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第一章
水底の光
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暗闇の中で目を開く。自分が横を向いているのか立っているのか分からず、意識が戻ったという方が正しいか。
「ここは…俺は何をしている?」
ぽつっと呟けば体を動かそうとして動かせないと、体を見る為に何も見えない暗闇の中視線を動かす。暗闇の中で不思議とはっきり自身の体は見ることができた。
「っなんだ…これは…」
手足には黒いドロドロとしたものがまとわりつき、動きを阻害していた。
取り払おうともがけばもがくほど、底なし沼のように体が沈んでいくような感覚に陥る。
口から、鼻から、穴という穴から黒い液体が体内に入ってくる。
その度、憎い、殺せ、苦しい、痛い…強い負の感情に思考を支配されていく。
どっぷんと全て埋まって仕舞えば、急に視界がひらけた。
そこに映るのは大量の血と爪の剥がれた足
「っ!あぁぁあ!!!」
自分の足だと理解すると同時に足から手から、身体中から痛みを感じるも、椅子に座らされた己の身体は拘束されまともに動くことはできず声を上げる。顔を上げれば、目の前に映るのはこちらを冷たく見下ろす女。
まるでその声が聞こえないかのように、手に持つクスコのような治具を目へと押し当ててくる。右目が焼けるような痛みとともに視界は、再び暗闇へと落ちた。
視界が開ける。高い視界、眼前に広がるのは手足をもがれ、右眼を失い、それでも、無残な姿でかろうじて生きている我が子。
「目を開けておくれ…死ぬな…お前はこんな形で死なせたくはない」
動かぬ我が子に涙を流しながらその身体を柔らかい毛の生える尾で包むようにすれば静かに目を閉じる。
また視界が開ける。だがそこに映るのは、大量の死体と瓦礫。動くものはいない。
「我が子を返せ…!」
「母上を返せ…!」
遠くの方で己の口から二つの声が重なって聞こえた気がした。
幾度となく形を変えて様子を変え、暗闇と不可思議な情景を行き来する。そしてそのどれもに、深い憎しみと怒りが映る。最後に映るのは人の子の死、龍の死そして、互いを取り戻さんとする叫び。
(いつまで続く…)
終わらぬ苦しみの中で束の間の闇、いつのまにか視界を奪われるこの暗闇の時間だけが、安息になっていた。
「…い…………いざ………」
何も音のしない闇の中遠くの方でかすかに声がする。これまでどの声とも違う、暖かい声。
「かど……ざく…ら」
懐かしく暖かい声に応える言葉はこれだと感じた。声は出ない、身体はこの闇に溶けてしまったのだろうか。いつしか身体の感覚を失い動かせたように感じず、声を出せたかどうかもわからない。
「……い!……ざ………不知夜!」
聞こえる声がだんだんとはっきりとしてくる。闇しかなかった空間に、白い光が迫っってくる、思わずその眩しさに目を細めた。
光にゆっくりと体にまとわりつく闇が溶けていくように、体の感覚が戻ってくる光に向けて手を伸ばす。
「かど…ざくら…俺は」
こぷっと血を吐きながら名前を呼ぶ。腹にじんわりと熱を感じ、痛みに呻く。ぽろぽろと戦鬼を纏っていた鱗が剥がれ、顔立ちの整った黒髪の男の姿に変わる。
「不知夜!気がついたのか…?」
痛みに顔をしかめながらも名前を呼ばれ、目を見開いて顔をあげる。ふっと笑みを浮かべると少し離れるように動く。
互いの腹を貫く爪がそれに合わせてずるりと抜けた。
「っく…は……う、げほ」
腕を抜かれた腹から、ぼとぼとと血が流れ落ちる。それに合わせて門桜は膝をつき、血を吐きながら咳き込んだ。
「だいじょ…うぶか…」
同じように引き抜かれ、喪失感に眉を寄せながら腹を抑えると、崩れ落ちる門桜を支えるように肩を掴む。
「平気…だ…よかった…不知夜だ…よかった」
掴まれるとぽろぽろと涙を流してよかったと何度も嬉しそうに呟くと、そのままもたれるように倒れ込み意識を失う。
「っ!門桜!?しっかり…っうぐ」
意識を失う門桜に何度も声をかけるも、同じように先の戦いで負った傷による出血と痛みが激しく、意識が朦朧とする。ざりっと近く足音にはっとして身構えるも、すでに限界に近い体は重く、視線も定まらない。
それでも何とか門桜を守ろうと、強く腕に抱く。
「近寄る…な……」
全身を纏っていた鱗は完全に落ち、残るのは傷だらけの20後半の男、右目だけは鱗が落ちず金色の目を、近く男に睨みつける。
「全く、師の顔もわからんか?…それくらいの傷なら少し眠れば治る、お前も休め」
はぁと、ため息を吐いた男は、警戒して牙を剥く戦鬼の頭をぽんっと撫でた。
