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何かが始まる

灰色ですけど…

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「まぁ、おバカ達の魔力感知の指導やおバカな問題児のお世話は面倒だが、やりたい事が出来るいい職場だ」

 オリバーさんは煙を出しながら話した。僕はオリバーさんの口にあるものが気になって質問してみた。

「あの、その白い棒はなんですか?」

「あ?これか?俺の自作魔道具だ。火を使わなくても吸える煙草だ。半永久的に使えるが、販売はしてねぇ。理由はそうだな。煙の匂いだな」

「煙の匂い?」

「ああ、割と匂うだろ?独特の匂いがな」

「…とっても甘い花のような匂いですけど…」

 オリバーさんはピクッと眉を動かして、煙草を咥えたまま僕を見つめた。そして、僕を観察するような顔で眺めた。

「お前、魔力色は何色だ」

「灰色です」

 オリバーさんはガタッと椅子から立ち上がると、僕の隣に立って見下ろしてきた。

 そして口から煙草を離して至近距離で僕の顔に向かって煙を吐き出した。むせかえるような甘い香りに頭が酔いそうだった。

 次に僕の口に煙草を突っ込んできた。吸口はオリバーさんが吸っていた場所なのか、すこし湿っていた。そして、なんだか甘い。

「うぐっ!」

「咥えたまま吸い込んでみろ」

 おもむろに口に入れられた白い棒からは甘い蜜のような味がしてくる。興味本位でスーッと吸ってみると蜜のように甘い味が口に広がった。煙を吸っているはずなのに、なんだか液体を飲んでいるような感覚になった。

 オリバーさんは僕が吸い込んだことに気がつくと、そっと煙草を口から取り除いた。そのタイミングでフーっと息を吐き出すと、鼻からあの甘い香りが抜けるように香って口から白い煙が出ていった。

 煙は目の前にいるオリバーさんの体にかかった。オリバーさんは匂いをクンクンと嗅いで嬉しそうに微笑んだ。

「ああ…まじで灰色なんだな」

 甘い味と匂いの余韻に浸りながらオリバーさんを見上げると、オリバーさんは僕が咥えていた部分を口に含んだ。

「匂いも味も甘いな」

「は、はい。甘かった…です。吸っても蜜を飲んでるようで…」

 僕の返答にさらに嬉しそうに笑ったオリバーさんは僕をギュッと抱きしめてきた。甘い香りが漂う男らしい体に抱きしめられて、胸がドキンと跳ねた。男性に抱きしめられているのに、なぜだか嫌悪感は無かった。

「見つけた。身内以外の灰色。これから楽しみだな。アイザックの一押しってのは、容姿だけじゃないってことか。なるほどな。よし、暇な時間は俺の研究につきあってもらうぞ。実験が楽しみだ」

「じ、実験…ですか?えと、その前に甘い匂いとか味とか煙草から何故したんですか?煙草なんで家族も吸わないし、吸ったことなんてないから味なんて知りませんけど…。金持ちの貴族が吸ってるのを嗅いだことがありますが…火がついてるしもっと臭いです。口からドブのような匂いがする人もいるし…」

 抱きしめられながら頭に浮かんだ疑問を次々と言葉に出すと、オリバーさんはクスクス笑い始めた。

「これはな、ただの魔道具じゃないんだよ。ある特定の魔力色を探せる魔道具なんだ。煙草として使ってるのは見せかけだ」

「見せかけ?」

 オリバーさんの胸元で首を傾げて見上げると、拳二つ分ほどの距離にオリバーさんの綺麗な顔があった。

「俺の魔力も灰色だ。この魔道具は灰色を探すためのものだ。灰色同士なら魔道具との相性がいいため、味は蜜のように甘く、匂いも花のような甘い香りになる。身内の灰色と一緒に作ったからそれは保証されてる。ただ、俺の研究は身内とするわけにはいかない。だから、魔道具を使って選定してたんだ」

「は、はぁ…」

「ちなみにだ、灰色に近ければ俺が出す煙の匂いを甘く感じるやつはいる。ただし、本人が灰色だと言っていても、俺と同じ濃度じゃないと味までは甘くならない」

「そ、そうですか…」

「そして、相手が吐き出す匂いも同じ濃度の灰色じゃない限り俺は甘く感じないんだ」

「え、えーと…」

「お前のおかげで、かなり研究が進む。10年ここで粘ったがかいがあったな」

「やるとは言って…」

 僕が戸惑ったような声を出すと、オリバーさんは僕から少し体を離してジロジロと眺めてきた。

「どーせ、何もしない時間は暇だろ?見た感じあんまり裕福な家ではないようだしな」

 僕の一張羅のローブははっきり言って安物だ。でも、学校に行く前に父さんが奮発して買ってくれたのだ。バカにされた気がした僕は口を尖らせた。

 僕が不機嫌そうな顔になったことに気がついたオリバーさんは、口に咥えた煙草をまた僕の口に突っ込んできた。

「すまんすまん。馬鹿にしたつもりは無いんだ。嬉しくて舞い上がった。蜜でも吸って機嫌をなおしてくれ」

 甘味なんてほぼ食べたことがない。僕は口に広がる甘さを拒否することができず、またスーッと吸い込んだ。

 甘い甘い蜜はとても美味しい。

 僕が吸い込むのを確認したオリバーさんは、そっと口から煙草を外した。そして僕はフーっと息を吐いて甘い煙を吐き出した。

 覗き込むように上から見つめてオリバーさんは少しだけ笑って声をかけてきた。

「機嫌治ったか?」

「甘いものを食べるのは、ほぼ初めてなので…美味しいものを貰えれば…まぁ…」

「なるほど。物で釣った方が良さそうだな」

 ニヤッと笑ってオリバーさんは煙をぷかぷかと浮かべた。

「甘い味がする。うまいな」

 オリバーさんの言葉に疑問を感じた僕は首を傾げながら質問した。

「今まで甘く無かったんですか?」

「ああ、無味無臭だった。灰色と交換した時だけ味がする。それも1時間ほどで無くなるけどな。灰色以外が吸うと不味いらしい。あと、匂いも巷に流通してる煙草のような匂いだそうだ」

