鬼神伝承

時雨鈴檎

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第三章

見張りの密言

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ひと段落終えた4人は講堂へ戻り夜を明かす、見張りとして空牙は入り口に座り白む空を見上げる。煙管を蒸し、ふうっと息を吐けば淡いピンクをした煙が吐き出された。
「交代にはまだ早いだろう?もう少し寝ておけ」
ピクリと耳を震わせ講堂の内部へ向けると、視線は向けることなく少し笑みを浮かべて声を欠ける。
講堂の暗闇から足音も無く静かに歩いてきた門桜は少し明るい外に目を細めると、不安と心配を含ませ口を開いた。
「師匠、やっぱり行くんですか?危険では」
「行くしかないだろう…あれが動き出したんだ。お前にもあいつにも目をつけられては困る。次こそ奪われてなるものか」
自身の事情をある程度知る門桜の前だからこそ、自然と漏れた呟きに思わず息をこぼす。
空牙の言葉に唇を噛むと、門桜は隣に腰掛けられるようにきしりと少し横にずれた隣に、眠る二人を気にかけながら腰掛ける。
「私は師匠が心配です」
「俺の心配する前に自分の心配をしろ」
腰を下ろして膝を抱えるようにすると、ふっと目元を緩めた空牙が門桜の頭を撫でる。柔くくしゃくしゃと撫でるその手は離れがたい空牙の心情を表すように優しく、門桜は静かに頭を押しつけるように受け止めた。

少しずつ登ってくる太陽を会話もなく並んで座り眺めていた門桜はとつと口を開く。
「私は…人間を信用できません、でも師匠が大丈夫というならその言葉を信じます」
「そうか」
あの時もそうでしたからと、懐かしそうにかつて龍に会いに言った先で出会った少年を想い、後ろで眠る戦鬼へちらりと視線を向けて呟く。
子を見る親のように優しげに、門桜に視線を向ければゆらりと尾が揺れた。
「お前がやるというなら戦鬼は必ず力を貸すだろう。まだ頼りないがな…力は確かにある。一人で気張りすぎるな。壬生もいる。あの人間は存外面倒見が良さそうだからな」
「それは長年の勘ですか?」
「ははっ、そうだな勘だ」
静かに笑うと再び不安そうに揺れる門桜を元気付ける為にワシワシと頭をなる。声を漏らして、ぴっと驚き何もなかった頭部に狐の耳が立ち上がる。折り曲げるように撫でながらふわふわと柔らかい髪を堪能すると、軽く背を叩いた。
「今はまだ、あの事は考えなくていい、世界を楽しめ、生きろ、それがこの先のお前のお前達の糧となる」
「はい、師匠」
ふっと真剣な表情を浮かべると立ち上がり振り返れば、門桜を静かに見下ろす。朝日を背にする空牙を少し眩しそうに門桜は見上げてて頷くと、飛び出た耳がパタリパタリと揺れる。
「っわ…せっ師匠!」
門桜の額に指先を当てると、つんっと弾き目を細めて笑みを浮かべれば、両手でかき回すように撫で回した。驚いたように声を上げてもみくちゃに撫で回され、毛を逆だてる門桜はそれでも楽しそうに笑い声をあげた。


「師匠、気をつけて」
日が昇り漁から戻ってきた漁師達が荷揚げをする港。横で開店準備に走り回る人、往来では鍬を片手に畑仕事へ向かうもの、営みの喧騒が響く。
外れの廃寺ではあれど、その音は良く聞こえ、街が起き始めたことを知らせた。
先に立つと旅支度も済ませ、荷を纏め耳と尾を隠し、鬼である気配など微塵もさせない空牙に門桜はそう声をかける。
「もう出るんか?朝飯くらい一緒に食ってく時間くらいあんだろ」
門桜の声に気づいた壬生が、港に店があると荷造りをしている手を止めて顔を上げる。
「いや、少しでも早く向かいたくてな…」
首を振ると本当なら昨晩のうちに出ていたかったと答えれば、門桜の頭を撫でて、3人の会話に気づいて近寄ってきた戦鬼の頭も撫でれば、荷を担ぎ直す。
「あぁ、そうだ店で食うのだが戦鬼の様子に気をつけてくれ、条件がまだ確定していないが記憶に引きずられることがある」
「気をつけろって…問題児押し付けおったなお前さん…」
「その辺は門桜が上手くやるから、大丈夫だ多分」
人間ってことだけが条件でもなさそうでな、とげんなりとした顔をする壬生に笑いかける。多分と付け足された言葉にめんどくさそうな顔を浮かべると、自分の話題になったことで、昨日の事を思い出したのか少し耳を垂れさせる戦鬼と目が合う。
捨て犬と頭によぎるそんな目で見られれば、深く息を吐いて頭をがしがしとかいて戦鬼の頭をかき回すように撫でた。
「あーあー、んな目でみんな、しょうがねぇ事なんだろ?…そこはおいおいなんとかできるんだろううな?」
「落ち着いてこればな、そいつが鬼になった事に起因してるから、乗り越える必要はあるが」
頷く空牙に、そろそろ引き止めるのも悪いかと壬生は手を差し出す。
「まっ俺がくたばるまでにもう一回会えりゃぁいいけどな」
「さぁどうだろうな」
手をとって握ると、空牙は片目を閉じて笑う、にやっと笑みを浮かべた壬生は息災でと腕を引き肩を叩いた。
「門桜、戦鬼…息災でな、壬生もせいぜいくたばらないようにな」
「師匠も、気をつけて」
「また、会えるよな?」
「俺にだけそれはねぇだろ」
手を離して離れた空牙は門桜と戦鬼の頭を撫でて廃寺を出て行く。それぞれに空牙へ声をかければ、振り返ることはなかったが、返事をするように手をあげる。見えなくなりコツコツと崩れた石段を降りる音が遠ざかって行くまで、戦鬼と門桜は見送り続けた。

