鬼神伝承

時雨鈴檎

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第五章

亡霊の在処

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からりと、戸の音が響き何者かの来店を告げる。離れた位置にある戸の音がすぐ近くでなったようだと、壬生が首をかしげる横では、誰一人動かない。戦鬼も気づいたのだろう、壬生と同じように、部屋の入り口へと視線を向けていた。
「おい、今戸の音がしたけどいいのか?」
動く気配のない鉄扇に、壬生が声を上げると、問題ないよと笑う。門桜も気にした様子はなく、ゆっくりと茶を飲む。
とっと、軽い足取りで確かに廊下を歩く音が響くと、静かに部屋の襖が引かれた。立っていたのは、柔らかそうな栗毛の短い緩いうねりを持つ髪を揺らす子供。その頭には、蔦の絡むねじれた木の枝のような角、頬には青い根が皮膚内を走るように薄く盛り上がる。黒いつやりとしたエプロンをつけ、襖を開けた手は同じ材質の手袋に覆われていた。
体に不釣り合いな大きな手を器用につかい、少し開けた襖から顔を覗かせると、いるはずのない門桜と戦鬼姿に、目をぱちぱちと瞬かせた。
部屋をぐるりと見回して、壬生が視界に映ると、眉にシワがよる。

「琉木、お前さんに客だいね。聞きたいことがあるらしい」
顔を覗かせた子供に、鉄扇が声をかけると手招く。ちらりと壬生へ視線を送り、そばに立てかけられた大太刀に目を見開いた琉木は、鉄扇の隣へ近寄りその手を取って隣に座った。
「あぁ、その話は大丈夫。奴はここに斑目を連れ帰ってきてくれたんだがね」
手を取った鉄扇が、笑みを浮かべて琉木の頭を撫でると、壬生と斑目の関係を説明する。

「琉木さん、亡霊街路に行きたいんです」
「どうしてだいね?」
鉄扇のとなりに座った琉木へ対して、門桜が本題に入れば、鉄扇が目を細めて呟く。琉木が鉄扇の言葉に合わせるように首をかしげた。
琉木は長い年月をかけて育った大木を元に発現した鬼である。その為、話すことができず、鉄扇との接触により会話を行うか筆談しかできない。こうして、鉄扇が代わりに受け答えるのだった。
「翼持ち二体と、遭遇した。セシリア・オールディアと言う人間により難は逃れたけど、興味を示された可能性がある。領域を超えた方が安全だと思う。」
門桜が山で、出会った人間の娘と神の使いと起きた出来事を端的に話す。
「オールディア……か、まさか奴らの中にもまだ、こちら側の者が残ってたとはな。そいつを狙ってたのに遭遇したと」
頷いた門桜に、鉄扇は眉を寄せ深く息を吐く。
「亡霊街路を抜ける方法はあるんがね?そのまんま行っても迷うだけだが……」
「オールディアの娘から、導のカンテラを託された。これがあるから抜けられる」
壬生から預かっていたカンテラを、机の上に置くと琉木へ視線を向ける。
「ほぉ、こりゃまた……まだ残っとたがね」
驚いたように鉄扇が呟くと、カンテラに手を伸ばす。琉木も鉄扇の手元を覗き込み、本物であることを確認するとわかったと、了解の意を示し頷いた。

カンテラを、鉄扇から受け取った琉木が、ガラスの内部を覗き込む。
「おい、あのちっこいのは何してんだ?」
壬生が、門桜に耳打つ。聞こえたのか説明に口を開いたのは、鉄扇だった。

琉木の元となった大樹は万病の薬と呼ばれる実をつける桃仙の木。そして、精霊の力を強く受け霊影人メアゴーストの住む影の世界へ繋がっていた。
精霊の住む領域と人間の住む領域の狭間をつなぐ大樹は年月を経て時折、そうして影の世界へ繋がる事がある。そういった大樹を亡霊樹と読呼んだ。
琉木は、不浄の溜まりやすい土地で、人の欲望を受け止める神木という位置にあった。
穢れと人の念の強さに、長い年月をかけて鬼へと転じた。
「カンテラの素材は亡霊樹からとれる樹石を切り出して作ってる。琉木さんも例外ではないよ。別の個体の木から採れたものでも、同じ性質だからか使えるんだ」
亡霊樹は、時折幹に美しい結晶ができる。それを採取して加工して作られたものが、カンテラだった。とても脆い結晶は、採取も難しく、なにより今はもう製法は残っていない。言葉とともに、カンテラの存在そのものがなくなっていた。かつては、ありふれた道具であった導のカンテラは、幻どころか、歴史の中からも消滅された。壬生はどうりで聞いた事がないわけだと頷く。
元が亡霊樹である琉木は、カンテラを通す事で次に亡霊街路が開く場所と日時を予測できる。自身の身を削られた記憶があったが故に、そうしたカンテラの知識を持っていた。
鉄扇は、琉木や空牙のように実際に使うものがまだいるから、知るところにあったというだけだった。

しばらくして琉木が門桜に、通行手形を求め門桜達が入ってきた位置を特定する。

「近場だと千年はかかるそうだ。それを待つより、その近くに亡霊樹があるからそっちの方がいいがね」
通行手形とカンテラを両手に持ち、しばらく首を傾げたり、困ったように眉を寄せていた琉木が、目を開くと鉄扇の手を取る。
琉木の意思を受け取った鉄扇が、箪笥から紙と炭筆を引き出して琉木に手渡した。
受け取った紙に炭筆を走らせる横で、鉄扇が代わりに伝える。
「いける範囲どこにも無い?」
門桜の言葉に、頷いた鉄扇は、書き上げられた現在地と方角、距離だけを記された、地図とは言い難い、紙を見せる。
丸を中心に、三つ印がつけられ、そのうちの一番近い一つを指す。
「一番近いのは亡霊街路だが、開くまで時間がかかるし、それだけ期間が空いてるとなると、確証もない。ここが開くのを待つとしてもその間逃げ回るなら、一緒だいね」
順番に、次はすこし離れた箇所にある印を指し、ここが亡霊樹の場所だと示す。
「んじゃここは?」
「そこは亡霊街路の発生地点だが、お前たちの足では開くまでに辿り着けないがね。遠すぎる」
門桜と戦鬼の足なら一刻も休まず走り続ければ可能かもしれないが、それでもギリギリだろうと、一番遠い位置にある一つを指差した壬生に首を振る。

「亡霊樹しかないか……」
「そんな、悩む場所なのか?亡霊街路と同じなんだろ?」
「街の中を抜けるとの、自然にできた抜け道を通るのじゃわけが違うんだよ」
亡霊街路の迷宮は、霊影人の手により作られた街中にある通りであるため整備がされている。そのためカンテラさえあれば、霊影人のよう簡単に出入りができる。
一方、亡霊樹は自然にできた、いわば国の外。整備もされていない、霊影人すら迷い込んだら出られない事もある森。それだけならともかく、其処には当然魔物も住まう。

自然に出来た通り道は、霧の中や、森、昼と夜の境目など時間と空間が曖昧になる時に霊影人の空間へ繋がる一時的なものと、一度開くと閉じるものがいなければ繋がり続ける亡霊樹の二つが存在する。
亡霊街路と違い霊影人による人為的なものでもない為予測は難しいが、ひらけばすぐにわかる。どちらも自然の通り道だが、亡霊樹は、一度ひらけば余程の事が起きなければ閉じない為、開いた気配を辿れその場所へ向かえばいい分比較的見つけやすい。
そして、入り口として定着している分、国とは外れた霊影人や、霊影獣メアビーストが利用した獣道が出来ていることもある。
当然、彼らと遭遇する確率も上がるが、何もない場所を探すのも、開く亡霊街路の一方は、開くまでの年数、一方は距離に難しく、選択肢として選ぶ余地がない。
「ここを使うしかない」と気乗りしない様子で呟けば、鉄扇も頷いた。
「実力と知識をつけたほうがいいがね……門桜はともかくそこの二人」
長く鋭い爪を順番に壬生と戦鬼に向けると、指された二人は顔を見合わせた。
「そう……だね、どちらにせよあれと関わった以上、もっと力をつけたほうがいい」
鉄扇の言葉に、私も力をつけないとと小さく呟くと、己の手を見つめた。鉄扇も渋い顔を作る。
重い雰囲気を払拭するように、大袈裟に頭をがりがりとかいた壬生が、なんとかなるだろと笑う。

「力をつけりゃ問題ねぇんだろ?俺は、もとよりそのつもりだし、願ったり叶ったりってとこだな」
あんたらは強いのか?そう壬生が鉄扇へ視線を向ける。
「鬼具を持ってるってこった、お前さん鬼狩りだろ?そうさなぁ、刀鬼カタナオニと名乗ればぴんとくるかいね?」
あっさりと言い当てた鉄扇に、バレるよなと苦笑いを浮かべた壬生は、頷き肯定する。すぐに重ねられた鉄扇の名乗りに驚いたと、息を詰まらせた。
「あ?イクサオニに並ぶ幻の鬼じゃねぇか……あんたがか?」
カタナオニとは、これまででも類を見ない特殊な鬼意思は持たず刀として人の手を渡る鬼狩りの道具とも妖刀の一種とも言われていた。
手にしたものは力に狂い、人斬りと成り果てる。たとえ、その誘惑に打ち勝ち人を切らぬとしても、使用者自身の命を吸う。
見た目はただの刀であり、他の刀とも見分けがつかず、振るい血を吸わせる事で覚醒する。
何人もの鬼狩りが、戦士がそのカタナオニによって狂い命を落とした。しかし、誰一人としてその刀をどこで手に入れたかも分からず、なにより使用者亡き後は忽然と姿を消していた。
「ありゃ、意思のねぇ鬼だってきいてたけど、つかこんなとこにいやがったのか、通りで噂も聞かなくなるわけだ……」
「残念、アタシも所詮はただの鬼だいね。アタシはアタシを人間に預けて人を斬らせ喰っていた。こうして人の姿で、力を欲する奴にアタシを託すんだがね」
昔の話だと笑うと手を掲げる。ばちばちと大きな音を立てて、赤黒い視認できる風が炎とともに手の先へと集まる。細長くまとわりつくように渦を巻き、細長く伸びていけば一本の刀となった。
黒い鞘に赤い紐の巻かれた柄、割れた黒曜石の隙間から覗く溶岩のように、刀全体にはヒビが入り所々赤黄色が顔を覗かせる。
かちりと、重さのある音を立てて鉄扇の手元に落ちる。目の前に現れた刀に壬生は、かつての自分なら受け取っていたかもしれないなと腕を組んで、顎をさすった。
それにしても随分詳しく知ってるじゃないかと笑った鉄扇に壬生は、「まぁな」と眉を寄せてため息を吐く。
かつて、空牙に出会うよりも前に欲していた武器。自分は飲まれないと、むしろ使いこなしてやるなどと調子付いていた。当時はまだ、鉄扇の話はよく聞いていたのもあり、多くの鬼狩りがその鬼の刀を己が物へする事に憧れを示し、壬生も言わずもがなその一人だった。
実物を前にして、これを使いこなすのは無理だと、己の浅はかさに当時出会わなくてよかったと心底、安堵に息を吐くと首を振った。

「アタシ単体の力はそれほどだいね。人に使われて始めて意味を為す鬼だがね」
刀の使い方くらいは教えてやれるけどな、そういくさおにへ視線を向けた後、壬生を見る。
「あんたは、その式術の精度と練度を上げた方がいいだいね。そんなんじゃアタシも倒せないよ」
目を細めて笑うと、そっちは管轄外だから門桜にでも教えてもらいなと手を振る。
「あ?こいつにか……鬼に式術を教わるって」
「実力なら、お前さんより門桜の方が上だいね。式術は鬼だって使える」
実際目にしたんじゃないのかと琉木のもつ折札を突く。
琉木の手元へ視線が行くと、納得いかないというように眉根を寄せながらも、渋々と頷いた。
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