42 / 44
第五章
壬生の大太刀
しおりを挟む
がらがらと、大きな音を立てて馬車が通り過ぎる。なんども通るからだろう、石畳みは馬車の車輪の位置でゆるく、凹んでいた。
2台の馬車が容易にすれ違える程の広い通りは、歩く者が端に避けて道を開けずとも、危なげなく走り去る。
戦鬼と門桜が久々に訪れていたのは、鬼番街。後ろには歪に布を膨らませた深々とフードを被る人物が歩いていた。
数刻前、話を終えた門桜が、取り出したのは薄い脆そうな紙。以前空牙の出した鬼番街への通行手形だった。
妙な式札に眉を寄せる壬生の横で、見覚えのある札に戦鬼が目を瞬く。
「鬼番街……?」
「そう、琉木さんに会いに行くよ」
「何処だそこ……その式札見たことねぇな」
一見で、式札であることを理解はできても使い方がピンとこない壬生は首をひねる。
門桜はそれを袖の中でに再び隠すと、今度は折り曲げられていた。
門桜の持つ式札は、折式。式札を特定の形に折り曲げ、使用する。特に、術者が別の者に術を貸す際に使用するもので、折り目を教えた相手しかそれを利用できない。そのため、紙の式札でなければ出来ず。木板などの硬いものや、折り目の維持や折り目をきちりと固める事が難しい布では使えない。今でも脆い、紙が使われているのは、この折式のためとも言えた。
薄く、すぐに使い物にならなくなりそうな、その式札は、おそらく空牙のものだろう。数年前に一度見ただけの為、はっきりとはしないがここまで脆そうな、古いタイプを使う優れた術者など、空牙くらいしか思いつかない。
見えぬように、袖の中で器用に折り曲げた門桜を訝しげに見た。
門桜は、壬生へ向けてふっと笑った後、背負う刀に視線を向けた。
「壬生も連れて行って大丈夫なのか?」
戦鬼がもつられて、壬生へ視線を向けると、門桜へ視線を戻す。
「鬼番街ってのは、どっかの場所の名前か……?」
戦鬼の言葉で、どこかへ移動する手段なんだろうということは、予想できた。
名前を聞いてもピンとこないため、壬生は首をかしげるしかない。
「前に、力の弱い鬼が、集落を形成してるって話したのを覚えてる?そこの事。人間自体は、あの街にもそこそこ居るから、連れて行くことに関しては問題ないよ」
問題があるとすれば、その背中の獲物だと指差す。
壬生背負う大太刀、それは、鬼で作られた鬼を狩るための武器。街には鬼狩りに追われて逃げてきた者も多く、それ故に壬生よりも問題だった。
「これ……か?」
首をかしげた壬生が、背負う柄を撫でる。
「その鬼を倒せる奴がいたのは驚いた。それに、その辺のならまだいいんだけど、その鬼……あの街じゃ結構有名なんだ」
はぁと大きなため息を吐いた門桜は、壬生へ頷く。
斑目、壬生の背負う鬼は鬼の間でそう呼ばれていた。空牙の影響ではあるがこの鬼は、特に人好きだった。
そして、穏やかな鬼であった。力の強さだけを見れば、自分達など歯が立たないほど、空牙が背中を預ける程だ。それに見合わず人を襲わず、弱い鬼たちを匿い、差別される人を、見捨てられた孤児を集めていた。
空牙が街を作る発端がこの鬼だったのだと、空牙の言葉を思い出す。あの街に辿り着くもののほとんどが彼の鬼の手助けだった。
「今から行く場所は、師匠かその鬼の案内がなければいけないんだ。もう今は新しく入る者もいないから、少しずつ減ってきては居るよ。師匠は手助けはしても、あの街には連れて行かないから」
特に人間は、外で育てて独り立ちできるようになったら別れるを繰り返していた。
今残る街に住むものは、今から会いに行く二鬼を除けば、全て壬生の背負われる大太刀の手引きになる。
「あー、やっぱりこいつすげぇ奴だったんだな」
背から下ろして地面に突き立てると、その大太刀を見て懐かしそうに目を細める。その姿は、倒した誇らしさからではなく、慕う者を失った悲しみを含ませていた。
「やっぱり倒したわけではないんだね。大太刀からは、なにも感じない」
