鬼神伝承

時雨鈴檎

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第二章

闇を知る

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龍が飛び去り置き去りにされた戦鬼は、暗い場所を歩き続けていた。
ずっと続く暗闇の中、一体どれだけ歩いたかも分からない。
「探せって……なんの手がかりもなしにどうやって」
ずっと歩き詰めで、気が滅入ってくると深く息を吐き、足を止めて腰を下ろす。
ゆっくりと辺りを見回しても、あるのは闇ばかりで一向に景色も変わらず、うんざりしたように頭を抑える。
「せめて、何か目印になるようなものがあれば…」
方向の感覚もなく、まっすぐ一方に歩けているかどうかもわからない。
とうに、飛び去った龍の方角も見失っていた。手詰まりだと再びため息を吐く。
「こうも暗闇じゃ…いや暗闇?…でもあれだけ黒い龍の姿はわかったし…今も自分の姿は見える…か」
頭を抑えていた手を見ながら、洞窟内での暗闇とこの場所の違いに気づく。
「そもそも、夜目が利くのにあたりが見渡せないのがおかしくないか…?」
洞窟内で灯が無くても岩目もはっきりわかるほど見えていた。
なんでこんな歩き回るまで気づけなかったんだと、自身の不甲斐なさに呆れたように息を吐くと立ち上がる。
「歩いていても何かにぶつかったりもしなかった…歩いてる限り地面も平坦…どこまでも黒い空間ってことか?」
地面を足で蹴っても音は響かない、そういえば足音鳴ってなかったと顎に手を当てた。
そしてもう一度考えるように歩き始めた。

「そういえば恨みがどうとか…」
何が関係あるんだと首をひねる。
「たしか……俺が寄ってるとかなんかも言ってたような…その前に誰かいた気もするけど」
途中の意識が曖昧だと、眉を寄せてここに来るまでを遡るように思い出していく。
「ここに引きずりこまれて…今みたいに歩いてて…だめだ…龍に会うまでの少しが全く思い出せない…いっ…」
白っぽい何かを見た気がするとウンウンと唸って歩いていると、勢いよく頭を打ち付けた。なんだと額を抑えながら顔を上げると変わらず暗がりが広がっている。
ぶつかったと思しきあたりに手を伸ばせば何かに触れる。
ぺたぺたと触れると、指先に触れるのは滑らかではあるが、ざらりと指に引っかかるような、硬くもなく柔らかくもない感触。
「木…?」
なぞるように触れながら歩くと、等間隔に下側にも指先に何か触れる。
「これは柵…か?なにかの建物なのか?」
足を止めて暗闇の見えない建物を見上げるように顔を上げて、目を凝らす。
「え…?」
じっと眺めてると闇が重なるように揺らめいた気がして、瞬くとよく見ようとする。
「何か揺らめいたような…もしかして」
二重に見えるのならと、龍鱗に覆われた目だけで目の前を見るように片目を閉じる。
「これは……」
闇が晴れるように、次第に目の前の何かがはっきりと見えてきた。
小さな社、触れていたのは社を囲う手すり。
少し進んだ先に入口が見え、扉のそばへと向かい中の様子を伺う。
じっと耳を澄ませ、気配を感じるように感覚を研ぎ澄ませるも、中からの気配はない。
しかし、耳にはかすかに、弱っている息遣いを感じる。
(なにかいる…?だが気配はない…)
警戒するように慎重に扉に手をかけると、張り付くようにして、中の様子を伺うように隙間を開ける。
「っ!!」
中をのぞいて息を飲む。そこに倒れていたのは、手足を失いうつ伏せに倒れている黒髪の青年。
ざわりと、背筋が震える。腹の奥からふつふつと湧き上がるのは自分ではない誰かの怒り。意識が塗り替えられる感覚に、慌てて倒れる青年から目を逸らし、落ち着こうと目を閉じて深く息を吸う。
「なっ……!どうなって」
外に眼を向ければ、先まで真っ暗だった上空に大きな二つの月が並ぶ。月に照らされるように、所々にいびつに曲がった葉のない木、鋭利に尖る岩が目に飛び込んでこれば、呼気を詰まらせ目を見開く。
思わず漏れた声に、口を塞いで扉の方に眼を向ける。扉の隙間から空虚な闇右目と濁った緑の目が此方を見ていた。
右目はとめどなく血が流れ、顔の半分を赤く染めてはいるが、己と全く変わらない顔だった。
「うぐ……が……」
視線が合った瞬間、青年の失った、傷ついた体部が呼応するように熱と痛みを帯びる。
両足の痛みに立っていられず思わず膝をつくと、呻きをあげて倒れる青年のように地面に突っぷす。
「俺は…死ねない何が合っても死ぬわけにはいかない…かならず生きて母上の元に帰らなければ…あのひとが心配する。焦るな隙を待て」
青年がぽつぽつと小さく己を鼓舞するように呟く。
四肢を失ってもなお逃げ出す隙を伺うような、その言葉に、胸の奥から再び憂い怒りを帯びた、黒い感情が押し寄せてくる。痛む四肢を引きずるように、数ミリ開けた扉を押して開ける。
「はっ……」
扉を開けると、突然四肢と眼の痛みから解放され、目の前から青年が消える。残るのはぐるぐると渦巻く黒い感情。
青年を探し、立ち上がり転がり込むように中に入れば、其処は小さな小屋のようだった。
理性を保たせるように胸を押さえ、先まで倒れていたであろう場所に近寄る。
床には鱗が一枚落ちていた。周囲に靄のような闇が揺らめき、まるで戦の耐える意識に呼応するように動いていた。落ち着かせるように何度も深く呼吸を繰り返せば、ふわりふわりと闇は揺れる。鱗に手を伸ばそうとすれば、闇が鱗を包み己の方へと誘うかのように持ち上げる。
「今度は何だ…」
持ち上げられる鱗に触れるのを躊躇していると。伸ばしかけ停止した指先へ闇が鱗を近づけてくる。
つと指先に触れると、頭の中に流れ込んでくるのは、大切なものを奪われた怒りと悲しみ。
「っは……やめろ……」
とっさに鱗を手で払うと顔を覆うように抑える。怒りに飲まれると、抵抗するように目をきつく閉じた。

