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冷めていく心
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「さて。俺の妻、菜々子とは一年前からなんだって?」
「……ああ」
奥さんである菜々子さんからある程度聞いたのか、キョウはじっと夫を見つめながら話を始めた。
「テニスは第二土曜だけ。第三土曜も出かけるようになって変だとは思ってたんだよね。その日は2人でヤってたの?」
「………」
「あ、夫婦みたいにデートもしてたんだ。へー」
キョウがじろっと菜々子さんを見ると、菜々子さんはビクッと体を震わせて小さな声で呟いた。
「ち、ちがうの!愛してるのはあっくんだけ」
「今そんな話してないから。菜々子は黙ってな」
冷たい声で言われて、菜々子さんは開いていた口を閉じた。そして私に視線を向けると、キッと睨みつけてきた。
私はその視線を受け止めつつ、夫に抱かれた女って嫌だよねっ。私も嫌だよっと冷めた心で返答していた。
私も同じ立場なのに、あの人は自分のことだけなんだなぁっとぼんやり考えていると隣にいた貴史が話し始めた。
「か、関係はやめる。だから、…その」
「慰謝料?俺、そんなの欲しいわけじゃないんだよね」
申し訳なさそうな顔でキョウを見ていた貴史は、少しだけ明るい顔になってキョウを見つめた。
私がキョウに視線を向けると、にっこり微笑んでいた。でも目は全く笑っていなかった。私の視線に気がつくと、目元を緩めて本当の笑顔を向けてきたが、視線を貴史に戻すと目が笑っていない笑顔に戻っていた。その変化が少し怖い。
「あんたが支払うのはお金じゃない」
「どういうことだ…?」
意味がわからなくて貴史が首を傾げると、キョウは口の両端をあげてニンマリと笑った。
「あんたの隣の、奥さんを俺にちょうだい」
「「っ!?!?」」
「えっ」
驚いて立ち上がった貴史と、何が起きるのか不安なのかキョウに縋りついた菜々子さんは声が出なかったようだ。
私はポカーンっとしながら3人を見ていると、キョウはニンマリと笑ったまま話した。
「若い女がいいんだろう?子供産んでも自分磨きばっかりして育児放棄してる、顔と体だけの女がいいんだろう?」
「ひ、ひどい!!」
「酷いかなぁ。娘ほったらかしで毎月出かけてたくせに」
キョウはじろっと菜々子さんを睨みつけて黙らせると、またニコニコと目が笑っていない笑顔で私たちを見てきた。
「あ、じゃあ、第一土曜日と第四土曜。俺に奥さんを貸してよ。あんたらは今まで通りに第二と第三にいちゃつけばいいからさ」
「な、なにを!貴様!!!」
貴史は怒ってキョウの襟元を掴むが、キョウはじっと貴史を眺めた。
「俺は本当に大事なものを、たった一度の過ちで無くしてしまってから体だけの関係や浮気不倫は絶対しないと決めてきた。〈少しだけ〉そんな気持ちの隙をついて、大事なものをこぼさないようにな。菜々子とも、ある程度恋愛して結婚して子供を作った。今だって夜の生活はあったぞ?大事にしてたからな」
「っ…」
貴史は言い返せなくてキョウの襟首を離すと、キョウは首元を直してから私に優しく微笑んできた。
「でもさぁ。それも無駄だったなら、俺も1番大事なものを取り返しに行ってもいいよね?」
「や!あっくん!」
菜々子さんは縋るようにキョウに抱きつくが、キョウの視線は私に向いたままだった。異様な状況だ。貴史はその様子に不審に思って私に視線を向けた。
「知り合いか?」
「……貴方と付き合う前に別れた…人」
「…………嘘だろ」
私からキョウの話を聞いていた貴史はヨロヨロとふらついて私の隣に座った。そして膝に肘をついて顔を手で覆った。
「ねぇ。返してくんない?俺のナナ」
「お前のじゃないっ!」
「でも、アンタはこっちがいいんだろう?」
「ヤダヤダヤダ!あっくん、やめて!!」
