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第五章
神欲
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掴んでいた刀を持ち直すシシィに、早く教えろと、腕を組む壬生をゆっくりと見つめる。シシィの視線に、訝しげに眉を寄せてから、落ち着かないのか、頬をかきなんだと首をひねる。壬生の様子に、くすと笑みを浮かべた。
「最初に聞いたのは、この世界の、神の望んだ、操作された歴史ではにゃく、その世界が歩んだ、そのものの歴史を探すものかを確認する言葉にゃ」
次に、門桜が返してきた言葉は、運命の糸を持つものかの確認。
門桜の言葉は、神から離れていない者は決して口に出せない。神への裏切りを意味する言葉は、どんな事があろうと許されない。だからこそ、その穴をついた、確認方法である。本来なら門桜の問いに、シシィは答えることはできない。意味ではなく言葉を受け継いでいただけならば。
「最後の返しは、糸を断ち切っている事を宣言したにゃ」
「宣言……そこまでがやりとりなのか?」
「いんにゃ、門桜の言葉まで。最後の言葉は、この合言葉の意味を調べたからこそ、返せただけにゃ」
首を振る。意味まで知ろうとする者は、居なかった。ただ当主は祖先の意思を継げばいい。寧ろ意味を知る事は必要ない、知るべきではないとされていた、神を欺くために。
「神の支配から抜けても、一族の決定されたしきたりに従うだけにゃ……そんなのつまらんにゃ?」
だから、意味を探した。
だから、理解しようとした。
だから、当主争いから逃げ出した。
「神を欺きにゃがら、神に牙を向けるにゃんて無理にゃ」
一族は神には従った、従いながら欺き続けた、牙持つものが現れるのを期待して。
「神の意志に従うってんなら、しらねぇ奴らは、その神の使者?とか言うやつと戦えないんじゃないか?カミサマってのは俺たちの意識を好き勝手にするんだろ?」
変じゃないかと壬生が首をひねる。門桜も、眉を寄せながら壬生の言葉に頷く。
「にゃは、完全にってわけでもないにゃ、沢山の人形を一度に操り切れるわけにゃいからにゃ」
基盤とした意識を植え付ける。神ができるのはそこまで、あとは周りの環境、せいぜい運命を与えて、その人形に選択させるだけ。望む選択を選ばざる得ないように、整える。人形の行動は、感情のままに、だから望む動きをするように、意識や感情を操作する。繋がる糸はその体までは操れない。
「守り手の子供らは、生まれてすぐに一族の教えを叩き込まれる。意識ではなく、身体ににゃ」
ただ、ただ守れと、そこに理由はなく、一族の当主をあらゆる危険から守れと、守り手は守るために生まれたのだとそう刷り込む。
「思い込ませて済む話なのか……」
「むろん、それ故に反発もあるがにゃ。それでも徹底するしかにゃかった。これしか、神の好き勝手に変えられる歴史を、本当の時間を繋ぐ手段がにゃい」
「そもそも、なんたって歴史を弄るんだ?」
言葉を統一させた事も、歴史を弄る事も、それが何に繋がるのか、壬生は眉を寄せた。
「何が目的にゃのかはわからにゃい。ただ言語の統一は、その目的の副産物にゃと思う」
ゆっくりと首を振ったシシィは、門桜へと目を向ける。知っているのではないか?そう視線が尋ねる。
「私も、そこまでは知らない。そもそも、オールディアが師匠の子孫なのも初耳だし……この言葉の役割も初めて知った」
糸が切れるきっかけも知ってる事と違ったと、つぶやく門桜は、シシィ何故ここまで詳しいのか、怪しむと警戒の色を強くした。
『ねぇ、君は本当の事知りたくはない?どうして、君のお兄さんがあんなに変わってしまったのか』
書庫で一人、背に山のように本を積み、一心不乱に読んでいた桃紫色の髪を垂らす少女に、真っ白な少女が声をかける。彼女は返事もせずに本にかじりつく姿に微笑み、そっと本を掴む手に触れるように、髪と同じくらい、真っ白な手を重ねる。驚いたように顔を上げた少女は、目だけが真っ赤染まる少女と目が合う。この世のものではない、と言っている気がした。
「ある少女が言っていた。世界を守るはずの神はすでに狂ったと、だから今この世界がこんにゃだと」
「少女……?」
シシィの言葉に門桜が首を傾げてから、さらに眉を寄せる。
「真っ白にゃ少女、目だけが爛々と赤く、あれが神の使いだと言われたにゃら納得にゃ」
「神の使いに似た少女……まさか」
思い当たる節があるのか、口元に手を当てて、考え込むように黙り込む門桜に、今度は壬生が首をひねる。
「お前らの中で完結すんな?俺らが置いてけぼりだ」
がしっと門桜の頭を掴んで撫でると、話についていけず、きょとっと首をひねる戦鬼を指差した。
「ちょっと……はぁ。もしかして、彼女は《名無しの白》じゃない?」
「あぁ、そう名乗ってたにゃ」
なんだ知り合いだったのかと、シシィが驚いた顔をすると、門桜はあったことはないけどと首を振る。空牙の師だと、この世界の事を神の事を詳しくする人物なのだと、壬生の手を払いながら説明した。
