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決めた

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 悶々と悩みに悩んで、1週間が過ぎた。

 今日は運動会当日だ。朝早く起きてお弁当のおかずを作った。いつもより少し早い時間に翼を起こして、ご飯を食べさせて先に学校へ送り出した。翔はお弁当作りの合間に起きて、おかずをつまみ食いしつつ出かける準備をしていた。

 具材が冷めるのを待っている間に運動会に行くために日焼け止めを露出する部分に塗りたくって、化粧をしてと身支度を済ませた。

 おかずやおにぎりを重箱に詰め、それを保冷鞄に詰めて、飲み物を用意した頃に家のインターフォンがなった。

「おはよう」

「おはよう。もう待ち合わせ時間だった?ちょっと待ってね」

「うん。翔くんおはよう」

「おはよー」

 扉を開けて出迎えると運動会に行くために動きやすい格好をしたキョウが現れた。私は慌てて準備をして、翔と一緒に部屋から出ると扉の鍵をかけて3人で小学校へと向かった。

「すごい人だ。学年ごとでテントがあるんだね。同じクラスでよかったぁぁ」

「そうだね。入場行進までに場所とって…ビデオカメラとか持ってきた?」

「うん。運動会と言ったら、我が子の撮影だよな」

 新品のカメラをカバンから取り出したキョウはどこか楽しそうだ。3人で場所取りをして(少し広めに)、座った頃に入場行進が始まった。

 私は翼が出てくる頃合いにビデオカメラ(昔から使っている愛用)を構えて撮影を始めた。キョウも私に習ってカメラを起動すると美桜ちゃんを撮影し始めた。

 少しキリッとした顔の翼とキョウがいることに気がついて嬉しそうな美桜ちゃんをカメラに収めると一旦撮影モードをやめた。

「ママって、昔から撮影好きだよね」

「子供が頑張ってる姿を見ると成長したなぁって嬉しくなるのよ。幼稚園の頃のとか時々見返すと可愛くて可愛くて癒されるわよ?」

「ふーん」

 翔はそれだけ言うと競技をボーッと見始めた。私とキョウは2人が出てくる種目の時にカメラを構えて撮影をした。去年に比べて翼の身長も高くなったようで、子供の成長を感じた。

 午前中の部が終わり、お昼の時間になると翼と美桜ちゃんは一緒にこちらにやってきた。

「お腹すいたぁ」

「私もー」

「お疲れ!水筒のお茶足りてる?」

「あー、補充した方がいいかも。あとで持ってくる」

 翼と美桜ちゃんを出迎えて、先に飲み物を子供達に配ってから私とキョウは持ってきたお弁当を広げた。

「わぁぁぁ!可愛い!」

「ふふ。力作です」

 前は茶色が多かったお弁当だが、美桜ちゃんがいると思うと少しデコレーションを頑張ってしまった。鳥さんゆで卵やハムで作ったバラなどお弁当を彩る小物たちにも手を加えたのだ。

「センスいいな。俺なんて茶色だわ」

「「うまそー!」」

 逆にキョウが作ったお弁当はお肉が多くて男達にウケたようだ。紙皿と割り箸を配って皆んなでワイワイとお弁当を食べた。

 おかずがかぶっているものもあったが、味付けが違うためそれを楽しみつつお弁当のおかずを交換したりと楽しく過ごした。

 正直、貴史と来た時より楽しかった。

 キョウが作ったお弁当も美味しい。誰かが作るご飯はいいなっとしみじみしながらお腹いっぱいまで食べた。

「じゃ、先帰るね」

「うん。気をつけてね」

 翼と美桜ちゃんがご飯を食べてクラスのテントに戻ったら、翔が空っぽのお弁当が入った鞄を持って立ち上がった。

「おじさん、ママのことよろしく」

「了解」

 翔はキョウに声をかけると、1人自宅へと帰っていった。

「ナナ」

「んー?」

 翔が帰ってから午後の部が始まるのを待っていると、キョウが少しだけ距離を縮めて話しかけてきた。他の保護者の手前、何かしてくることはないだろうが私は少しだけ身構えた。