菜々子さんは泣き叫び、キョウは私だけを見つめて微笑んでいる。貴史は状況を受け止めきれないのか頭を抱えていた。
(なんだろ、これ。変な状況)
私は3人の様子をぼんやりしながら眺めていると、菜々子さんがキョウから離れて私を指さしてきた。
「あんなおばさんのどこがいいの!!!私の方が綺麗だし、スタイルだっていいし!相性もいいじゃない!!」
今にも私に掴み掛かろうとしてくる菜々子さんをキョウは腕を引っ張って静止させながら、怒ったような声で話した。
「は?お前に比べたら、人に優しく、甘え上手で、高潔でいい女なんだよ。体型とか顔じゃねーんだよ。お前はナナと名前が似てて、ちょっと具合がいいから選んだだけ。あとな、お前よりナナのあっちはすげーから。ヒダヒダがまとわりついてきて…「俺の妻の具合を話するな!!!」
貴史は大きな声で叫んでキョウが話そうとする内容をとめた。でもキョウは口を止めなかった。
「ナナの旦那もさ、ナナの体に初めは惹かれたんだろ?名器だもんなー」
「え…そうなの?」
私は初めて知ったことに首を傾げて貴史を見ると、気まずそうに私の視線を受け止めた。
(あー、私を抱いてからすぐに付き合おうって迫ってきて、他の男に牽制してたのは…私が好きになったからじゃなくて、体か)
スーっと何かが冷めたような気持ちになっていると、貴史は私の体を抱きしめて縋るように呟いた。
「初めは、確かにそうだけど。でも、愛したから結婚したんだ。愛してるのは香織だけだ」
「じゃ、なんで浮気できるの?」
私は何かが壊れてしまう音を聞きながら、冷たい声で貴史に話しかけた。私達夫婦の雰囲気が悪いことに気がついた菜々子さんはバツの悪そうな顔でベッドに座ってこちらを見ている。キョウは私達の様子をニコニコと笑ってみながら、菜々子さんが飛び出さないように腕を掴み続けていた。
「私さ、付き合うときにキョウとのこと話して、体だけの関係も浮気も不倫も無理って言ったよね。そういうことしたら別れるって事も話したはず。それでもしてたのはどうして?私と別れたくてしてたの?」
貴史は私の低い声を聞きながらビクビクと体を震わせた。そして小さな声で呟いた。
「若くて、可愛い顔の女性に迫られて…いい気になってた…んだと思う。香織のことはずっと心にあって、その…それでも別の女性を抱く優越感や背徳感もあったと…思う。別れるつもりなんてない」
「じゃー、なんで2年もレスなの?」
私の言葉に菜々子さんは「あはははは」っと高笑いをし始めた。
「そんなの決まってるじゃん。アンタみたいな女を捨ててる女より、子供産んでも女であり続けてる女の方が魅力的だか…イタタタ!あっくん痛い!」
「あんまりナナを侮辱するようなこと言うと…へし折るよ。菜々子」
菜々子さんが話している途中にキョウは掴んでいた腕を力一杯握ったようで、菜々子さんは痛がって話すのをやめた。私はその様子をぼーっと眺めながら、貴史の反応を待った。
「…お前が母親になって…その…女として見れなくなって…たから、だ。すまんすまんすまん」
貴史は小さく呟いてから、私に抱きついたまま謝る言葉だけ話す機械のようになってしまった。私はハーっとため息をついて、キョウを見つめた。
「あの、離婚とか含めて話したいから…」
「だめだよ。あの話がまとまらないなら、俺帰らないから」
「あっくん!!!!」
キョウは意思を変えるつもりはないようで、ニコニコ微笑んでいた。頭が痛いと思いながら、貴史の背中を叩くとやっと腕の中から解放された。
「じゃあ、どうしたら一旦帰ってくれる?」
私がキョウに話しかけると、キョウは微笑んだまま答えた。
「第一、第四土曜日は俺と夫婦になってくれるって決めてくれるなら。それか、離婚して俺と結婚してくれるとか」
「「離婚はしない」」
浮気をしていた2人は嫌だ嫌だとお互いの伴侶に縋りつき、キョウは私だけを見つめた。私はこの状況に頭を抱えて、ぐるぐると考えを巡らせた。
