さよならジーニアス

七井 望月

文字の大きさ
上 下
40 / 46

さよならジーニアス

しおりを挟む
 
「……あー、久しぶり。理子ちゃん。元気してた?」

「……嘘、お兄ちゃん……?」

 返事のない電話に怒声の留守録を入れれば、あら不思議。Re:お兄ちゃん。今まで連絡を入れても返事の一つもよこさなかったという言問の兄が、折り返し電話を架けたのだった。

 にしても今までフルシカトの言問兄が理子の呼び掛けには二つ返事で答えたのには正直驚いた。一体二人はどんな関係なんだ。わたし、気になります。

「……さて、僕を呼んだって事は、ようやく僕は自由になれるのかな?ねぇ、理子ちゃん」

 疑心感に溢れるこの場の空気には似つかわしくない、ウキウキとした声が電話から聞こえる。

「……まあ、その話は追々ね。まず君には“どうして姿を眩ましていたか。”その理由を説明する義務があるはずよ」

 理子は携帯の画面を言問の方へ向けると、ビデオ通話をオンにする。画面越しに兄妹2人の目が合った。

「……切ってもいいかな?」

「絶対にダメッ!!ちゃんと説明してよ!!」

 妹に凄まれ、画面越しにも関わらず後ずさる威厳のない兄。観念して、言い訳常套句の否定から話を始める。

「いやね、別に僕だって会いたくなくて距離を置いていた訳じゃあないんだよ?これには深い理由があってね。そうだな……まずは理子ちゃんとの馴れ初めから話した方がいいかな?」

「長い。三行でまとめなさい」

「…………」

 うだうだと御託を並べる言問兄を切捨御免。理子がバッサリ切ると、言問兄は一つ深呼吸し、ようやくして本題を話し始める。

「……実は今、理子ちゃんの研究成果の設計図は僕が持っています。それが他の人の手に渡らないよう、人との接触の一切を絶っていたって、そういう訳です」

「そ、つまりそういうこと」

 一言、言問兄の言葉を肯定して、理子はニコッと言問の方を見る。

「……は?それってどういう事?」

「うーん、今の説明で分からないかな?やっぱり私が詳細に説明した方がいい?」

「違うッ!!そうじゃなくて!!」

 お互いがお互いを分らず屋め!と思いながらにらみ合う。言葉を紡いだのは言頭を抱え、髪をグシャグシャと掻き乱す言問だった。

「……お兄ちゃんがずっと行方をくらませてたのって、理子ちゃんがそう命じたからって、そういうことなの?」

「…………」

「そうね。その通りよ」

 ケータイの向こうからは罪悪感を押し殺す様にごくりと生唾を飲み込む音が聞こえ、対してケータイを手に持った理子は血も涙もない冷徹女のような表情で無感情に肯定した。

「私の研究成果を狙うような連中は、その辺の生半可な有象無象とは訳が違う。少しでも私と接点がある人物は洗いざらい調べ上げて監視するくらいは訳ないわ。私から研究成果を受け取った事を知られた時には、暗殺、誘拐、拷問なんでもござれの奴らにかかれば無事ではすまない。だから理春には身を隠しておいてもらったのよ」

「……でも、それで何でお兄ちゃんなんですか?別に誰でも良かったじゃんか!なんでお兄ちゃんがこんな損な役を受けなきゃいけないんだよ!」

「私が理春を世界で一番愛していて、一番信用してるから」

「…………」

 頭に血が登って激昂する言問も、理子の大胆な愛の告白には押し黙るしかなく、その間に深呼吸を一つしてようやく冷静になったようだった。

「文夏ちゃん。別に誰でもいいって訳じゃないのよ。もちろん私の発明は人々の役に立つように作ったものだけど、使い方を誤ればとても危険極まりない、そんな代物なの。かのアルフレッド・ノーベルの発明、ダイナマイトも、土木工事の安全性を向上させるために作られたものだけど、彼が「死の商人」と呼ばれる所以にもなった。結局それは、使い方次第なのだけどね。だから完全に信用出来ない人間には、私の研究成果は渡せなかったの」

「…………」

 理子は講釈を垂れながら掌を上に向け、自前の発明品だろうか、手の上に爆発のプロジェクションマッピングを映した。

「つまりそういうことなの。ごめんね、文夏ちゃん。こんな束縛女のせいで兄妹を離れ離れにしてしまって。でも、もうこれで終わりだから」

 そう告げると理子は立体映像を映した手を空に向け、なんか必殺技とか撃ちそうな構えを取る。え、“終わり”って、そういう終わり? 