「そいつ何もんだ?」
「神の使い……だったが正しいかな。自称天使様」
「はぁ?神の使い?あの旦那の師って……」
ますますわからんと、眉を寄せる壬生にシシィは、彼女自身のことはよく知らないと目を細めて刀を撫でる。
「私も詳しくは知らない、会ったこともない……師匠が言うには、何かを止めようとしてる。そのために師匠に接触して、師匠もその手伝いをしてるらしい」
他にも理由はありそうだけど、そこまで話してもらえてないと首を振る。神の使いでありながら、鬼である空牙となにか、企てている。
「この言葉の意味も彼女からにゃ、そして何故一族がこの教えを継いで来たのか、何故わざわざ神に逆らうのかもにゃ」
神の使いは、完全な操り人形。神の意志に従い、神の望みのままに動き、魂を集め、私欲なく世界の安定を維持する者として。
しかし、いつしか世界の維持のために使われてきた力は、主人である神の為に振るわれるようになる。神の使いは、神の私欲のために存在するようになった。
神は力を使い己達が望む世界へと、造り変えようとしている。否、作り変えた。それ故に搾取されすぎた世界は、最早崩壊寸前。
オールディアの名の者達は、鬼の血を引くという異例により、神の意志に強い影響を受けにくいからか、その改変に耐えた。だからこそ、この世界の均衡を保ち、世界が回るギリギリの状態を、人間側から彼女の助けと知恵を借りて、維持する機関だった。
「世界とか、維持とか……意味がわからん」
「そりゃにゃぁ、わっちだって聞いたときは理解できんかったにゃ」
苦笑い浮かべて、肩をすくめたシシィは門桜を見る。
「おまんは、どこまで知ってるんにゃ?」
今の話は?と首をひねると、門桜が考え込むように、言っていいのか悩むように口元に手を当てた。
「門桜も、師匠も、旅の理由ってこの事が本当は関係してるのか?」
ずっと黙っていた戦鬼が口を開く。最初に聞いたときは、世界を見るためって言ってたようなと思いだす。そして、空牙が早々に別行動を始めた理由は、この話と関係あるのではないだろうかと、門桜を見る。
「戦鬼に話したことも嘘じゃないけど、師匠が抜けた理由は、その通りだよ」
こくりと頷く。気にするように、壬生をちらりと見ると小さく溜息を吐いた。
「神と神の使いについては、概ね今の話の内容として知ってる。オールディアについては初めて。後私が知ってる情報として、昨日言っていた鬼を作ったのは神の下に、何かを目指して作ってるって事。多分それも神の私欲に関係してると思う。師匠と少女が、なにを目的として動いているかまでは知らない」
門桜の言葉にそろそろ慣れてきたと、驚く気もなくなった壬生が「そこも神が関係してんのかよ……」と頭をかきながら、小さくぼやいた。
「最初に聞いたのは、この世界の、神の望んだ、操作された歴史ではにゃく、その世界が歩んだ、そのものの歴史を探すものかを確認する言葉にゃ」
次に、門桜が返してきた言葉は、運命の糸を持つものかの確認。
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「最後の返しは、糸を断ち切っている事を宣言したにゃ」
「宣言……そこまでがやりとりなのか?」
「いんにゃ、門桜の言葉まで。最後の言葉は、この合言葉の意味を調べたからこそ、返せただけにゃ」
首を振る。意味まで知ろうとする者は、居なかった。ただ当主は祖先の意思を継げばいい。寧ろ意味を知る事は必要ない、知るべきではないとされていた、神を欺くために。
「神の支配から抜けても、一族の決定されたしきたりに従うだけにゃ……そんなのつまらんにゃ?」
だから、意味を探した。
だから、理解しようとした。
だから、当主争いから逃げ出した。
「神を欺きにゃがら、神に牙を向けるにゃんて無理にゃ」
一族は神には従った、従いながら欺き続けた、牙持つものが現れるのを期待して。
「神の意志に従うってんなら、しらねぇ奴らは、その神の使者?とか言うやつと戦えないんじゃないか?カミサマってのは俺たちの意識を好き勝手にするんだろ?」
変じゃないかと壬生が首をひねる。門桜も、眉を寄せながら壬生の言葉に頷く。
「にゃは、完全にってわけでもないにゃ、沢山の人形を一度に操り切れるわけにゃいからにゃ」
基盤とした意識を植え付ける。神ができるのはそこまで、あとは周りの環境、せいぜい運命を与えて、その人形に選択させるだけ。望む選択を選ばざる得ないように、整える。人形の行動は、感情のままに、だから望む動きをするように、意識や感情を操作する。繋がる糸はその体までは操れない。
「守り手の子供らは、生まれてすぐに一族の教えを叩き込まれる。意識ではなく、身体ににゃ」
ただ、ただ守れと、そこに理由はなく、一族の当主をあらゆる危険から守れと、守り手は守るために生まれたのだとそう刷り込む。
「思い込ませて済む話なのか……」
