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良い町ガイズ&ガールズ。
しおりを挟む「やあ、おかえり文夏。大学生活はどう?楽しんでる?」
「うん、まあ、ぼちぼちってとこかな」
家に帰り、真っ先に兄、言問理春の部屋を訪ねた私は、兄の姿を確認して一安心する。
兄は不在である事がとにかく多く、平気で何日も家を空けたと思えば、突然ふらっと帰ってくる。ある時は2年も家に帰ってこなかったことも……なんて、そんな事はなく、前述した事項も全てデタラメで、本当はいつも部屋に引きこもってる寄生虫である。
ただ、部屋に兄が居たことに胸を撫で下ろしたのは本当だ。兄がまるでさすらいの旅人みたいに家を空け姿を眩ます、そんな錯覚をしたことも。何故、そんな勘違いをしたのかは定かではないが。
「ところで今日はどうしたんだい?僕を訪ねに来たってことは、何か手伝って欲しい事があるんだよね?」
「あー、うん。そうだね」
私が兄の部屋を訪ねるのは、大方がお悩み相談とか、助けを求める時だ。昔は無邪気に一緒にままごとなんかに興じたものだが、私が絶賛反抗期になってからは兄の部屋に足を運ぶ機会はめっきり減った。
ある日、私ひとりではどうしようもない問題に直面した時、助言を求めに兄の元を訪れたのがきっかけで、何か悩みがあれば相談をしに兄の部屋の戸を叩くようになったのだった。
「そんな訳で調べて欲しい事があるんだけど……」
「調べ事?うん、オーケー。時間に制限がなければ森羅万象調べられるよ」
「森羅万象は調べなくてもいいかな。でもちょっと、調べるのに時間はかかるかも」
「……?」
予想通り、兄は怪訝な顔を浮かべる。思い浮かべていたままの光景に微笑しつつ、私は兄が想像だにしてないであろう質問を投げ掛ける。
「……物語、っていうか、国語の教科書に乗ってる話の台詞で会話する一族というか兄弟?って、分かる?」
※
……突如、悪寒が走った。
という言葉を耳で聞いた時、君は唐突に母親が全力疾走をする景色を思い浮かべるだろうか。だがそうではない。
ふと、嫌な予感がした。大方誰かが俺の噂でもしているのだろう。
もしかして言問か?朝の校門であれだけ目立っていた俺とこころだ。もはや誰が噂していても不思議ではないが、何故だか真っ黒なオーラを身に纏った言問の姿が刹那脳裏を横切った。
突如、俺の脳内に溢れ出した。存在しない記憶。死のビンタ(デス・ビンタ)の痛みを思い出した。
「おーい、難しい顔してどーしたっつーか、またウンコでも我慢してんの?マジウケるんですけどwww」
「ちげぇーよ。俺が四六時中ウンコばっかりしてると思うな。……なんつーか、悪寒が走ったんだよ」
「お袋ロケットスタートで草」
「おかんは走ってねーよ!いや、ついさっき悪寒が走ったとは言ったが、同音異義語だ」
どうも日本語は難しい。誰か良い町GUYをした俺をハゲ増してくれ。
「まあまあ、とりあえず閑話休題でさ。早く箱根っちの家に連れていってよ」
「……さっきまでそんな話してなかっただろ」
【閑話休題】余談を打ち切って、本筋にもどる意を表す語。それはさておき。さて。(Oxford Languagesの定義)
本筋の話はそんなものじゃ無かった気がするのだが。もしやまた同音異義語?!いや、その話は余談だった筈だ。いやいや、まさか閑話休題が、「KANは九大」とかそういう事なのか?最も、木村和さんの学歴を俺は知らないが。
「かくかくしかじか到着しました~」
「なっ……!いつの間に」
「人間の帰巣本能、みたいな?」
ぼんやりとKANがえ事なんかをしている内に、無意識の俺の足は勝手に家へと歩を進めていたらしい。人間の帰巣本能、恐ろしや。
それよか、もっと恐ろしいのがコイツ、こころだ。なんかしれっと付いてきちゃいるが、つまるところずっと俺の事をストーキングしてた訳だろ。いつまでも付いて離れない。もはや妖怪の類いだろ、これ。
「てな訳で、おっ邪魔っしまーす♪」
「おい、勝手に入るな!!」
