【完結】あの奇跡をもう一度

あさリ23

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始まった新生活

出勤初日

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「アシェル様、おはようございます」

 ジャッ鳴った音と共に日差しが顔に当たった。眩しくて目を開けると白いカーテンを開けているイーサンがいた。

「おはようございます」

「おは、ようございます」

 寝起きでボーッとしながら声を返して、自分が寝ている場所がどこかしばらく考えた。

「あ、初日だ」

「ええ。お仕事の初日でございます」

 なぜここにいて、ここで寝ていたのか思い出した僕はゆっくり起き上がって扉側のベッドサイドに腰掛けた。イーサンはその間にサイドテーブルに水桶を置いてタオルを持って立っていた。

 ノロノロと立ち上がって顔を洗うと、イーサンから手渡されたタオルで顔を拭いた。

「朝食はどちらで召し上がりますか?」

「あ、食堂に行ってみようかな」

「畏まりました。では身支度をお手伝いいたしますね」

 ボーッとしてる僕の返答を待たずに、イーサンは木桶とタオルを扉の向こうに置いて片付けると、衣装棚からシャツとズボンを持ってきた。渡された服に着替えて、ローブを着るとイーサンが手に櫛を持っていた。

「お髪を整えさせていただきます」

 ソファーに座って後ろから丁寧に髪を櫛ですかれた。ここら辺でやっと覚醒してきた僕は、自分でやると声をかける前にイーサンが話した。

「これぐらい普通ですよ。お任せください」

 先回りで言われてしまうと、もう何も言えなかった。白髪は昨日香油を塗ったからか少しだけ艶があった。

「香油は毎日塗ったほうがよろしいですよ」

「あ、あの香油ってなんの花ですか?」

「あれはラベンダーの香油です」

 ラベンダー。あの紫色の花だろうか。花に詳しくない僕は名前を聞いてもピンと来なかった。

「リボンの色は何色になさいますか?」

「リボン?」

 イーサンは髪留めのリボンを数種類僕に見せてきた。僕はいつも適当に紐で結んでいたから、こんなに綺麗なリボンは初めて見た。

 黄色に青色、赤色に紫色、緑色に黒色。僕の髪色は正直言ってどの色でも映える。僕は何となく青色のリボンを指さした。

「青色でお願いします」

「畏まりました」

 イーサンは丁寧に僕の髪の毛を編むと、リボンで結んでくれた。そしてイーサンは水鏡を出して、僕に髪型を確信させた。昨日と同じ髪型だけど、変に跳ねてる毛はないし、リボンも綺麗な形だった。

「あ、ありがとう」

「もっと色々な髪型をさせていただけるなら、いつでもお申し付けください」

 イーサンはにっこり微笑んで櫛や使わなかったリボンを片付けると、扉を開けてくれた。

「食堂へご案内いたします」

「はい」

 イーサンは扉を閉めて鍵をかけると、僕を先導して歩いた。職場とは反対方向にしばらく進むと、ガヤガヤと声が聞こえてきた。

「こちらが生徒が座るテーブルで、あちら側が教師が座るテーブルでございます」

 イーサンに示された場所に目を向けると、数人の男性や女性が食事をとっていた。後ろには専属の使用人のような人が立っていて、給仕をしているようだった。

 僕はイーサンに連れられて他の人との間隔を開けて椅子に座ると、後ろからイーサンに話しかけられた。

「朝は夜と同じぐらい召し上がれますか?」

「あ、はい」

 イーサンは僕の返答を聞くと、人が集まっている場所に向かっていった。キョロキョロと周りを見渡すと、昨日オリバーさんとあれこれしていた女子生徒が楽しそうに他の女子生徒や男子生徒と話していた。あの女子生徒の上着を見ると青色のピンがついてる。1年生だったようだ。仲良く話している他の生徒は青以外に緑や黄もいる。