「それはあんたの感情であって、感情じゃない」
己とよく似た男の声がする。
「っう…ぁ…」
顔を上げて声のした方を見れば、手足を失い縛られるように椅子に座る青年と目が合う。
どくんどくんと、心臓が跳ね、闇がせり上がり体を支配していく感覚に覆われながら、青年から眼を離さずにいれば、再び口を開く。
「それは、母上の心、俺の心……あんたを作り出した全て」
静かに淡々と青年は呟く。
「俺を作り出した…すべて」
青年の言葉を繰り返すように呟き、血を流し続ける青年を見る。
此方に向けられた空虚な眼は、感情の一切を感じない。
「これ程愛おしく"俺"を傷つけた奴らを許せない…"俺"から自由を全てを奪った奴らを許せない…俺を作り出してる感情もの
「そう、それはお前を作り出している感情ものに過ぎない」
青年の言葉に、浮かぶ汗を拭うと、ゆっくりと呼吸を整える。
「これは、俺を作り出した感情…俺自身の感情ではない……そうか…俺はあんた達だけど、あんた達じゃない」
我でも我が子でもないと言った龍の言葉が浮かぶ。目の前に縛られる青年へと近寄ると手を伸ばし血に濡れた頬に触れる。
「なぜ、あんたはこんな事教えてくれるんだ。」
「"俺"があいつのそばにいたいと言ったからかな、それに俺たちのその憎しみに、暴れようとする感情を必死に耐えようとしているから」
空虚な瞳に光が宿り優しげに目を細める。
先ほどまで強く体にまとわりついていた、負の感情がゆっくりと溶けていく。
「母上も俺も世界は憎い…でも同じくらい…それ以上に大事な人たちもいる…俺にそれを思い出させてくれた。」
「門桜……」
「ふっ門桜か…もう一度会えるとは名前を呼べるとは思わなかった」
頷いて微笑むと戦鬼へ顔を向ける。ずるりと縛られていた縄が解け、先の無い腕を差し出す。
「俺の名前は不知夜、それが人間であるあんたの名前だ。俺の感情ちからしっかり使いこなしてくれよ」
「不知夜……ありがとう」
差し出された腕を地に濡れるのも厭わず、掴むとしっかりと頷く。ふわりふわりと不知夜の体から白い光が散る。掴んだ腕から滴る血が闇となり戦鬼の体に纏わりつく。不快な感じはなく、かけていたパズルのピースが揃うような、もとよりそうであったように受け入れていく。
「母上はこの先の山頂にいる。戦鬼……門桜を頼む…」
「わかった。必ず"今度こそ"守る」
ゆっくり微笑む両の目に緑の瞳が揃っていた。掴んでいた腕もいつの間にか手となり、己と瓜二つの人間が目の前に立っていた。
「あぁ…そうだ、師匠は鬼だから気をつけてな」
「種族が鬼なのは知ってる」
「違う、もっと別の意味で」
戦鬼の言葉にくっくと眉尻を下げて笑うと、ゆっくりと消えていく。戦鬼は手に残る不知夜の温度を握りしめるように拳を作ると、山頂に向かう為小屋を出た。
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