「……今までありがとう。理春。貴方の役目は次の人物に引き継いでもらうわ。これにて、晴れて自由の身よ。だから本当にこれが最後……」

 手の平の上の光は巨大な矢へとその形を変えて、もう一方の手からは光の弓が現れる。

 虚空から現れた光弓を、その手に構えた理子は矢尻を理春に向け、精一杯に弦を引き絞る。

「……このマジカル弓るりーんで、貴方の私の研究成果に関する全ての記憶を消去する」

「ちょ!ちょっと待ってよ理子ちゃん!僕にだってまだ言いたい事が……!」

「御託は不要!喰らいなさいッ!マジカル弓るりーん!!」

 張りつめた弓の弦を離し、放たれた光の矢がいくつにも散弾してこの場にいた理子以外の全員の胸に突き刺さった。え、俺も……?!

「ちょ、ま、まだ心の準備が……」

 薄れ行く意識の中で、最後に目にしたのは切なげな表情で涙を流す理子の横顔と、その小さな口から放たれる「さよなら」という言葉だった。




 ※



 ……屋上に屯していた鳥の群れが一斉に飛び立つ音で、俺は正気を取り戻した。

 今まで一体何をしていたんだっけ?そんな事を思いながら鳥達の離陸地点を眺めていたら、屋上にいた一人の女子生徒と目が合った。

「あやや、えーっと、妙本君でしたっけ?どうしたんですか、こんなところで」

 そう言う彼女は……言問だったか?隣のクラスの。廊下とかで何度かチラホラと見かけた様な気がする。

「あーいや、ボーッとしてたら、いつの間にかここに来てた」

「えー……何ですか、それ」

 彼女は半目になって呆れ溜め息を一つ吐く。

「まぁ、私もなんですけど」

 お前もかよ。

「……なーんか、大事な事を忘れている気がするんですよねー」

 そう言って、夕日を見る彼女。俺も、と言おうとしたが、言わないでおいた。思い出そう、とも思ったが、めんどくさくてやめた。何故だろう。

「そういえば、妙本君ってお姉ちゃんとかいます?」

「何だその脈絡のない質問」

 突飛な質問に俺は眉をひそめて彼女へと振り向くが、彼女が真剣な表情をしていたので、嘘偽りなく答える。

「……いないよ」

「あやや、そうですか」

 会話はそれきりだった。基よりただ立ち寄っただけの2人だ。こんなもんだろう。

 風の音しか聞こえない二人きりの屋上に居たたまれなさを感じた俺は踵を返して屋上から校舎内へと続く階段のある四角い建物の扉を開けようとドアノブに手を掛けると、

「……さよなら、天才くん」

 悪戯っぽい笑みを浮かべた言問が去り際の俺の背中にそう声を掛けた。

 ……後から知ったことだが、彼女は全てのテストで学年2位の、ベ◯ータ的、ル◯ージ的な銀メダリストのエリートだった。

 そんな彼女と俺が、卒業するまで学力テスト学年一位の座をかけて、熾烈な争いを繰り広げるのは、また別のお話……。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

弁当 in the『マ゛ンバ』

とは
青春
「第6回ほっこり・じんわり大賞」奨励賞をいただきました! 『マ゛ンバ』 それは一人の女子中学生に訪れた試練。 言葉の意味が分からない? そうでしょうそうでしょう! 読んで下さい。 必ず納得させてみせます。 これはうっかりな母親としっかりな娘のおかしくて、いとおしい時間を過ごした日々のお話。 優しくあったかな表紙は楠木結衣様作です!

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。

ながしょー
青春
 ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。  このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

処理中です...