「お弁当おいしかった。美桜のこと考えて可愛くしてくれたんだよね。ありがとう。俺にはあんなお弁当作れなかったから」

「えー?いいよいいよ。息子達はお肉があればいいって感じだったから、段々とマンネリ化してたんだよね。でも今回は久しぶりに作るのが楽しくてさ。ついつい凝ってしまった」

「そっか」

 それだけ話すと午後の部が始まると放送連絡が流れた。私はプログラムを見て翼がでる競技が何番目なのか確認していると、聞き覚えがある声で話しかけられた。

「あら、神崎さん。離婚してばかりなのに男性と一緒に来られたんですか?」

 振り返ると、翼と喧嘩をした直己くんのお母さんだった。わざわざ取り巻きをつけて私達の近くまで近寄ってきたようだ。

「はぁ」

「これだから片親っていやらしいのよね。すぐに男を作って」

 気の抜けた返事をした私に直己くんのお母さんはふんっと鼻を鳴らした。周りの取り巻き奥様は賛同しているのかヨイショなのかウンウンと頷いている。キョウはそれを見て何かを察したのかニッコリ微笑んで奥様方に話しかけた。

「同じクラスの加藤美桜の父です。私も妻と離婚しまして、今年は男親だけで応援に来たんですよ。今まで元妻が参加してて、どうしていいのかわからない私にたまたま近所に住んでる神崎さんが手を差し伸べてくれたんです。すごくありがたくて甘えてしまいました」

「えっはっえ?加藤さんの旦那さん?!いや、元旦那…え!離婚されてるの?」

「ええ。うちの元妻をよくご存知みたいですね。以前は仲良くしてくださってたようですね。あいにくもう離婚しましたのでお会いすることもないでしょう。ああ、私もいやらしい片親になりましたので、今後のお付き合いは控えさせていただきますね」

「え、え、えっと」

 奥様達はキョウとの会話で自分たちが地雷を踏んだことに気が付いたのか、キョロキョロと目を泳がせた。キョウの顔を見て少し頬を赤くしてた奥様も、サァっと顔を青ざめているほどだ。

「おほほ、おほほ。そういったご事情ならお二人が一緒なのも致し方ないですね。失礼します」

 直己くんのお母さんはそれだけ言うと取り巻き達を連れて私達から離れていった。

「何がしたいんだろ、あの人」

 私がポツリと呟くと、キョウはクスクスと笑い始めた。

「家庭がうまくいってないんじゃない?隣の芝生は青く見えるものさ。自分の庭が一番だと自分に言い聞かせるために周りを牽制してるんじゃないかな。少しばかり菜々子と同じ匂いがするから、多分前に仲良くしてたのは本当だろうね。菜々子は外面だけはよかったし、マウント大好きだったからな。似てる」