門桜の言葉に「そうなのか?」と壬生と大太刀を見比べた戦鬼が、刀へ手を伸ばそうとする。先に動いたのは門桜だった。
戦鬼の前に立ち伸ばしかけた手が、大太刀に触れる寸前で門桜がその大太刀を掴むと、持ち上げ壬生の表情から思った通りと呟けば、突き返す。
「とりあえずそれは、隠して。どうしてそういう状態になってるのかは知らないけど、あそこの鬼たちのとっては君が仇に見えるかもしれないから、とっても面倒」
いびつな形に膨らむ人物は、門桜に手渡された布を頭から被った壬生だった。
「おい、これ逆に目立ってねぇか?」
門桜の後ろを歩きながら、壬生が、感じる視線にこそと、声をかける。
「気にしないで、ここはだいたいいつもこんな感じだから」
さくさくと迷わず歩いていく門桜に、気にするなと言われてもとため息を吐く。
通行人は一切見かけない、通りがかった馬車の御者が渋い顔をして目深に帽子をかぶりなおす。視線は感じるが、人が見当たらないのは、建物の中から歩く自分達を、見ているのだろう。
気にしないようにと言われれば、余計気になるもので、背中の大太刀がバレてるのではという考えが幾度と過ぎた。
以前来た時よりも、視線が多い気がすると戦鬼は首をひねる。目的の場所に着けば、先を歩く足が止まり「着いたよ」と門桜が声を上げた。
「ボロ小屋……こんなとこに住めんのか?」
壬生の第一声は、戦鬼が初めて来た時と、同じ反応を示す。穴の空いた壁に、破れた障子、屋根は雨漏りが酷そうだと、眉を寄せたくなるほど瓦は落ち、穴も開いていた。
ここに住めるのか?そう聞きたくなるような、ボロ小屋。
「中に入ればわかるよ。鉄扇さん、琉木さんに聞きたいことがあるんだ」
げんなりとした表情を浮かべた壬生を振り返って少し笑うと入り口の戸を開けて声をかける。そのまま中に入っていくと、「俺も最初は驚いた」と頷いた戦鬼がついて入っていく。仕方ないかとため息を吐いた壬生が建物の中に入れば、その広さに目を見開く。
「っはぁ?どうなってんだこりゃ……明らかに外観より広い」
小屋の大きさには収まりきらない、入り口には所狭しと、棚が並ぶ。そこには消耗品の小刀や道具、壁に飾られるのは、大小様々な武器、小壺に詰まっているのは薬の類かいくつも並んでいた。
外観と違い壁も綺麗で、破れた障子もない。店のようないでたちの部屋は、無人、門桜の声に反応する者はいない。代わりに何処からかとっと、と軽い足取りが響く。よく見れば棚の合間の奥に扉があった。
次第に足音が近づけば、かたんと小さな音を立てて、扉が開く。開いた扉から、先の黄色い赤い髪を、高い位置でくくりあげた、壮年の人物が顔を出した。
「あいよー……誰だいね。っと誰かと思うたら、門桜と戦鬼かぁ……旦那はおらんがね?」
顔の前に垂らした、赤い髪を揺らして顔を出した鉄扇は、門桜と戦鬼の姿に久しいなと目を細めると、空牙の姿を探し首をひねる。空牙の代わりに、後ろには妙な膨らみを持つ、顔の見えないが、臭いから男だろうという人間が立っていた。
眉を寄せてそちらへ視線を向けると、男がもういいかと、門桜に尋ねる。
「ここまでこれば問題ないよ、鉄扇こっちは壬生。今は師匠と離れてこの人間と行動してる」
フードをとった壬生と鉄扇の間に立った門桜が、互いを紹介する。そして、空牙の指示で、一緒にいるから問題ないと判断してここに連れてきた事を説明した。
説明を終えて、本題に入ろうとした門桜は、眉を寄せて首をかしげる。鉄扇の視線は、壬生の背へと、取り払った布から覗く背負われた大太刀に視線が止まり、そのまま凝視して固まっていた。
「鉄扇?どうかし……うわ」
「いってぇ!」
一閃の風が舞うと大きな物音が響くと、壬生の悲鳴が上がる。
「大丈夫か、門桜」
「うん。へいき」
尻餅をついた門桜の側に戦鬼が駆け寄り、壬生の方を向けば、後ろ手に押さえつけられ、地面に這いつくばる壬生とその上に乗る鉄扇がいた。
「なぁお前さん、これ、どこで手に入れたがね?」
