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チョロい
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「ナナ」
「ん?」
「危ないよ」
また1週間経って、日曜日。今日はキョウとのデートの日だ。
翔にデートへ行くことに決めたと話すと、翔は嬉しそうに笑った。でもその後に私が持ってる服は着古してるから、新しいものを何着か買うべきだとアドバイスしてきた。そのため先週の日曜日は3人でデパートへ服を買いに行った。
店員に勧められるがまま、買ってしまったワンピース、ブラウスやスカートなど…久々に服で散財してしまった。もちろん子供達の服も買った。
そして当日の今日。10時に待ち合わせし(と、言ってもマンションの共同玄関前で)2人で駅に向かって歩いていた。駅に近くなるほど人通りが多くなる。すれ違う歩行者や自転車も多い。キョウは私がぶつからないように時折手を引いてくれながら歩調を合わせて歩いてくれていた。
「あ、ごめんね。高いヒールを履くの久々で少しヨロヨロかも」
「そうなんだ。俺のためにおめかししてくれたの?嬉しい」
「翔が着飾れってうるさくて。でも、こんなに着飾ったのは確かに久しぶりなんだよね。子供と出かける時ってどうしても動きやすい格好になるからさ」
「そうだね。って、また危ないよ。危険なので強制的に手を繋ぎます」
「うわっ、もう!」
ぶつからないように私を引き寄せたキョウは私の右手を左手で握ってきた。それも指と指を絡める恋人繋ぎだ。
「やだ、恥ずかしい」
「なんで?いいじゃん」
男性と手を繋いで歩くなんて久しぶりだ。子供ができてからは間に子供がいたし、ましてや恋人繋ぎだなんて結婚してからほとんどしてない。私はドキドキする心臓のうるさい音を聞きながらキョウに手を引かれて電車に乗った。
「翼がさ、デート行くって私が言った時に少しだけ口をへの字にしたのよね。あの子はまだ私に1人でいて欲しいのかも」
「んー、どうなのかな。大好きなママが取られるのが嫌なだけかもよ?」
「…そうなのかな。元旦那のこと引きずってないか心配なのよね。そういう深い話、あの子とはしてないから」
手を繋いで電車の座席に座りながら、周りに迷惑にならない程度の音量で私達は話をした。ガタンゴトンと揺れるたびにキョウの体に自分の体がぶつかる。くっつく部分が少しだけ熱を持つような感覚を覚えた。
(触れただけなのに、体が熱くなる感じはなんなの?)
自分の体のことだがさっぱり理解できない。そんなことを考えながら目的の駅について2人で改札を出た。
「映画なんて久しぶりかも。しかもアニメじゃないやつ」
「あははは。子供と見るとテレビアニメの映画とかになるもんね。わかる。俺ももっぱらネットの動画配信サービスで見てるもん」
今回のデートプランは映画を見て、昼ごはんを食べて、少し散策をして夕飯までに帰る。まるで付き合ってばかりでお互いに距離感を探っているカップルのようなスケジュールだった。
「ポップコーンはキャラメルだっけ?」
「お、よく覚えてるね」
「半分になってる大きいのと、飲み物買ってくるからここで待ってて」
「うん。ありがとう」
キャウはそう言って長蛇の列に加わった。この感じも久々だ。昔、キョウと映画に来ればポップコーンなどを買ってくるのはキョウの役目だったのだ。
「キョウが並んでる姿を立って眺めてるのも久しぶりだな」
近くの壁にもたれかかってキョウのことを眺めながら周りに目を向けた。
男女のカップルは若い人ばかりだ。私と同じぐらいの年代は子供連れの夫婦が多い。それを見ると少しだけ寂しく感じた。
「ごめん。待った?」
周りをボーッと見て立っているとキョウがポップコーンと飲み物を持って現れた。
「ん?待った。飲み物何にしたの?」
「ナナはいつもオレンジジュースでしょ?それにしたよ。俺は炭酸」
「ふふ。それもよく覚えてるね。チケットは私が出してあげるよ」
「サンキュー」
キョウは私の好みを把握して買ってきてくれたようだ。本当に昔のようだった。違うのはお互いに老けてることと、子供がいることぐらいだ。
