さよならジーニアス

七井 望月

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ダブルベッドをもう一度

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「言問?アイツは犯人じゃねぇぞ?!……やっぱりお前、犯人分かってなかったんじゃねぇか。犯人は言問じゃない、真犯人は別にいる!」

 猿山は頭脳は大人にでもなったつもりで、たった一つの真実を見抜く名探偵みたいな振る舞いをしてみせた。見た目はゴリラだけどな。

「……真犯人って、一体誰なんだ?」

 俺としては理子のテストが盗まれた件とエージェントの件については勝手に同一視していた節があったが、よくよく考えて見れば奴らが理子のテストを盗む道理がない。

 だったら誰が理子のテストを……?謎は更に深まるばかりである。

「……犯人はこちらで完全に特定した。おい、ポン太!」

 猿山が名前を呼ぶと、部下達の中から男が一人、人の波を掻き分けてでぅでぅでぅと現れた。でぅでぅでぅは笑いのSE!

「……それで、何をするんだ?」

「ぼくはポン太さ。そしてこの耳をみてよ」

 ずんぐりむっくりとした体格のポン太はぴょこっと頭の上についた耳を動かした。

「ぼくの耳は全世界を盗聴できる耳さ。あらゆる場所、あらゆる女性の素敵な……そんな夢をかなえる耳さ」

「全世界を盗聴……?もしかしてそれで犯人を探すのか?」

 ポン太は恰幅の良い体をふんすっと揺らす。

「僕にしかできないことだからね。世界中の女性の声を聞き分ける……ま、プロの領域だから」

「お前もう逮捕されろよ」

「……さて……はじめるか」

 ポン太は目を瞑って精神を集中させる。

「心沈めて、耳を全てに……声……声……声……声……全ての声……聞き分けろ」

 ポン太は全世界の「声」を聞き始めた。

 たくさんの声や音が聞こえる……トイレを流す音……シャワーの流れる音……エトセトラエトセトラ。

「……なあ、これで本当に分かるのか?」

「しっ……聞こえないよ。音って敏感さ……」

「…………」

「犯人の行動や性格を考え……全てのものが出す音と参照する……犯人の息づかい……鼓動……今の僕なら……衣擦れの音でさえ……誰かわかる」

 ……ところでコイツはいちいちなんか癪に触ること言うな。このかっこつけめ。

「……愛する人の為にかっこつける……これは……すばらしいことだ」

「…………」

 ポン太はしばらく音に集中している。

「どうだ?なんかわかったか?」

「……犯人発見」

 音の在処を事細かに探るように、ポン太は頭を傾けた。

「旧校舎西の空き教室か……」

 ……更に頭を傾けるポン太は、そこで突如何かを発見したかの様に目を大きく見開いた。

「箱根君……急ごう」

「……?」

「犯人の軍団の中に……犯行とは無関係の呼吸がきこえる……そして、この呼吸音は記憶にある」

「記憶?なんの?」

 俺が聞くと、ポン太は未だかつてないほど真面目な表情で答える。

「ぼくが愛する理子さんの呼吸音だ。だけど元気がない……かなり……朦朧とするほどに疲弊している!!!」

「……ッ!」

 ……俺の脳内には先ほどまでここにいた理子の傷だらけの姿がフラッシュバックしてきた。

「いそごう!箱根君!犯人の軍団の中に、傷だらけの理子さんがいる!」




 ※





「……おい、てめぇ。なにヘラヘラしてやがるんだ。謝れって言ってんのが分かんねぇのか?」

 旧校舎の、人が全く立ち寄らない空き教室。そこに私、芳山理子と、金髪頭のいじめっ子、それとその取り巻きがちらほらと居た。

「……貴方があまりに滑稽だからよ。文夏ちゃんには二度と近付かないっていう彼との約束を律儀に守りながらも、その腹いせに今度は標的を私に変えていじめを続けてる。……お笑いね。結局貴方は何がしたいの?箱根に嫌われたいのか嫌われたくないのか、そんなに大風呂敷広げて、どんなオチが待ってるのかしら。楽しみね」

 私の言葉に、更に激昂した金髪は怒りのままに私の頬を叩いた。

「……そんなツッコミ、カミナリでもしないわよ」

「うるせぇ!お笑いじゃねぇってんだよ!そうやって調子こいてムカつくからいじめてんだ、分かってんのか?!謝れば許してやるって言ってんのに何で謝らねぇ!マゾなのか、お前」

