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自己愛

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「パパにはもう会いたくない」

 予定よりも早く帰ると連絡をしてきた翔と翼を、キョウ達と一緒に駅まで迎えに行くと、怒ったような悲しんでるような顔の翔が私の顔を見て一言だけ呟いた。隣にいる翔と手を繋いでいる翼は落ち込んだ顔で目が真っ赤だった。

「……俺、美桜と買い物してくる。今日は何作る予定?」

「え、あ、えっと…唐揚げ。鶏もも肉4枚とトマト買ってきて欲しい。後は安い野菜があればそれで…」

「んっ。美桜行こう」

「うん」

 キョウは私からエコバッグを受け取ると美桜ちゃんを連れてスーパーへと向かった。私は我が子達に何があったのか、心配になりながらも2人を連れて家に帰った。

 家に帰る間も、2人は黙ったままだ。翼は少しだけグスグスと鼻を鳴らしていた。

 家に入ってテーブルの椅子に座らせ、温かいココアを注いだマグカップを2つ、2人の前に置いた頃に翔が口を開いた。

「パパ。自分も被害者だと思ってる」

「え?」

 私が違うマグカップにコーヒーを淹れて椅子に座ると、翔はココアを一口飲んでさらに話を続けた。

「まず会ってすぐに、ママとの生活に不自由はないか?って聞いてきたんだ。だから不自由なんてないし、俺たちも掃除を手伝ったりしてるし、楽しく過ごしてるって言ったら…」

「うん」

 翔はポケットからスマホを取り出すと、操作して何かを起動してからテーブルの上にスマホを置いた。

 すると、聞き覚えがある声が聞こえてきた。

『子供に掃除させてるのか。ダメなママだな。パパなら絶対にお前達にそんなことさせないけどな。ママの稼ぎじゃ欲しいものも買ってもらえないだろう?俺がお金を振り込んでるから不自由はしてないだろうけど、苦労させてごめんな』

『俺たち別に掃除することが嫌とかないよ。ママには自分たちから提案したし、強制なんてされてない』

『でもな。家のことはママの仕事だろ?』

『ママは家事もして仕事もして、俺たちのことも可愛がってくれる。だから少しでも手助けしたいだけだよ』

『でもなぁ。ママの稼ぎじゃ食べたいものも、欲しいものもなかなか手に入らないんじゃないか?パパがお金を振り込まなくなったら、とたんに貧乏生活だと思うぞ?女の稼ぎなんてたかがしれてるからな』

 私は貴史と翔のやりとりを聞いてプルプルと体が震えた。私の様子を見た翔は録音なのか動画なのかを止めて話しかけてきた。

「ずっとこんな感じだったんだ。俺も翼も違うって反論してるのにママに気を遣ってるんだろ?とか言って聞いてくれない。しまいには…」

 翔はグスグスと鼻を啜っている翼に目を向けた。翼は目元をゴシゴシと服の袖で拭いてから話し始めた。

「パパが浮気したのも、ママが悪いって。悪い女に騙されただけだって。寂しいから俺たちだけでも帰ってきて欲しいとか、おばあちゃんの家にくれば掃除なんてしなくても良いし、前みたいに伸び伸び暮らせるぞって…。俺がママと離れる気はない。パパは仕事はしてても休日は寝てばかりで構ってくれないけど、ママは仕事もして家事もして、休日にかまってくれるんだって反論したら…」

 翼はそこまで言うと涙を溜めた。翔は最後まで言えなかった翼の背中を撫でて代わりに話を進めた。

「顔真っ赤にして、『男と女は違う』とか言って怒り出したんだ。翼、いきなり怒られたからびっくりして泣いちゃって。それを見てもパパはママの悪口言っててさ。俺は悪くない。俺も悪い女に騙された。そんなことばっかり」

「…ナニソレ」

 貴史はすんなりと別れてくれた。その点については感謝もしていたし、わだかまりなく終わったと思っていた。でも私たちと離れて反省をした結果、自分は悪くないという思いが強くなったのだろうか。

「俺、ママからパパの悪口なんて聞いたことない。昔も今も。パパとは段々と話さなくなってたから、今まで悪口なんて聞いてなかったけど…でも、そんなことを思ってたんだって思ったら…もう、嫌で」