 僕が通った学校は上下関係が厳しかった。だから学年の垣根を超えて仲良しな様子は新鮮だった。

 周りを観察しているとイーサンがカートを押して戻ってきた。

「朝食でございます」

 目の前には卵と野菜、果物、パンが乗ったひとつのお皿が置かれた。

 僕は用意されたフォークとナイフを手に取ってもぐもぐと料理を食べた。量はちょうどよくて、残さずに食べることができた。食後のお茶をイーサンに淹れてもらいのんびりしていると、近くに座っていた女性に声をかけられた。

「ねぇ、貴方。もしかして新任さん?」

「あ!はい。魔力調整課に本日より勤務します。アシェル・ランベルツと申します」

 聞こえた方向に目線を向けてペコリと頭を下げて自己紹介すると、赤毛で青い瞳の女性が僕を見てにっこり微笑んだ。

「あら、やっぱりそうなのね。私は魔法歴史担当のエラ・コールマンよ。エラって呼んでね」

 エラさんは赤い艶やかな長い髪を半分だけ編み込んで結っていた。青色の石がついた耳飾りが片耳に1つずつついているのが見えた。そして、豊満な胸元を惜しげもなく露出しているようなワンピースをきて、僕にパチンっと片目を一瞬瞑るような仕草をしてきた。

「え、エラさんですね。僕のこともアシェルと呼んでください」

「アシェルちゃん!可愛いわねぇ。いくつー?」

 胸元をテーブルに乗せるようにしながらエラさんはニコニコ笑って話しかけてきた。僕はなるべく胸元を見ないようにしながら返答した。

「20歳です」

「いやーん!若いピチピチ!うふふ。あとで他の女性陣にも話さなきゃ。よかったら今度遊びに行きましょうね」

 エラさんはにっこり笑って言いたいことだけ言って席を立って去っていった。

「…す、すごく…積極的?」

「我が国では女性が男性を誘うのはよくありますよ。男性は勿論、誘われれば断る方は少ないですね。女性も好みの男性から誘われた場合は基本的に断らないことが多いと思います」

「へ、へー…」

「結婚すると妻や夫以外の関係は切ることが多いですが、未婚であったり恋人がいない場合は体の関係だけの男女も多いですよ」

「ピャッ!」

 後ろからのイーサンの解説を聞いていた僕はびっくりして体が震えた。

「え?婚姻する前からですか?」

「はい。相性を確認して婚姻をする考えの方が多いのです」

「あの、子供の出生率とか婚姻後の側室とかの人数は…」

「子供は年々減少傾向ですが、我が国は魔力色も重要視しています。なるべく偏らないように婚姻を結んでいますが、体の相性ありきですので…濃いもの同士が婚姻する事もあります」

「…体の相性が大事なんだ…」

「ええ。我が国は愛の神ララール神を信仰しています。体の相性も愛の一つの形ですからね。側室は子供が5年以内に誕生しない場合に娶る事が多いです。婚姻後は正室を大事にしますので、なるべく妻1人夫1人の家庭を築こうと努めます」

「そ、そう…なんだ」

 結婚前は割と奔放でも、結婚後は堅実。相反しているような気がしていた僕にイーサンは声をかけた。

「愛は何種類もあると神は教えを説いています。肉体的・本能的な愛、友人への愛、家族への愛、そして無償の愛。細分化すればさらに細かな愛があります。他国からきた方にはなかなか受け入れ難いかもしれませんね」

「う、うん…そだね」

「確かフェルティエ皇国は富裕の神アバン神を信仰されてるんですよね?」

 僕はぽりぽりと頬をかいて、頷いた。

「はい。お金の神様を信仰してるなんて、いかにもお金が大好きな国っぽいですよね。僕の国は決まり事も多いし、お金がないとゴミのような扱いされます。でも僕はあまり神を信じてないから…神様に頼ってお金を増やそうなん考えたことがありません」