「あ?いきなりなに……いででで!」
ぎりと強く腕を握った鉄扇は、答えろと静かに呟く。強くなる拘束に、壬生が苦痛の声を上げると、「落ち着いて」と立ち上がった門桜が、鉄扇を引き剥がした。
「壬生は敵じゃない!それに彼は倒してはいないよ」
この男の実力では斑目は倒せないと言うように、鉄扇を宥めた門桜は、解放されて腕をさする壬生を見る。
「んなこたぁ、匂いでわかる。どうして斑目がそんな姿になってんのか、聞かせろって言ってんだがね」
ふうっと息を吐くと、冷たく壬生を見下ろした。
以前食事をとった大机のある部屋に通された三人は、宴会の時とは違い、重苦しい雰囲気で机を跨ぎ鉄扇と向かい合う形で座る。琉木は裏山に行ってるため戻るまでは時間がかかるのだと言う。机の上には、件の大太刀が柔らかい布の上に横たわる。鉄扇は背もたれのある座イスに腰掛けて、肘掛にもたれながら煙管を蒸していた。
普段温厚な鉄扇のぴりっとした、肌を刺す雰囲気に、門桜も落ち着かないのか居住まいを正して座ると、ちらりと横に座る壬生を見る。
憮然とした顔で手形がくっきりと残る腕をさする壬生は、鉄扇の視線になんで話さなくちゃならねぇと態度で示す。
「そいつは、斑目はなぁ、アタシの伴侶だったんだがね」
ふぅっと大きく煙を吐いて、なら先にこっちからと鉄扇が、仕方なしと言うように呟く。壬生が、びくりと肩を震わせてばつが悪そうな顔を浮かべる横で、門桜の真っ赤な目が大きく見開く。
「はん……りょ?鉄扇さんと、斑目さんが……?」
ありえないと言うように、わなわなと口を震わせる門桜に、ふっと、柔らかい笑みを浮かべた鉄扇が大きく笑い始める。
「そんなに意外かね?壬生、と言ったか……さっきは悪かったがね。そう言う理由だから、許してくれ」
ちりちりとした先程までの肌を刺す雰囲気は、あまりにも驚く門桜ときょとんとする戦鬼の反応によって、鉄扇の気持ちが落ち着いたのか、壬生に対して頭を下げるた。
「いや、そう言う理由なら……しゃぁねぇよ。そうかあんたが、こいつの言ってた……俺の方こそすまん。こいつは俺のせいでこうなった。」
壬生が大太刀へ視線を向けると、鉄扇へ視線を戻せば、軽く身を引き、座椅子からずれると、足を正し両の拳を膝横の床へ着き、深く頭を下げる。門桜と戦鬼はその姿に、ギョッとした顔をして、壬生を凝視した。
壬生が斑目と出会ったのは、丁度シシィがあの山に住み着き、一人旅に戻った頃。
以前通り、気ままに金になる強い鬼を選んで狩っていた壬生は、偶々うまく行っていたにすぎない偶然を、若さ故に自身の力と驕り、溺れていた。
慢心は、大きな隙となる。追い込んだと思っていた鬼に対し、逆に追い込まれていた壬生はギリギリで逃げおおせ、瀕死の重傷をおった。斑目が休んでいた近くの川に流れ着き、そこで命を救われた。
目が覚めたとき、鬼が焚き火を前にこちらに無防備に背を向けて、眠る子供に囲まれて座っているのを見たときは、状況を理解するにはかなりかかった。
それから、傷が癒え体の自由が効くようになるまで、斑目に介抱されることになる。
鬼だろうと命を救われたことには変わりないが《鬼は、人を喰う》当たり前にそうであると、実際その現場を幾度となく目撃してきた壬生には、受け入れがたいものがあった。
もし、考えが世界の常識から外れたのだとするならその時だろうと、壬生は呟いた。
「しばらくは、恩もあったし、そいつを手伝ってガキどもを世話してたんだが、襲われたんだ、得体の知れねぇ……いや今ならわかる。あん時襲ってきたのは神の使いだ。奴らに襲われてその鬼……斑目にまた、命を救われた。そんときにこの大太刀の基礎になってる鬼石を託された」
柄の先についた、鈍く光る赤い石指先で触れると、深く長い息を吐いた。
「成る程、それが斑目の最期だかね?」
壬生や子供達がいなければ、退けるのは簡単だっただろう。あの鬼にとって己らが弱点となって、足を引っ張った。