家主の許可無しに、玄関のドアノブに手を掛けるこころ。幸い、防犯意識の高さから扉には鍵がかかっており、不審者の侵入を防ぐことが出来たが、開かない扉を押したり引いたりと、こころはガチャガチャとドアノブで騒音を奏でている。
「あーけーろぉーッ!!」
「近所迷惑だからやめれ!!」
「もう!お兄ちゃんうるさいッ!!執筆の邪魔だし!鍵忘れたんならインターホン鳴らせって……」
その時、勢いよく扉の鍵を開けて、半身だけ覗かせた瑞希とこころの目が合う。
「……あ、妹さん?どもー。箱根くんの彼女ですー」
「…………」
突如現れた、私が妙本箱根の彼女であると名乗りをあげた謎の女を品定めするようにじっくりと見る瑞希。そして上から下までまじまじと見終わった後で一言。
「めっっっっちゃ美人じゃん!!!!」
「いやー、それほどでも。あるかもね?」
妹の瑞希から太鼓判をいただいたこころは照れ照れとにやけ面を晒しながら頭をかく。
「おい、あんまりコイツを調子に乗らせるな。面倒くさいから」
「もう、彼女に対してコイツって、失礼にも程があるよ。……だって、噂で聞いたよりずっと綺麗だったから」
「噂……?」
今日の大学での噂の広まり具合を見れば、確かにその波及効果は絶大なものであったが、大学とは全くの関係がなく、お家大好きっ子の瑞希にまで届くとは、不幸の手紙ばりの伝播能力である。
「いや、今ちょうど家に文夏さんが来てて……」
「え……?」
「いやはや、お邪魔してますよ。“瑞希ちゃんのお兄さん”と、その“彼女”さん?でしたっけ。二人ともずいぶんと仲がいいみたいで」
瑞希が覗く半開きのドアの奥から京風旅館の女将みたいに登場をする言問。……コイツのことはどちらかと言えば引っ込み思案なタイプだと思っていたのだが、意外と図太いんだな。
こころから何度も痛い目を見せられようともしつこく突っかかってくる。鏡の大迷宮のダークマインドぐらいにしつこく。
そんな言問を気に食わないのがこころだ。こころ曰く、俺とイチャコラするという野望に立ちはだかる一番の障害が言問であり、一度痛い目見せて俺から離れさせてやろうという魂胆も、言問の強メンタルによって失敗に終わった訳だが、こころにとっては辛酸を舐めさせられたような気分だろう。
「ハッ、負け犬がのこのこと何の用だよ」
その苛立ちを隠そうとせず、言問に唾を吐くこころ。整った顔をしかめて、大きな目を細めて、気弱な人が見たらちびりそうなくらいにキツい眼差しで言問を睨み付けていた。
「のこのことって、やって来たのはそっちじゃないですか。私は瑞希ちゃんの家でお茶をしてただけですって」
「チッ、屁理屈こいてんじゃねぇよ。クソ陰キャがよ」
「ちょっと、お兄ちゃんの彼女さん、口が悪いですよ。……私、お兄ちゃんの彼女になる人はおしとやかで育ちのいい、どちらかと言えばカワイイ系よりもキレイ系寄りのお姉さんがいいな~」
「くっ……」
瑞希のおねだり妹モードにたじろぐこころ。チラッと俺の方を一瞥して助太刀を求めるこころであるが、残念ながら俺の立場は妹よりも低いんだ。母→妹→俺→父ってそんな感じ。
誰か一人忘れている気もするが、それは些末な問題。俺では妹の発言に異をなすことは出来ないと、両手を上げて首を左右に降った。つまりお手上げってこと。
「ま、でもお兄ちゃんが選んだ彼女だから、私が口をだすのは筋違いだけどさ、やっぱりお兄ちゃんは女の人の趣味悪いよ。少し前に女の人を部屋に上げて何かしてたでしょ。ちらと部屋を覗いたけど、女の人は裸だったし、本当に何してたのよ」
「「は?」」
瑞希の発言に、目から光をなくした言問とこころが俺を睨む。怖ぇ、俺もちびりそうになったよ。
「いやいや、知らねぇって、何だよそれ。そもそも、コイツは俺の彼女でも何でもねぇから」
「は?」
必死の弁明だったが、今度は瑞希の琴線に触れる。瑞希はおおよそ兄を見る目とは思えないような、まるで道に捨てられたセルフプレジャー用品を見るような眼差しで、
「……女の敵」
と、そう呟いた。
※
被告人、俺。罪状、不純異性交際をめぐる裁判が、裁判官瑞希、検察言問、こころの両名、弁護人無しで開廷した。