朝食は空牙の言葉を受けた壬生が、結局この場で食べる事を提案せた。
「なぁ、俺は前にも見送ってるのか?」
朝食の片付けをしながら、昨晩の門桜へ感じた不安感と、まさに先程空牙を見送った時に感じた、胸の締まる感覚を思い出すと、隣で食器をまとめて袋に詰める門桜に尋ねる。
「急にどうしたの?…あぁもしかして昨日の夜の話?」
突然の話題に顔を上げれば、昨晩食器を戻しに行く時、戦鬼の見せた反応を思い出すと首をひねる。
「あぁ、何かが重なって見えて…あれも門桜だった気がする…でも少し辛そうだった」
「あの時、私は大きな怪我をしてて、どうしてもあの場所で治せなくて、君のそばに最後までいられなかった」
頷くと、目を細めてあの時の痛みを思い出して胸元をさすれば、今は君のそばを離れたこと少し後悔してると呟いた。
神月の神の見た予知、月の女神は月を見て未来を見る。それは地上へと降りて、力こそ弱化し見える範囲は狭くなったもののその力は健在だった。
「不知夜が二十歳になるとともに、命を落とすって予知を見てたんだ。だからそれを防ぐためにもいたかった」
実際には、20は超えた見た目をする戦鬼の姿に、少なくともその未来自体は変えてたみたいだけれどと目を細めて、疑問の表情を浮かべる戦鬼に笑いかける。
「俺は、そういう未来にあったのか…?」
「うん、でも、もしかしたらそれをしなかったら君は人のままいられたかもしれなかった」
ごめんねと謝る門桜に、何故謝るのだろうと目を細めて首をかしげる。
「おかげでこうしてまた、お前といられてる。俺は人間だった頃の俺とは違うかもしれないけど…」
少なくともそれを嫌だとは思わないと首を振る。もし、門桜たちと会ったことでそうなったのならば、感謝はすれど恨んだり責める事などあるはずはないのにと笑った。
「ありがとう……」
戦鬼の笑みを見た門桜は目を見開き息を詰まらせると、すぐに首を振ってから礼を言う。
「君は変わっても君なんだね…不知夜」
「お前ら準備はできたのか?」
ぽつりと呟いた門桜の言葉は、講堂内の片付けをして戻ってきた壬生の声でかき消された。
戦鬼が聞き返そうとすれば、それよりも早く門桜は立ち上がり、まとめ終えた荷物を持ち上げる。
「さっ、行こうか戦鬼」
振り返りった門桜は、つぶやきを誤魔化すようにふわと目を細めて笑い、すこし腑に落ちない顔をする戦鬼の手を引き立ち上がらせた。
「わっと…押すな」
「ほらほら、壬生が待ってる」
まだ納得いかないという顔をしている戦鬼を、なんだと言うように首を傾げている壬生の方へ押すと、荷物をまとめる。
門桜の行動にわかったと諦めたようにため息を吐くと自分の荷物を掴み、壬生の方へと向かう。
「ねぇ、不知夜…私たちはこれからきっと地獄に行くよ。だから、私たちのことは思い出さないでそのまま…戦鬼としてこの旅を終わらせて別れよう」
歩いていく戦鬼の背に、小さく呟くとふわりと木の葉が風に舞い、門桜と戦鬼の間を通り抜ける。ついてこない門桜に不思議そうに振り返った戦鬼に笑うと、さわさわと揺れる立襟を直し追いかけるように、壬生と戦鬼の元へ歩いた。
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