鬼神伝承

時雨鈴檎

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第三章

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先に見張りをすると、空牙から椀を受け取り、見張りを代わりに名乗り出る戦鬼を門桜は誘うと空牙と壬生を残して講堂の屋根へと登った。
椀の中の白い塊を不思議そうにつつきながら、野菜や肉を食べる。
「米葛、美味しいよ?」
戦鬼の様子に気づいた門桜はふふっと笑うと、袖が椀に触れないよう、軽く握りこむように箸を持ち、一切箸の進んでない自分の椀から、米葛を取ると戦鬼の口元に運ぶ。
「俺はいいから…食べないのか?」
「私はマスク外せないからね…」
首を振ると、口元を覆う黒布を袖で隠すようにしながら、代わりに食べてくれる?と首をかしげると、再び口元に運ぶ。
「辛くないか…?」
差し出された白い塊を恐る恐る、口に運ぶと柔らかく弾力のある不思議な食感に面白いなと呟く。それから、腹も空くだろうと、整った眉尻を下げ心配そうに見つめた。
「平気、人里にいるときはいつもこうだから」
外すと力を隠せないからとマスクを指差した後に、屋根の下に視線を向ける,。
視線の先では、空牙と壬生が何やら話しながら食事をしていた。
「そうか、あの人間がいるから」
「あの人だけじゃないけどね、私は師匠が人間のふりをしてる時は、マスクを外せない…」
ふっと目を細めると、食事をとる二人とは違う、何処か遠くを見るように呟く。
「どうして…と聞いてもいいのか?」
「ふふ、本当に君は優しいね」
ゆっくりと首を振るとごめんねと謝る。
「話すようなことにならなければいいな…誰かに話さずに済むのが一番いいんだ」
心配してくれてありがとうと、微笑む。
「だから気にせずに食べて」
自分の椀を差し出す門桜の襟元が、風に揺れる。
「わかった、なら食べるよ…中に入ったままじゃ持っていけないしな」
捨てるのはもったいないと頷くと、空になった自分の椀と取り替えた。

「懐かしいな…よくこうして師匠と神月様に内緒でお社の上に登って星を眺めてた」
具を口に運びちらと隣を見ると、星を見上げていた。星空から視線をずらし目が合えば、ふと目を細めてもたれるように、しっかりと筋肉のついた戦鬼の肩に頭をくっつける。
少し見上げるようにして、再び戦鬼に視線を向けた。
柔らかい赤灰色の髪が、風に揺れて頬をくすぐる。
「そう…なのか…すまない」
「ふふ、どうして謝るの?」
何も思い出せない、自分の歯がゆさに小さく呟くと、隣で小さく肩を震わせて微笑む真っ赤な瞳に、長い睫毛で月明かりの影ができる。
肩にかかる重みと静かな沈黙にの中で少し冷めた汁を啜った。
「何もわからない…門桜が大切なのだけはわかるんだけど」
たぷっと残り少ない椀の中身が揺れ、動きに合わせて溶けたみそが雲のように広がる。
「私は、再び会えるとも思わなかったし…会えても、全く違う何かになってる事を覚悟してたくらいだから…それだけでも十分」
ふふと嬉しそうに笑うと、風に揺れる戦鬼の黒い髪に手を伸ばして手に取る。
袖の間から覗く赤黒く、甲羅のように硬く鋭い指先はから、するりと髪が滑り落ちた。
「君は髪を伸ばすの?」
「?あぁ…これか…どうなんだろう…なにか伸ばす理由があった気がする」
うーんと首をひねるとその様子に、再びくすくすと笑う。
「君は、あの時決めてた事…理由は思い出せなくてもしようと思うんだね」
楽しそうに笑う門桜に、吊られるように口の端をあげ、目尻を下げる。

「これ、置いてくる」
空になった二つの椀を手に持つと、戦鬼は立ち上がり、振り返る。
頷いた門桜に、ジジッと視界が重なるように、ほんの少し幼く見える赤灰色の少年の姿が重なる。
眉を寄せて、軽く目を瞬きもう一度門桜を見た時にはその光景は消えていた。
「どうかした?」
「なんでも……いや…戻ったら話す」
気のせいだろうと一度は首を振るも、心配そう瞳を揺らす赤と目が合えば、昼間の出来事が頭をよぎる。
気のせいと片付けて、一度迷惑をかけてるのだから話しておくべきかと首を軽く傾げた。
これを置いたら話すと頬に手を滑らせると、眉尻を下げた困ったような笑みを浮かべた。
ひくんっと想定していない行動に驚いたように目を開き、月明かりに赤い瞳が照らされ、宝石のように輝く。
きらめく赤に、綺麗だなと吸い込まれるように魅入った戦鬼は、こちらをじっと見上げる門桜と目が合う。
一瞬か、それとも数分か見つめ合っていると、がさりと講堂裏手の草陰から物音がする。
先に動いたのは門桜だった。
さっと音のした方へ眼を向ける。きゅうと瞳孔がしまり鋭く視線を動かす。
吊られるようにそちらに視線を向けると、ふわりと草木の隙間に動くものが一瞬見えた。
「今の……」
門桜も見えたのか、その瞬間小さく耳打つ。
「見えた?なら、師匠に知らせて、影落ちって言えば伝わるから」
迂闊だったと舌打ちをし、戦鬼を突き飛ばすように、音がした方とは反対に押すと軽く振り返り急いでと、空牙と壬生のいる方を指す。
「門桜は…」
「私は少し様子を見てくる。私は大丈夫だから、早く行って」
振り返り笑みを浮かべると、門桜はたんっと軽く屋根を蹴ると音もなく、飛び降りていく。
「あっおい……くそっ」
行ってしまった門桜に、ぞわりと背筋が凍るような悪寒を感じると、嫌な汗が頬を伝う。しかし、門桜の言葉通り二人にも伝えなければ、それからすぐに追いかけようと、後ろ髪を引かれる思いで、ちらりと門桜の消えた方に目を向けてから、二人の元に向かった。
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