「え?あの匂いですか?」

「ああ。だから人によってはお前がさっき言ってた、口臭がドブの臭く感じる奴はいるかもな」

 ケラケラ笑うオリバーさんは美味しそうに煙草を吸っていた。

「は、はぁ…そうですか…」

「よし、今日はこれくらいだな。お前はどこに住むんだ?」

 オリバーさんは僕から離れて、デスクに向かうと椅子に座ってデスクに向き直った。そしてデスクの上にある書類を眺め始めた。

「寮生活です。後で使用人の方が迎えにきてくれるそうです」

「ああ。ならそいつが来るまでここにいればいい。どうせ、すぐ来るだろうしな」

「あ、はい」

 素直に頷いて返事を返すが、どう過ごしていいかわからない。立ったままボーッとしていると、オリバーさんが右隣のデスクを資料に顔を向けながら指さした。

「ここ使え。お前の場所だ。自由にしていい」

「は、はい」

 自分の場所と言われてると、途端愛着がわいた。ゆっくり近寄って椅子に座ると、今までに座ったことがない柔らかい椅子に感動してしまった。

「す、凄い。硬く無い」

「でも長時間座ってると尻が痛くなるのは同じだぞ」

 オリバーさんは少しだけクスリと微笑んでチラッと僕に目線を向けた。横顔も美しい。ゾワっと体がざわついた。

 僕は誤魔化すように視線をそむけて、デスクの引き出しを開けたり、閉めたりした。オリバーさんの顔は甘い匂いと味に酔ってないとまともに見れそうに無かった。

「なんでも好きな物を突っ込んでいいぞ。香油でも媚薬でもな」

「ピャッ!?」

 左側から聞こえてきた言葉にビクッと体を震わせると、オリバーさんはケラケラと笑った。

「おい、まじで生娘か?」

「……………」

 僕は何も言えなくて、無表情で黙ってしまった。それを見たオリバーさんは笑うのをやめて、僕を見つめた。

「え?まじで?女と付き合ったり、抱いたりは?」

「…………」

「あ、女じゃなくて男か?」

「…………」

 僕はひたすら無表情に無言を貫いた。その様子から察したような顔になったオリバーさんは、何故か少しだけ嬉しそうな顔をした。

「わかった。魔力調整はおバカでも軽めなおバカからしような。まだ皮膚からの感知が出来るやつからすれば良い。安心しろ。初めから超絶おバカは担当しなくていい」

「はい…」

「あと、敬語もなくていい。俺は今年40で年上だが、身体は25で止まった。ある意味歳が近いだろ?あ、お前はまだ止まってないのか?」

「敬語は、慣れるまでは無理です。あと…止まった時ってどうやったらわかりますか?」

 僕はやっと表情を戻して、正面の窓を眺めて質問した。

「あ?そりゃ、感覚でわかんだよ。止まったなーって」

「………そうですか。それならまだ止まってないかもです」

「だろうな。そんな感じするな」

 オリバーさんは資料に目を向けた。でも僕へ話しかけるのはやめなかった。僕はボーッと窓を見つめて声を聞いた。

「どこ出身なんだ?」

「フェルティエ皇国です。貧しい領地で男爵家の次男です」

「ああ、あの国か。魔法は学校に行ったのか?」

 僕は窓を見つめながらオリバーさんに返答した。

「はい。3年間通って卒業しました。魔力操作は割と得意で、得意科目は付与魔法です」

「おお。いいな。俺の研究にも最適だな」

「そうですか…」

 やるとは言っていない研究の助手はオリバーさんの中では決定事項のようだ。

 でも確かにすることは無い。どんな研究でどんな実験なのかわからないけど、仕事に差し支えなが無い程度に手伝ってもいいかもしれない。

 やっと〈助手〉という単語を飲み込んだ頃に、コンコンっと扉が叩かれて、薄い緑色の髪の毛をして、金色の瞳の男性が中に入ってきた。黒色のジャケットとズボンに白いシャツ姿は、さながらどこかの貴族の執事のようだった。

「へーい」
 
「アシェル・ランベルツ様はいらっしゃいますでしょうか?」

「ああ。いるぞー。専属か?」

「はい。お迎えに参りました」

「あ、ランベルツは僕です」

 オリバーさんと会話をしていた男性に立ち上がって声をかけると、ニコッと微笑まれた。

「初めまして。ランベルツ様の専属使用人のイーサン・スチュワートと申します。よろしくお願いいたします」

 僕よりも頭半分ほどの高さから綺麗な身のこなしで一礼されると、僕は少しだけ緊張しながら返答した。

「は、はじめまして。アシェル・ランベルツです。よろしくお願いします」

「私には敬称や敬語も必要ありませんからね。イーサンとお呼びください。ランベルツ様」

「う、あ、はい。すみません。使用人なんていない家庭で育ったので…しばらくは、敬語に…なり、ます。僕のことはアシェルって呼んでください」

「はい、畏まりました。アシェル様。では早速、寮のお部屋にお連れいたします。ついてきてくださいますか?」

「は、はい」

 僕はこちらに反応を示さずに資料を眺めているオリバーさんに声をかけた。

「えと、明日からよろしくお願いします」

「おう。朝8時には来いよ。またな」

 オリバーさんはこちらを見ずに手を振ってきた。僕は背中に向かって頭を軽く下げてから、イーサンにくっついて寮に向かった。
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