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まさか、こんなご縁が

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 次の日。いつも通りに子供達を送り出した。二人とも元気いっぱいではない。でも、私に笑顔を見せて学校に向かっていった。無理をさせてしまっている。心が苦しかった。

「さて、病院だ」

 出かける準備をして予約時間に合わせて家から出た。久しぶりの婦人科にドキドキしながらも、受付を済ませて診察を受けた。

 理由を聞かれた時は「これ以上子供を育てられそうにない」と伝えると、それ以上深く聞かれずに副作用などの説明を受けてから薬が処方された。

 私はそれをその場で飲んで、病院を後にした。子供ができていると面倒だ。女性は離婚しても300日は婚姻できないし、生まれた子供は夫の子供になってしまう。あちらも、もし子供ができていたら……いや、それは私が心配することではなかった。

 自分の下腹部を触りながら、少しだけ寂しい気持ちを覚えながら買い物を済ませて家に帰った。

 やりかけの家事を全て終えると、私はソファーに座って一息ついた。

    ピロン♪

 帰ってからマナーモードを解除していたスマホが鳴った。私はスマホを手に取って画面を見ると、キョウからだった。

[弁護士、明日の13時からってどう?〇〇駅が最寄りなんだけど]

 駅の名前を見て私はぼんやりと路線図を思い浮かべた。うちの最寄駅からでも乗り換えして30分以内だ。意外と近いんだなーっと思いつつ[大丈夫]と送った。

[駅前で13時に集合ね。予約は13時半にしたよ]
[分かった]

 私は短文で返すと、スマホをマナーモードにしてポイっとソファーの座面に投げた。

「はぁぁ…辛い」

 何度目かわからないため息をついてから、子供達のために作る夕飯の準備を始めた。

 いつも通りに子供達と楽しく食卓を囲み、お風呂に入らせ、ゲームをしたがる子供に注意して、お風呂に入って、最後は二人に早く寝るように促した。

 いつも通りに過ごし、いつも通りに夫婦のベッドに潜った。

 違うのは、貴史がいないことだけ。あの人がいなくても家は動いていく。私はそのことに乾いた笑いを浮かべながら、すぐに眠りについた。

 昨日眠れなかったからなのか、夢も見ずに朝までぐっすり眠った。



 子供達を送り出してから、家事を済ませた。着替えて化粧して、私は集合時間に合わせて家を出た。

 義実家からも貴史からも特に連絡はない。ちゃんと話をしたのかも今はまだ聞きたくなかったから都合が良かった。

 電車に乗って、乗り継いで〇〇駅に着くとキョウの姿を探しながら改札を出た。キョウは改札を出てすぐの柱にもたれて私を待っていた。

「ナナ、こっちだよ」

「あ、待った?」

「いや。俺もさっき着いたところ。行こっか。ちょっと歩くよ」

「うん」

 キョウはスマホで地図を出しながら、目的地に向かって歩き始めた。私はその背中を追いかけるように歩き出した。

(ある意味これは終わりで始まりの一歩だな)

 キョウと離れないように気をつけながら歩いていると、佐藤聡さとうさとし法律事務所と書かれた建物についた。

「佐藤聡?誰?」

「ふふっ。びっくりするよ」

 キョウはすくすく笑って建物の階段を登って事務所の扉を開けた。中にいた人に声をかけると、すぐに応接間のような場所に案内された。二人並んで入るが、距離は離れてソファーに座った。事務員の女性にお茶を出してもらっていると、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。

「よー。ナナ、元気だったかー」

 人の良さそうな声で話しかけてきたのは、私が知っている人だった。

「マスター!?」

「おー。それで呼ばれるのも久々だな」

 ワッハッハと笑いながらマスターことザンザこと佐藤さんは私たちの向かいのソファーに座った。

「えっえっ、嘘」

「びっくりした?」

 私が驚いてポカーンっとしてると、キョウも佐藤さんも二人で笑い合って反応を楽しんでいた。

「まさか弁護士さん…だなんて…」

「意外だったか?」

「は、はい」

「ワッハッハ」

 以前よりも老けてたが、雰囲気は出会ったあの頃のままだった。私は懐かしくてホッと息をついていると、佐藤さんは私たち二人を見て懐かしそうな瞳で見つめてきた。

「あのオフ会で出会って付き合った二人が、時を経て俺のところに二人で来るとはな。俺のことはここでは佐藤。外ではマスターでいいからな。お前らのことは…まぁ、偽名的な感じでキャラ名で呼ぶか。キョウから大体のことは聞いてる。離婚希望なんだな?」

