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相手の気持ちを無視しては誰も幸せにできない
しおりを挟む「アンジェラ様。このような寒空の中、薄着で窓辺にいては…」
「あら、ごめんなさい。ちょっと冷たい風にあたりたかったのよ」
「左様でございましたか。しかし、もう十分冷たい風を体にあてておりますゆえ、もう窓は閉めさせていただきますね」
「ふふ。ルーシーは本当に過保護ね。これぐらいじゃ風邪なんて引かないわよ。私の取り柄は元気だって知ってるでしょ?」
「…健康一番。アンジェラ様はその一言ですものね。ここに移り住んで約2年。私が風邪をひいて寝込んでも、看病してくださるアンジェラ様はケロッとして…」
「ふふ。そうでしょう?私は健康であることが自慢なのよ」
アンジェラは長い金色の髪を靡かせながら、窓を閉めようとする侍女のルーシーに微笑みかけた。ルーシーを見つめるアンジェラの澄み切った空のように青い瞳は、慈愛に満ち溢れている。
ルーシーはおっとりした顔のアンジェラを見ながら、呆れたような顔になりつつも重い窓を一枚ずつ閉め始めた。
窓が閉まるまで、真っ白しかない風景から部屋の中に冷たい風が吹く。風が吹き込む度に、ルーシーは体をブルリと震わせていた。
「あー、寒い寒い寒い」
「ふふ。ご苦労様。はやく暖炉の火にあたりましょう」
「はい。アンジェラ様は寒くないのですか?」
ルーシーは微笑みながらパチパチと音を鳴らしている暖炉へ向かうアンジェラの背中を見つめて語りかけた。アンジェラは暖炉の近くにあった薪を一本手に取ると、ポイっと火の中に投げ入れてから後ろを振り返った。
「寒くないわ。もう寒さなんて…感じないの」
悲しそうに微笑むアンジェラはそれだけ話すと、目線を燃え盛る炎へと向けた。ルーシーは小さな体で大きな物を背負うアンジェラの背中を、ただ見つめることしか出来なかった。
ーーーーー
ユナエスタ帝国。北国ではあるが、海に面しているため貿易が盛んな国である。他国との貿易が主な収入源だ。
しかし、アンジェラ・エミティア第一王女がこの国の皇太子に嫁いできてからは、エミティア王国が保有する国境に近い幾つかの鉱山の利権を保有して、更に栄えた。
利権の保有者はあくまでもアンジェラ王女。しかし、王女と婚姻している間はその利権を行使できると結婚と共に契約を取り付けることに成功したため、実質ユナエスタ帝国の保有鉱山となった。
それもこれも、アンジェラ王女の美しさに魅了されたユナエスタ皇太子であるフレデリック・ユナエスタの熱心な求婚と誠意にエミティア国王が心打たれたからであった。
そして愛おしい娘がいつまでも帝国で大事に扱ってもらえるよう、精一杯の親心を示したためであった。
しかし、これが彼らの歯車が狂い始めるきっかけであった。
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「ああ。君が僕の妻として嫁いでくれるだなんて。夢のようだよ」
「ふふ。殿下ったら大袈裟ですわ。エミティア王国はユナエスタ帝国に比べて小国。私のような者が嫁いでもよかったのでしょうか。不安ですわ…」
「いやいや。君の国は確かに小さい。だが、保有している鉱山は複数あるし、どの鉱山も未だに宝石や金銀など鉱物が採れる。それだけでも価値があるじゃないか。小国だなんて卑下はダメだよ?それに、君は宝石の様に、いや、それ以上に綺麗だ。どんな宝石も君が身につけてしまっては霞んでしまうよ。僕は君を妻に迎えられただけで幸せなんだ。鉱山が欲しくて求婚したんじゃないんだ。それだけはわかってくれる?」
「ふふ。それは理解しておりますわ。鉱山は父上達からの御祝儀のようなもの。しかし、宝石よりも綺麗だなんて…それは言い過ぎですわ。私よりもお綺麗な方は沢山いらっしゃいますもの」
「いいや。君ほど美しい女性はいないよ!僕の心は君に囚われてしまった…君なしでは生きていけない…。ああ、アンジェラ…いや、アンジーと呼んでもいいだろうか」
「はい。フレデリック殿下」
「僕のことはフレッドと呼んでくれ」
「フレッド様…」
ユナエスタ帝国の皇太子であるフレデリック皇子と、アンジェラ王女は婚姻し、晴れて夫婦になった。
2人はカーテンを閉めた天窓付きの大きなベッドに裸で寝転がっている。光源はベッドサイドのランプの光と月光のみだ。