頷いた壬生は、俺が弱かったからもっと強ければと呟く。シシィの事も思い出したのだろう、俺は守られてばかりだなと自嘲気味に笑みを浮かべた。
「全員守り切れたのか?」
全く困った奴だと、鉄扇がため息を吐きながら壬生を見る。「あぁ」短くそう頷いた壬生の返事に満足そうに笑うと、それならいいそう小さく呟いて、愛おしそうに鬼石を撫でた。
「その神の使いは翼はあった?」
「いや、翼があるやつを見たのは昨日のあれが初めてだ」
唐突に呟いた門桜の言葉に、壬生が答えればやっぱりと頷いた門桜は、口元に手を当てる。
「斑目さん消失が近かったんだ。拾った孤児を此処へ連れて来ないわけがない。此処にいる者達は皆、斑目さんが連れてきたんだ。敢えてそこで匿ってたって事は、斑目さんの力が弱まっててこれが使えなくなってたんだと思う、だから君たちを守ったあと、残りの力を君へ託すことを選んだんだ。」
手元に出すのは、先程此処に来るときに使用した折式。机の上に折り目もなく綺麗に伸ばされた札が置かれ、誰のせいでもないし、彼が弱かったわけでもないと首を振った。
壬生罪悪感を払拭したい訳でも、斑目の不名誉を挽回したいという気持ちからではなく、単純な事実として、門桜が呟く。
「斑目さんも師匠と違って普通の鬼だ。長年命を取らないなんて選択をしてれば、そうなる」
ここに留まっていれば、この地の要である鬼石からの力で、人を喰わずとも、魂を取り込まずとも自然と生活できる。溜め込むことでの消滅は、人間で言えば寿命である為止められないが、餓死という形での消滅は避けられる。
「消滅が近かったって……なんで選りに選って鬼狩りだった俺に」
眉を寄せて不服そうに呟いた壬生に、ふっと笑みを浮かべた鉄扇は、こつんと長い爪で鬼石を突く。
「ただ力を使い切って消滅するくらいなら、気に入ったガキの力になりたかっただけだろうがね」
壬生を見ると、連れ帰ってきてくれてありがとうそう呟いて、再びさっきは本当に悪かったなと、からりと笑った。
2台の馬車が容易にすれ違える程の広い通りは、歩く者が端に避けて道を開けずとも、危なげなく走り去る。
戦鬼と門桜が久々に訪れていたのは、鬼番街。後ろには歪に布を膨らませた深々とフードを被る人物が歩いていた。
数刻前、話を終えた門桜が、取り出したのは薄い脆そうな紙。以前空牙の出した鬼番街への通行手形だった。
妙な式札に眉を寄せる壬生の横で、見覚えのある札に戦鬼が目を瞬く。
「鬼番街……?」
「そう、琉木さんに会いに行くよ」
「何処だそこ……その式札見たことねぇな」
一見で、式札であることを理解はできても使い方がピンとこない壬生は首をひねる。
門桜はそれを袖の中でに再び隠すと、今度は折り曲げられていた。
門桜の持つ式札は、折式。式札を特定の形に折り曲げ、使用する。特に、術者が別の者に術を貸す際に使用するもので、折り目を教えた相手しかそれを利用できない。そのため、紙の式札でなければ出来ず。木板などの硬いものや、折り目の維持や折り目をきちりと固める事が難しい布では使えない。今でも脆い、紙が使われているのは、この折式のためとも言えた。
薄く、すぐに使い物にならなくなりそうな、その式札は、おそらく空牙のものだろう。数年前に一度見ただけの為、はっきりとはしないがここまで脆そうな、古いタイプを使う優れた術者など、空牙くらいしか思いつかない。
見えぬように、袖の中で器用に折り曲げた門桜を訝しげに見た。
門桜は、壬生へ向けてふっと笑った後、背負う刀に視線を向けた。
「壬生も連れて行って大丈夫なのか?」
戦鬼がもつられて、壬生へ視線を向けると、門桜へ視線を戻す。
「鬼番街ってのは、どっかの場所の名前か……?」
戦鬼の言葉で、どこかへ移動する手段なんだろうということは、予想できた。
名前を聞いてもピンとこないため、壬生は首をかしげるしかない。
