボーッとなってたけど!すぐに冷静になれていたはずだ!

 でも…。僕を見つめて色っぽい表情になったオリバーさんの顔を思い出して、ググっと熱が集まっていくのを感じた。

「なんだ?」

 僕が熱に悶えて体を熱くしてる間に、オリバーさんは目が覚めて、僕の様子が変なことに気がついたようだっだ。目を擦りながら声をかけて、僕を見下ろしてきた。

「な!っんでもないです!」

「…で、ここが硬いのは?」

「せ、生理現象です」

「へー」

 オリバーさんはニヤニヤ笑いながら上半身を起こして布団をめくって、僕の股間を眺め始めた。そしてフッと笑うと視線を壁に向けてから呟いた。

「もう赤の2か。昼にするか」

「あ、はい!」

 僕は誤魔化せたと安心してホッと息をついた。起き上がると、転がってる下着を手に取って履いた。中に入っている魔道具は、はまっている感覚はあるが変な違和感はない。それに動いたりしても抜けることはないようだ。

「ふぁぁ」

 オリバーさんはあくびをしながらソファーに座ると、違う酒瓶の栓を開けてグラスに注ぎ始めた。茶色のお酒は酒場で飲んでいた物によく似ている。それをグラスから溢れそうになるまで入れて、グラスの脚を持ってグビグビと飲み始めた。僕は上着のシャツを着ながらその様子を見て呆れてしまった。

「下着ぐらい着てください」

「…すぐ脱ぐのに?」

「そういう問題じゃないです。早くしてください。僕の部屋にいるなら、僕に従ってください」

「ちっ」

 オリバーさんはめんどくさそうな雰囲気をだして、グラスをテーブルに置いてから、立ち上がって下着を手に取って履き始めた。僕はソファーに座って、調理されたお皿が入った籠を収納からだしてテーブルに並べた。

 籠の中身は縦に段差で板があって、そこに一皿ずつのせてあった。取り出すたびにいい匂いがする。匂いでお腹が鳴ってしまった。

 酒瓶を床に下ろして煮込み料理を二つ、パンの盛り合わせ、温野菜に果物、チーズとハムを出した。フォークとナイフを2人分用意してからテーブルの高さを変えた。

「酒飲むか?」

「結構です」

 オリバーさんは下着だけ着た姿で隣に座ると、空になっているグラスに茶色い液体をまた注ぎ始めた。僕は立ち上がると、カートにあるティーセットを使ってお茶を入れることにした。

 ポットに水を入れると適温にあったまる。ポットの自体が魔道具だった。適当に茶葉を入れてしばらく待ってからカップに注いで帰ってくるとテーブルの上の食べ物は半分なくなっていた。

「足りませんでした?」

「そうだな。もっとあってもいい」

 オリバーさんは酒豪で大食いのようだ。僕は収納から籠を取り出して、中を覗いた。揚げた肉や揚げた芋があった。それを取り出してオリバーさんの前に置くと、フォークで刺してムシャムシャと食べ始めた。