ぼんやりと映る二人を見下ろす男からの優しげな声を最後に戦鬼は意識を失う。
男は再びため息を吐くと意識を失い動かなくなった二人を抱え上げた。
「ここは…俺は何をしている?」
ぽつっと呟けば体を動かそうとして動かせないと、体を見る為に何も見えない暗闇の中視線を動かす。暗闇の中で不思議とはっきり自身の体は見ることができた。
「っなんだ…これは…」
手足には黒いドロドロとしたものがまとわりつき、動きを阻害していた。
取り払おうともがけばもがくほど、底なし沼のように体が沈んでいくような感覚に陥る。
口から、鼻から、穴という穴から黒い液体が体内に入ってくる。
その度、憎い、殺せ、苦しい、痛い…強い負の感情に思考を支配されていく。
どっぷんと全て埋まって仕舞えば、急に視界がひらけた。
そこに映るのは大量の血と爪の剥がれた足
「っ!あぁぁあ!!!」
自分の足だと理解すると同時に足から手から、身体中から痛みを感じるも、椅子に座らされた己の身体は拘束されまともに動くことはできず声を上げる。顔を上げれば、目の前に映るのはこちらを冷たく見下ろす女。
まるでその声が聞こえないかのように、手に持つクスコのような治具を目へと押し当ててくる。右目が焼けるような痛みとともに視界は、再び暗闇へと落ちた。
視界が開ける。高い視界、眼前に広がるのは手足をもがれ、右眼を失い、それでも、無残な姿でかろうじて生きている我が子。
「目を開けておくれ…死ぬな…お前はこんな形で死なせたくはない」
動かぬ我が子に涙を流しながらその身体を柔らかい毛の生える尾で包むようにすれば静かに目を閉じる。
また視界が開ける。だがそこに映るのは、大量の死体と瓦礫。動くものはいない。
「我が子を返せ…!」
「母上を返せ…!」
遠くの方で己の口から二つの声が重なって聞こえた気がした。
幾度となく形を変えて様子を変え、暗闇と不可思議な情景を行き来する。そしてそのどれもに、深い憎しみと怒りが映る。最後に映るのは人の子の死、龍の死そして、互いを取り戻さんとする叫び。
(いつまで続く…)
終わらぬ苦しみの中で束の間の闇、いつのまにか視界を奪われるこの暗闇の時間だけが、安息になっていた。
「…い…………いざ………」
何も音のしない闇の中遠くの方でかすかに声がする。これまでどの声とも違う、暖かい声。
「かど……ざく…ら」
懐かしく暖かい声に応える言葉はこれだと感じた。声は出ない、身体はこの闇に溶けてしまったのだろうか。いつしか身体の感覚を失い動かせたように感じず、声を出せたかどうかもわからない。
「……い!……ざ………不知夜!」
聞こえる声がだんだんとはっきりとしてくる。闇しかなかった空間に、白い光が迫っってくる、思わずその眩しさに目を細めた。
光にゆっくりと体にまとわりつく闇が溶けていくように、体の感覚が戻ってくる光に向けて手を伸ばす。
「かど…ざくら…俺は」
こぷっと血を吐きながら名前を呼ぶ。腹にじんわりと熱を感じ、痛みに呻く。ぽろぽろと戦鬼を纏っていた鱗が剥がれ、顔立ちの整った黒髪の男の姿に変わる。
「不知夜!気がついたのか…?」
痛みに顔をしかめながらも名前を呼ばれ、目を見開いて顔をあげる。ふっと笑みを浮かべると少し離れるように動く。
互いの腹を貫く爪がそれに合わせてずるりと抜けた。
「っく…は……う、げほ」
腕を抜かれた腹から、ぼとぼとと血が流れ落ちる。それに合わせて門桜は膝をつき、血を吐きながら咳き込んだ。
「だいじょ…うぶか…」
同じように引き抜かれ、喪失感に眉を寄せながら腹を抑えると、崩れ落ちる門桜を支えるように肩を掴む。
「平気…だ…よかった…不知夜だ…よかった」
掴まれるとぽろぽろと涙を流してよかったと何度も嬉しそうに呟くと、そのままもたれるように倒れ込み意識を失う。
「っ!門桜!?しっかり…っうぐ」
意識を失う門桜に何度も声をかけるも、同じように先の戦いで負った傷による出血と痛みが激しく、意識が朦朧とする。ざりっと近く足音にはっとして身構えるも、すでに限界に近い体は重く、視線も定まらない。
それでも何とか門桜を守ろうと、強く腕に抱く。
「近寄る…な……」
全身を纏っていた鱗は完全に落ち、残るのは傷だらけの20後半の男、右目だけは鱗が落ちず金色の目を、近く男に睨みつける。
「全く、師の顔もわからんか?…それくらいの傷なら少し眠れば治る、お前も休め」
はぁと、ため息を吐いた男は、警戒して牙を剥く戦鬼の頭をぽんっと撫でた。
ぼんやりと映る二人を見下ろす男からの優しげな声を最後に戦鬼は意識を失う。
男は再びため息を吐くと意識を失い動かなくなった二人を抱え上げた。
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