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何かが始まる
気合は十分だ!
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「よし、じゃぁ…みんな行ってくるよ」
父さんが手配してくれた辻馬車に乗り込む前に見送りに来た家族や領民たちに声をかけた。見送りに来た人たちは順番に口を開いた。
「気をつけてな。ここから検問まで馬車で行くにも遠い場所だ。揺れると思うが…」
「父さん。大丈夫だよ。お尻が痛いのなんて慣れてる」
「アーちゃん。無理してお金を送らなくていいからね?昨日隣町で衣類を買いに行ったけど、まずは足りないものを揃えるのにお金をつかなさいね?」
「わかってる、母さん。でもちゃんと送るからね」
「アシェル。帰るときは時折俺にもウサギで連絡してくれよな」
「もちろんだよ、ロイド兄さん。僕のウサギを前みたいに鍬で仕留めようとしないなら、ちゃんと連絡するよ」
「兄さん。気をつけてね。帰ってきたら勉強付き合ってね」
「ああ。エミリー、成人の儀が終わったら学校に通わせてやるからな。それまで自主勉強頑張れよ」
それぞれに返答して領民達にも笑顔で手を振って、僕は辻馬車に乗り込んだ。
隣国に渡るための転移陣に向かうまでの道中はワクワクとドキドキで胸がいっぱいだった。馬車に揺られて体が痛くても、心はとても元気だった。
国境施設の受付で、名前と木札を提示すると料金を払わずとも入国と転移を許された。転移のグニャっと歪む感覚は嫌いだが、この時ばかりは胸がいっぱいで気にしなかった。
予定よりも少し早めに待ち合わせの場所についた。しかし、すでに来ていた学園から迎えの豪華な馬車に乗って学園へ向かった。まるで皇族ような対応に僕はさらに心が躍った。
学園は敷地が広かった。下手したらランベルツ領より広いかもしれない。そして建物は頑丈な造りをしていて、まるで要塞のような見た目はとても圧巻な光景だった。
学園に着くと、御者の男性に案内されて校内に入った。新品のシャツとズボン、一張羅の紺色のローブ。衣類は空間魔法の中に収めてあるため、手ぶらだ。
豪華な扉の前に案内されると、御者の男性はこちらに頭を下げてから進んできた道を戻っていった。僕は緊張しながらもコンコンコンっと扉を叩いた。
「はい」
「っ…アシェル・ランベルツです」
「ああ。どうぞ」
聞いたことがある穏やかな男性の声に返答を返して、入室許可を取ってからそっと扉を開けた。
室内に入ると、豪華な調度品に囲まれて、黒い色の大きなデスクに向かって金髪緑の瞳をした30代ぐらいの男性が座っていた。とても優しそうに微笑む男性に吸い寄せられるようにデスクの前まで歩くと、僕は一礼してから話しかけた。
「初めまして。アシェル・ランベルツです。採用していただき、ありがとうございます」
「ふふ。初めまして。学園長のアイザック・ミラーです。映像通り可愛らしい姿と声ですね。採用して正解でした」
学園長はニコニコと微笑んで話を続けた。
「私のことはアイザックと呼んでくださいね。特別ですよ」
「あ、アイザック…さん」
「いいですね。可愛い小鳥から私の名を聞くのは」
僕はどう反応していいか分からず、困っているとアイザックさんはニコニコと笑って気にしていないように話を続けた。
「では、そこのソファーに座ってください。学園の説明をしましょう」
僕は指示された通りに扉に近いソファーに座った。アイザックさんは立ち上がってこちらにやってくると、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座った。シャツとズボンとラフな服装で、シャツのボタンは上2つがとまってない。胸元からは緑色の大きめな石がついた首飾りが光っていた。ボタンが外れていても、だらしなさや下品さは感じなかった。
