さよならジーニアス

七井 望月

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裸の付き合い、どつき合い、気合い

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「……つまり、理子はずっとあのいじめっ子達にいじめられてたのか?」

「……うん、正確にはテストの少し前くらいからかな。いわれのない暴力を受けたり、私の本に落書きされたり、……テストを盗まれたのもそう。日常的に嫌がらせをされてた。ここしばらくね」

 理子は過去の辛い思い出を噛み締めるように、苦いものを咀嚼するように眉をひそめた。

「でも、もう大丈夫。ファンクラブの皆と、箱根が助けてくれたから。……ありがとう、みんな」

 ……理子はどこか懐かしさを覚える純粋無垢な笑顔で笑ってみせた。

「へへ、あたぼうよ。俺達理子ちゃんファンクラブにかかれば3時のおやつ前だぜ!」

 ……結構時間掛かってるな。午前中棒に降ってるじゃねぇか。もっと早く動け。

「よくやったわ、流石私の忠実な“小間使”達ね、誉めて上げるわ」

「うおおおお!」「やったー!」「“小間使”だってよ!」「この前まで“奴隷”だったのに……」「生きてて良かったー!」

「…………」

 それで良いのかお前達。理子も理子で大概だけどな。鞭が強すぎてトイレットペーパーすら飴として喜んで食ってるような状態だぞ。

 悪魔的美少女め。いつかみたいに悪魔的微笑を浮かべてやがる。

「……ところで、いつまでもこんなとこにいたらまたいつかみたいに遅刻でどやされるわ。早く戻らないと。次の授業はなんだったかしら?」

「……次の授業は体育だよ。ほら、君達。早く着替えなさいな」

 ……そう言って現れたのは、謎多き転校生の永易で、手には体操着の入った巾着袋。この場にいる全員分の巾着袋を、まるでジャグリングでもするかの様に軽々と持ち運んでいた。

「ほらよ」

 ……俺の手元に体操着が投げ渡された。

「……永易?もしかして転校生って永易だったの?!」

 俺が体操着に落とした視線を声の方へと移す。理子がドッキリにでもかけられたみたいな驚きの表情を浮かべていた。

「ああ、そうだが。聞いてなかったかい?変な奴が転校してきたとか」

「“変”だなんて言葉で表せないわよアナタは。奇人、狂人……いや、“永易”ね。アナタの頭の可笑しさは既存の言語では言い表せないわ。これからは“永易”を変人の最上級を表す代名詞として定着させていくべきよ」

 理子は散々な言いようで永易を評する。そんな事より……

「お前らって知り合いだったのか?」

 興味本意で俺は尋ねる。すると理子はすごく嫌そうな顔をした。

「……ええ、元々コイツは医者で弁護士で研究者だったのよ。私はコイツと一緒に研究をしてた腐れ縁。今は何?高校生探偵でもやってるの?」

「高校生探偵……。確かに素晴らしい響きだけど、今は普通の高校生さ。オカルト研究会で部長をしながら、研究をしつつ、君が助けたって聞いたアイアンマンのお守りをしてる現状さ」

「……それは普通なのかしら?」

 ……理子と永易は思い出話に花を咲かせている。が、そんな事をしている場合ではない!俺が話を振っておいて何だが、早く着替えを終えないと次の体育の授業に間に合わなくなってしまう!

「……おっと、盛り上がってるとこ悪いがそろそろ休み時間が終わるぜ。早いとこ着替えないと遅刻するぞ」

 俺が思っていたことを、猿山が代弁してくれた。流石だ。猿回しの猿でもこうはいかないだろう。やっぱりお前は猿山の大将だぜ!

「そうね、早く着替えないと。……時間もないし、私もここで着替えようかしら?」

「!?」

「え、マジで?」

 ……そんな事を言いつつ、理子はおもむろに服を脱ぎ始める。

 ゆっくりと制服のボタンを外して上着を脱ぐ。今度はスカートに手を伸ばし……スカートを下ろす、その前にネクタイをほどき始めた。

 ……いーや焦らすな!急げっていってんだろ!とは言うものの、やはり前置きは必要だ。その方が、風情があるだろ?

「……何じろじろと見てるのよ。アンタらも早く着替えないと遅刻するわよ」

「あ、ああ」

 だがしかし、目を離せないのが男の性だ。

 スカートを脱いで、理子は下着を露にしている。薄青色の毛糸のパンツだ。名称的にはなんと言うのだろう?

 毛糸のパンツと言うと、あまり色気を感じない様な雰囲気があるが、理子の場合はスタイルの良さも相まって、悩ましい腰つきにかかる毛糸のパンツがやけに色っぽく感じた。

「アンタら……、今は時間もないし、助けてもらった手前怒るのも薄情だろうし、ここで着替えてる私も悪いけど、もっと目をそらすとか少し離れるとかあるでしょ!何でガン見なのよ!見られてもいい下着とは言え、そこまでマジマジと見られると流石に恥ずかしいわッ!!」

 理子は少し腰を引きながら、両手で下着を隠す。……隠すと余計にエロさが増すように感じるのは俺だけだろうか。

「箱根……ッ!特にアンタは私の裸だって見たじゃない。何今さら下着なんかで興奮してるのよ!」

「……!!」

 理子のその言葉に、辺りの男性陣の視線が一斉にこっちへ向いた。皆こっち見んな。

「お、お前ー!理子ちゃんとは何の関係もないって言ってたじゃねーか!なのに裸の付き合いって、お前らどういう関係だーッ!」

 ……目と目が合うとゴリラって襲い掛かってくるらしいな。だから俺はそっぽを向いて猿山とは目を合わせず、黙秘権を行使した。

 猿山とその取り巻きは俺を囲んでぼこぼこと殴り掛かってきたが、流れ弾が猿山に当たり、気付けば猿山軍団同士でのどつき合いが始まり俺は蚊帳の外となった。なんとかスクールシミュレーターみたいだな。

「……お、おい!ちょっと待て!!なんだアレ!」

 猿山の取り巻きの誰かがそう言い、猿山達も戦いの手を止め、俺達はソイツが指差す方へ視線を向ける。

 ……大乱闘よりも、半裸の理子のプロポーションよりも、美少女と裸の夜を過ごす男の敵(俺)よりも、より驚くべきものがそこにあった。

「……私は激怒した!必ず、神算鬼謀の科学者を除かなければならぬと決意したーッ!」

 学校のグラウンドの中心、まるで中世からタイムスリップでもしてきたみたいな上裸の男が何やら大声で叫んでいた。

「……な、なにごと?」




 ※




「……もしかしてあれエージェントの1人なのでは……?」

 上裸の中世男はミュージカルみたいに身振り手振り声を上げ、校庭を駆け回っている。

「そうね。口ぶりから察するに、どうやら私を探しているみたいだし……」


「……ああ、姿を表したまえ、逃げ惑う科学者よ! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、君が姿を表すことがなかったら、君の佳い友達が、君のために死ぬのです!」


「……そうみたいだな」

 気付けば校舎の窓から何人かが身を乗りだし、外で踊る中世男を観察している。……職員室からも、教員の1人が男を止めようとグラウンドの方へ歩いていく。

「おい、お前!何用だ!ここは学校だぞ!不法侵入で通報するぞ、コラ」

 教員は物怖じせずに圧倒的不審者の極みである変態マッチョに歩み寄る。

 ……変態マッチョは変わりなく筋肉の舞を続けていて、敵意や殺意は全く感じられない。

「おい、聞いてんのか、コラ」

 が、マッチョが一歩近付けば、手が届く範囲まで教員が足を踏み入れた時、……ブワッと、溢れんばかりの殺意を一瞬にして全身に纏った。

「……危ねぇ!先生ッ!!」

 俺は刹那に教員とマッチョに割ってはいるように大声を出して駆け出した。服がはだけてようが一切気になどしない。

「……みょ、妙本?どうしたお前?」

 幸い、その教員とは顔見知りだった。というか俺はエリートだから、俺を知らない教師の方が少ない。

「いやー、驚かせてすいません。実はこの人、僕の親戚なんです。体操着を忘れちゃったんで届けに来てくれたんですよ~」

 ……教員も、端から見ていた理子や猿山軍団も、エージェントの1人でさえもキョトンしていた。ディベート大会で大滑りしたみたいな嫌な雰囲気。

「そ、そうなのか?妙本」

「……ええ、だからちょっと取りに行ってきますわ。何かあったら、“ハインリヒ5世が神聖ローマ皇帝に即位してから承久の乱が起こるまで”に連絡してください。お願いします」

 ……俺の意図は伝わっただろうか?いや、伝わったであろう。社会科の教員であり、年号の語呂合わせのスペシャリスト、“伊井国(いいくに)創郎(つくろう)”先生は静かに頷いた。

「……妙本、“お主が柱になるには何が足りないと思う?”」

 鱗滝左近次よろしく、伊井国先生は声を低くして問うてきた。

「……ええ、完璧に理解しましたよ。……キをつけます。そっちも重々、承知しといてください」

「判断が早い」




 ※





「……おどろいた。貴様は乱心か。こんなとこに連れてきて一体何をしようというのだ?」

 上裸の大男は俺の後ろを歩きながら尋ねる。改めてすげー迫力だな。背後霊よりも全然背中に緊張が走る。

「……生憎、狂ってもないし、全然正常、エンジョイナウだよ。……その話し方から察するに、アンタは太宰治「走れメロス」がモチーフだろ?」

「そうです。演じているのです」

 ……もう最早どの台詞を言ってるのか分からないが、徹底しているのだろう、きっと。

「……どういう因果か、“走る”事に関しては俺も自信がある。どうだ?ここから学校のグラウンドまで、かけっこ対決ってのは」

 上裸の男はいぶかしむような視線を向ける。

「……待て、その対決をして、私に何のメリットがある。勝負から逃げるつもりはないが、意味のない闘いはしたくはないぞ」

 ……流石に少しは頭が回るようだな。簡単に乗ってはくれないか。

 ならば、ここはとっておきの大ハッタリをかますしかないようだ。

「……俺はアンタらが探してる、妙本理子の弟だ。知っての通り、姉ちゃんは相当頭がいいから、普通に探しても絶対に見つからない。そこでだ、この勝負でアンタがもし勝ったら、姉ちゃんの情報をアンタに渡そう。だけど俺が勝ったら、学校の皆には手を出さず手を引いてくれ。……どうせアンタ、姉ちゃんが出てこなければ学校の人間に危害を加えるつもりだったろ?」

 筋肉マッチョはニヤリと笑った。

「ああ、それもやむを得ないと思ってた所だ。だがそちらから情報をくれると言うならその必要はないな」

「……じゃあ決まりだな。始めようぜ、“箱根駅伝”VS“走れメロス”で、ドリームマッチだ!」



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