鬼神伝承

時雨鈴檎

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第二章

力の器

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「久しいのう、ようやっと我の声が届いたな」
唐突に聞こえた声に、弾かれたように振り返り身構える。そこには水晶に映っていた龍が戦鬼を見下ろしていた。
視線が合うと目を細め戦鬼の前まで顔を下げる。
「随分と我に寄ったな…無理もないか」
体の殆どが黒い鱗に覆われた戦鬼を見て、小さく息を吐くと、身構える戦鬼に頬を寄せる。
「…っ…あんたはなんだ」
ぐるぐると威嚇していた戦鬼は、攻撃する事も拒絶する事も出来ず擦り寄る龍を受け止めた。龍に触れると、渦巻いていた黒い感情がおちついてくる。落ち着く心に合わせるように、はらはらと身体にまとっていた黒い鱗が落ちていく。
「なんだ、取れるのか…あぁよかった。我はお主の母よ」
「は…は?」
顔の半分は鱗に覆われているものの、ほとんどは人の姿になる戦鬼にほっとするように息を吐く。
戦鬼は首を傾げ、突然の言葉に困惑する。
「そう、お主を育てた母、そして今お主を構成する一端を担うもの」
鸚鵡返しにつぶやく戦鬼に頷くと、会話ができるのが嬉しいと言うように擦り寄る。
「あんたが…?」
最初に空牙から聞いた推測を思い出し、目の前の龍を見る。その姿は水晶に映った龍とよく似ていた。
「ここは、お主の力の中よ、我もその一部…今回は助力を得て、お主はここに来ておる。」
「俺は武器を得るためにあの場所に通されたんだ…ここに来ることと関係があるのか?」
戦鬼の問いに頷いた龍はゆっくりと離れる。
じっと見定めるように戦鬼を見つめて口を開く。
「そうさなぁ…関係あると言えばあるが、折角ここに来たのだ…また外に戻るよりここで我と共に凄そうぞ」
くるると喉を鳴らして目を細めると、名案だとばかりに尾を揺らした。
「それは、できない…できれば外に出る方法と、関係があるのなら武器の作り方を教えてほしい。」
龍の提案にはしかと首を振ると、まっすぐと見上げる。
「何故だ?外なぞお主にとっては地獄よ。我欲にまみれた人間たちの巣窟、斯様な場所に戻ったとて、辛いだけぞ」
戦鬼の言葉に理解できないというように、首をかしげると、じっと見下ろす。
龍の仕草にゆっくりと目を閉じて、門桜の顔を浮かべると、ふっと口の端をあげて笑みを浮かべた。
「一緒に旅をしようって言ってくれた。だから戻りたいんだ。ここにあいつは居ない」
「我を拒むのか…?外なぞに良い事などない!また子を失うなど…行くな……良い子だここにおってくれ」
悲しげな声をあげて懇願するような龍と目が合う。じくりと右目が熱くなる、頬に何か伝うものが流れると、触れれば水で濡れていた。まるで右目は龍の気持ちを表すかの様に、涙を溢れさせ、焼ける様にじわじわと熱くなる。
「っ……ぐ…でき…ない……俺は外の世界がみたい…あいつと…門桜とこの先の道を進みたい」
右目を抑え呻きながらも、しかと己の意思を示す。その度に右目が酷く痛む。
抑えていた右腕に熱が伝染する様に広がる。
その熱さに耐えきれず手を離せばその腕は鋭く黒い鱗に覆われた、龍の腕に変化していた。
視界が、思考がぼやけてくる。
(このままじゃ、またわけがわからなくなる)
「俺は…前に進みたい……!」
熱を振り払う様に強く腕を振るうと、飛びかける意識を保ちながら、龍を見据えた。
「お主がどういう目に遭うたか、分からぬわけではなかろう!何故それ程外に固着する!ここに居れば、なにも苦しめるものはない!」
龍が咆哮のように声を上げ、尾を鞭のようにしならせ怒りをあらわにする。
「あんたの事もあんたの子供の事も俺は分からない…鬼になる程酷い死に方をしたんだろうと言われただけだ。」
龍の言葉に首を振ると、胸を押さえ息を深く吐く。落ち着けと自身に言い聞かせるように、目を伏せゆっくりと再び開けば牙を向く龍を静かに見上げる。
「ここに居ても苦しさからは逃れられない。現に今だって苦しい、同じ苦しみなら、逃げるんじゃなくて、立ち向かって進みたい」
目の前の龍は目を見開き戦鬼を見下ろしたまま、その言葉に固まった。

「お主は、我でも我が子でもない…成る程、そうか…あやつのいう意味がようやっと分かった。」
沈黙を破ったのは龍だった。
先ほどまでの怒りをあらわにした態度はなりを潜め、少し寂しそうな声色で呟く。
「誰の…事だ?」
「いずれ分かる……」
訝しげに眉を寄せて龍に問えば、笑みを浮かべるように口の端をあげると、咆哮をあげた。
「お主が外に戻りたいというならば、我にその力を示せ。そして、我らをお主が受け止められるという器量を示せ」
胸を張り、凛とした佇まいを見せれば、見定めるように見下ろし呟く。
突然の龍の態度の変化に理解が追いつかず、きょとと見上げると、突然開かれる翼に身構える。
「我を探し出して見せよ。この世界は我らの恨みの具現された世界よ、お主はどうする?」
「は…?待て!!」
高く飛び上がり数回頭上で旋回すると、戦鬼の制止を聞くこともなく、その言葉を残して飛び去った。
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