鬼神伝承

時雨鈴檎

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第四章

廻廊樹海

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屋根が木々に隠れて見える少しひらけた場所で、壬生は途方にくれたように項垂れる。
「どうなってやがんだ……かれこれ三日はたったぞ……なんだってたどり着けない」
「それは、私が聞きたいんだけど?」
「あと少しじゃなかったな」
門桜は腰に手を当てて、項垂れる壬生を冷めた目で見おろすと深くため息を吐く。戦鬼は壬生の背中を撫でて慰めた。

あと少しと歩き出してから、今日で三度目の月が登る。明日にはここに留められて4日目となる。

1日目はそれまで通り、登り続け一向に着かない事に違和感を覚えた壬生が、おかしいと首をひねりながら進み続け結局日が沈む頃、今いるこの場所に戻ってきた。

2日目は別の道を試すと、一度壬生1人で確認に向かい、そしてなぜか待機していた2人の元にどこを通っても戻ってきた。

3日目は上空より様子を見ると、戦鬼が放り上げた門桜が目に見えない壁にはばまれ、何度試しても割れることはなかった、同時に下からは壬生が紐を木の枝に巻きながら歩くも途中から、また同じ道にはいり、戻るとあっさり戦鬼の待機する場所へとついた。

「結界の類なのはわかるんだけど……いつもはどうやってあそこにいってるの?」
「どうって……普通に登ってけばたどり着いてた」
結界を張ってるなんて聞いたこともなかったと首を振り、眉を寄せる。
「前に来たのは?」
「14.5年前だな……いつもなら150年とかそれくらいの周期でここに戻って来るから……実際とんぼ返りしてるようなもんだな」
少し考えるように呟いて、いつもは帰って来る頃に外してくれてたのかもしれないと、壬生は呟く。

「こんな大規模で強いものをそうなんどもつけ外しなんてできない……多分それはないと思う……」
「なら、何か別にあるって事か?」
戦鬼の質問に、門桜は多分と頷く。

「いつも来る時と違う点は?」
「そりゃ、コヨーテルの集団だな……」
1人で入ってもたどり着けない時点で、門桜と戦鬼が原因ではないだろうと、2人を連れてる変化については触れなかった。
門桜もそれに関しては同意見なのか、何も言わずに頷く。

「もし、私ならここにいない種が来たら他の種を保護するために、結界を張って在来種は結界の内側に、それ以外は入れないようにする」
ふと思いついた事を呟くと、壬生はふとコヨーテルを捌いた時に取り出した魔獣石を取り出す。

魔獣石は魔獣達の力の源、鬼石と並び燃料や素材として重宝される。魔獣石は倒した魔獣から必ず取り出し持ち帰る、野生動物が誤って魔獣石を取り込めば、魔獣として変質してしまうからだ。同じものになればいいが、時折それが全く別の新種になりうることもある。

「もし、お前の言う通りの結界なら、俺がいなくなってから張ってるだろうな、これが原因で通れないってのはあり得るか?」
「魔獣石に反応して……はあり得るかもしれない……ただ、それなら上から私が入れなかった理由がわからない……」
空を飛ぶ野生動物や魔獣も少なくないはずだ、なら空からも入れるはず。
しかし、空から試した門桜は見事に弾かれた。
「だめだね、全然わからない……もしかしたら結界自体一つでない可能性もあるね」
お手上げというように首を振った。

がさ、草木が不自然に揺れる音がする。
それは解決策も進まず、一度夕食を挟もうと話し支度をしていた時だった。

三人が音のした方へ素早く反応すると、そちらへ視線を向けて警戒の色を濃くする。

「誰かと思えば、壬生にゃぁ」
がさがさと草むらから顔を出したのは桃紫色の髪と頭から生える同色耳と二股に分かれた尾が特徴的な、白衣の人物だった。
その見た目から男か女か判断つかないが、門桜と戦鬼は、ほのかな甘い香りに女だと判断する。
「シシィ!」
シシィと呼ばれた猫又の女は手をひらつかせて、壬生の方に近寄る。
「驚いた……まだ10年……?15年?くらいしか経ってないじゃぁにゃいか」
まだ来るのは先の話だったろう?と首をかしげるシシィに、壬生はお前に客だと顎で門桜と戦鬼を示す。

「お客?」
シシィが顔を上げて壬生示した方へ目を向けると、ぽかんとこちらを見る門桜と戦鬼と目が合う。しばらく首をひねっていたシシィは、ハッとしたように口元を抑えてから「壬生もついに子供を……」と呟き、目元を拭う仕草をする。