しかしアンジェラの金髪は光が当たる度に神秘的にキラキラと煌めく。まるで宝石が散らばめられているようだった。
フレデリックはアンジェラの妖美な様子を見てゴクリと喉を鳴らした。
まだ誰も開拓してない無垢な身体。アンジェラは15歳と歳若く、男を知らないのだ。フレデリックが閨教育のために抱いた複数の未亡人たちに比べたら、肌の艶もハリも違うだろう。
18歳のフレデリックは自身の陰茎を硬く大きくしながら、アンジェラの大きな乳房を両手で包み込んだ。
「アンジー。優しくするからね」
「はい。フレッド様」
アンジェラの体は少し震えている。フレデリックはそれを宥めるように優しく乳房を揉みながらゆっくりとアンジェラの体を貪り始めた。
ーーーーーー
アンジェラとフレデリックが初夜を迎えて2ヶ月ほど経つと、国内がざわめき始めた。
「皇太子妃がご懐妊だ!」
「まあ!毎日仲睦まじいとお噂があったご夫婦ですもの、お子が宿るのも時間の問題でしたわね」
皇太子妃アンジェラの懐妊は吉報として国民を沸かせた。
男だろうか、女だろうか。
国民は生まれてくる子供の性別がどちらであるのか、賭け事をするほどだった。それほどまで生まれてくる子供に対して注目が集まっていた。
しかし、それもすぐに終わってしまった。
「ごめんなさい…」
「アンジーは何も悪くないよ」
「でも…」
「泣かないで。僕も悲しい。君達を守ってあげられなくて、ごめんよ」
「いいえ、いいえ…フレッド様は毎日私を気にかけてくださって…。色々としてくださったわ。それなのに…」
「ああ。泣かないで、アンジー」
ベッドの上でシクシクとなくアンジェラをフレデリックは優しく抱きしめた。
お腹の子供は3ヶ月ともたずに天に召された。
何かがあったわけではない。
ただ、子供が流れてしまったのだ。誰の責任でもなかった。
それから、また3ヶ月ほどするとまた懐妊の知らせが国内を駆け巡った。
「また懐妊だってよ!」
「前回のお子様は流れてしまって残念だけども…でもすぐにご懐妊されたならよかったわね!」
国民たちは再び王太子夫婦の子供に関心を寄せた。性別はどちらなのか。将来何人のお子が生まれるのか。そんなことで盛り上がっていた。
しかし、それもまたすぐに終わってしまった。
「うっうう。フレッド様…ごめんなさい…」
「アンジー。ごめんよ、また君達を守れなかった」
「うっうう。私の赤ちゃんが…あああ」
今回も特に何か問題があったわけではなかった。
侍医も子供は順調に育っていると言っていた。しかし、4ヶ月ほどでまた流れてしまったのだ。
フレデリックは毒や堕胎薬が使われたのではないかと、身の回りの世話をする使用人達を疑った。
貴族という貴族を調べに調べたが、皇太子妃を害そうとする派閥も家も見つからず。今回も原因不明として処理された。
それからまた8ヶ月ほどすると、皇太子妃の懐妊が知らされた。今回は安定期まで育ってから発表された。だからこそ、また国民は今度こそはと期待をした。
しかし、安定期に入ったというのに発表後すぐに子供は天に召されてしまった。
「アンジー…すまない」
「うっうう。どうして、どうしてなの…」
アンジェラはベッドに横たわりながら、シーツで顔を隠して泣いていた。フレデリックはその様子を見つめながら、悲しそうに眉尻を下げた。その様子を見つめていた室内にいる1人の男性がフレデリックに話しかけた。男性はこの国の宰相であるリスター公爵だった。
「殿下…」
「あの話を今するつもりか?」
リスター公爵が何を言おうとしているのか勘づいた様子のフレデリックは、ジロリとリスター公爵を睨んだ。泣き続けているアンジェラを慰めるようにベッドサイドに座り、アンジェラの背中を優しく撫でながらも、眼光は鋭く光っていた。
「しかしっ!」
「今でなくても良いはずだ。それに、まだ可能性が無いわけではない」
「…では、殿下のお考えが変わった際に、素早く対応できるように準備させていただきたく」
「…わかった、準備をするだけならば許そう。だが、私にそのつもりがないことを夢夢忘れるでないぞ」
「………御意」
リスター公爵は頭を下げると、皇太子妃の寝室から出て行った。フレデリックはパタンと閉まる扉を睨みつけながら、まだ泣き続けているアンジェラに話しかけた。
「僕の妻は君だけで十分だ」