「私、イライラ棒に謝罪されたことないけど?」

「…………」

 怒り狂った金髪は私の飄々とした受け答えに一瞬スッと口ごもる。こんなやつの相手をしても無駄だとでも思ったのかしら、私もずっと同じ気持ちよ。

「……もういい。お前が謝らないってんならこっちにも考えがある」

「ごめんなさいもうしません許してくださいあなたは天才です。そんなあなたに楯突いた私がバカでしたナメクジでしただからもういじめないでください食べないでくださいー。神様仏様あなた様ー、もひとつおまけにあなた様ー、モリサマー」

「……チッ」

 ……謝れば許すって言ってたのに、金髪は不服そうに舌打ちして地面を蹴る。さっきと言ってる事が違うじゃない、嫌になっちゃうわ。私、戦争とダブルスタンダードが嫌いです。

「誠意を感じねぇんだよ、このカス」

「何?誠意は言葉ではなく金額とでも言うつもり?その台詞はナゴヤドームで3割30本打って、サンディエゴで生き返ってから言いなさいな」

「…………」

 金髪はずいぶんと頭を悩ましている。それもそうだろう。彼女が求めてるのは誠意でも金額でもなく“服従”なのだ。いじめなんてのは劣等感を持つものが相手より自分が優れてると思いたくて、一方的にいたぶって一時の優越感に浸ってコンプレックスを払拭する、ある種の心のまやかしなのだ。

 人は自分より下の存在に安心感を覚える。だから虐める。だけど虐めていた相手が、余裕綽々で、自分より下だと思っていた存在が、自分より一枚でも上手だと感じたら……人は劣等感に溺れるだろう。

「……もういい、次で最後だ。最後に一言、何か言えよ。面白かったら許してやる。さあ、どうぞ、お笑い通さんよぉ」

 金髪が半笑いでそう言うと、回りの取り巻きもケタケタと気味の悪い声で笑う。

 ……別に私は、笑いに特段詳しい訳ではないし、弟には笑いのツボがトチ狂ってると言われた程だ。だからこれはお笑いショーではない。

 ……いつの日かと同じみたいに、これは単なる時間稼ぎッ……!






「……助けてッ!ジーニアスッ!」

「合点承知ィィッ!完ッ璧に理解した!!」

 ……そんな、ショーみたいな決め台詞と共に、妙本箱根がドアをガンッと鳴るほど強く開いて、現れたのだった。




 ※





「箱根……ッ?!どうしてここに……」

 ……まさかの想い人の登場に、金髪は目を見開いて驚く。

 夢を追いかけるサッカー少年の前に、突然リオネル・メッシが!?みたいな幸せなドッキリのような展開だが、そんなハッピーな雰囲気は全くなく、ただただ重い空気が流れていた。

「……なんで、何でここに来たんだよッ!アンタだけには、絶対に来てほしくなかったのに……」

「……助けを呼ばれたからだ」

「…………ッ!」

 箱根は少し恥ずかしさで気後れしながらも、真っ直ぐな目でそう言い放った。

 金髪は最愛の人に、自分が悪であるという事実を突きつけられて、力なく膝から崩れ落ちる。

「……お前には失望したよ。……真宵」

「……!わ、私の事、思い出して……」

 金髪は地獄の中に垂れてきた一本の蜘蛛の糸にすがるかの様な希望の笑みを浮かべた。だが……

「……ああ。……出来れば思い出したくなかったけどな」

「…………」

 ……その希望は刹那に打ち砕かれた。絶望にうちひしがれた彼女は俯いて暫く動かなかった。

「……あの時は言葉が足りなかったな。金輪際、言問には近付くな。そして、俺と理子と……俺の関わる全ての存在に関わるな。お前とはもう接点を持ちたくない。……それじゃあな」

 ……そう言うと、箱根は教室を後にする。





 ※





 ……背後からは、女の子が泣き崩れる音。

 ああ、これで2回目だ。

 ……俺の気持ちは、あの時よりも微かに痛みを感じるのだった。




 ※





『……つまり、君はなんとか命からがら逃げ切る事ができたと、そういうことなんだね?』

『ああ、情報も粗方喋らされちまった。だが命に勝る事はない』

『そうだね。……それに、君だって何もしなかった訳ではないのだろう?』

『……そうさ。僕が敵に話した情報、その中に一つだけ“大きな嘘”を混ぜた。後々になって彼女らはその嘘に踊らされるだろう』

『……やっぱり、君は“猫”を被るのが上手だね』

『……ニャーオ♪』

『……それじゃあ次は君の出番だよ』


『…………ハシメロ』




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