「前に、力の弱い鬼が、集落を形成してるって話したのを覚えてる?そこの事。人間自体は、あの街にもそこそこ居るから、連れて行くことに関しては問題ないよ」
問題があるとすれば、その背中の獲物だと指差す。
壬生背負う大太刀、それは、鬼で作られた鬼を狩るための武器。街には鬼狩りに追われて逃げてきた者も多く、それ故に壬生よりも問題だった。
「これ……か?」
首をかしげた壬生が、背負う柄を撫でる。
「その鬼を倒せる奴がいたのは驚いた。それに、その辺のならまだいいんだけど、その鬼……あの街じゃ結構有名なんだ」
はぁと大きなため息を吐いた門桜は、壬生へ頷く。
斑目、壬生の背負う鬼は鬼の間でそう呼ばれていた。空牙の影響ではあるがこの鬼は、特に人好きだった。
そして、穏やかな鬼であった。力の強さだけを見れば、自分達など歯が立たないほど、空牙が背中を預ける程だ。それに見合わず人を襲わず、弱い鬼たちを匿い、差別される人を、見捨てられた孤児を集めていた。
空牙が街を作る発端がこの鬼だったのだと、空牙の言葉を思い出す。あの街に辿り着くもののほとんどが彼の鬼の手助けだった。
「今から行く場所は、師匠かその鬼の案内がなければいけないんだ。もう今は新しく入る者もいないから、少しずつ減ってきては居るよ。師匠は手助けはしても、あの街には連れて行かないから」
特に人間は、外で育てて独り立ちできるようになったら別れるを繰り返していた。
今残る街に住むものは、今から会いに行く二鬼を除けば、全て壬生の背負われる大太刀の手引きになる。
「あー、やっぱりこいつすげぇ奴だったんだな」
背から下ろして地面に突き立てると、その大太刀を見て懐かしそうに目を細める。その姿は、倒した誇らしさからではなく、慕う者を失った悲しみを含ませていた。
「やっぱり倒したわけではないんだね。大太刀からは、なにも感じない」
門桜の言葉に「そうなのか?」と壬生と大太刀を見比べた戦鬼が、刀へ手を伸ばそうとする。先に動いたのは門桜だった。
戦鬼の前に立ち伸ばしかけた手が、大太刀に触れる寸前で門桜がその大太刀を掴むと、持ち上げ壬生の表情から思った通りと呟けば、突き返す。
「とりあえずそれは、隠して。どうしてそういう状態になってるのかは知らないけど、あそこの鬼たちのとっては君が仇に見えるかもしれないから、とっても面倒」
いびつな形に膨らむ人物は、門桜に手渡された布を頭から被った壬生だった。
「おい、これ逆に目立ってねぇか?」
門桜の後ろを歩きながら、壬生が、感じる視線にこそと、声をかける。
「気にしないで、ここはだいたいいつもこんな感じだから」
さくさくと迷わず歩いていく門桜に、気にするなと言われてもとため息を吐く。
通行人は一切見かけない、通りがかった馬車の御者が渋い顔をして目深に帽子をかぶりなおす。視線は感じるが、人が見当たらないのは、建物の中から歩く自分達を、見ているのだろう。
気にしないようにと言われれば、余計気になるもので、背中の大太刀がバレてるのではという考えが幾度と過ぎた。
以前来た時よりも、視線が多い気がすると戦鬼は首をひねる。目的の場所に着けば、先を歩く足が止まり「着いたよ」と門桜が声を上げた。
「ボロ小屋……こんなとこに住めんのか?」
壬生の第一声は、戦鬼が初めて来た時と、同じ反応を示す。穴の空いた壁に、破れた障子、屋根は雨漏りが酷そうだと、眉を寄せたくなるほど瓦は落ち、穴も開いていた。
ここに住めるのか?そう聞きたくなるような、ボロ小屋。
「中に入ればわかるよ。鉄扇さん、琉木さんに聞きたいことがあるんだ」
げんなりとした表情を浮かべた壬生を振り返って少し笑うと入り口の戸を開けて声をかける。そのまま中に入っていくと、「俺も最初は驚いた」と頷いた戦鬼がついて入っていく。仕方ないかとため息を吐いた壬生が建物の中に入れば、その広さに目を見開く。
「っはぁ?どうなってんだこりゃ……明らかに外観より広い」