「楽しみ」
「うん」
会場が開いてチケットの半券を切ってもらい2人で中に入った。今回見るのは邦画の字幕映画だ。ジャンルはコメディ。普通、デートといったらラブストーリーだろうが、キョウが行こうと誘ってくれたのはコメディだった。
「始まるね」
「子供達が心配だからサイレントにしておいてもいいよね。少しだけ隠してっと」
「大丈夫だって。お昼は作ってあるからさ」
「う、うん」
私は鞄をガサゴソと漁ってスマホをサイレントモードにした。子供達はキョウの家で留守番をしている。お昼もキョウが作ってくれたようで、とても助かった。
映画は面白かった。ポップコーンを食べながらゲラゲラと笑うのも久々でなかなかストレス発散になる。
キョウは塩味、私はキャラメル味。時々ポップコーンの味を交換したりして、食べているとキョウが小さな声で耳打ちしてきた。
「ジュースちょうだい」
「んっ」
私は映画を見ながら手元にあったジュースの入った紙コップをキョウに手渡した。キョウはそれをストローで飲んで私に返してくると、次はキョウが飲んでいるジュースが入った紙コップを差し出してきた。私はそれを受け取ってシュワっとする炭酸をストローで飲むと、キョウに返した。
一連の動作の間、私たちの目線は前にあった。
「あー、面白かった」
「本当にね。ジュース飲んでる時に笑いそうになった時は危なかったよ。吹き出したら前の人に怒られるもんね」
「確かに」
キョウとケラケラと笑って映画の感想を話して映画館から出た。まだ少し日差しがきつくて暑い。私たちは歩きながら軽くお昼ご飯が食べられる場所を探した。なぜならポップコーンで割とお腹が満たされているからだ。
「お、ここのカフェは?」
「パンケーキ美味しそう。いいね!」
キョウが見つけたカフェの看板みて私はウンウンと頷いた。生クリームたっぷりのふわふわのパンケーキ。昔から大好きなのだ。
目的のデザートと軽食のサンドイッチ、コーヒーを頼んで私たちは映画の話に花を咲かせながら食事をした。
カフェに2時間近く過ごして(ずっと話をしてた)、カフェを出てから私達は手を繋いでぶらぶらと街を歩いた。
「確か近くに公園があった気がする」
「そうなの?」
キョウはスマホで地図を出すと目的の公園に向かって歩き始めた。私は手を引かれながら行き交う人にぶつからないように歩いてついていった。
「へー、割と広いね」
「うん。ストリートミュージシャンとかも時々いるよ。あ、木陰のベンチ空いてる。あそこに座ろう」
公園の中に入って木陰になっているベンチに2人並んで座った。芝生では親子たちがピクニックをしていたりと楽しく遊んだりしている。
「…貴史と…あまりこうやって外で遊んだことないかも」
「そうなの?」
「映画やテーマパークとかは行ってたけど…」
ボールを追いかけて楽しそうに遊ぶ子供と父親。それを見守っている母親。そんな家族の風景を見て、昔の結婚生活を振り返ってしまった。
「俺は逆に美桜とだけで公園で遊んでたな。ピクニックしたりさ。歩き始めた頃は素足で芝生の上を歩かせて、おっかなびっくりしてる美桜を見てたり…。大きくなればボールで遊んだり」
「そっか。だから公園があるって知ってたんだね。私も…子供だけ連れて外に出ればよかった。なんとなく、夫を置いて出かけるってことが頭に浮かばなかったな」
「うちは、菜々子が『日焼けする』とか言って拒否してから2人だっただけ。元旦那も誘えば来たんじゃない?」
「どうかな…、休日は寝てばかりの人だったから…」
「そっか」
私は話しながらキョウと繋がっている手を見つめた。
(少し嬉しい)
朝、手を繋いでから、移動する時も座っている時も手を繋いでいる。それが少しむず痒いけど、嬉しい自分がいる。
私が繋いでいる手を眺めていることに気がついたキョウは繋いだまま腕を上げて、私の手の甲にチュッと音を立ててキスをした。
「っ!」
キョウは私の手の甲を自分の頬にくっつけて話しかけてきた。