「そう…」

 翔はスマホを手に取ってズボンのポケットに入れると、しょんぼりしながらココアを飲んでいる翼の頭を撫でた。

「翼はさ、パパが『ごめん、俺が全部悪い』って言ってくれるもんだと思って、反省してることを期待してたみたい。でも、結局は反省なんてしてなくて、すんなり別れたのも世間体を気にしてだったみたい。そんなことを言ってた。スマホで録音してたのは、俺がパパをもう信じられなかったから。この生活を壊すようなことをしないか心配で、証拠とってやろうと思ってパパには内緒でしたんだ。結果的にママに聞かせられないような…内容ばっかりだったけど」

「そう…ごめんね」

「なんでママが謝るの?ママは何も悪くないじゃん。浮気したのも、反省せずに責任転嫁してるのも、パパが悪いんだよ。最後にはお菓子やゲームソフトで釣って、おばあちゃんの家に行こうって。俺たちのこと何歳だと思ってるんだろうね。小さい子供にするような事を言ってさ。パパはママのことも俺たちのことも全然見てないってのがわかったらムカムカしちゃったんだよね」

「だから、1時間も早く帰ってきたの?」

「うん。翼もぐずってたし。パパにはおばあちゃんの家に行くのは予定になかったはずだし、予定通りじゃないなら約束と違う。だから帰るって言って勝手に出てきた」

「そう」

 私は自分のスマホをズボンのポケットから取り出してメッセージを確認した。翔から連絡がきてキョウの家に行って、3人で仲良く話していたのもあって貴史からの着信に気がついてなかったようだ。

[翔が冷たい。何か言ったのか?]

 貴史からはただその一言だけだった。でも、私はそれを見て翔が写真を撮って私にそれを見せてきたあの日。貴史は同じように私を責めるような目を向けてきたことを思い出した。

(私って貴史の何を見てたのかな。専業だし家を任されるのは仕方ないって思ってたから、不満なんてなかったけど…。離れてみるとドンドンとボロが出てきた気もする。しかもだんだんムカムカしてきた)

 私は返信をせずに、ため息をつくと2人をじっと見つめた。

「面会はしばらくやめようか」

「「うん」」

「面会もね、2人が楽しく過ごせるならって思ってたの。でも悲しい顔で帰ってくるなら、ママは行かなくて良いって思う。パパがママが会わせないようにしてるんだろ!とか言ってきても、正直『そうよ』って言ってしまいたいほど、ママは今怒ってます」

 翔と翼は私の雰囲気が変わったことにピクリと体を震わせた。そして気を使うような顔で私を見つめてきたため、私はその視線を受け止めながらにっこり微笑んだ。

「翔。さっきの後で送ってね。その後はスマホから消しておいて良いからね。パパから今まで電話とかなかったよね?もしかしたら電話が来るかもだし、それが嫌だったら拒否していいからね。ママ、ちょっとパパを退治するから…」

「え、でももうすぐおじさん達帰ってくるよね」

「あー、そうだった。じゃあ、とりあえず今は返信だけしておこうかな」

 翔の一言で私が少し鎮火したのに気がついた2人は、ホッと胸を撫で下ろした。私はメラメラと燃えていく何かを感じながら貴史に返事を返した。

[何を言うのですか?何か言われて困ることでもありますか?子供達が泣いて帰ってきました。何を考えているのですか?何のために面会を希望したのですか?私は貴方が子供達と仲良くランチをして、子供が笑顔で帰ってくると信じて送り出しました。今では一緒に行かなかったことを後悔しています。今後の面会の予定はありません。子供達が貴方を拒否しています。拒否される理由はわかりますね?]

 私は翔から送られてきた動画を編集して、貴史が私の悪口を言っている部分を一部抜粋してメッセージに添付した。

 どんな返事が来るかなんて考えたくもない。

 浮気する人って自己愛が強いのだろうか。

 じゃあ、キョウもそうなの?

 キョウの過去も含めて私は男を見るの目がないのかもしれないと、落ち込みつつ、燃え上がる何かをキョウ達が帰ってくるまでに少し鎮火させようと試みた。スマホは見たくなかったから鞄の中に押し込んだ。


 しばらくして、キョウ達が帰ってきた。その頃には翔も翼も話してスッキリしたのかテレビを見てくつろいでいた。美桜ちゃんは2人に声をかけてゲーム機で遊ぼうと誘ってくれて、3人で翼の部屋に篭ってしまった。

「何があったの?」

 食材が詰まったエコバッグをテーブルに乗せてからキョウが私に声をかけてきた。私は袋から食材を取り出して冷蔵庫に片付けながら話をした。

「買い物ありがとう。実はね…元旦那がね、自分は悪くないって思考になってたみたいでさ。翔が面会時の会話を録音しててくれたから、詳細はそれを聞けば良いんだけど…」

 トマトを手に持ちながら後ろを振り返るとキョウは心配そうな顔で私を見つめていた。

「ねぇ。浮気する人って、みんな自分が好きなの?自分中心に考えて、相手の気持ちを思いやれないのかな。言い訳ばかりの自己弁護。そうなった理由があったにせよ、責任の所在を誤魔化してくるのはなぜ?…私には理解できない」

 キョウは私の言葉を聞いて、ものすごくショックを受けた顔になった。私はキョウ本人に聞いてはいけないことを聞いてしまったと気がついた。でも言ってしまったことは取り返せない。

 じっと見つめてから私は無言で片付けを続けた。キョウは立ったまま私の後ろ姿を見つめている。視線を感じながらも私が片付けを終わらせた頃にキョウが口を開いた。

「俺も…過去にナナを傷つけた。だから、その言葉は確かに俺に相応しい言葉だと思う。あの時の俺は自分は悪くないって思ってた。薬のせいなんだ、あの主催者のせいなんだ。だから俺は悪くない。そう思ってた」

 キョウは私にゆっくり近寄って私の手を握った。そして手を引いて私を椅子に座らせると、その隣の椅子に座って話を続けた。私はキョウの顔をじっと見つめて話に耳を傾けた。

「ナナが目の前から消えて。そう、跡形もなく消えて…周りの人からも責められた。特にマスターから。今思えば弁護士をしてて困ってる人を助けていたから、ナナの気持ちを一番わかってたのかも。それを聞いても俺、響かなかった。一年くらいはずっと腐ってた。ナナがいない虚しさを埋めるために俺は悪くないんだって自分を庇ってた」

「元旦那もそうだって言いたいの?」

「いや、それはわからない。ただ、浮気してしまう人は確かにその瞬間…自分勝手になるんだと思う。弱いんだ、心が。弱いから、周りのせいにしないと心が保てない。俺が自分自身を振り返ってやっと自分が弱いから戦えなかったんだって…飲み込めたのはナナと別れて2年後ぐらいかな。あの時、俺も戦えば逃げられたはず。場の空気に流されないで、暴れればよかったはず。それができなかった自分が一番悪いのだと、そんな考えになった。その頃にはネトゲもやめてた」

「そう」

「だから、次は絶対に間違えない。そう思った。菜々子ともちゃんと恋愛はしたよ?まぁ、俺も打算的な部分があったから菜々子の欠点も受け入れて結婚したんだよね。それで美桜に悲しい思いをさせたのは、父親として失格だったと今は思う。根本的な性格は変えられない。俺はどうしても自分勝手なんだ。でも、それでも、もう本当に大切なものを無くさないように、美桜の心が荒まないように…ただそれだけで今まで生きてた」

 キョウは俯いて話を続けつつ、私を掴んでいる手は私を離したくないといっているかのように強く握りしめていた。私はキョウに握られた手を見つめながらぼんやりと考えた。

(キョウは本当に反省したってことかな。自分の弱い部分も受け入れて、もがいてる。少しばかり貴史と重ねてみすぎてたかもな。今のキョウを見て付き合うことを決めたんだし、責める相手を間違えたのは私だ)

 私は片腕でキョウの体を引き寄せて抱きしめた。キョウはビクッと体を震わせて恐る恐る顔を上げた。

「ごめん。キョウはずっとずっと反省してたんだね。責めるべき相手は貴史であって、一度浮気したからって同じだと一括りにして責めてごめん。今のキョウの事は…そうだな。信じられるよ。私の大切なもの、キョウの大切なもの。お互いに大事にできる。もし、私たち…あの若い頃にあのまま結婚してたら…いずれ別れてたかもね。だってあの頃のキョウは弱い心に甘えてたって事でしょ?お互いにバツがついて、子供がいるからこそ…信じあえる関係になったのかも。どう思う?」

 キョウを抱きしめて頭を撫でながら声をかけると、キョウは甘えるように私の肩に頬を擦り寄せた。そして手を繋いでいない片腕を私の背中に回してきた。

「そう思う。あの頃の俺じゃナナを本当の意味で幸せにできなかったと思う。俺のこと…許してくれる?」

「そうね。今のキョウなら許せる。次はないけど」

「ナナを手放すようなこと、絶対にしない。一度失ったものを取り返すことほど大変な事はないし、もう2度と信用を失いたくない。ナナは本当にいい女だね」

「でしょー?ちょっと男を見る目がないかもだけど」

「うぐっ」

 キョウを揶揄うと言葉に詰まったのかキョウは黙ってしまった。でも私を抱きしめる腕は力強いし、握ってる手からも離したくないという意思が伝わる。

「今、すごくエッチしたい気分」

「ばか!何、言ってるの!」

「えへへ。次のデートは来週だよね?楽しみ」

「ちょっと、背中の手が下に降りてる!」

「だって、おしり触りたいんだもん。おっぱいも触りたぁい」

「だもんって!良い大人がっ!」

 体を触りたいキョウと逃げようとしてる私の攻防がうるさかったのか、翼の部屋からジトっとした目の子供達3人が現れた。

「ママ。仲がいいのは嬉しいんだけどさ。うるさいよ」

 翔からのお小言に同意するかのように残りの2人は頷いた。私は恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じつつ、キョウの肩を軽く叩いた。

「もうもうもう!ばか!!」

「いてて、痛くないけど、痛いなぁ」

 キョウは私がペチペチ叩くたびにどこか嬉しそうだ。キョウがへらへらとした顔で笑うため、それを見ていた美桜ちゃんがハァっと深いため息をついた。

「パパ、嫌い」

「え!?ええ!?美桜!!?」

「男子ってなんですぐにからかって意地悪してくるの?あれホント、ウザイ」

 美桜ちゃんの言葉に翔も翼も、何故かキョウもショックを受けた顔になった。そして美桜ちゃんは私のところにやってきた。

「男子達は男子達で遊んでて。女子は女子で集まるから」

「え、ええ。でも、美桜…」

「ふんだ」

 美桜ちゃんは全ての男性がウザイモードになったようだ。キョウはしょんぼりしながら私から離れて、落ち込んだ男子達の輪に入って翼の部屋にこもった。

「パパが強引でごめんなさい」

「え!?いや、美桜ちゃんが謝ることじゃ…」

「でも、親の不始末なんとかって言うでしょ?」

「難しい言葉をよく知ってるねぇ。でもね、その…おばちゃん…そんなに嫌じゃないから…。程度によると思うの。その、男の子って好きな相手に構ってもらいたくて意地悪したりからかったりするから。嫌な時は嫌ってちゃんと言ってやめない男はダメだけど、やめてくれるなら本当に美桜ちゃんのことが好きで大事なんだってことだから…ね?」

「……じゃあ、翔くんもそうなのかな」

「え!?」

 美桜ちゃんは少しだけ頬が赤い。私はその理由に気がついて「あっ」と声を出した。

「言わないでね!!」

「うん。秘密ね。わかったよ」

 精神が早熟な美桜ちゃんは翔のような年上が素敵に見えるのだろう。しかしながら…翔が好きって…ふふ。甘酸っぱい!!!

 私がニヤニヤしていることに気がついた美桜ちゃんは恥ずかしそうにモジモジし始めた。

 そんな可愛い美桜ちゃんと一緒に夕飯を作った。完成後に落ち込んでいるであろう男達を呼びに行くと、男達は3人で真面目な顔をして何かを話し合っていた様子だ。

「ご飯できたよー。今日は美桜ちゃんの手作りポテトサラダがあるよ」

「「っ!」」

 それにいち早く反応したのは翔。その次がキョウ。翼はのほほんっとしていた。

(ほほー、翔も満更でもないと…ふーんふーん、ふふ、ふーん!)

「後片付け手伝う子にはポテトサラダを沢山食べてもいい権利をあげちゃおうかな」

「俺やる」

「翔は大盛りポテトサラダねー。早い者勝ちだから、もう大盛りできませーん。はい、ご飯食べよー」

「そんなぁぁぁ!」

 キョウは私の言葉にショックを受けて私に縋り付くようにまとわりついた。私はキョウをくっつけたまま引きずって食卓へと向かった。

 翔は我先に椅子に座った。そして追加で盛られるポテトサラダにご満悦だ。翼はそれを見て少し羨ましそうではあるが、唐揚げに夢中だった。

 キョウは隣に座る美桜ちゃんに「美味しいね、美桜は料理上手だね!」とポテトサラダを絶賛していた。

 美桜ちゃんは翔が美味しそうに食べる姿を見て嬉しそうにして、父親をうまくあしらっていた。

(美桜ちゃんって、男を転がすの上手い?)

 そんなことを思いつつ、今夜も楽しい食事会となった。

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