てか弁護人無しってなんだ。これ裁判じゃねえよ!思いっきり出来レースじゃねぇか。俺に対する悪口品評会になる未来しか見えない。
「被告人、黙れ」
「そこは雰囲気読んで『静粛に』だろうが!」
瑞希は裁判官のガベルの代わりにピコピコハンマーを手に俺の頭を叩いた。司法が暴力で物事を解決しようとするな。
「……被告人には不純異性交際の容疑がかけられています。犯行の詳細は、兄、浮気をする。兄、裸の女性を家に連れ込む。の2件です」
「いや、サザエさんの次回予告か」
瑞希は裁判官を名乗る割には、リビングをハンマー片手に右往左往している。
ちなみにこころと言問は、ソファーに二人仲悪そうに距離をおいて座っており、今はお互いに検察という肩書きであるから、言い争いは起こっていないが、どちらか片方を弁護人
とした途端に、遠戦の中心地のごとく言葉の銃弾が飛び交うことであろう。
なお、そのディベートは俺の扱いとは一切の関係がなく、ただお互いの悪口を言い合う場となるであろうが。
そして、俺の居場所は、床の上だ。瑞希により命じられリビングの中央で正座をさせられている。
「それと、これは今回の件とは関係ないんだけどさ、昔仲良かったマヨちゃんっていたよね。最近、というかいつの間にか遊ばなくなってたけどさ、マヨちゃんとはどうなったのよ?」
「マヨちゃん?……ああ、真宵のことか」
マヨちゃん、真宵とは。俺がまだ子供のころよく一緒に遊んだ、幼馴染みといっていい存在だ。
子供のころの俺は、大人から見れば危険なだけで何の利益もない、度胸試しみたいな火遊びに熱中する少年だったのだが、それをダメだよといいながらも、後ろからただ見ていた臆病な少女が、マヨちゃんこと常磐真宵であった。
…… 俺による危険行動を止める勇気すらなかった気弱な少女は、それでもいつも側にいて、結果的に彼女は俺の尻拭いを担当させられていた。
当時、大問題児であった俺は恨みを買う機会も少なからずあり、俺に対しては強く出れない生徒や教師が彼女に八つ当たりすることもあった。それでも彼女、真宵は俺のもとを離れようとはしなかった。
俺と真宵の関係を茶化す奴らもいた。俺も思春期の男子だ。だが、真宵に対してつっけんどんな態度をとることはあっても、強く引き離すことはしなかった。
それは真宵が側にいることで、敵の矛先は真宵に向く。そして、もしも取り返しのつかない事態を犯してしまった場合、俺は真宵に全ての責任を押し付けて逃げることができるからだ。真宵を側に置いたのは、俺の囮にするためであった。
……まあ、結局その後特に大きな問題は起こさなかったのだが、
「……高校受験のタイミングで、俺は勉強に精を出し始めて、火遊びは一切やめて、真宵とも会わなくなったって、そんな感じだな」
「はあ、クズだよ。クズ。私はお兄ちゃんがこんなクズ野郎だとは思わなかったよ。はい、余罪、クズ罪。判決、死刑」
どうやら俺は死刑らしい。瑞希はガキでかみたいに横に突き出した両指で俺の頬をツンツンとつつく。
「……あの、真宵ってもしかして、常磐真宵ちゃんのことじゃありませんか?」
と、そんな折、申し訳なさそうに小さく手を上げ言問が質問を投げかける。仮にも検察役なんだからもっと堂々としていてもいいと思うがな。
と、そんな事を考えている時、俺は言問と真宵の関係を思い出す。
「あー、ごめん。そうだった。……言問は、真宵にいじめられてたんだったよな」
俺は自身の無神経さを言問に詫びる。しかしそれに対して言問は目を丸くしてキョトンとしていた。
「真宵ちゃんに?いやいや、いじめられるなんてないですよ。確かにちょっと、気難しい人ですけど、むしろ仲良くさせてもらってましたよ」
「あれ、そうなのか?あれ、そうだったっけか?」
……これは俺の思い違いか勘違いか。それともあれか、デジャブってやつか?
いや、もしかすると、歴史そのものが変わってるんじゃないか?
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