「ナナ。もし、もしもだよ?俺と結婚したら。家事も育児も俺は関わる。家事を手伝うじゃなくてさ、家事をやるよ。子供達とも外に出て遊んだり、関わりをたくさん持つよ。完璧な父親にはなれないけど…子供達に恥ずかしいって思われないようにする。そして、ナナがおばあちゃんになってヨボヨボになっても愛してるって断言できる。なんなら、介護のおむつだって変えれる。ナナが先に死んじゃったら追いかけちゃうかも。でも、俺が先に死んだら追いかけないで。待ってるから。むしろ幽霊になって張り付いてるかも」
「…キョウ…」
キョウの顔は真剣だ。瞳は熱がこもっている。私はその視線を受け止めながら話を聞いた。
「デートしてくれるって言われて、本当に嬉しい気持ちでいっぱいなんだ。5人で買い物に出かけたり食事をしたりも楽しい。でも、俺は2人の時間も大切だし楽しい。結婚しても、こうやって2人でデートする日を作ろう。子供達が巣立って2人っきりになったら毎日イチャイチャしよう。そして時々子供たちを呼んで食事会をするんだ。子供達の結婚式は2人で新郎新婦の両親の席に座ろう。あ、ナナとの結婚式は…そうだな。俺はしたいけどナナの気持ち次第だから無理にとは言わない。でも写真くらいは撮りたいかな。あと、ナナとの子供も本当は欲しい。でも、ナナも俺も歳をとったし…妊娠してナナが子供を残して儚くなるとかってのは考えたくない。だから、高望みはしない。とにかく、俺はナナとの結婚生活。約2ヶ月ほど5人で過ごしたことで、頭の中で思い浮かべることができるくらいなんだ。本当に好きだ。好き」
キョウの声は私の心をトントンっと優しくノックしてくる。そして私が欲しいものを一つ一つ丁寧に渡してきた。
私は目の前がだんだん歪むのを感じた。咄嗟に顔をそらすが、溜まってしまった液体は目から出てしまった。
「え!?え!?泣くほど嫌だった!?」
「ちがっ」
涙を堪えようとしてるのに、キョウの反応がトンチンカンでそれが面白くて笑ってしまう。私は泣きながら笑うという変な状態になった。
「えっえっ、待って。はい、ティッシュ」
キョウは自分の鞄からポケットティッシュを一枚出して私に手渡してきた。私はなるべく目元を擦らないように涙を拭うと、振り返ってキョウを見つめた。
「パンダになってる?」
「んー…大丈夫。可愛いままだよ」
キョウは私の顔を見てニコッと微笑んだ。私は自分の鞄から手鏡を出して顔を確認すると、少しだけマスカラが落ちていた。
「パンダではないけど化粧は落ちてる」
「でも可愛いよ?俺からしたらどんなナナも可愛い」
「なにそれ。じゃあ、ウンコ踏ん張ってても?」
「うん」
「ソレハヤメテ。自分で言っててなんだけど、それはちょっと怖い」
「あはははは」
私は鏡を見ながら涙をティッシュで拭いつつ、少しだけ化粧を直した。キョウはその様子をニコニコと眺めている。
(あーあ。もうダメじゃん。1回目のデートでイチコロじゃん)
正直、キョウの言葉は私の心に響いた。そしてぐわんぐわんと私を揺さぶってきた。しまいには私の中に埋まっていたものを掘り起こした。
恋心だ。
真剣な顔で、欲しい言葉を囁いてくれる。話をされただけで、今までの生活からこれから先の様子を想像できた。そして、その先には皆が幸せそうに笑っている笑顔が浮かんでくるのだ。それは私が一番求めていたものであり、母としても女としても、おそらく妻としても幸せの一言でしかない。
私はスーッと大きく息を吸ってハーっと息を吐いて深呼吸すると、ニコニコと笑っているキョウを見つめた。
「結婚前提でお付き合いしましょう」
「えっ!!!」
「嫌なの?」
「まさか!そんなわけない!!びっくりしただけ、1回目で落とせるなんて思ってなくて」
「すみませんね、チョロくて」
「いやいやいや!いいよ、嬉しい!やったぁぁぁぁ!」
キョウは嬉しそうに笑って私をギュッと抱きしめてきた。私は久々に香るキョウの匂いを嗅ぎながらそっと片手をキョウの背中に回した。
「あー、まだ帰りたくない」
「もうすぐ17時だね。シンデレラの時間は終わりかな」
「次のデートは?」
「1ヶ月後」
「美桜にお付き合いについていってもいい?」
「うん。私も翔には話そうかな。翼は様子見てから」
「子供が見てない隙にスキンシップはいい?」