小屋の大きさには収まりきらない、入り口には所狭しと、棚が並ぶ。そこには消耗品の小刀や道具、壁に飾られるのは、大小様々な武器、小壺に詰まっているのは薬の類かいくつも並んでいた。
外観と違い壁も綺麗で、破れた障子もない。店のようないでたちの部屋は、無人、門桜の声に反応する者はいない。代わりに何処からかとっと、と軽い足取りが響く。よく見れば棚の合間の奥に扉があった。
次第に足音が近づけば、かたんと小さな音を立てて、扉が開く。開いた扉から、先の黄色い赤い髪を、高い位置でくくりあげた、壮年の人物が顔を出した。
「あいよー……誰だいね。っと誰かと思うたら、門桜と戦鬼かぁ……旦那はおらんがね?」
顔の前に垂らした、赤い髪を揺らして顔を出した鉄扇は、門桜と戦鬼の姿に久しいなと目を細めると、空牙の姿を探し首をひねる。空牙の代わりに、後ろには妙な膨らみを持つ、顔の見えないが、臭いから男だろうという人間が立っていた。
眉を寄せてそちらへ視線を向けると、男がもういいかと、門桜に尋ねる。
「ここまでこれば問題ないよ、鉄扇こっちは壬生。今は師匠と離れてこの人間と行動してる」
フードをとった壬生と鉄扇の間に立った門桜が、互いを紹介する。そして、空牙の指示で、一緒にいるから問題ないと判断してここに連れてきた事を説明した。
説明を終えて、本題に入ろうとした門桜は、眉を寄せて首をかしげる。鉄扇の視線は、壬生の背へと、取り払った布から覗く背負われた大太刀に視線が止まり、そのまま凝視して固まっていた。
「鉄扇?どうかし……うわ」
「いってぇ!」
一閃の風が舞うと大きな物音が響くと、壬生の悲鳴が上がる。
「大丈夫か、門桜」
「うん。へいき」
尻餅をついた門桜の側に戦鬼が駆け寄り、壬生の方を向けば、後ろ手に押さえつけられ、地面に這いつくばる壬生とその上に乗る鉄扇がいた。
「なぁお前さん、これ、どこで手に入れたがね?」
「あ?いきなりなに……いででで!」
ぎりと強く腕を握った鉄扇は、答えろと静かに呟く。強くなる拘束に、壬生が苦痛の声を上げると、「落ち着いて」と立ち上がった門桜が、鉄扇を引き剥がした。
「壬生は敵じゃない!それに彼は倒してはいないよ」
この男の実力では斑目は倒せないと言うように、鉄扇を宥めた門桜は、解放されて腕をさする壬生を見る。
「んなこたぁ、匂いでわかる。どうして斑目がそんな姿になってんのか、聞かせろって言ってんだがね」
ふうっと息を吐くと、冷たく壬生を見下ろした。
以前食事をとった大机のある部屋に通された三人は、宴会の時とは違い、重苦しい雰囲気で机を跨ぎ鉄扇と向かい合う形で座る。琉木は裏山に行ってるため戻るまでは時間がかかるのだと言う。机の上には、件の大太刀が柔らかい布の上に横たわる。鉄扇は背もたれのある座イスに腰掛けて、肘掛にもたれながら煙管を蒸していた。
普段温厚な鉄扇のぴりっとした、肌を刺す雰囲気に、門桜も落ち着かないのか居住まいを正して座ると、ちらりと横に座る壬生を見る。
憮然とした顔で手形がくっきりと残る腕をさする壬生は、鉄扇の視線になんで話さなくちゃならねぇと態度で示す。
「そいつは、斑目はなぁ、アタシの伴侶だったんだがね」
ふぅっと大きく煙を吐いて、なら先にこっちからと鉄扇が、仕方なしと言うように呟く。壬生が、びくりと肩を震わせてばつが悪そうな顔を浮かべる横で、門桜の真っ赤な目が大きく見開く。
「はん……りょ?鉄扇さんと、斑目さんが……?」
ありえないと言うように、わなわなと口を震わせる門桜に、ふっと、柔らかい笑みを浮かべた鉄扇が大きく笑い始める。
「そんなに意外かね?壬生、と言ったか……さっきは悪かったがね。そう言う理由だから、許してくれ」
ちりちりとした先程までの肌を刺す雰囲気は、あまりにも驚く門桜ときょとんとする戦鬼の反応によって、鉄扇の気持ちが落ち着いたのか、壬生に対して頭を下げるた。
「いや、そう言う理由なら……しゃぁねぇよ。そうかあんたが、こいつの言ってた……俺の方こそすまん。こいつは俺のせいでこうなった。」
