神秘学的(オカルティック)な少女アザミ

七井 望月

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覚悟の準備をしておいて下さい

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 そして俺はここで初めて、この場にいる少女、アザミに話しかける。

「大丈夫か?襲われてないか?」

「…何でここに居るの?」

 と、彼女は助けた俺に対しても、いつものような疑い深い顔で、不良どもに向けていた敵意ある視線を、今度はこちらに向けてきた。

「ああ、ちょっとこの辺に用事があって、たまたま声が聞こえたから来てみたら、君が居たって訳」

「…ストーカー?」

「違いますけどっ!?」

 俺は彼女の散々な評価に声を荒げる。…人の話聞いてたのか?コイツは。

「毎日すり寄ってくる、こんな人気の無い場所に何故か居る、そして友人からは変態ストーカーと呼ばれている。…完全に黒ね、法廷で会いましょう」

「いや、待て!誤解だ!」

「あなたをストーカー規制法違反と迷惑防止条例違反で訴えます!理由はもちろんお分かりですね?あなたが私をこんな所まで追いかけ回し、下劣な行為に及ぼうとしたからです!覚悟の準備をしておいて下さい。ちかいうちに訴えます。裁判も起こします。裁判所にも問答無用できてもらいます。慰謝料の準備もしておいて下さい!貴方は犯罪者です!刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!」

「本当に待って…、やめてください…」

 俺は消え入りそうな弱々しい声で弁明する。…よくよく考えれば、何で俺が謝っているのか分からない状況だが。

「…いや、嘘だけど。ネタだけど。て言うか知らない?このネタ」

「…え、ネタ?何、寿司の話?ちなみに俺はエンガワが好きだけど…」

「聞いてないし、意味分かんないし。…だからギャグだって、本気にしないでちょうだい。こっちもどういう反応したらいいか分からないから」

 彼女は困った様な表情を浮かべる。彼女のこんな表情を俺は初めて見たかもしれない。

 そんな事を考えながらも、俺は今現在の状況を整理する。

「…つまるところ全部嘘って事か?」

「そういうこと」

 …そういう事らしい。

「結局の所、あなたは私を助けてくれた。それに礼をしないほど私は薄情な人間じゃない。…ありがとう、私の命を助けてくれて」

「命って、大袈裟すぎじゃないか?」

「いいえ、私はあの時不良に襲われて、もうどうしようも無くなったら自ら命を絶つつもりでいた。だから私を助けてくれたあなたは命を救ったの。ありがとう」

「……」

 そう言って彼女はスカートのポケットからサバイバルナイフを取り出す。

 言葉が出なかった。大袈裟、なんて言うと失礼になるかもしれないが、それで自らを殺すというのは、…上手く言えないが何か違うんじゃないだろうか?

 どちらにしろ、軽々しく言える言葉では無い。そして俺が押し黙っていると、俺の意思を汲んだのか彼女が口を開く。

「…そういう契約。可笑しな事かもしれないけれどね」

「契約?」

「そう。それか約束かな?まあどっちでもいいけど」

 それ以降、彼女はこの件については言及しなかった。俺自身も触れてはいけないものだと考えて、追及する事もなかった。

 一転して、会話は他愛の無い世間話の様な話になる。

「あなたっていつもこんな事してるの?」

「こんな事って言うと?」

「喧嘩」

 彼女が恨めしそうな顔でこちらを見る。確かにこんな見た目では不良やチンピラと間違われても仕方ないだろう。だが誤解である。俺は普通で一般的で平凡な学生Aに過ぎないのだ。

「そんな物騒な事しないよ」

「…そう」

 以外にも彼女はすんなり納得してくれた。俺は驚き眉を上げる。そして彼女は不思議そうな顔で言葉を続けた。

「…あなたって、何か例えるなら茄子みたいね」

「茄子?何で?」

 突飛な事を言い出す彼女に俺は首を傾げる。茄子、というのは何故だろう?野菜で例えるならこの髪色にちなんで蕪か大根だろう。そう言えば白茄子というものもあるんだったか?何て事を考えていた俺に彼女は理由を説明する。

「こんな頭のおかしい人みたいな格好してるけど、本当は良識的で優しい人だなぁって、そう思ったの。茄子って言うのもその紫色が食欲を抑えるけど、食べてみると美味しいじゃない?」

「ああ、確かに美味いな、茄子は」

 彼女の言葉に俺は共感する。何か前半部分で俺の見た目をディスられていた気がするがきっと気のせいだろう。

 それよりも、俺の事を良識的で優しい人だと、彼女が言ってくれたのが堪らなく嬉しかった。

 …俺はそんな彼女を何故だかひどく愛おしく感じた。

「あのさ、この後暇だったりする?」

 俺は彼女に尋ねる。突拍子もなく出た誘いの言葉に、彼女は目を丸くする。そして暫し考えるように黙りこんだ後、彼女が口を開いた。

「…何?デート?」

「え、あ、いや…」

 デート、ご名答である。ただヘタレの俺がそんな事言える筈もなく口ごもってしまう。

 どう言葉を返すべきか悩み、しどろもどろする俺を見て、彼女は軽く微笑んだ。

「あなたって何か不思議よね。普段は頼りないのに、いざとなったら助けてくれて、でもやっぱり何か締まりが無いのよね。何だかスーパーヒーローみたい。…あの人もこんな感じだったのかしら?」

 そう言って彼女は笑う。今まで、彼女の表情は仏頂面しか見たことが無かったけど、今日はやけに笑顔を見せる。

 …いつもの凛とした、静かな雰囲気の彼女も綺麗だけど、笑った彼女はその何倍も可愛い。そんな事を考える俺の心臓は、未だかつて無いほど高鳴っていた。

「いいわよ、行きましょう。でも勘違いしないでね、デートと言っても私達付き合った訳じゃないから、広い定義では男女が一緒に遊んだらそれはデートなの。分かった?」

「…ああ、そうだよな」

 彼女は至って真剣な表情でそう告げる。まあ、期待していた訳じゃないけどね?…本当ですよ?

 だが実際、彼女とデートに行けるだけで万々歳だ。つい先日まで、死ねだの消えろだの言われていたとは思えない進展っぷりだ。

「別に、あなたが嫌いって訳じゃないわよ?これも契約。悪く思わないでね」

「契約、ねぇ…」

 彼女が度々言う契約という言葉、その契約は誰と結んだものなのだろう。彼女は何に縛られているのだろう。滅多に笑顔を見せない神秘学的(オカルティック)な少女。先程の笑顔は“真実”なのだろうか?

 そして、彼女は…、彼女の過去は…

「じゃあ行きましょう。このままでいいわよね?軽くお茶でもしましょう?」

「…ああ、そうだな」

 そう言ってこの場を後にする彼女。そして俺はその後ろに着いていく。

 …俺は彼女を救うことができるのだろうか?




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