「…いいけど、激しいのはやめて」
「うん!」
キョウは私を抱きしめながら上機嫌だ。しばらく抱きしめあってから私たちは子供達が待っている家へと帰った。
我が子たちと自宅に戻って、翼がお風呂に入っている間に翔に付き合うことになったことを話した。翔はとても嬉しそうに笑って「ね?デートしたら変わったでしょ?」なんて得意げだった。翔にも翼にはまだ様子を見てから話すことを伝えて、報告を終えた。
お風呂に入ってベッドに入るとキョウから電話が来た。
『ナナ』
「なにー。寝る準備して部屋なんだけど?」
『そう思ってかけた。俺も今寝室。美桜に話したすごく喜んでた』
「うちも翔がデートしてよかったね的なこと言って得意げだったよ。もう、ませてるんだから」
『あははは。でも翔くんの鶴の一声には感謝だ。今度賄賂渡しておこっと』
「特別扱いは翼が拗ねるから、ほどほどにね」
『わかってるよ。翼くんに話さないのは、やっぱり元旦那のこと?』
「そう。離婚の時に嫌だって泣いたの、あの子。それにデートに行くって話を聞いて、変な顔をしたでしょ?まぁそれは相手が誰か言わない状態だったからかもだけど…」
『そっか。じゃあ、様子を見ながらだね。俺も気にかけておくよ。あー、隣同士なのに夜に電話してるとか、最高』
「もう、明日から仕事なんだから寝るよ!おやすみ」
『おやすみ。あー、ナナと毎日おはようからおやすみまで一緒にいたい』
「はいはい。またね」
『またね』
通話は15分程度で終わった。でも私の心はポカポカと温かくなった。
「もう。付き合いたての学生カップルみたいじゃない。いや、付き合いたてではあるけど、ああああ。私浮かれてる、うん。やばい。寝よう」
ドキドキする心臓と体の火照りを感じながら私はギュッと目を瞑った。しばらくすると、久々にヒールで歩いて疲れたのかすぐに眠ってしまった。
「ん?」
「危ないよ」
また1週間経って、日曜日。今日はキョウとのデートの日だ。
翔にデートへ行くことに決めたと話すと、翔は嬉しそうに笑った。でもその後に私が持ってる服は着古してるから、新しいものを何着か買うべきだとアドバイスしてきた。そのため先週の日曜日は3人でデパートへ服を買いに行った。
店員に勧められるがまま、買ってしまったワンピース、ブラウスやスカートなど…久々に服で散財してしまった。もちろん子供達の服も買った。
そして当日の今日。10時に待ち合わせし(と、言ってもマンションの共同玄関前で)2人で駅に向かって歩いていた。駅に近くなるほど人通りが多くなる。すれ違う歩行者や自転車も多い。キョウは私がぶつからないように時折手を引いてくれながら歩調を合わせて歩いてくれていた。
「あ、ごめんね。高いヒールを履くの久々で少しヨロヨロかも」
「そうなんだ。俺のためにおめかししてくれたの?嬉しい」
「翔が着飾れってうるさくて。でも、こんなに着飾ったのは確かに久しぶりなんだよね。子供と出かける時ってどうしても動きやすい格好になるからさ」
「そうだね。って、また危ないよ。危険なので強制的に手を繋ぎます」
「うわっ、もう!」
ぶつからないように私を引き寄せたキョウは私の右手を左手で握ってきた。それも指と指を絡める恋人繋ぎだ。
「やだ、恥ずかしい」
「なんで?いいじゃん」
男性と手を繋いで歩くなんて久しぶりだ。子供ができてからは間に子供がいたし、ましてや恋人繋ぎだなんて結婚してからほとんどしてない。私はドキドキする心臓のうるさい音を聞きながらキョウに手を引かれて電車に乗った。
「翼がさ、デート行くって私が言った時に少しだけ口をへの字にしたのよね。あの子はまだ私に1人でいて欲しいのかも」
「んー、どうなのかな。大好きなママが取られるのが嫌なだけかもよ?」
「…そうなのかな。元旦那のこと引きずってないか心配なのよね。そういう深い話、あの子とはしてないから」
手を繋いで電車の座席に座りながら、周りに迷惑にならない程度の音量で私達は話をした。ガタンゴトンと揺れるたびにキョウの体に自分の体がぶつかる。くっつく部分が少しだけ熱を持つような感覚を覚えた。
(触れただけなのに、体が熱くなる感じはなんなの?)