壬生が大太刀へ視線を向けると、鉄扇へ視線を戻せば、軽く身を引き、座椅子からずれると、足を正し両の拳を膝横の床へ着き、深く頭を下げる。門桜と戦鬼はその姿に、ギョッとした顔をして、壬生を凝視した。
壬生が斑目と出会ったのは、丁度シシィがあの山に住み着き、一人旅に戻った頃。
以前通り、気ままに金になる強い鬼を選んで狩っていた壬生は、偶々うまく行っていたにすぎない偶然を、若さ故に自身の力と驕り、溺れていた。
慢心は、大きな隙となる。追い込んだと思っていた鬼に対し、逆に追い込まれていた壬生はギリギリで逃げおおせ、瀕死の重傷をおった。斑目が休んでいた近くの川に流れ着き、そこで命を救われた。
目が覚めたとき、鬼が焚き火を前にこちらに無防備に背を向けて、眠る子供に囲まれて座っているのを見たときは、状況を理解するにはかなりかかった。
それから、傷が癒え体の自由が効くようになるまで、斑目に介抱されることになる。
鬼だろうと命を救われたことには変わりないが《鬼は、人を喰う》当たり前にそうであると、実際その現場を幾度となく目撃してきた壬生には、受け入れがたいものがあった。
もし、考えが世界の常識から外れたのだとするならその時だろうと、壬生は呟いた。
「しばらくは、恩もあったし、そいつを手伝ってガキどもを世話してたんだが、襲われたんだ、得体の知れねぇ……いや今ならわかる。あん時襲ってきたのは神の使いだ。奴らに襲われてその鬼……斑目にまた、命を救われた。そんときにこの大太刀の基礎になってる鬼石を託された」
柄の先についた、鈍く光る赤い石指先で触れると、深く長い息を吐いた。
「成る程、それが斑目の最期だかね?」
壬生や子供達がいなければ、退けるのは簡単だっただろう。あの鬼にとって己らが弱点となって、足を引っ張った。
頷いた壬生は、俺が弱かったからもっと強ければと呟く。シシィの事も思い出したのだろう、俺は守られてばかりだなと自嘲気味に笑みを浮かべた。
「全員守り切れたのか?」
全く困った奴だと、鉄扇がため息を吐きながら壬生を見る。「あぁ」短くそう頷いた壬生の返事に満足そうに笑うと、それならいいそう小さく呟いて、愛おしそうに鬼石を撫でた。
「その神の使いは翼はあった?」
「いや、翼があるやつを見たのは昨日のあれが初めてだ」
唐突に呟いた門桜の言葉に、壬生が答えればやっぱりと頷いた門桜は、口元に手を当てる。
「斑目さん消失が近かったんだ。拾った孤児を此処へ連れて来ないわけがない。此処にいる者達は皆、斑目さんが連れてきたんだ。敢えてそこで匿ってたって事は、斑目さんの力が弱まっててこれが使えなくなってたんだと思う、だから君たちを守ったあと、残りの力を君へ託すことを選んだんだ。」
手元に出すのは、先程此処に来るときに使用した折式。机の上に折り目もなく綺麗に伸ばされた札が置かれ、誰のせいでもないし、彼が弱かったわけでもないと首を振った。
壬生罪悪感を払拭したい訳でも、斑目の不名誉を挽回したいという気持ちからではなく、単純な事実として、門桜が呟く。
「斑目さんも師匠と違って普通の鬼だ。長年命を取らないなんて選択をしてれば、そうなる」
ここに留まっていれば、この地の要である鬼石からの力で、人を喰わずとも、魂を取り込まずとも自然と生活できる。溜め込むことでの消滅は、人間で言えば寿命である為止められないが、餓死という形での消滅は避けられる。
「消滅が近かったって……なんで選りに選って鬼狩りだった俺に」
眉を寄せて不服そうに呟いた壬生に、ふっと笑みを浮かべた鉄扇は、こつんと長い爪で鬼石を突く。
「ただ力を使い切って消滅するくらいなら、気に入ったガキの力になりたかっただけだろうがね」
壬生を見ると、連れ帰ってきてくれてありがとうそう呟いて、再びさっきは本当に悪かったなと、からりと笑った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる