鬼神伝承

時雨鈴檎

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第二章

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「でかい…水晶?いや鏡…か?」
「武器は自分で作るんだよ、まぁ持ってかれないように頑張れ?」
扉を閉める前に、笑いながら言った鉄扇の言葉を思い出す。 
「自分で作るったって…どうやって…道具も材料も何もない……それに何を持ってかれるんだ…」
不親切な言葉に不満をこぼしながら辺りをぐるりと見回した後、最初の入り口に戻ってくる。目の前に自身を映す大きな水晶を見上げ、まさか素手で切り出すのかとため息を吐いて映る自分に視線を向けると目が合う。
「え……?」
ぼんやりと自分に重なる二つの影が見えた気がして、目をこすり再び映る自身に目を向けると、今度ははっきりと自分の背後に大きな龍と自分の姿によく似た者が立っていた。
「いつからそこに…!……あれ…?」
驚いたように振り返ればそこには誰もいない。しかし水晶には驚いたように身構える自分とただ静かに立つ二つの存在が映る。
どういう事だと、水晶を警戒するように体を低くする。
「どうなってるんだこれ…こいつらは一体」
水晶から離れればいいのか、後ろに映る見えないものは何処にあるのか、どうすればいいかわからず動けないでいると、龍と人の口が開く。
「我は汝」
「俺はお前」
同時に声が響く。声が波紋のように鏡面に波紋が広がる。
(水面みたいだ)
揺れて歪む3つの姿に目を細めると、誘われてるように感じ、ふらりと水晶に近寄る。
思考がじんわりと痺れているような感覚に落ちていく。
一歩、また一歩と近寄ると映る己も同じように近寄り、水晶の中の己がこちらに向けて手を伸ばしてきた。つられるように手を伸ばし、水晶に触れると指先が沈む。
まずい、と思った時にはすでに水晶の中に居たはずの己に腕を掴まれずるりと引き込まれていた。

「ここはなんだ…」
引き摺り込まれた先は何もない真っ暗な空間、立っているという感覚があるおかげか地面と思しき足元を判断できた。一帯が暗闇に覆われた場所で、ここが何処で、どこに向かえばいいのかもわからないと途方にくれ深く息を吐いた。
「あれは……」
どうしたものかと思案するようにその場に立ち尽くしていた戦鬼は遠くの方でゆらゆらと揺れる白い影に気づいた。
「何かわかるかもしれない……よし、行こう」
いつまでも考えてるだけじゃ始まらないと、揺れる影に向けて歩き始める。
もし危ないものならばどう対応すべきか、門桜が目覚める迄の間に行った空鬼との修行を思い出す。
(俺は今、丸腰……使えるのはこの爪か…)
歩きながら鋭い爪を確認する。

「腕全体の変化はまだお前には制御しきれん、爪先に意識を集中しろ」
力を使う際、腕全体が黒い鱗に覆われれば力の制御は効かず、まともに動かすこともままならなくなった。暴走する腕を軽々と押さえつける空牙の教えのもと、ようやくここまで形にする事が出来ていた。

(完全に使いこなせてるわけじゃない…もし、戦闘になれば不味いな)
暴走の可能性を秘める不安を振り払うように頭を振ると、拳を握り揺れる影を見据えた。
近づくにつれてゆらゆらと揺れていた影がはっきりとしてくる。揺れているように見えたのは真っ白な髪型風になびくように揺れていたからだった。
風もないのにと思いながら、こちらに背を向ける白い者に声をかける。
「おい、あんたこんなとこで何してる…ここはどこかわからないだろうか」
水晶の中に引きずり込まれてと付け足そうと口を開きかけて、振り向いたその姿に固まる。
一回りは小柄な体軀、薄い布で包まれた緩やかに膨らみのある胸部。
髪と同じように真っ白な長い睫毛に、隠れるにじいろの瞳。
(女…)
その顔は己によく似ていると同時に、本能的に人間の女だと、そのよく似た顔に強い憎悪を覚えた。
『殺せ、ころせ、コロセ、憎い、にくい!!』
頭の中で2つの声が響く。
怒りとも憎しみともつかない感情が胸の奥から、溢れてくると胸を抑える腕は、龍の腕へと変異していた。
「なん…だ…」
何かを思い出しかけてる、酷く痛む頭に白い娘から距離を取り苦しそうに呻く。
その間も顔色ひとつ変えず白い娘はじっと静かに戦鬼を見ていた。
「我は汝」
とつっと白い娘が口を開く。
その声に、再び胸の奥底から黒いものが溢れてくるような感覚に胸を抑え、睨みつける。
「お前は…なんだ…どういう意味だ」
水晶に引きずり込まれる前、2つの影を思い出す。疑問を口にすれば、白い娘は静かに微笑み唇に指先を運ぶ。
答えを出さないその行動に、さらに苛立てば龍化した腕を振り上げ白い娘へと襲いかかる。
「我は汝…汝は我なりぞ」
娘は避ける間も無く戦鬼の腕に押さえつけられる。それでも柔らかく浮かべた笑みを崩さず再び口を開く。
「だから、どう言う意味だと聞いてる…説明しろ」
ギリギリと首をねじ切らぬよう加減をしながら首を締め上げ、馬乗りになり睨め落とせば、頭の奥で殺せと響き続ける言葉に舌打つ。
笑みを浮かべたままの娘の態度と、響き続ける言葉に、腕に力が自然と入る。
ぐちゃりと掴んでいた娘の首が潰れ、頭が転がり落ちた。転がった首は先ほどまでと変わらない笑みを浮かべたまま、戦鬼を見つめる。
「っ…!やめ…ろ…見るな!」
その視線にたまらず、頭を叩き潰せば黒い液体が飛び散り頭は消えてしまう。頭を潰すため移動したことで、自由になった残った身体がゆっくりと釣り上げられるように起き上がる。
「ここは…なんなんだ」
起き上がる身体に驚愕し、睨みつけるとたまらず叫ぶ。
半狂乱になり起き上がる娘の体を引き裂き、殴り潰し黒い液体へとなっても止まる事なく地面を殴り続ける。
「…感情のままに暴れるな。もう良いのだ」
背後から優しい声がかかる。
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