「そ、そう。キョウがそんな菜々子さんと結婚したのはなんでよ」

「あー…………代用できそうだからかな」

「何の?」

「ん?それは………あ、始まったよ」

 キョウは言葉を遮るように目線をグランドに向けた。確かに5年生の競技が始まるようだ。私は腑に落ちないなと思いつつカメラを回して撮影を始めた。



「あー、疲れた!」

「お疲れ。月曜日は振替休日になるんだっけ?」

「うん、そうそう」

 学校が終わってから翼と私、キョウと美桜ちゃんで仲良く歩きながら今日の運動会について話をしていた。翼は少しだけ日に焼けたのか鼻の頭が真っ赤だ。

「じゃあ、月曜日はナナが帰るまで俺の家においで。美桜も休みで家にいるんだしさ」

「うんうん。おいでよ。1人でお留守番は寂しいもの」

「え?いいの?じゃあ、行こっかな。美桜ちゃん、ゲーム機持ってくから宿題終わったらやろう」

「うん!」

 私抜きの3人で話が完結してしまったようだ。口を挟むことができないまま、帰路についた。

 翼を部屋に押し込んで、私はキョウに話しかけた。

「ごめんね。月曜日」

「いいよ。美桜も俺が仕事してる時1人だと寂しいだろうし。前は当たり前だったけど、もう1人じゃ過ごせないよ。誰かと過ごす楽しさを覚えちゃったらさ」

「そう…だよね…。仕事終わったら迎えにいくから、よろしくね」

「オッケー。今日はありがとうな。初めての運動会楽しかった。じゃ、またな」

 キョウはニコッと微笑むと部屋の中に入っていった。私はそれを見届けてから部屋に入り、洗ってあるお弁当箱を見つけて翔にお礼を言って、夕飯の支度を始めた。

 ご飯を食べてお風呂に入って、ベッドに入ってから今日あったことを思い浮かべた。

「代わりか。そういえば、コテージでも偽物とか言ってたっけ」

 あの時のことを思い出すと少し曖昧な部分があるため全て思い出せない。でも、偽物とキョウが言っていたのは確かだった。

「何の偽物かだなんて、聞くべきじゃなかったな。言われても…」

 もし、もしだ。私の代用品として菜々子さんと…

 いや、そんなことは考えたくない。それはそれで菜々子さんが可哀想だからだ。例えそうであっても、別家庭のことだし、もう終わったことだ。

「でも、楽しかったな。運動会」

 目を瞑って思い浮かべる情景は美味しそうにお弁当を食べる子供達とキョウの笑顔だ。それだけで心が温まる気がした。

「再婚か」

 目を開けて天井を眺めならポツリとつぶやいてみる。声に出してみれば何か変わるだろうかと思ったが、特に変わりはない。

 翔が言った月一のデート。キョウのことを考えるきっかけにするにはいいのかもしれない。でも本当にいいのだろうか。

『離婚してばかりなのに、男性と一緒に来られたんですか?』
『これだから片親っていやらしいのよね。すぐに男を作って』

 お昼に言われた言葉を急に思い出して、私の心をグサグサと刺した。

 片親だから何だというのだ。不倫をしているわけでもない。浮気をしているわけでもない。独身で子供がいるだけだ。

「離婚して子供がいたら恋愛するなってこと?」

 言葉の意味を考えて私は心の中にモヤモヤとした気持ちが湧くのを感じた。

 世間ではそう見られてしまうのだろうか。離婚したら妻ではなくなっただけで、女であり母でもある。女として恋をしてはいけないのだろうか。

 世間体。気にする人は気にするだろう。でも、片親が恋愛することは本当に世間的に悪いのだろうか。一種の差別では?

 そんなことを考えていると、私の中で一つだけ答えが見つかった。

「あー…そっか。私、恋はいつかしたいのね」

 貴史の前でも女でいたいと思っていたからこそ、レスが辛かった。体型が崩れた、歳をとった。努力しない私も悪かったが、それも含めて私を女として見て欲しかった。

 レスが続いていくほど、辛いし惨めだった。そんな気持ちを思い出すと、キョウからの言葉に対して体が反応して嬉しくなってしまうのは仕方ないのかもしれない。だって、求めていたことだからだ。

「…よし。決めた。前向きに考えよう」

 キョウのことが好きなのかはわからない。でも自分の中で欲しかったものをもらえそうだという期待があるのは確かだ。翔の勧める通りに2人の時間を作って過ごしてみて、心の変化があるのか見てみるのもいいかもしれない。

 私はキョウへメッセージを送ってから、目を瞑って眠りに落ちた。




[付き合うかはわからない。でもキョウと向き合うことに決めた。翔が月一でもいいから2人の時間を作れって勧めてくれたから、まずはデートから始めませんか?]



 私が眠ってしまってから、私のスマホはブーブーというバイブ音とともに画面がパッと明るくなった。


[嬉しい。じゃあ、来週の日曜日はどうかな。何時に待ち合わせる?ああ、すごく興奮してきた。楽しみすぎる]


 画面はしばらく点灯してから真っ暗になった。
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