「は、はい」

 コクコクと頷くと、佐藤さんはふーむっと鼻を鳴らした。

「とりあえず、証拠はある。それなら仕事を探すのが先だな。仕事をしてお金が定期的に入るのが大事だ。専業主婦なら尚更な。母親だから親権も取りやすいだろうが、仕事を始めた方がさらにいい。旦那は今どこにいる?」

「本人の実家に…」

「別居してるんだな。じゃあ、仕事が見つかってお金が手に入るまでの間、生活費の一部を払ってもらう権利がナナにはある。金額含め夫婦間で相談するか…」

「まずは話し合ってみます」

「そうか。とりあえずナナは自分の生活基盤を固めることを優先しろ。次はキョウ。お前は…親権の問題だな」

 佐藤さんはキョウを見て真剣な顔になった。キョウはコクリと頷くとスマホを取り出して何かを佐藤さんに見せた。

「アイツの行動スケジュール。ここ2年ほど。俺が家にいるからって出歩いて、子供の世話をほぼしてない証拠にならない?」

 佐藤さんはそれを眺めて、ふーむっと鼻を鳴らした。

「さてはお前。こうなる前から離婚を考えていたな」

「……怪しい動きしてたからね。2年前から探ってたんだ」

 佐藤さんはじっとキョウを見つめると、フッと表情を柔らかくした。

「なるほどな。材料が揃ってても、母親がごねれば裁判で勝ち取るしかない。あと、子供が10歳前後なら、意向を聞くこともある。大丈夫か?」

「娘は…俺に懐いてるから、多分。一度話してみるよ。俺のところも妻は実家に放り込んであるから、帰ったら2人じっくりと」

「ごねずに別れたいな…」

 私がポツリと呟くと、佐藤さんはワッハッハとまた笑い始めた。

「恋人と別れるのとは訳が違う。結婚は簡単にできるが離婚は簡単にいかないものだ。そのための弁護士だからな。どーんっと大船に乗った気持ちで俺に任せろ」

「離婚案件に強いんですか?」

「面倒見の良さが引き起こしたのか、そんなのばっかりやってんだよ、俺。だから安心しろ。ナナの希望通りになるように頑張るからな」

 優しく微笑む姿は若い頃と同じで、私は懐かしさと嬉しさで涙が溢れてきた。

「はい、はい。お願いします」

 コクコクと頷いていると、隣からニュッと手が伸びてきて私の頭を優しく撫でてきた。久しぶりの感触に驚いて見上げると、私を愛おしそうに見つめるキョウが私の頭を撫でていた。

「ほー。元鞘もありえるのか」

 佐藤さんは揶揄うよう呟いてから私たちに声をかけた。

「俺はそう願ってますけどね」

「そうかそうか。なら、まずは2人とも離婚だな」

「はい。超特急でお願いします。300日の間にナナの心を落として、結婚したいんで」

 私はキョウの言葉に目を白黒させていると、佐藤さんは私の様子を見てフーッと深く息をついた。

「ナナも、厄介な男に見つかったのかもなぁ。嫌だったらちゃんと拒否れよ?」

「は、はい…」

 何とも言えない気持ちになりながらも佐藤さんに返答した。

 その後は軽く打ち合わせをしてから、キョウと2人で事務所を後にした。きた道を戻って駅の改札で別れを告げると、キョウは私を真剣な顔で見つめてきた。

「あの日も言ったけど、俺は本気だから。でも、お互いに離婚するまではアピールはしない。離婚が成立したら、覚悟してね」

 私を狙うような目で見てくるキョウの言葉に背中にゾクリと何かが走っていった。私は曖昧に微笑んで、返答は返さずに急いで改札の中に入った。

「……と、と、とにかく…今は離婚だから!」

 変な気持ちになった自分に対して叱責するような声をかけて、私は逃げるように電車に乗って帰路についた。
 
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