「オリバーさんって貴族っぽくないですね。食べ方も豪快だし」

「堅苦しいのが嫌なんだよな。ちまちま食べても、美味くない。やろうと思えばできるぞ?一応習ってるしな」

「はぁ…そうですか。僕は本当に最低限のことしかわからないので、隣で優雅に食べられるよりは楽ですけど」

 僕は話しながらパンをちぎって煮込み料理の汁に浸して食べた。ジュワッと広がるスープの味とパンの香ばしさが口に広がった。

「美味しい」

「よかったな」

 僕は黙々と料理を食べて、お腹いっぱいになると冷めて冷たくなったお茶を飲み干した。お茶はイーサンが淹れてくれたものの方が断然美味しかった。

 オリバーさんは僕がもう食べないとわかると残りを平らげてしまった。お酒もまた1瓶空にしたようだ。

「あー、うまかった」

「そうですね。でも思ってたよりオリバーさんが食べるので、明日の昼ごはんはなさそうです」

「明日は外で食うか」

「お金…」

「気にするな。奢ってやる」

 俯いて呟くと、オリバーさんは僕の頭を撫でて優しく微笑んだ。そして、ニヤッと笑った後に話を続けた。

「今、尻に入れてるやつを売る時に、改良を手伝ってくれれば売れた分からも何割か払ってやる」

「え?」

 僕はびっくりして顔を上げると、オリバーさんは何かを企んだような顔で笑った。

「そのかわり、試作品はちゃんと試せよ?」

「…前払いです…」

「じゃあ、特別手当の項目に増やすか。改良の試作品を使って、感想を言うのに銅貨5枚。どうだ?」

「いいですよ。お金欲しいので」

 ウンウンと頷くと、僕は頭の中に色々浮かべた。どれぐらいの頻度で改良されるかわからないが、下手したら給与は家族に全額送って、特別手当で生活できるようになるかもしれない。オリバーさんがどれだけ稼いでるのかは謎だが、払ってくれるならば払ってもらおう。

 まずは時刻魔道具と湯浴み施設だ。父さんに相談していくらかかるかも調べてもらおう。街道だって綺麗にしたいし…それにそれに…

 僕が頭の中で色々考えている間にオリバーさんはテーブルの上を綺麗にしてくれていたようだ。テーブルの上にはまだお酒が入ってる酒瓶、綺麗になってるグラスが2つとホカホカのお茶の入ったカップが2つ置いてあった。

「あ、お皿とかは…」

「ああ。ほら」

 オリバーさんの収納からピカピカになっているお皿達がテーブルの上に出てきた。僕はそれを自分の収納に入れた。湯気が立っているお茶のカップを手に取って一口飲むと僕が淹れたのよりおいしいお茶だった。

「美味しいです。上手にお茶も淹れられるなんてすごいですね」

「父親がなんでもできる人だからな。教えてもらった」

「へー。優秀な人なんですね」

 オリバーさんは何も言わずにカップを手に取ってお茶を飲んだ。そしてポツリと小さな声でつぶやいた。

「そうだな。何もかも達観してて…真似なんてできない」

 呟いているオリバーさんの瞳は少しだけ暗かった。あまり深く聞かない方が良いのだろうか。どうするか悩んでいるとオリバーさんはカップをテーブルに置いて、僕の膝の上に頭を乗せてきた。

「…オリバーさん?」

「触りたくなった。しばらくこのままでいさせてくれ」

「…いいですけど。男に甘えるのはどうなんでしょう」

 僕は指通りの良い黒い髪を撫でながら話しかけると、オリバーさんはまたポツポツと話し始めた。

「育ての母親が沢山いても、産みの母には会ったことがない。姿絵もない。あるのは父親が持っている首飾りと、父親から渡された遺物だけだ。どんなに愛し合っていたかを語られても、俺達が産まれたのは愛の証だと言われても、会ったことがない。抱きしめられた記憶もない。片割れは母親の珍しい特徴や名前を受け継いでいる。それだけで繋がっているような気分になるらしい。でも俺は…」

 オリバーさんは産みの母親に会いたいのだろうか。本当に聖女が母親なら、どうして帰ったのだろう。愛し合った人がいるのに。

 僕は何も返答せずに、ただオリバーさんの髪を梳くように撫でた。オリバーさんは言葉が溢れてしまうのか、話を続けた。

「父親はいつも遠くを見て微笑む。産みの母親を想ってだ。そして首飾りを撫でながら毎日愛を呟く。愛し合っていたのに、なぜ俺たちを置いていったんだ?俺たちは…捨てられたんじゃないだろうか。そればかり頭に浮かぶ。片割れみたいに自分の姿や名前で繋がりを感じることもできない。俺だけ…」

 僕の膝に時折冷たい物が流れ落ちてくるようになった。オリバーさんは肩を震わせながら、唇が震えているような声で話を続けた。

「神から賜った物だから、再現はできないとかクソ喰らえ。俺にはあれしか…母親がいたと実感できる物がない。あの真っ白な魔力だけ…しか…」

 オリバーさんはその後何も言わずに、ただ肩を震わせていた。

 オリバーさんから溢れてきた言葉は、繋がりがあるようで繋がりがなくて…。心に浮かんだ言葉を吐き出しているようだった。

 オリバーさんは母親を求めているのかもしれない。

 母親の愛を感じたいのかもしれない。育ての母ではなく、自分の体の一部である産みの母から。

 産みの母親にも事情があったのだろう。どんな事情かはわからないけれど、子供を置いて去っていくということはよほど重大なことなのだと予想はできる。でも、母からの愛を求めて震えている子供を見ると心が痛かった。

 オリバーさんは研究をすることで母親を見ていたのかもしれない。何に使う石なのか僕はよくわからないけど、あの石を作ることができれば母親に近づけると想っているのかもしれない。

 オリバーさんはしばらく肩を震わせて、冷たい雫を流していたが、落ち着いてきたのか震えが止まって僕に話しかけてきた。

「すまん。なんか、やるせない気持ちになったら…言葉が出てた」

「そうですか。スッキリしましたか?」

「ああ、そうだな。少しだけ。なぁ、魔力色なんて何であるんだろうな。濃度の影響で子供ができにくくなって、子供が減ってる。神は何を考えてるのかわからんな」

「そうですね。僕なんてこの白い髪で、国ではいつもジロジロヒソヒソでした。何故こんな髪で生まれてきたのかもわかりません。神は僕に何をさせたいのでしょうね」

「俺はお前の白が好きだぞ。白は好きだ。何にも染まってない、でも誰にでも染まれる。誰にでもなれるようで、なれない。孤高で気高い」

 〈好き〉と言う言葉に胸がドキンっと高鳴った。

 嬉しい。初めて僕のこの色を家族以外に好きだと言われた。僕は嬉しくて、オリバーさんの頭をぎゅっと抱きしめてスリスリと頬を擦り寄せた。

「なんだよ、甘えか?」

「嬉しくて。家族以外にそんなこと言われたことなくて…嬉しくて、ありがとうございます。僕もオリバーさんの黒と紫が好きです。好きです」

 僕は心に浮かんだ言葉を素直に言葉に出した。するとオリバーさんは何か閃いた!っというような声で話しかけてきた。

「そうか。じゃあ、今後髪の毛のリボンは黒か紫にしろ」

「え?何故ですか?」

「俺の紫と黒が好きなんだろう?」

「…でもなぜオリバーさんの色を?」

「俺がつけて欲しいと思ったから?問題あるのか?」

「ありますよ。瞳の色や髪の色を付けたり着たりなんて、恋人や夫婦のようじゃないですか。それは無理です」

「ちっ。本当に〈白〉のようなやつだな。流されるようで流されない。染まるようで染まらない。変な奴」


 僕たちはそのまま、しばらく話していた。気がつくともう青の5だった。夕飯は軽く食べて、青の7には湯浴みをした。

 お尻の魔道具は入れっぱなしにすることになった。オリバーさんが1日つけても何もないかを確認したいらしい。

 むしろ、ずっとつけていたから慣れてしまって、お風呂の時に一度外した時に違和感を感じた。

 そして、体の一部のようになったものを試すのはこれから先、なにか影響がありそうに感じた。だから、僕は「それは試作品を試すことと同じだ」と言ってちゃっかり懐にお金を入れた。僕はお金があれば何でもするのだろうか。いや、オリバーさんだからだろう。

 僕はオリバーさんの腕に包まれながら眠りに落ちた。

 距離感はほぼなくなっている。でもどんな関係なのかわからない。

 僕は距離感に戸惑いつつも、この近い距離が一番落ち着くのだった。
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