その声はとても優しかった。しかしシーツに潜って泣いているアンジェラさえも聞こえない程の小さな声だった。
それから、半年後。皇太子が第二妃を迎えることが発表された。ユナエスタ帝国では正妃の他に3人まで側妃を娶れる。そのため国民達はすんなりとその事実を受けいれていた。
「父上!なぜ勝手に発表など!」
「フレデリック。わかってくれ。世継ぎが必要なのだ。アンジェラとの子供を熱望しているのは知っておる。今も毎夜励んでいると聞いておる。しかし、3回目以降懐妊すらしていない。相手はリスター公爵の2番目の娘だ。見目も良い。そして15歳とまだ年若い。すぐにでも授かるだろう」
「っ…それならば、アンジェラはまだ16になったばかり。若い娘を娶る必要など…」
「アンジェラの腹は、子が育たぬ腹だとしたら?」
「…な、なに…を」
ユナエスタ皇帝は怒鳴りつけてくるフレデリックを諭すような目で見つめながら一枚の紙を手渡した。震える手で紙を受け取ったフレデリックはそこに書かれている文を読んでガクリと床に崩れ落ちた。
そこに書かれていた内容はこうであった。
アンジェラ皇太子妃は子が育ちにくい体の可能性が高い。
懐妊してすぐに、腹痛を訴える事が多ため、薬を処方し絶対安静を第一に指示。
3回目は特に念入りに管理して過ごす。しかし、子供は流れてしまった。
今の医療と薬ではこれ以上の手立てはない。彼女の体が問題である可能性が無いとは言い切れない。
このまま何度も流産を繰り返していれば、いずれ授かりにくくなる日も近い。
文章を全て読んだフレデリックは、震える唇を動かしながら父親であるユナエスタ皇帝に話しかけた。
「な、な、これは…」
「侍医の報告書だ。今までの記録と共に私が提出させたのだ」
「しかし、可能性というだけで、それが事実とは…」
「可能性だけでも十分なのだよ。フレデリック。お前も為政者ならばわかるであろう?大義のためには犠牲も必要だと」
「………」
フレデリックはユナエスタ皇帝の言葉に言い返す事もなく、顔を俯かせて肩を震わせた。
床の絨毯にはポツポツとフレデリックから滴る雫が落ちて跡を残している。ユナエスタ皇帝はそれを見て眉間に皺を寄せると、近くにいた侍従を呼んだ。
「フレデリックを別室に。茶でも出してやってくれ」
「御意」
ユナエスタ皇帝に指示された侍従は床で崩れ落ちたままのフレデリックの体を支えて立ち上がらせると、支えたまま2人してユナエスタ皇帝の執務室から退室して行った。
「すまぬ。アンジェラ。お主を飼い殺しにするしかない」
ユナエスタ皇帝は椅子に深く座り直してから、窓を見つめて一人つぶやいた。
その声はとても張り詰めている。まるで神に赦しを乞う懺悔のようだった。
ーーーー
「かー」
「あらあら、クレアったら。こけちゃうわよ?」
「ははっ。クレアは歩き始めてばかりだというのに、一生懸命で可愛いな。よし、お父様が抱っこしてやろう。おいで」
「とー!」
フレデリックと同じ茶色の髪を靡かせた小さな子供が、しゃがんで両腕を広げているフレデリックに向かってヨチヨチと歩いている。そして目標物まで到達すと、フレデリックにギュッと抱きついていた。
「ふふふ。姫様は可愛いですわぁ。あら、ヘンリー。おっぱい?お腹すいた?」
その様子を微笑ましげに眺める二人の女性。1人はヨチヨチ歩く子供と同じ緑の瞳をした女性。もう1人の女性は淡い金色の髪を靡かせながら、腕に淡い金色の髪で、フレデリックの瞳を受け継いだ濃い青色の瞳をした赤子を抱いている。
ヨチヨチ歩きの母親である第三妃と待望の皇子の母親である第二妃だ。2人は日傘を差しながらベンチに座って、皇女と戯れるフレデリックを眺めている。第二妃は赤子を乳母に預けながら、ふと上を見上げた。
見つめた先には、庭園に続く廊下を歩いていたのであろう皇太子妃アンジェラが窓から見下ろすように中庭を見つめていた。
第二妃は軽くアンジェラに頭を下げると、また幸せそうに微笑みながら自分の夫へと目線を向けた。
アンジェラは第二妃の視線を感じてピクリと体を揺らした。しかし、表情は何も変えずに、その場を立ち去った。
あれから、フレデリックは第二妃と第三妃を同時に娶った。第二妃がどうしても親友である第三妃と共に嫁ぎたいと希望したからだ。
アンジェラの時よりも、閨の回数は少ない。しかし、まずは第三妃が懐妊。一年後に皇女を出産。
皇女が生まれてすぐに、第二妃の懐妊が発覚。一年後に皇子が生まれた。
フレデリックは今でもアンジェラの部屋を訪れていた。しかし、睦ごとはめっきりと減っている。だが、フレデリックの愛はアンジェラだけだと、会うたびに愛を囁いた。
アンジェラはその言葉を聞くたびに、柔和な笑みを絶やさずに小さく頷いていた。
しかし、その笑顔が徐々に曇っていくことにフレデリックは気が付いていない様子であった。
ーーーーーー
「アンジェラ皇太子妃。貴方は生涯北の塔にて幽閉の処分が決定いたしました」
「あら、どうして?私が何かしたかしら?」
「っ!何をっ!我が娘に毒を盛ったのは貴方様だと調べはついているのですよ!」
「毒?何をおっしゃってるのかさっぱりわからないわ」
「…子も産めぬ欠落品のくせに。宝石のためだけに生かされているただの傀儡め!恥を知れ」
アンジェラは怒りで顔を真っ赤にしているリスター公爵との会話を全て無表情でこなしている。どんな言葉で侮辱されていようが、アンジェラの表情は変わらない。
今はもう誰もアンジェラを皇太子妃として扱わない。歩けばヒソヒソと陰口を言われ、部屋にいても1人の侍女以外は世話に来ない。
第二妃、第三妃が次々と子供を産み落とし、フレデリックがことのほか気に入って寵愛している男爵令嬢の第四妃が、三人目の側妃として召し上げられた頃から、フレデリックもアンジェラに会いに来なくなっていた。
その事も相まって、アンジェラは忘れ去られた皇太子妃となっていた。
公務も第二妃がまるで皇太子妃のような顔でこなす。むしろ、アンジェラの顔を知らない他国の人間は、第二妃が皇太子妃だと思っているだろう。
アンジェラには何の役割も与えられていなかった。そして、国民には病弱になり公務もできないと発表され、城に閉じ込められていた。
ある日、事件起きた。第二妃が毒をもられたのだ。証拠は全てアンジェラを示しており、リスター公爵はの命を受けて愛娘の敵を捕らえにきたのだった。
北の塔はユナエスタ帝国でも雪深く、一年を通して白い景色しか見えないような場所に建てられた皇族専用の塔である。罪を犯した皇族で処刑できない場合に利用される場所だ。
アンジェラは毒殺の罪にて処刑されるのではなく、アンジェラが保有している鉱山のために厳しい環境下で幽閉される事になったのだ。
「無駄な抵抗はおやめください。少しは国のために役立っていただきたい」
「そうね。国のため…。侍女を1人くらいは連れて行けるのかしら?」
「ええ。1人だけならば」
「では、そこのルーシーを連れて行くわ。私のことを今でも皇太子妃として扱ってくれるのはあの子だけだから。ルーシー、いいかしら?」
「はい。どこまでもお供いたします」
ルーシーは今年に入ってアンジェラの専属侍女になった18歳の女性であった。ルーシーも初めは他の侍女達と同じようにアンジェラを冷たい目で見ていた。
しかし、心根が優しいアンジェラと日々接するうちに、考えが変わったのか誠心誠意仕えるようになっていった。ルーシーはアンジェラにとってこの国で信頼できるただ1人の人物であった。
「……かしこまりました。では、お連れいたします。着替えも全て用意されている場所ですので、必要なもの以外は…」
「わかったわ」
リスター公爵の言葉を遮るようにアンジェラは返答した。怪訝そうなリスター公爵とは反対に、無表情ながらもアンジェラの声はどこか穏やかであった。
リスター公爵は去ってゆくアンジェラの背中を眺めながら、一瞬眉間に皺を寄せるがすぐに首を振ってその場を後にした。
ーーーーー
「さ、さ、さ、寒い…」
「そうね。全て揃っていると言われたけれども、埃まみれだし、蜘蛛の巣だらけ。食べ物も月に一度の配給のみ。自分たちで作物を育てるにも…こうも雪深いと無理ね」
「皇太子妃様は…とても平気そうですね」
「ふふ。私の取り柄は健康も元気なの。あっ、ルーシー。アンジェラと呼んでと言ったでしょう?」
「うっ。あ、あ、アンジェラ…様」
「あらあら、顔を真っ赤にして可愛らしいわね」
アンジェラが鈴が鳴るような声でクスクスと笑うと、ルーシーは寒さで青白くなっていた頬を赤く染めた。
アンジェラは王城にいる時よりも明るくなった。まるで何かから解放されたようであった。
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「アンジェラ様。へっくち。ずみまぜん」
「ふふ。気にしないでちょうだい。貴方は私の可愛い侍女よ?お世話して当然だわ」
「でずが…」
「ここには私と貴方だけ。お薬が届いたのは幸いだったわ。私が風邪を引いたと連絡すれば、薬くらい寄越すのよ。私のことは殺せないからね」
アンジェラはふふふっと笑みを浮かべながら、風邪をひいて寝込んだルーシーを献身的に看病した。
体を拭き、着替えさせ、シーツを変える。
水分を飲ませ、食べやすい食事を慣れない手つきで懸命に作り食べさせる。
今まで自分のことすら何もできなかったアンジェラであったが、ルーシーの世話が楽しくてしょうがないという顔で嬉々として世話を焼いていた。
ルーシーはそんな主人の姿を見るたびに、涙ぐんだ。そして心優しき主人の幸せを願うため、毎晩神へ祈りを捧げるようになっていった。
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「アンジェラ様ぁ!晴れましたね!」
「ええ。そうね。晴れると積もった雪がキラキラ光って綺麗だわ」
ニコニコ微笑むアンジェラの目線の先には、厚着の服を着てはしゃぎながら雪遊びをするルーシーがいた。
ルーシーは鼻や耳、手も真っ赤にしながら、雪玉を転がして何かを作っていた。アンジェラは久しぶりの暖かな日差しを浴びながら、雪の積もっていないベンチに座ってルーシーが雪遊びをする姿を眺めていた。
「できました!」
「なーに?それは」
ルーシーが何かを作り上げ、フーッと息をつきながら額の汗を拭った様子を見たアンジェラは立ち上がって近寄った。ルーシーは近寄ってきたアンジェラにニコニコと微笑んで答えた。
「雪の人形です!」
「丸が2つ積んであるだけよ?」
「ここにですね、こーやって…」
ルーシーは一旦建物の中に入ると、手に何かを持って戻ってきた。そしてそれを人形に飾り付けると、満足げに頷いた。
「まあ!目と鼻ができたわ!」
「ふふ。酸っぱすぎて食べられない小リンゴも役に立ちましたね!にしても、配給の品がどんどん粗悪になってる気がします」
ルーシーは人形の目に小さなリンゴ、鼻には人参。手にはセロリを2本挿した。ただの丸い塊であったソレは、飾り付けられることで命を吹き込まれたようであった。
「そうね。食べられないことはないけど、好んで食べないような物が多くなった気がするわね」
「ですよね!芽が出たじゃがいもとか…種芋にしろってことですかね?」
「ふふふ。そうかもね」
「「あははは」」
アンジェラとルーシーは文句を言い合いながらも、最後は声を上げて笑い始めた。
2人の信頼は共に過ごせば過ごすほど深まっていったのだった。
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「そう。陛下が崩御され、あの方が即位…」
「アンジェラ様は皇妃となられますが、病気で療養。第二妃様が引き続き公務をされるそうです」
「彼が皇帝になったとしても、何も変わらないわ。私はもう力も後ろ盾もない。父上達は私の境遇を知らないのですもの。子が産めない女だと認識されてからは、国へ手紙さえも出さなくなってしまった。きっと心配して父上達から私へ取り次ぎの連絡は来ているでしょうけど、この国の皆が私を隠している。そんな状況では、何も変えられない、変わらないわ…」
「アンジェラ様…」
アンジェラは憂いを秘めた瞳を揺らしながら、悲しそうな顔のルーシーに優しく微笑んだ。ルーシーは目元をゴシゴシと服の袖で拭いてから、まつ毛を濡らしたままアンジェラに微笑みかけた。
「アンジェラ様。今日は皇妃になられたお祝いに砂糖たっぷりのクッキーを作りましょう!」
「あら。いいの?砂糖は節約では?」
「いいんです!今日は私が1人で作りますから、お任せください!」
「いやよ。ルーシーがオーブンを使うと全て真っ黒になるもの」
「むむむ!そ、そ、そ、そんなことはっ」
アンジェラは不服そうな顔のルーシーをそっと抱きしめた。
「ルーシー。ありがとう。貴方の笑顔が私の癒しよ」
「…アンジェラ様」
ルーシーはアンジェラの胸元に顔を埋めると、肩を震わせ始めた。アンジェラはルーシーの背中を優しく撫でながらも、どこか遠くを見つめながら窓から見える真っ白な風景を眺めた。
その瞳は真っ白な景色を見つめつつも、どこか懐かしい何かを眺めているような様子であった。
ーーーーーー
「…第一皇子様が皇太子に立太子され、隣国から姫が興し入りされるそうです」
「そう」
「……届いたのは手紙には、書類が…ありまして…」
「ふふ、何かわかるわ。離縁の手続きね?」
ベッドで寝転がるアンジェラは王城から届いた手紙を読みながら、肩を震わせるルーシーを眺めた。
「こんなのって、こんなのって!!!」
ルーシーは手紙から目線をベッドに横たわる弱々しい姿のアンジェラに向けた。目には沢山の涙が溜まっており、今にも溢れそうであった。
「いつか来ると思っていたことよ。私が保有する鉱山から鉱石が取れなくなったらね…。今思えばあの事件も、ここへの幽閉も計画通りなのでしょう。何も知らなかったのは私だけ…」
「…こんなのって、ひどい…」
「いいの。子供を産めない私が悪かったのよ。健康だけが取り柄だったのに…今はもう体も自分の力では動かせない。そう、仕方ないのよ。鉱山から採掘される鉱石で国民が豊かに過ごせたならば、それでいいの。たとえ、冤罪をかけられて幽閉されたとしても、私は国と結婚したようなもの。本望だわ」
「うっうう。酷い。酷すぎる。まだお若いのに…。医者を呼んでも薬だけ…診察すらしてもらえないだなんて…。こんなのって…こんなのって…。薬を飲んでも弱っていく一方だというのに…。診察さえしてもらえれば、病気を特定できれば…」
「いいの。いいのよ。ルーシー。貴方が私の代わりに泣いてくれるだけで、救われるの。貴方は私の可愛い侍女。笑って。ルーシー」
「アンジェラさまぁぁ」
ルーシーは子供のように泣きじゃくりながら、ベッドに横たわるアンジェラに抱きついた。アンジェラは重い腕を上げてルーシーの頭を手でゆっくり撫でながら、とても穏やかな笑みを浮かべた。
空色に澄み切っていたアンジェラの瞳は澱んだ曇り空のようになっていた。
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アンジェラ元皇妃。離縁手続きに同意。しかし数日後に静かに息を引き取る。
最後まで側に付き添っていた侍女は、アンジェラ元皇妃の遺品をいくつか譲り受け、葬儀の後に行方不明となる。
アンジェラ元皇妃の遺体は罪人ゆえに皇族達とは少し離れた場所に霊廟が建てられ、埋葬。表向きでは皇族と同じ霊廟に埋葬されたと記録される。
そして、アンジェラ元皇妃が暮らした離宮を掃除するために入室した使用人達は口を揃えて話した。
「まるで監獄のような場所だった」と。
噂はたちまち国内に広がるが、すぐに噂は消えていった。
なぜなら、アンジェラ元皇妃のことを悲しむ人は、もうあの侍女以外にいなかったからだ。
あの日になるまでは…
ーーーーー数年後ーーーーー
採掘できなくなったあの鉱山から大きな音が轟くように響くようになった。
近隣に住む村人達が廃れてしまった鉱山跡地を訪れると、1匹の白く大きなドラゴンが鉱山の前で泣き喚くように咆哮を上げていた。
「ひぃ!!!」
「ど、ど、どら、ドラゴンだぁぁぁ!!」
「食われる、早く、にげろ!!!!」
ドラゴンを目視した村人達は慌ててその場を後にした。そして、国へドラゴンについて報告すると討伐隊が編成され派遣されることとなった。
多くの兵士が鉱山に向かって進軍し始める。その中には帝国随一の剣の使いと謳われている騎士の姿もあった。
「隊長。ドラゴンだなんて本当にいるのでしょうか」
「そんなものは架空の生き物だ。どうせ村人達が見間違えたのだろうよ。それでも念のために精鋭部隊を編成し派遣するように指示を出された陛下は流石だな。賢王と名高いだけある。俺のような剣しか取り柄のない男にとってはありがたい事だ」
「皇太子様も聡明でお世継ぎも生まれて我が国は安泰。それもこれも現皇帝の政策が次々と成功し豊かになったからですからね。まあ、今から行く鉱山があったからというのが前提ですが」
「そうだな。病弱で公務もできなかった元皇妃様には悪いが、鉱山を取り上げずに国のために使わせ続けた事だけは評価できる」
「ですねー」
隊長と呼ばれた男性は大きな剣を背中に抱えながら馬に乗り、横を並列して馬に乗っている騎士と話をしている。
討伐隊の皆はのんびりとした顔で鉱山に向かった。
誰も彼も本当にドラゴンがいるだなんて思っていなかったからだ。
しかし、目的の鉱山に到着した彼らは信じられないものを見てしまった。
「う、うそ…だ」
『何がだ』
「ドラゴン…なんて…いな…ぐはっ」
『やれやれ、目の前で仲間を殺され、自分も虫けらのように私に押しつぶされていると言うのにまだそんな事を。こんな奴らをなぜあの子は守ったのか…』
大きな白いドラゴンは隊長と呼ばれていた男性を前足で押しつぶしながら、やれやれといった様子でため息をついた。
ドラゴンの周りには赤一色。
討伐にやってきた数百人の兵士たちの死骸が無惨にも転がっていた。
『ではもう一度聞く。あの子はどこだ』
「ぐっうう、しらねぇ…しらねぇっ…そもそも誰の…ことかっ」
ドラゴンが前足にかける力を抜いて男性に話しかけると、男性は口から血を吐き出しながら涙を流して返答をした。
その様子を眺めているドラゴンの真っ赤な瞳は氷のように冷たい。ドラゴンは男性を踏みつけている前足の鉤爪を男性の背中に食い込ませながら口を開いた。
『あの子では通じないのだな。すまぬすまぬ、長く生きていると名前というものを使う事を忘れてしまうようだ。…今の名前はアンジェラだったはずだ』
「あ…ん…じぇら?」
男性は名前を聞いても全く思い当たる節がないような顔になった。しかし、しばらく考え込むと、パカっと口を開けて呆けたような顔になった。
「まさか、役立たずの…皇妃のこと…か?」
『ん?どういう意味だ?』
ドラゴンは男性の様子を眺めながら一旦前足を男性の背中から離した。男性は重みが無くなったことで体を動かそうとするもドラゴンから与えられた攻撃によるダメージが残っているのか、うつ伏せの体を動かすことができず血溜まりの地面に這ったまま、目線だけドラゴンに向けた。
「子供が産めず、体の弱い、皇族としての責務も果たさなかった人の事だ」
『ほう?』
「でも、鉱山は死ぬまで使わせ続けた。それだけは評価できっ…ぐあああ!!」
『そうか。お前達があの子を殺したんだな』
ドラゴンは鉱山という言葉を聞いてすぐに前足を男性の背中に乗せ地面に押し込むように圧をかけ始めた。
『あの子に、私が、与えた、恩恵を、貪り尽くし、そして、殺したんだな!!!』
「ぐはっ…がっ…た…す………」
ドラゴンは泣き叫ぶように話すと、男性の体が真っ二つに裂けるまで踏み続けた。そして男が死んだ後も、原型がなくなるまで踏み潰し続けた。
『くそっくそっくそっ。こんなことなら、あの子に祝福など贈らなければよかった。ああ、すまない。アンジェラ、カトリーナ、シャルロッテ…ペネロペ…。何度生まれ変わってもなぜお前は幸せになれないのだ。なぜ…。今度こそは最後まで幸せに生きていけると思っていたのに…。だから生まれ変わってすぐにひっそりと祝福を贈ったというのに!!!』
ドラゴンは踏み潰すものがなくなったため、足を止めた。そして、懺悔をするかのように空を見上げながらポツポツと語り始めた。
ドラゴン曰く
祝福があったから王国に鉱山が無数にあった。
祝福があったからアンジェラは生まれてから病気をせず健康だった。
祝福があったからアンジェラは誰よりも美しかった。
祝福があったからアンジェラの幸せが鉱山と共鳴し続ける限り無限に採掘することができた。
そして、アンジェラが寿命である100歳になる以外で死ぬときは心が死んだとき。鉱山が廃れたのはアンジェラが幸せではなくなったから。
ドラゴンは大きな赤い瞳からポロポロと涙を流した。
『すまない。来世こそは、来世こそは、お前を幸せにしてみせる。ああ。もう何千年も繰り返しているのに、どうしてあの子は幸せになれないのか…。今回初めて私が介入したことで、きっと幸せになっているはずだと眠りについたのがいけなかったのか。子が産めなかったのは…もしかすると祝福が邪魔をして子が育たなかったのかもしれない。あの祝福は子を害があるのもだと認識した可能性がある。ああ、私が寝ていなければ子を抱かせてあげられたというのに……。ならば次はずっと側にいよう。あの子が幸せになれるように』
ドラゴンは羽を広げて空に向かって飛び上がった。
真っ白の体は血で染まっている。その体のままドラゴンはアンジェラを殺した帝国へと向かった。
この日、ユナエスタ帝国が一晩で滅んだ。
帝国に住んでいた人々が危険を察知して逃げる暇もなかった。皆が眠りについた夜中に、帝国の領土全てが跡形もなく消えてしまったからだ。
帝国があった場所は草木が生え、国があったことさえわからないほどまっさらな土地になった。
国境近くに住んでいた隣国の人々は朝起きて隣の領土が更地になっていることに驚いたという。
そして、その土地を巡って国々が争い始めたのはいうまでもない。
戦争が戦争を呼び、帝国があった土地を各国が分配し終える頃にはユナエスタ帝国という国があったことすら、忘れてしまうほど長い年月が経った。
ーーーーーーー
「貴方。この子の名前はどうする?」
「そうだなぁ…エカテリーナ。エカテリーナにしよう」
「ふふ。いいわね!エカテリーナ。私が貴方のママよ」
「ママに似て美人だなぁ。うーん、俺は果報者だ。こんなに美しい妻と娘に囲まれてるだなんて」
母親である女性は生まれて間もない娘を抱っこしながら優しく微笑んだ。父親である男性は穏やかな表情で自分の妻と子供を眺めている。
赤子は輝くような金色の髪に、透き通った空のような瞳をしている。父親と母親を見つめながら、ぱちくりと瞬きをすると可愛らしく微笑んだ。
「まぁ!笑ったわ。可愛い」
「名前が気に入ったということかな?パパだぞー。ベロベロバー!」
「きゃっきゃっ」
赤子は父親の変な顔を見て手を伸ばしながら笑いはじめた。陽だまりのような笑顔で笑う家族3人は幸せそのものであった。
その様子を眺める人物が1人。
親子が住んでいる古びた屋敷のほど近くにある大きな木に佇んでいた。
真っ白にも見える銀髪に真っ赤な瞳をしたとても綺麗な顔立ちの男性は、穏やかな笑みを浮かべている。
「次の名前はエカテリーナか。良い名だな。今度こそは私がお前を幸せにしてやろう。今度こそは…」
男性はそう呟くと、そっと目を閉じた。
そして、ビューっと勢いよく風が吹き始め木々の葉を揺らした瞬間には木のそばにいた男性の姿はなくなっていた。
「もう!勝手になんでもしないでといつも言っているでしょう!」
「しかし…お前を幸せにしたくて…」
「私の気持ち含めて全て無視してるような殿方に幸せにしていただけるとは思えませんわ!それは全て貴方の自己満足を満たしたいだけでは?」
「いいや。そんなことはない。お前のためならなんでもできる、なんでもする。お前が笑っていられるように世界からお前以外の人を消し去ってもいい」
「もう!どーして貴方はそんな物騒な考え方をするのですかっ!!はぁぁぁ、頭が痛いですわ」
「大丈夫かっ!?おい。そこのお前侍医を呼べ」
「かしこまりました」
とある王国のとある屋敷の中庭で金色の美しい髪をした女性と銀色の髪をした男性がお茶会を開いていた。女性の容姿はとても美しく、風が吹くたびにキラキラと金髪を輝かせている。そして、澄み切った空の瞳は目の前にいる銀髪の男性にあきれたような目を向けていた。
銀髪の男性は近くにいた侍従に指示を出すと、女性に真っ赤な瞳を向けて微笑んだ。
「幸せにしてやるからな」
「…はぁ。左様でございますか。ならばもう少し私の意見を聞いてくださいませ。何事も話し合いが必要ですわ」
「わかった」
「貴方と結婚するのが嫌なわけではないのです。その、貴方が嫌いなわけではない…ので。でも、やっぱり私の意思を無視して何でも推し進める考え方には賛同できないだけで…その」
女性は顔を真っ赤にしながらプイッとそっぽを向くと尻すぼみになりながら言葉を紡いだ。男性は綺麗な顔に優しい笑みを浮かべて女性を見つめている。真っ赤な瞳は女性にだけに向けられていた。
そして、男性は立ち上がると向かい側に座る女性に近寄った。女性の体を優しく腕の中に包み込むと、耳元に口を寄せて優しく囁いた。
「エカテリーナ。今度こそ幸せにしてやる」
「さ、さ、さっき話したことを守ってくださるならば…よ、よろしくお願いしますわ」
エカテリーナと呼ばれた女性は男性の背中に腕を回すと、顔を赤らめながら抱きしめ返した。
「私…子供は沢山欲しいです。あと他の人には目を向けないで。私だけを見てください」
「エカテリーナ以外の女に興味はない。私もお前との子供が欲しい」
エカテリーナはその返答を聞くと、とても幸せそうに微笑んだ。そして、抱きつきながら自分の瞳と同じ色合いをした空を眺めた。
「約束ですよ。ずっとずっと一緒にいてくださいませ」
空を見つめる彼女は優しく妖しく微笑んだ。
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