「ばぁか言え、似てねぇだろうが……ってそもそも、前来たときつれてない時点で違うに決まってんだろ。どう見たって片方育ちすぎだろうが……」
「えっ隠し子……」
じとっと見下ろした壬生が、目を細める。
「いだだだだ!冗談!冗談にゃぁ!」
耳を左右に引っ張られたシシィの絶叫が響く。一部始終を見ていた2人はきょとんと顔を合わせた。

「こいつは門桜、こっちは戦鬼……2人とも預かりもんだ、俺に声かけた酒場覚えてんだろ?あん時の白髪の兄ちゃんからな」
鬼であることは伏せつつ、2人を紹介すると、かつてあった大国の情報が知りたい旨を伝える。
門桜と戦鬼には、以前空牙と初めてあった酒場で声をかけられてから長らく一緒に行動していたシシィだと説明する。
「なるほど、それでわっちのところに来たのにゃ。壬生がいたにゃしろ、よくここまで登ってこれたにゃ」
会釈する2人にウンウンと頷き、ご苦労様と笑う。

シシィは何度も侵入を試みる不穏な反応があったから様子を見に来てみれば、そこに立ち往生する壬生を見つけたのだという。

門桜の予想した通り、張ってあった結界はコヨーテルから在来種を守るものなのだという。
門桜が弾かれたのは、単純に元々この地に貼ってある人避けの呪いが反応したのだという。シシィの毛の編み込まれた組紐を持つ者以外は入れない。
壬生は手に巻いている組紐をみて、そんな意味があったのかと驚いていた。

「入れにゃかったのは壬生か、コヨーテルとやりあったにゃ?よく無事で居るにゃぁ」
「あぁ、そうだ!コヨーテル……ありゃどうやってここに入り込んだ。おかげでこっちは疲れてんだよ」
シシィの言葉に、壬生が眉を寄せて声をる。
笑うシシィが、ここに住み着いたコヨーテルについて、話し始めた。

コヨーテルは、壬生たちの想像とは少し違った。毛皮目的の飼育が逃げ出したのではなく、近場の国、富裕層の間でコヨーテルのペット化が流行ったのだった。当然、小型とはいえ肉食の魔獣、成体が飼い主を襲う事件が起き、今度はこぞって危険だと処分が始まった。
「その内、処分なんてかわいそうだにゃんて
のたまう連中が現れてにゃ。でここに逃がされた奴らがあぁにゃった」
「そんな短期間で三頭首まで育つ奴がいるか?……まぁなんとか倒せたが」
壬生の言葉にシシィの目が驚いたように見開く。
「ここはそう言う場所だからにゃぁ…しかし、三人でかにゃ?冗談きついにゃぁ…あの三頭首はいつも四匹二頭首連れとるはずにゃ」
「だぁから、そいつ等まとめてやってきたんだよ」
はぁと懐から紙と葉を取り出すとくるりと、手のひらで巻いて火をつける。証拠だと言うように懐から、さばいた時一緒に取り出した魔獣石の詰まった袋をシシィに放る。
「たしかに、めちゃくちゃとったにゃぁ……ひぃ、ふぅ……みぃ……んにゃ?数が足りんにゃ」
小ぶりな魔獣石に混ざる、大ぶりの魔獣石を除けて数えると「11個もにゃい」と首をひねる。
「俺が喰ったらしい」
シシィの言葉に、戦鬼が口を開く。馬鹿というように口を開きかけた壬生が目元を覆い、門桜が深くため息を吐く。

「くったぁ⁉︎んにゃははは……鬼じゃぁあるまいしそんな事……まじにゃ?」
壬生と門桜の反応に、最初こそ笑ったシシィはすっと静かになると、壬生の方を見る。
「こいつの戦い方が野生的でな……噛みちぎった時に飲み込んじまったんだ」
目を細めるシシィから視線をそらすように、頬をかくと誤魔化すように呟いた。

「ふぅん……まっ細かい話は家で聞くかにゃ……お前さん魔獣石食ったんにゃら、身体も見にゃいといかんし」
すっと目を細め、笑ってずれた眼鏡を直し戦鬼を観察してからくるりと踵を返す。
はたと、思い出したように、懐を漁るともう一度振り返った。

「コヨーテル用の結界は三頭首をやったんにゃら、必要にゃいにゃ……壬生はもう普通に入れるにゃあと、お前さんたちにこの組紐を」
ほいっと2人に向けて細い紐を投げると好きなとこに巻いておくように指示して、獣道へと向かい始めた。
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