足を組んで座った姿を見る限り、僕よりも頭一つ半は身長が高そうだった。髪の長さは僕よりも短く、緩やかな曲線を描く金色は顎のあたりまでの長さだった。肌は褐色だった。その肌がまた金色をさらに輝かせていた。とても美形な顔立ちは、僕へ優しく微笑んでいた。雰囲気はとても上品な人だ。
アイザックさんは僕を見つめて、形の良い口を開いて話を続けた。
「我が国のことはどれぐらいご存知ですか?」
微笑みながら少し首を傾げたアイザックさんに僕は正直に話した。
「お恥ずかしいのですが、穏和な方が多いということと、魔道具で発展してきている若い国であるとしか知りません。お金がなくて図書館に行って調べることもできなくて…その」
申し訳なくて体を縮こめながら頭を下げた僕にアイザックさんは優しい声で語りかけた。
「ふふ。いいんですよ。試験をしているわけではないのですから、調べなかったことを咎めることはありません。我が国は様々な魔道具を開発、研究して発展していますし、平和主義が多いので穏和であることも間違っていません。大丈夫ですよ。ただ、付け加えるならば、差別が少なく男女の垣根も低いと言うことでしょうか」
「は、はぁ…」
僕は付け加えられた言葉の意味がうまく理解できず、生返事を返すとアイザックさんはクスッと微笑んだ。
「次に学園の説明をしますね。この学園は入学してから3年間通う学校です。場合によっては2年延長して研究している生徒もいますが、大半は3年で卒業です。入学資格がある年齢は成人である15歳以上。ただし、上限はないので1年生であっても、15歳や20歳など年齢がバラバラなことが多いです」
「す、すごいですね。僕の国は決まり事が多くて、学校も同じ年齢の子しかいませんでした」
感心したような声を出している僕に微笑みかけつつアイザックさんは話を続けた。
「ここの学園の制服は女子生徒は赤色のジャケット、白いブラウスに赤色の膝上丈のスカート、男子生徒は赤色のジャケット、白いシャツに赤いズボンです。また、学年を見分ける方法は上着の襟にピンのように付いている魔道具の色が青が1年、緑が2年、黄が3年です」
「ま、魔道具ですか?」
「ええ。生徒の安全のため、蓄積魔力の魔道具を学年を見分ける指標に使っています。学年が変わるたびに自動で色が変わるので、一度配布したものを皆は使い続けてます」
「…な、なるほど」
蓄積魔力は魔力が枯渇する前に使う道具だ。僕も学校に入学した時に手に入れた魔道具の一つだった。安物は蓄積する量が少ないが、高価なものほどたくさん溜め込むことができる。でも、あまり使われない魔道具なため、僕の国ではしまっている人が多い。高価な魔道具を指標にしちゃうところは、魔道具作りの国っぽい対応だなっと僕はまた感心していた。
「何か質問はありますか?」
アイザックさんの声が耳の中に入ってきて、考え事をしていた僕の意識がハッと戻った。慌てて首を横に振ると、アイザックさんは話を続けた。
「さて、次は寮や今後の生活についてですね。教師は1人部屋ですが、食堂は生徒と共同です。あと、教師には使用人が各部屋に1人ずつ専属でつきます。室内の掃除や身支度などの世話をしてくれますからね。あとで担当する使用人にはアシェル君を迎えに行くように頼んであります。ああ、住んでもらう部屋には浴室や手洗いは完備されてます。ベッドも大きめですから、大人2人が寝ても広いですよ。もし、夜に人恋しくなったら、可愛いウサギさんを私に送ってくださいね」
アイザックさんはうふふっと笑いつつ話を続けた。僕は必死に話の内容を覚えようとしていて、アイザックさんの冗談には反応できなかった。
「洗濯は必要ならば使用人に頼んで下さね。アシェル君の担当者はとても優秀ですから、分からないことがあれば使用人の彼に聞いてください。あと、これが部屋の鍵です。登録した人しか使えないので、ここに魔力を込めてくれますか?」
アイザックさんはテーブルの上に3個の小さな銀色の鍵を並べた。僕は1つ手に取って魔力を流すと、鍵はキラキラと金色に輝いてから色を銀から白に変えた。テーブルに鍵を置いてチラッとアイザックさんを見つめると、他の2つも魔力を込めるように目配せされた。僕は素直に従って、白の鍵を3つテーブルに並べた。
「はい、結構ですよ。では1つはアシェル君が使ってくださいね。2本目は使用人に渡してください。渡すときに許可すると言いながら手渡せば使用人が使えるようになりますからね。他の使用人には使うことができないので、鍵を奪われて部屋に入られることはありません。安心してくださいね。最後の1本は必要になったら、使ってくださいね。それまでは部屋にある金庫に入れておけばいいと思いますよ。鍵の候補者に私が選ばれると嬉しいですね」
「は、はぁ…」
どんどんくる情報に僕は頭がいっぱいになりながら、生返事を返した。アイザックさんはクスッと微笑むと僕を優しい眼差しで見つめてきた。その視線を感じながら、僕は3本の鍵を回収して収納に収めた。
「ああ、空間魔法が使えるのですね。一通り魔法はできるのですか?」
「あ、はい。平凡ですが…一応」
「素晴らしいですね。ふふ、よかった」
アイザックさんは上着からペラっと1枚の紙を取り出してテーブルに置いた。僕は用紙を手に取って内容を確認した。
「では契約書です。内容を読み上げますから確認してくださいね。8時から5時まで。週5出勤で週休2日。アイミヤ公国の祝日もお休みです。もちろん学園の休暇の際もお休みですよ。寮生活にかかる費用は月に銀貨1枚。食費など全て込みです。日用品などは置いてあるものを使ってください。使い終わった場合は使用人に伝えれば補充してくれますよ。ただ、肌に合わない場合は自費で買っていただいても結構です。費用はお給料から天引きですから、実質お支払いする金額は銀貨9枚です。毎月第2魔の日に私の蛇君が届けに行きますね。えっと、穫れの1月末までが研修期間です。まずは先任の教師の仕事や授業を手伝ってもらうことになります。あと、仕事中の空き時間は自由ですから研究をしたり、遊んだりと好きに過ごしてくださいね。特別手当の詳しい内容は部署で聞いてください。ここまでで質問はありますか?」
「えっと、職務内容は…」
僕は用紙から顔をあげて見つめると、アイザックさんはニコッと微笑んだ。
「簡単なお仕事ですよ。魔力譲渡の方法を授業で指導し、苦手な生徒には補講をしたりします。また、生徒達の魔力調整という業務もあります。我が国は魔法の発展とともに魔道具も沢山普及しています。ただ、少しばかり熱中しやすい国民性なので魔力切れを起こす生徒が多いのです」
「だから魔力操作が得意な人が募集だったのですね」
「ええ。大雑把にされても困りますからね。ただ、生徒は皆、蓄積魔力を携帯しているので本当に緊急事態以外は個人で解決しています。それができない生徒の指導や処置をお願いしますね」
アイザックさんは上着からもう1枚紙を出してテーブルに置いた。
「では、内容に問題がなければ先にお渡しした書類の右下にお名前を書いてくださいね。ペンはお持ちですか?」
「普通のであれば…」
「ああ、では普通のペンで書いてから、唾液で母印を押してください」
「血じゃなくてもいいんですか?」
僕は収納から昔から使っているペンを取り出して、サラサラと名前を書いて質問をした。
「ええ。大丈夫ですよ。体液であればなんでもいいんです」
「そう、なんですね」
僕は名前を書き終わるとペンを収納に収めて、右手の親指をぺろっと舐めてから、名前の右端に指を押し付けると、指が当たったところが淡く光った。僕はそれを確認してからアイザックさんに用紙を返した。
「はい、契約完了ですね。これからよろしくお願いしますね。テーブルにある用紙が部署への道筋です。明日から初日ですが、先に挨拶に行ってください」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ペコっと頭を下げて用紙を受け取るとアイザックさんは立ち上がった。僕も続いて立ち上がるとアイザックさんを見上げた。
「何かあればいつでも相談してくださいね」
「は、はい」
とても優しい笑顔のアイザックさんにペコペコと頭を下げてから、部屋からでた。
そして、地図を見ながら職場へと向かったのだった。
父さんが手配してくれた辻馬車に乗り込む前に見送りに来た家族や領民たちに声をかけた。見送りに来た人たちは順番に口を開いた。
「気をつけてな。ここから検問まで馬車で行くにも遠い場所だ。揺れると思うが…」
「父さん。大丈夫だよ。お尻が痛いのなんて慣れてる」
「アーちゃん。無理してお金を送らなくていいからね?昨日隣町で衣類を買いに行ったけど、まずは足りないものを揃えるのにお金をつかなさいね?」
「わかってる、母さん。でもちゃんと送るからね」
「アシェル。帰るときは時折俺にもウサギで連絡してくれよな」
「もちろんだよ、ロイド兄さん。僕のウサギを前みたいに鍬で仕留めようとしないなら、ちゃんと連絡するよ」
「兄さん。気をつけてね。帰ってきたら勉強付き合ってね」
「ああ。エミリー、成人の儀が終わったら学校に通わせてやるからな。それまで自主勉強頑張れよ」
それぞれに返答して領民達にも笑顔で手を振って、僕は辻馬車に乗り込んだ。
隣国に渡るための転移陣に向かうまでの道中はワクワクとドキドキで胸がいっぱいだった。馬車に揺られて体が痛くても、心はとても元気だった。
国境施設の受付で、名前と木札を提示すると料金を払わずとも入国と転移を許された。転移のグニャっと歪む感覚は嫌いだが、この時ばかりは胸がいっぱいで気にしなかった。
予定よりも少し早めに待ち合わせの場所についた。しかし、すでに来ていた学園から迎えの豪華な馬車に乗って学園へ向かった。まるで皇族ような対応に僕はさらに心が躍った。
学園は敷地が広かった。下手したらランベルツ領より広いかもしれない。そして建物は頑丈な造りをしていて、まるで要塞のような見た目はとても圧巻な光景だった。
学園に着くと、御者の男性に案内されて校内に入った。新品のシャツとズボン、一張羅の紺色のローブ。衣類は空間魔法の中に収めてあるため、手ぶらだ。
豪華な扉の前に案内されると、御者の男性はこちらに頭を下げてから進んできた道を戻っていった。僕は緊張しながらもコンコンコンっと扉を叩いた。
「はい」
「っ…アシェル・ランベルツです」
「ああ。どうぞ」
聞いたことがある穏やかな男性の声に返答を返して、入室許可を取ってからそっと扉を開けた。
室内に入ると、豪華な調度品に囲まれて、黒い色の大きなデスクに向かって金髪緑の瞳をした30代ぐらいの男性が座っていた。とても優しそうに微笑む男性に吸い寄せられるようにデスクの前まで歩くと、僕は一礼してから話しかけた。
「初めまして。アシェル・ランベルツです。採用していただき、ありがとうございます」
「ふふ。初めまして。学園長のアイザック・ミラーです。映像通り可愛らしい姿と声ですね。採用して正解でした」
学園長はニコニコと微笑んで話を続けた。
「私のことはアイザックと呼んでくださいね。特別ですよ」
「あ、アイザック…さん」
「いいですね。可愛い小鳥から私の名を聞くのは」
僕はどう反応していいか分からず、困っているとアイザックさんはニコニコと笑って気にしていないように話を続けた。
「では、そこのソファーに座ってください。学園の説明をしましょう」
僕は指示された通りに扉に近いソファーに座った。アイザックさんは立ち上がってこちらにやってくると、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座った。シャツとズボンとラフな服装で、シャツのボタンは上2つがとまってない。胸元からは緑色の大きめな石がついた首飾りが光っていた。ボタンが外れていても、だらしなさや下品さは感じなかった。
足を組んで座った姿を見る限り、僕よりも頭一つ半は身長が高そうだった。髪の長さは僕よりも短く、緩やかな曲線を描く金色は顎のあたりまでの長さだった。肌は褐色だった。その肌がまた金色をさらに輝かせていた。とても美形な顔立ちは、僕へ優しく微笑んでいた。雰囲気はとても上品な人だ。
アイザックさんは僕を見つめて、形の良い口を開いて話を続けた。
「我が国のことはどれぐらいご存知ですか?」
微笑みながら少し首を傾げたアイザックさんに僕は正直に話した。
「お恥ずかしいのですが、穏和な方が多いということと、魔道具で発展してきている若い国であるとしか知りません。お金がなくて図書館に行って調べることもできなくて…その」
申し訳なくて体を縮こめながら頭を下げた僕にアイザックさんは優しい声で語りかけた。
「ふふ。いいんですよ。試験をしているわけではないのですから、調べなかったことを咎めることはありません。我が国は様々な魔道具を開発、研究して発展していますし、平和主義が多いので穏和であることも間違っていません。大丈夫ですよ。ただ、付け加えるならば、差別が少なく男女の垣根も低いと言うことでしょうか」
「は、はぁ…」
僕は付け加えられた言葉の意味がうまく理解できず、生返事を返すとアイザックさんはクスッと微笑んだ。
「次に学園の説明をしますね。この学園は入学してから3年間通う学校です。場合によっては2年延長して研究している生徒もいますが、大半は3年で卒業です。入学資格がある年齢は成人である15歳以上。ただし、上限はないので1年生であっても、15歳や20歳など年齢がバラバラなことが多いです」
「す、すごいですね。僕の国は決まり事が多くて、学校も同じ年齢の子しかいませんでした」
感心したような声を出している僕に微笑みかけつつアイザックさんは話を続けた。
「ここの学園の制服は女子生徒は赤色のジャケット、白いブラウスに赤色の膝上丈のスカート、男子生徒は赤色のジャケット、白いシャツに赤いズボンです。また、学年を見分ける方法は上着の襟にピンのように付いている魔道具の色が青が1年、緑が2年、黄が3年です」
「ま、魔道具ですか?」
「ええ。生徒の安全のため、蓄積魔力の魔道具を学年を見分ける指標に使っています。学年が変わるたびに自動で色が変わるので、一度配布したものを皆は使い続けてます」
「…な、なるほど」
蓄積魔力は魔力が枯渇する前に使う道具だ。僕も学校に入学した時に手に入れた魔道具の一つだった。安物は蓄積する量が少ないが、高価なものほどたくさん溜め込むことができる。でも、あまり使われない魔道具なため、僕の国ではしまっている人が多い。高価な魔道具を指標にしちゃうところは、魔道具作りの国っぽい対応だなっと僕はまた感心していた。
「何か質問はありますか?」
アイザックさんの声が耳の中に入ってきて、考え事をしていた僕の意識がハッと戻った。慌てて首を横に振ると、アイザックさんは話を続けた。
「さて、次は寮や今後の生活についてですね。教師は1人部屋ですが、食堂は生徒と共同です。あと、教師には使用人が各部屋に1人ずつ専属でつきます。室内の掃除や身支度などの世話をしてくれますからね。あとで担当する使用人にはアシェル君を迎えに行くように頼んであります。ああ、住んでもらう部屋には浴室や手洗いは完備されてます。ベッドも大きめですから、大人2人が寝ても広いですよ。もし、夜に人恋しくなったら、可愛いウサギさんを私に送ってくださいね」
アイザックさんはうふふっと笑いつつ話を続けた。僕は必死に話の内容を覚えようとしていて、アイザックさんの冗談には反応できなかった。
「洗濯は必要ならば使用人に頼んで下さね。アシェル君の担当者はとても優秀ですから、分からないことがあれば使用人の彼に聞いてください。あと、これが部屋の鍵です。登録した人しか使えないので、ここに魔力を込めてくれますか?」
アイザックさんはテーブルの上に3個の小さな銀色の鍵を並べた。僕は1つ手に取って魔力を流すと、鍵はキラキラと金色に輝いてから色を銀から白に変えた。テーブルに鍵を置いてチラッとアイザックさんを見つめると、他の2つも魔力を込めるように目配せされた。僕は素直に従って、白の鍵を3つテーブルに並べた。
「はい、結構ですよ。では1つはアシェル君が使ってくださいね。2本目は使用人に渡してください。渡すときに許可すると言いながら手渡せば使用人が使えるようになりますからね。他の使用人には使うことができないので、鍵を奪われて部屋に入られることはありません。安心してくださいね。最後の1本は必要になったら、使ってくださいね。それまでは部屋にある金庫に入れておけばいいと思いますよ。鍵の候補者に私が選ばれると嬉しいですね」
「は、はぁ…」
どんどんくる情報に僕は頭がいっぱいになりながら、生返事を返した。アイザックさんはクスッと微笑むと僕を優しい眼差しで見つめてきた。その視線を感じながら、僕は3本の鍵を回収して収納に収めた。
「ああ、空間魔法が使えるのですね。一通り魔法はできるのですか?」
「あ、はい。平凡ですが…一応」
「素晴らしいですね。ふふ、よかった」
アイザックさんは上着からペラっと1枚の紙を取り出してテーブルに置いた。僕は用紙を手に取って内容を確認した。
「では契約書です。内容を読み上げますから確認してくださいね。8時から5時まで。週5出勤で週休2日。アイミヤ公国の祝日もお休みです。もちろん学園の休暇の際もお休みですよ。寮生活にかかる費用は月に銀貨1枚。食費など全て込みです。日用品などは置いてあるものを使ってください。使い終わった場合は使用人に伝えれば補充してくれますよ。ただ、肌に合わない場合は自費で買っていただいても結構です。費用はお給料から天引きですから、実質お支払いする金額は銀貨9枚です。毎月第2魔の日に私の蛇君が届けに行きますね。えっと、穫れの1月末までが研修期間です。まずは先任の教師の仕事や授業を手伝ってもらうことになります。あと、仕事中の空き時間は自由ですから研究をしたり、遊んだりと好きに過ごしてくださいね。特別手当の詳しい内容は部署で聞いてください。ここまでで質問はありますか?」
「えっと、職務内容は…」
僕は用紙から顔をあげて見つめると、アイザックさんはニコッと微笑んだ。
「簡単なお仕事ですよ。魔力譲渡の方法を授業で指導し、苦手な生徒には補講をしたりします。また、生徒達の魔力調整という業務もあります。我が国は魔法の発展とともに魔道具も沢山普及しています。ただ、少しばかり熱中しやすい国民性なので魔力切れを起こす生徒が多いのです」
「だから魔力操作が得意な人が募集だったのですね」
「ええ。大雑把にされても困りますからね。ただ、生徒は皆、蓄積魔力を携帯しているので本当に緊急事態以外は個人で解決しています。それができない生徒の指導や処置をお願いしますね」
アイザックさんは上着からもう1枚紙を出してテーブルに置いた。
「では、内容に問題がなければ先にお渡しした書類の右下にお名前を書いてくださいね。ペンはお持ちですか?」
「普通のであれば…」
「ああ、では普通のペンで書いてから、唾液で母印を押してください」
「血じゃなくてもいいんですか?」
僕は収納から昔から使っているペンを取り出して、サラサラと名前を書いて質問をした。
「ええ。大丈夫ですよ。体液であればなんでもいいんです」
「そう、なんですね」
僕は名前を書き終わるとペンを収納に収めて、右手の親指をぺろっと舐めてから、名前の右端に指を押し付けると、指が当たったところが淡く光った。僕はそれを確認してからアイザックさんに用紙を返した。
「はい、契約完了ですね。これからよろしくお願いしますね。テーブルにある用紙が部署への道筋です。明日から初日ですが、先に挨拶に行ってください」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ペコっと頭を下げて用紙を受け取るとアイザックさんは立ち上がった。僕も続いて立ち上がるとアイザックさんを見上げた。
「何かあればいつでも相談してくださいね」
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とても優しい笑顔のアイザックさんにペコペコと頭を下げてから、部屋からでた。
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