「そうですか。信仰は人それぞれですからね。無理に崇めなくとも良いのですよ。さて、そろそろ職場に出発しませんと、遅刻してしまいますよ」

「わわ!」

 僕は慌てて立ち上がって食堂から出ていくと、イーサンはその背中を優しい笑顔で見送っていた。

 パタパタと早歩きで自室の前を通り過ぎて、昨日歩いた廊下を進んだ。

 重い扉を開けて中に入ると、すでにオリバーさんは部屋にいた。

「おはよう、ごさ…います」

 少し息を切らしながら挨拶をすると、オリバーさんは明日をこちらに向けて優しく微笑んだ。

「ああ、おはよう」

 フゥッと息をついて自分のデスクの椅子に座ると、オリバーさんが煙草を突き出してきた。

「食うか?」

 食べるかという表現は〈吸う〉と言われるよりも、あの甘い蜜を味わう感覚にあっていた。僕は頷いて、煙草を手に取って口に咥えるとゆっくり蜜を味わった。口から煙草を引き抜いてから、フーッと白い煙を吐き出すと僕を見ていたオリバーさんはニコニコと嬉しそうに微笑んだ。

「ごちそうさまでした」

「おう」

 オリバーさんに煙草を返すと、そのまま口に咥えてプカプカと美味しそうに煙を吸っていた。

「その魔道具はまだ使う必要があるんですか?」

「もう癖になってるんだよな、咥えてるの」

「そう、ですか」

 オリバーさんは煙草を咥えながら僕に一枚の紙を渡してきた。

「おバカが来るまで、研修と助手を頼むな。今月の授業は終わったから、それは来月からだ。あとその紙の内容が特別手当の内容だ」

 用紙を眺めるといくつか項目が記載されていた。

【銅貨5枚】
•魔力付与作業
•魔力融合作業
•体液提供と交換

【銀貨1枚】
•体液交換による実験作業

【銀貨5枚】
•体液交換による実験作業且つ最終確認

 内容を読んでいて僕はヒクっと口の端を動かした。

「もしかして特別手当って…」

「俺の実験に付き合う手当だな」

「元々助手を募集していたんですか?」

「うーん。同僚は欲しかった。1人で回すのもだるかったしな。それに研究を手伝ってくれるならお小遣いあげようぐらいの感覚でアイザックのおっさんに話したら募集出してくれたんだよな」

「……あの、体液交換って…」

 僕は項目を指差しながら不安そうにオリバーさんを見つめた。

「ん?そのまんま。体液もいろいろあるだろ?どれがいいのかを確認する必要があるんだよな。本家との違いがあるかとかな」

「本家?」

 オリバーさんは、空間魔法が使えるようで収納から小瓶を取り出して僕に手渡してきた。

 小瓶には丸い白い石が入っていた。

「これが俺の研究の本家だ」

 僕は小瓶の石を眺めながらオリバーさんが語る声に耳を傾けた。



 あるところのある国に、5人の男性がいました。

 男性達は30年経っても子供ができません。

 嘆き悲しんで神に祈りました。

「どうか、我が子を腕に抱かせてください」

 神はその声に応えて、聖女を遣わしました。

 聖女は5人の男達へ子供を授けると、去っていきました。

 男達は1人ずつ授かった子供を抱いて幸せに暮らしましたとさ。




「って話があってな」

 僕はポカーンっとしながらオリバーさんを見つめた。

「あの、それと、これの繋がりが…わかりません。それにそんな神話聞いたことがないです」

「だよなー。知ってる。知られていない話だからな」

 オリバーさんは複雑そうな顔をしてから、僕の手のなかにある小瓶を眺めた。

「聖女が授けた方法がこの石で、俺がその子供のうちの1人だって言ったらどうする?」

 オリバーさんは小瓶を見つめながら僕に呟いた。その声はどこか恐れているような、でも期待しているような声だった。

「い、石で…子供…ですか?しかも、聖女の子供…ですか?」

「ああ。そうだ」

「証拠は…」

「聖女の子である証拠はあるにはあるが…見てもわからん」

 オリバーさんは僕から小瓶を取り上げると、収納にしまってしまった。僕は奪われた小瓶の行方を目で追ってからオリバーさんに目線を向けた。オリバーさんは僕を見て楽しげに微笑んでいた。

「ま、おいおいわかるさ。今日はそうだな…とりあえずおバカが来るまで…練習だな」

 オリバーさんはニヤッと笑うと立ち上がって僕に近寄ってきた。
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