(このまま4人でいるのも嫌だし、貴史といるのも嫌だし…ああ、どうしてこうなったの。出かける前はあんなに心が踊ったのに…)
気がつくと私はポロポロと涙を流していた。泣いていることに気がついたキョウは立ち上がってこちらに近寄ろうとした。でも菜々子さんがそれを止めて、動けなかった。貴史は泣いている私に縋り付くように抱きついてきて、また壊れた機械になった。
(はぁ。私の人生。どこで間違ったんだろう)
そんな思いになりながら、家で待ってる子供達の顔が浮かんだ。
「私、帰りたい。家に。子供たちが心配」
「わ、わかった!用意する!」
貴史はうんうんと頷くが、私は泣きながら貴史に冷たい声で話した。
「貴方は、予定通り帰ってきて。今…顔も見たくないの」
「そん…な…」
貴史は青ざめて絶望したような顔で私を見た。それを見て冷めた心の私は悪態をついた。
(お前がなぜ、そんな顔する。私の心を傷つけ、そんな気持ちにさせたのはお前だろう)
いつもなら暴言もあまり言わないが、今の私の心はずっと貴史に暴言を吐いていた。このまま一緒にいたら、なりたくない自分になりそうだ。私は涙を拭いて、荷解もせずに置かれたままの旅行カバンを目の端に入れた。
「バスとかあったっけ。ここまで車できたしなー」
ボソッと私が呟くと、貴史は私が本気で帰ろうとしていることに気がついて焦り始めた。
「ま、待ってくれ!もう夜遅い。こんな時間に出かけるのは危ない!」
「そー。心配してくれるんだ。その気持ちを不倫する前に私に向けてくれればいいのに。とりあえず、離婚する方向だからね」
私が冷たく言い放つと、貴史は「嫌だ」と泣いてしまった。涙を見ても何も心は動かなかった。
ベッドから立ち上がって、旅行カバンと財布やスマホが入っているポーチを手に取って、泣いて縋ってくる貴史を置いて私は部屋から出た。
キョウが納得する云々などの結果になっていなくても、私が出ていくという権利がなくなったわけではない。私は3人を部屋に残して、受付に向かった。
「すみません。急に帰らないといけなくなったので、バスとかってありますか?」
「あー。バスはもうないですね。タクシーで最寄駅に行くしかないと思います」
「じゃあ、タクシー、呼んでもらえますか?」
「はい」
受付にいるスタッフに声をかけて、帰り道を確認してからタクシーの手配を頼んだ。ポーチからスマホを出して、子供達に[遅くなるけど、ママだけ先に帰るね]っと送ると、[わかった!]っと返事が返ってきた。
(子供達は可愛い。でも専業の今の私では大学まで育てられそうにない。離婚したら手放さなければいけないのだろうか)
そう思うだけで、心がズーンっと痛くなった。受付近くにあるソファーに座って窓から外を眺めて、タクシーが来るのをボーッとしながら待っていると、後ろから懐かしい声で話しかけられた。
「ナナ。連絡先交換しよう」
チラッと目線を向けると、キョウが1人微笑んで立っていた。
「あの2人は?」
「ナナの旦那は茫然自失かな。菜々子はうるさいから、あの部屋に置いてきた。下手したら慰め合ってるんじゃない?」
「穢れてる…」
私が小さな声で呟くと、キョウはズボンのポケットからスマホを取り出して私に見せてきた。
「離婚して、慰謝料とか取るなら協力する。あ、現場の写真は撮ってあるから。無音のアプリで」
「そう。今専業で仕事もしてないから、慰謝料はもらったほうがいいけど…子供たちを引き取れるかが心配」
「それも協力する。だから、交換しよう?」
そうだな。相手側の夫と連絡が取れた方が離婚は楽かもしれない。ぼーっとしながらも頭の中を動かして判断した私は返事を返した。
「わかった」
コクンっと頷いて、スマホを取り出して連絡先を見せるとキョウは嬉しそうに笑って私の連絡先を登録し始めた。
「こんなことってあるんだね」
「ん?」
「昔付き合ってた人の奥さんと旦那が不倫とか。ドラマとかぐらいだと思ってた」
キョウは登録が終わったのか私にスマホを返してきた。そして、私の横に座って私の手を握ってきた。
「そうだね。俺もびっくりした。ここにきて、ナナに久しぶりに会って驚いてたのに…。まさか菜々子の不倫相手がナナの旦那だったとは。でも…俺からしたら好機なのかなって思ったけど」
「好機?」
「そう。俺、ずっと後悔してた。あの時のこと。隙間を作ったこと。同じことにならないように自分を戒めてた」
ふーんっと思いながらも懐かしい声に耳を傾けていると、キョウはさらに話しを続けた。
「あの話…あの場で思いついたけど、本気。俺、ナナが欲しい」
「体がいいってこと?」
「違う。そんなのはキッカケであってナナの魅力の一つでしかない。俺は全身全霊でナナが欲しい。ナナの全部が欲しい。ナナの顔を見たら、あの時の気持ちが蘇ったんだ。心の底に閉じ込めたナナへの愛が」
「そう…」
キョウの言葉は今の私にはあまり響かなかった。でも、キョウは私に想いを伝えたいのか、話を続ける。
「次は絶対に手を離さない。間違いだって犯さない。だから、余裕ができたら俺を見てほしい。…お願い」
「そう…あ、タクシー来たみたい。帰るね」
一台のタクシーが来たのを見つけて、私はカバンとポーチを手に持って立ち上がった。キョウは少し寂しそうに微笑んでから「後で連絡する」と呟いて手を振って見送った。
タクシーに乗り込んで最寄駅まで連れて行ってもらいながら、暗くなっていく空を眺めた。
(まるで、私の心みたい)
そんなことを思いながら車窓を眺めていると、ブーブーっとスマホのバイブが鳴った。ポーチからスマホを取って画面を見ると、キョウからだった。
[戻ったら、本当に慰めエッチしてた。ちゃんと撮ったけど、写真は送らないね。弁護士とか探すの手伝うから。離婚できる材料として写真は提供するね。気をつけてね]
本当かどうかわからないけど、本当だったら呆れてしまう。妻が意気消沈して帰ろうとしてるのに、不倫相手とまたしてるだなんて。
「穢れてる」
私は小さく呟いてから、返事も返さずにスマホをポーチに押し込んだ。
「……ああ」
奥さんである菜々子さんからある程度聞いたのか、キョウはじっと夫を見つめながら話を始めた。
「テニスは第二土曜だけ。第三土曜も出かけるようになって変だとは思ってたんだよね。その日は2人でヤってたの?」
「………」
「あ、夫婦みたいにデートもしてたんだ。へー」
キョウがじろっと菜々子さんを見ると、菜々子さんはビクッと体を震わせて小さな声で呟いた。
「ち、ちがうの!愛してるのはあっくんだけ」
「今そんな話してないから。菜々子は黙ってな」
冷たい声で言われて、菜々子さんは開いていた口を閉じた。そして私に視線を向けると、キッと睨みつけてきた。
私はその視線を受け止めつつ、夫に抱かれた女って嫌だよねっ。私も嫌だよっと冷めた心で返答していた。
私も同じ立場なのに、あの人は自分のことだけなんだなぁっとぼんやり考えていると隣にいた貴史が話し始めた。
「か、関係はやめる。だから、…その」
「慰謝料?俺、そんなの欲しいわけじゃないんだよね」
申し訳なさそうな顔でキョウを見ていた貴史は、少しだけ明るい顔になってキョウを見つめた。
私がキョウに視線を向けると、にっこり微笑んでいた。でも目は全く笑っていなかった。私の視線に気がつくと、目元を緩めて本当の笑顔を向けてきたが、視線を貴史に戻すと目が笑っていない笑顔に戻っていた。その変化が少し怖い。
「あんたが支払うのはお金じゃない」
「どういうことだ…?」
意味がわからなくて貴史が首を傾げると、キョウは口の両端をあげてニンマリと笑った。
「あんたの隣の、奥さんを俺にちょうだい」
「「っ!?!?」」
「えっ」
驚いて立ち上がった貴史と、何が起きるのか不安なのかキョウに縋りついた菜々子さんは声が出なかったようだ。
私はポカーンっとしながら3人を見ていると、キョウはニンマリと笑ったまま話した。
「若い女がいいんだろう?子供産んでも自分磨きばっかりして育児放棄してる、顔と体だけの女がいいんだろう?」
「ひ、ひどい!!」
「酷いかなぁ。娘ほったらかしで毎月出かけてたくせに」
キョウはじろっと菜々子さんを睨みつけて黙らせると、またニコニコと目が笑っていない笑顔で私たちを見てきた。
「あ、じゃあ、第一土曜日と第四土曜。俺に奥さんを貸してよ。あんたらは今まで通りに第二と第三にいちゃつけばいいからさ」
「な、なにを!貴様!!!」
貴史は怒ってキョウの襟元を掴むが、キョウはじっと貴史を眺めた。
「俺は本当に大事なものを、たった一度の過ちで無くしてしまってから体だけの関係や浮気不倫は絶対しないと決めてきた。〈少しだけ〉そんな気持ちの隙をついて、大事なものをこぼさないようにな。菜々子とも、ある程度恋愛して結婚して子供を作った。今だって夜の生活はあったぞ?大事にしてたからな」
「っ…」
貴史は言い返せなくてキョウの襟首を離すと、キョウは首元を直してから私に優しく微笑んできた。
「でもさぁ。それも無駄だったなら、俺も1番大事なものを取り返しに行ってもいいよね?」
「や!あっくん!」
菜々子さんは縋るようにキョウに抱きつくが、キョウの視線は私に向いたままだった。異様な状況だ。貴史はその様子に不審に思って私に視線を向けた。
「知り合いか?」
「……貴方と付き合う前に別れた…人」
「…………嘘だろ」
私からキョウの話を聞いていた貴史はヨロヨロとふらついて私の隣に座った。そして膝に肘をついて顔を手で覆った。
「ねぇ。返してくんない?俺のナナ」
「お前のじゃないっ!」
「でも、アンタはこっちがいいんだろう?」
「ヤダヤダヤダ!あっくん、やめて!!」
菜々子さんは泣き叫び、キョウは私だけを見つめて微笑んでいる。貴史は状況を受け止めきれないのか頭を抱えていた。
(なんだろ、これ。変な状況)
私は3人の様子をぼんやりしながら眺めていると、菜々子さんがキョウから離れて私を指さしてきた。
「あんなおばさんのどこがいいの!!!私の方が綺麗だし、スタイルだっていいし!相性もいいじゃない!!」
今にも私に掴み掛かろうとしてくる菜々子さんをキョウは腕を引っ張って静止させながら、怒ったような声で話した。
「は?お前に比べたら、人に優しく、甘え上手で、高潔でいい女なんだよ。体型とか顔じゃねーんだよ。お前はナナと名前が似てて、ちょっと具合がいいから選んだだけ。あとな、お前よりナナのあっちはすげーから。ヒダヒダがまとわりついてきて…「俺の妻の具合を話するな!!!」
貴史は大きな声で叫んでキョウが話そうとする内容をとめた。でもキョウは口を止めなかった。
「ナナの旦那もさ、ナナの体に初めは惹かれたんだろ?名器だもんなー」
「え…そうなの?」
私は初めて知ったことに首を傾げて貴史を見ると、気まずそうに私の視線を受け止めた。
(あー、私を抱いてからすぐに付き合おうって迫ってきて、他の男に牽制してたのは…私が好きになったからじゃなくて、体か)
スーっと何かが冷めたような気持ちになっていると、貴史は私の体を抱きしめて縋るように呟いた。
「初めは、確かにそうだけど。でも、愛したから結婚したんだ。愛してるのは香織だけだ」
「じゃ、なんで浮気できるの?」
私は何かが壊れてしまう音を聞きながら、冷たい声で貴史に話しかけた。私達夫婦の雰囲気が悪いことに気がついた菜々子さんはバツの悪そうな顔でベッドに座ってこちらを見ている。キョウは私達の様子をニコニコと笑ってみながら、菜々子さんが飛び出さないように腕を掴み続けていた。
「私さ、付き合うときにキョウとのこと話して、体だけの関係も浮気も不倫も無理って言ったよね。そういうことしたら別れるって事も話したはず。それでもしてたのはどうして?私と別れたくてしてたの?」
貴史は私の低い声を聞きながらビクビクと体を震わせた。そして小さな声で呟いた。
「若くて、可愛い顔の女性に迫られて…いい気になってた…んだと思う。香織のことはずっと心にあって、その…それでも別の女性を抱く優越感や背徳感もあったと…思う。別れるつもりなんてない」
「じゃー、なんで2年もレスなの?」
私の言葉に菜々子さんは「あはははは」っと高笑いをし始めた。
「そんなの決まってるじゃん。アンタみたいな女を捨ててる女より、子供産んでも女であり続けてる女の方が魅力的だか…イタタタ!あっくん痛い!」
「あんまりナナを侮辱するようなこと言うと…へし折るよ。菜々子」
菜々子さんが話している途中にキョウは掴んでいた腕を力一杯握ったようで、菜々子さんは痛がって話すのをやめた。私はその様子をぼーっと眺めながら、貴史の反応を待った。
「…お前が母親になって…その…女として見れなくなって…たから、だ。すまんすまんすまん」
貴史は小さく呟いてから、私に抱きついたまま謝る言葉だけ話す機械のようになってしまった。私はハーっとため息をついて、キョウを見つめた。
「あの、離婚とか含めて話したいから…」
「だめだよ。あの話がまとまらないなら、俺帰らないから」
「あっくん!!!!」
キョウは意思を変えるつもりはないようで、ニコニコ微笑んでいた。頭が痛いと思いながら、貴史の背中を叩くとやっと腕の中から解放された。
「じゃあ、どうしたら一旦帰ってくれる?」
私がキョウに話しかけると、キョウは微笑んだまま答えた。
「第一、第四土曜日は俺と夫婦になってくれるって決めてくれるなら。それか、離婚して俺と結婚してくれるとか」
「「離婚はしない」」
浮気をしていた2人は嫌だ嫌だとお互いの伴侶に縋りつき、キョウは私だけを見つめた。私はこの状況に頭を抱えて、ぐるぐると考えを巡らせた。
(このまま4人でいるのも嫌だし、貴史といるのも嫌だし…ああ、どうしてこうなったの。出かける前はあんなに心が踊ったのに…)
気がつくと私はポロポロと涙を流していた。泣いていることに気がついたキョウは立ち上がってこちらに近寄ろうとした。でも菜々子さんがそれを止めて、動けなかった。貴史は泣いている私に縋り付くように抱きついてきて、また壊れた機械になった。
(はぁ。私の人生。どこで間違ったんだろう)
そんな思いになりながら、家で待ってる子供達の顔が浮かんだ。
「私、帰りたい。家に。子供たちが心配」
「わ、わかった!用意する!」
貴史はうんうんと頷くが、私は泣きながら貴史に冷たい声で話した。
「貴方は、予定通り帰ってきて。今…顔も見たくないの」
「そん…な…」
貴史は青ざめて絶望したような顔で私を見た。それを見て冷めた心の私は悪態をついた。
(お前がなぜ、そんな顔する。私の心を傷つけ、そんな気持ちにさせたのはお前だろう)
いつもなら暴言もあまり言わないが、今の私の心はずっと貴史に暴言を吐いていた。このまま一緒にいたら、なりたくない自分になりそうだ。私は涙を拭いて、荷解もせずに置かれたままの旅行カバンを目の端に入れた。
「バスとかあったっけ。ここまで車できたしなー」
ボソッと私が呟くと、貴史は私が本気で帰ろうとしていることに気がついて焦り始めた。
「ま、待ってくれ!もう夜遅い。こんな時間に出かけるのは危ない!」
「そー。心配してくれるんだ。その気持ちを不倫する前に私に向けてくれればいいのに。とりあえず、離婚する方向だからね」
私が冷たく言い放つと、貴史は「嫌だ」と泣いてしまった。涙を見ても何も心は動かなかった。
ベッドから立ち上がって、旅行カバンと財布やスマホが入っているポーチを手に取って、泣いて縋ってくる貴史を置いて私は部屋から出た。
キョウが納得する云々などの結果になっていなくても、私が出ていくという権利がなくなったわけではない。私は3人を部屋に残して、受付に向かった。
「すみません。急に帰らないといけなくなったので、バスとかってありますか?」
「あー。バスはもうないですね。タクシーで最寄駅に行くしかないと思います」
「じゃあ、タクシー、呼んでもらえますか?」
「はい」
受付にいるスタッフに声をかけて、帰り道を確認してからタクシーの手配を頼んだ。ポーチからスマホを出して、子供達に[遅くなるけど、ママだけ先に帰るね]っと送ると、[わかった!]っと返事が返ってきた。
(子供達は可愛い。でも専業の今の私では大学まで育てられそうにない。離婚したら手放さなければいけないのだろうか)
そう思うだけで、心がズーンっと痛くなった。受付近くにあるソファーに座って窓から外を眺めて、タクシーが来るのをボーッとしながら待っていると、後ろから懐かしい声で話しかけられた。
「ナナ。連絡先交換しよう」
チラッと目線を向けると、キョウが1人微笑んで立っていた。
「あの2人は?」
「ナナの旦那は茫然自失かな。菜々子はうるさいから、あの部屋に置いてきた。下手したら慰め合ってるんじゃない?」
「穢れてる…」
私が小さな声で呟くと、キョウはズボンのポケットからスマホを取り出して私に見せてきた。
「離婚して、慰謝料とか取るなら協力する。あ、現場の写真は撮ってあるから。無音のアプリで」
「そう。今専業で仕事もしてないから、慰謝料はもらったほうがいいけど…子供たちを引き取れるかが心配」
「それも協力する。だから、交換しよう?」
そうだな。相手側の夫と連絡が取れた方が離婚は楽かもしれない。ぼーっとしながらも頭の中を動かして判断した私は返事を返した。
「わかった」
コクンっと頷いて、スマホを取り出して連絡先を見せるとキョウは嬉しそうに笑って私の連絡先を登録し始めた。
「こんなことってあるんだね」
「ん?」
「昔付き合ってた人の奥さんと旦那が不倫とか。ドラマとかぐらいだと思ってた」
キョウは登録が終わったのか私にスマホを返してきた。そして、私の横に座って私の手を握ってきた。
「そうだね。俺もびっくりした。ここにきて、ナナに久しぶりに会って驚いてたのに…。まさか菜々子の不倫相手がナナの旦那だったとは。でも…俺からしたら好機なのかなって思ったけど」
「好機?」
「そう。俺、ずっと後悔してた。あの時のこと。隙間を作ったこと。同じことにならないように自分を戒めてた」
ふーんっと思いながらも懐かしい声に耳を傾けていると、キョウはさらに話しを続けた。
「あの話…あの場で思いついたけど、本気。俺、ナナが欲しい」
「体がいいってこと?」
「違う。そんなのはキッカケであってナナの魅力の一つでしかない。俺は全身全霊でナナが欲しい。ナナの全部が欲しい。ナナの顔を見たら、あの時の気持ちが蘇ったんだ。心の底に閉じ込めたナナへの愛が」
「そう…」
キョウの言葉は今の私にはあまり響かなかった。でも、キョウは私に想いを伝えたいのか、話を続ける。
「次は絶対に手を離さない。間違いだって犯さない。だから、余裕ができたら俺を見てほしい。…お願い」
「そう…あ、タクシー来たみたい。帰るね」
一台のタクシーが来たのを見つけて、私はカバンとポーチを手に持って立ち上がった。キョウは少し寂しそうに微笑んでから「後で連絡する」と呟いて手を振って見送った。
タクシーに乗り込んで最寄駅まで連れて行ってもらいながら、暗くなっていく空を眺めた。
(まるで、私の心みたい)
そんなことを思いながら車窓を眺めていると、ブーブーっとスマホのバイブが鳴った。ポーチからスマホを取って画面を見ると、キョウからだった。
[戻ったら、本当に慰めエッチしてた。ちゃんと撮ったけど、写真は送らないね。弁護士とか探すの手伝うから。離婚できる材料として写真は提供するね。気をつけてね]
本当かどうかわからないけど、本当だったら呆れてしまう。妻が意気消沈して帰ろうとしてるのに、不倫相手とまたしてるだなんて。
「穢れてる」
私は小さく呟いてから、返事も返さずにスマホをポーチに押し込んだ。
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