自分の体のことだがさっぱり理解できない。そんなことを考えながら目的の駅について2人で改札を出た。
「映画なんて久しぶりかも。しかもアニメじゃないやつ」
「あははは。子供と見るとテレビアニメの映画とかになるもんね。わかる。俺ももっぱらネットの動画配信サービスで見てるもん」
今回のデートプランは映画を見て、昼ごはんを食べて、少し散策をして夕飯までに帰る。まるで付き合ってばかりでお互いに距離感を探っているカップルのようなスケジュールだった。
「ポップコーンはキャラメルだっけ?」
「お、よく覚えてるね」
「半分になってる大きいのと、飲み物買ってくるからここで待ってて」
「うん。ありがとう」
キャウはそう言って長蛇の列に加わった。この感じも久々だ。昔、キョウと映画に来ればポップコーンなどを買ってくるのはキョウの役目だったのだ。
「キョウが並んでる姿を立って眺めてるのも久しぶりだな」
近くの壁にもたれかかってキョウのことを眺めながら周りに目を向けた。
男女のカップルは若い人ばかりだ。私と同じぐらいの年代は子供連れの夫婦が多い。それを見ると少しだけ寂しく感じた。
「ごめん。待った?」
周りをボーッと見て立っているとキョウがポップコーンと飲み物を持って現れた。
「ん?待った。飲み物何にしたの?」
「ナナはいつもオレンジジュースでしょ?それにしたよ。俺は炭酸」
「ふふ。それもよく覚えてるね。チケットは私が出してあげるよ」
「サンキュー」
キョウは私の好みを把握して買ってきてくれたようだ。本当に昔のようだった。違うのはお互いに老けてることと、子供がいることぐらいだ。
「楽しみ」
「うん」
会場が開いてチケットの半券を切ってもらい2人で中に入った。今回見るのは邦画の字幕映画だ。ジャンルはコメディ。普通、デートといったらラブストーリーだろうが、キョウが行こうと誘ってくれたのはコメディだった。
「始まるね」
「子供達が心配だからサイレントにしておいてもいいよね。少しだけ隠してっと」
「大丈夫だって。お昼は作ってあるからさ」
「う、うん」
私は鞄をガサゴソと漁ってスマホをサイレントモードにした。子供達はキョウの家で留守番をしている。お昼もキョウが作ってくれたようで、とても助かった。
映画は面白かった。ポップコーンを食べながらゲラゲラと笑うのも久々でなかなかストレス発散になる。
キョウは塩味、私はキャラメル味。時々ポップコーンの味を交換したりして、食べているとキョウが小さな声で耳打ちしてきた。
「ジュースちょうだい」
「んっ」
私は映画を見ながら手元にあったジュースの入った紙コップをキョウに手渡した。キョウはそれをストローで飲んで私に返してくると、次はキョウが飲んでいるジュースが入った紙コップを差し出してきた。私はそれを受け取ってシュワっとする炭酸をストローで飲むと、キョウに返した。
一連の動作の間、私たちの目線は前にあった。
「あー、面白かった」
「本当にね。ジュース飲んでる時に笑いそうになった時は危なかったよ。吹き出したら前の人に怒られるもんね」
「確かに」
キョウとケラケラと笑って映画の感想を話して映画館から出た。まだ少し日差しがきつくて暑い。私たちは歩きながら軽くお昼ご飯が食べられる場所を探した。なぜならポップコーンで割とお腹が満たされているからだ。
「お、ここのカフェは?」
「パンケーキ美味しそう。いいね!」
キョウが見つけたカフェの看板みて私はウンウンと頷いた。生クリームたっぷりのふわふわのパンケーキ。昔から大好きなのだ。
目的のデザートと軽食のサンドイッチ、コーヒーを頼んで私たちは映画の話に花を咲かせながら食事をした。
カフェに2時間近く過ごして(ずっと話をしてた)、カフェを出てから私達は手を繋いでぶらぶらと街を歩いた。
「確か近くに公園があった気がする」
「そうなの?」
キョウはスマホで地図を出すと目的の公園に向かって歩き始めた。私は手を引かれながら行き交う人にぶつからないように歩いてついていった。