「むろん、それ故に反発もあるがにゃ。それでも徹底するしかにゃかった。これしか、神の好き勝手に変えられる歴史を、本当の時間を繋ぐ手段がにゃい」
「そもそも、なんたって歴史を弄るんだ?」
言葉を統一させた事も、歴史を弄る事も、それが何に繋がるのか、壬生は眉を寄せた。
「何が目的にゃのかはわからにゃい。ただ言語の統一は、その目的の副産物にゃと思う」
ゆっくりと首を振ったシシィは、門桜へと目を向ける。知っているのではないか?そう視線が尋ねる。
「私も、そこまでは知らない。そもそも、オールディアが師匠の子孫なのも初耳だし……この言葉の役割も初めて知った」
糸が切れるきっかけも知ってる事と違ったと、つぶやく門桜は、シシィ何故ここまで詳しいのか、怪しむと警戒の色を強くした。
『ねぇ、君は本当の事知りたくはない?どうして、君のお兄さんがあんなに変わってしまったのか』
書庫で一人、背に山のように本を積み、一心不乱に読んでいた桃紫色の髪を垂らす少女に、真っ白な少女が声をかける。彼女は返事もせずに本にかじりつく姿に微笑み、そっと本を掴む手に触れるように、髪と同じくらい、真っ白な手を重ねる。驚いたように顔を上げた少女は、目だけが真っ赤染まる少女と目が合う。この世のものではない、と言っている気がした。
「ある少女が言っていた。世界を守るはずの神はすでに狂ったと、だから今この世界がこんにゃだと」
「少女……?」
シシィの言葉に門桜が首を傾げてから、さらに眉を寄せる。
「真っ白にゃ少女、目だけが爛々と赤く、あれが神の使いだと言われたにゃら納得にゃ」
「神の使いに似た少女……まさか」
思い当たる節があるのか、口元に手を当てて、考え込むように黙り込む門桜に、今度は壬生が首をひねる。
「お前らの中で完結すんな?俺らが置いてけぼりだ」
がしっと門桜の頭を掴んで撫でると、話についていけず、きょとっと首をひねる戦鬼を指差した。
「ちょっと……はぁ。もしかして、彼女は《名無しの白》じゃない?」
「あぁ、そう名乗ってたにゃ」
なんだ知り合いだったのかと、シシィが驚いた顔をすると、門桜はあったことはないけどと首を振る。空牙の師だと、この世界の事を神の事を詳しくする人物なのだと、壬生の手を払いながら説明した。
「そいつ何もんだ?」
「神の使い……だったが正しいかな。自称天使様」
「はぁ?神の使い?あの旦那の師って……」
ますますわからんと、眉を寄せる壬生にシシィは、彼女自身のことはよく知らないと目を細めて刀を撫でる。
「私も詳しくは知らない、会ったこともない……師匠が言うには、何かを止めようとしてる。そのために師匠に接触して、師匠もその手伝いをしてるらしい」
他にも理由はありそうだけど、そこまで話してもらえてないと首を振る。神の使いでありながら、鬼である空牙となにか、企てている。
「この言葉の意味も彼女からにゃ、そして何故一族がこの教えを継いで来たのか、何故わざわざ神に逆らうのかもにゃ」
神の使いは、完全な操り人形。神の意志に従い、神の望みのままに動き、魂を集め、私欲なく世界の安定を維持する者として。
しかし、いつしか世界の維持のために使われてきた力は、主人である神の為に振るわれるようになる。神の使いは、神の私欲のために存在するようになった。
神は力を使い己達が望む世界へと、造り変えようとしている。否、作り変えた。それ故に搾取されすぎた世界は、最早崩壊寸前。
オールディアの名の者達は、鬼の血を引くという異例により、神の意志に強い影響を受けにくいからか、その改変に耐えた。だからこそ、この世界の均衡を保ち、世界が回るギリギリの状態を、人間側から彼女の助けと知恵を借りて、維持する機関だった。
「世界とか、維持とか……意味がわからん」
「そりゃにゃぁ、わっちだって聞いたときは理解できんかったにゃ」
苦笑い浮かべて、肩をすくめたシシィは門桜を見る。
「おまんは、どこまで知ってるんにゃ?」
今の話は?と首をひねると、門桜が考え込むように、言っていいのか悩むように口元に手を当てた。
「門桜も、師匠も、旅の理由ってこの事が本当は関係してるのか?」
ずっと黙っていた戦鬼が口を開く。最初に聞いたときは、世界を見るためって言ってたようなと思いだす。そして、空牙が早々に別行動を始めた理由は、この話と関係あるのではないだろうかと、門桜を見る。
「戦鬼に話したことも嘘じゃないけど、師匠が抜けた理由は、その通りだよ」
こくりと頷く。気にするように、壬生をちらりと見ると小さく溜息を吐いた。
「神と神の使いについては、概ね今の話の内容として知ってる。オールディアについては初めて。後私が知ってる情報として、昨日言っていた鬼を作ったのは神の下に、何かを目指して作ってるって事。多分それも神の私欲に関係してると思う。師匠と少女が、なにを目的として動いているかまでは知らない」
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