「へー、割と広いね」
「うん。ストリートミュージシャンとかも時々いるよ。あ、木陰のベンチ空いてる。あそこに座ろう」
公園の中に入って木陰になっているベンチに2人並んで座った。芝生では親子たちがピクニックをしていたりと楽しく遊んだりしている。
「…貴史と…あまりこうやって外で遊んだことないかも」
「そうなの?」
「映画やテーマパークとかは行ってたけど…」
ボールを追いかけて楽しそうに遊ぶ子供と父親。それを見守っている母親。そんな家族の風景を見て、昔の結婚生活を振り返ってしまった。
「俺は逆に美桜とだけで公園で遊んでたな。ピクニックしたりさ。歩き始めた頃は素足で芝生の上を歩かせて、おっかなびっくりしてる美桜を見てたり…。大きくなればボールで遊んだり」
「そっか。だから公園があるって知ってたんだね。私も…子供だけ連れて外に出ればよかった。なんとなく、夫を置いて出かけるってことが頭に浮かばなかったな」
「うちは、菜々子が『日焼けする』とか言って拒否してから2人だっただけ。元旦那も誘えば来たんじゃない?」
「どうかな…、休日は寝てばかりの人だったから…」
「そっか」
私は話しながらキョウと繋がっている手を見つめた。
(少し嬉しい)
朝、手を繋いでから、移動する時も座っている時も手を繋いでいる。それが少しむず痒いけど、嬉しい自分がいる。
私が繋いでいる手を眺めていることに気がついたキョウは繋いだまま腕を上げて、私の手の甲にチュッと音を立ててキスをした。
「っ!」
キョウは私の手の甲を自分の頬にくっつけて話しかけてきた。
「ナナ。もし、もしもだよ?俺と結婚したら。家事も育児も俺は関わる。家事を手伝うじゃなくてさ、家事をやるよ。子供達とも外に出て遊んだり、関わりをたくさん持つよ。完璧な父親にはなれないけど…子供達に恥ずかしいって思われないようにする。そして、ナナがおばあちゃんになってヨボヨボになっても愛してるって断言できる。なんなら、介護のおむつだって変えれる。ナナが先に死んじゃったら追いかけちゃうかも。でも、俺が先に死んだら追いかけないで。待ってるから。むしろ幽霊になって張り付いてるかも」
「…キョウ…」
キョウの顔は真剣だ。瞳は熱がこもっている。私はその視線を受け止めながら話を聞いた。
「デートしてくれるって言われて、本当に嬉しい気持ちでいっぱいなんだ。5人で買い物に出かけたり食事をしたりも楽しい。でも、俺は2人の時間も大切だし楽しい。結婚しても、こうやって2人でデートする日を作ろう。子供達が巣立って2人っきりになったら毎日イチャイチャしよう。そして時々子供たちを呼んで食事会をするんだ。子供達の結婚式は2人で新郎新婦の両親の席に座ろう。あ、ナナとの結婚式は…そうだな。俺はしたいけどナナの気持ち次第だから無理にとは言わない。でも写真くらいは撮りたいかな。あと、ナナとの子供も本当は欲しい。でも、ナナも俺も歳をとったし…妊娠してナナが子供を残して儚くなるとかってのは考えたくない。だから、高望みはしない。とにかく、俺はナナとの結婚生活。約2ヶ月ほど5人で過ごしたことで、頭の中で思い浮かべることができるくらいなんだ。本当に好きだ。好き」
キョウの声は私の心をトントンっと優しくノックしてくる。そして私が欲しいものを一つ一つ丁寧に渡してきた。
私は目の前がだんだん歪むのを感じた。咄嗟に顔をそらすが、溜まってしまった液体は目から出てしまった。
「え!?え!?泣くほど嫌だった!?」
「ちがっ」
涙を堪えようとしてるのに、キョウの反応がトンチンカンでそれが面白くて笑ってしまう。私は泣きながら笑うという変な状態になった。
「えっえっ、待って。はい、ティッシュ」
キョウは自分の鞄からポケットティッシュを一枚出して私に手渡してきた。私はなるべく目元を擦らないように涙を拭うと、振り返ってキョウを見つめた。
「パンダになってる?」
「んー…大丈夫。可愛いままだよ」
キョウは私の顔を見てニコッと微笑んだ。私は自分の鞄から手鏡を出して顔を確認すると、少しだけマスカラが落ちていた。
「パンダではないけど化粧は落ちてる」
「でも可愛いよ?俺からしたらどんなナナも可愛い」
「なにそれ。じゃあ、ウンコ踏ん張ってても?」
「うん」
「ソレハヤメテ。自分で言っててなんだけど、それはちょっと怖い」
「あはははは」
私は鏡を見ながら涙をティッシュで拭いつつ、少しだけ化粧を直した。キョウはその様子をニコニコと眺めている。
(あーあ。もうダメじゃん。1回目のデートでイチコロじゃん)
正直、キョウの言葉は私の心に響いた。そしてぐわんぐわんと私を揺さぶってきた。しまいには私の中に埋まっていたものを掘り起こした。
恋心だ。
真剣な顔で、欲しい言葉を囁いてくれる。話をされただけで、今までの生活からこれから先の様子を想像できた。そして、その先には皆が幸せそうに笑っている笑顔が浮かんでくるのだ。それは私が一番求めていたものであり、母としても女としても、おそらく妻としても幸せの一言でしかない。
私はスーッと大きく息を吸ってハーっと息を吐いて深呼吸すると、ニコニコと笑っているキョウを見つめた。
「結婚前提でお付き合いしましょう」
「えっ!!!」
「嫌なの?」
「まさか!そんなわけない!!びっくりしただけ、1回目で落とせるなんて思ってなくて」
「すみませんね、チョロくて」
「いやいやいや!いいよ、嬉しい!やったぁぁぁぁ!」
キョウは嬉しそうに笑って私をギュッと抱きしめてきた。私は久々に香るキョウの匂いを嗅ぎながらそっと片手をキョウの背中に回した。
「あー、まだ帰りたくない」
「もうすぐ17時だね。シンデレラの時間は終わりかな」
「次のデートは?」
「1ヶ月後」
「美桜にお付き合いについていってもいい?」
「うん。私も翔には話そうかな。翼は様子見てから」
「子供が見てない隙にスキンシップはいい?」
「…いいけど、激しいのはやめて」
「うん!」
キョウは私を抱きしめながら上機嫌だ。しばらく抱きしめあってから私たちは子供達が待っている家へと帰った。
我が子たちと自宅に戻って、翼がお風呂に入っている間に翔に付き合うことになったことを話した。翔はとても嬉しそうに笑って「ね?デートしたら変わったでしょ?」なんて得意げだった。翔にも翼にはまだ様子を見てから話すことを伝えて、報告を終えた。
お風呂に入ってベッドに入るとキョウから電話が来た。
『ナナ』
「なにー。寝る準備して部屋なんだけど?」
『そう思ってかけた。俺も今寝室。美桜に話したすごく喜んでた』
「うちも翔がデートしてよかったね的なこと言って得意げだったよ。もう、ませてるんだから」
『あははは。でも翔くんの鶴の一声には感謝だ。今度賄賂渡しておこっと』
「特別扱いは翼が拗ねるから、ほどほどにね」
『わかってるよ。翼くんに話さないのは、やっぱり元旦那のこと?』
「そう。離婚の時に嫌だって泣いたの、あの子。それにデートに行くって話を聞いて、変な顔をしたでしょ?まぁそれは相手が誰か言わない状態だったからかもだけど…」
『そっか。じゃあ、様子を見ながらだね。俺も気にかけておくよ。あー、隣同士なのに夜に電話してるとか、最高』
「もう、明日から仕事なんだから寝るよ!おやすみ」
『おやすみ。あー、ナナと毎日おはようからおやすみまで一緒にいたい』
「はいはい。またね」
『またね』
通話は15分程度で終わった。でも私の心はポカポカと温かくなった。
「もう。付き合いたての学生カップルみたいじゃない。いや、付き合いたてではあるけど、ああああ。私浮かれてる、うん。やばい。寝よう」
ドキドキする心臓と体の火照りを感じながら私はギュッと目を瞑った。しばらくすると、久々にヒールで歩いて疲れたのかすぐに眠ってしまった。
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