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不思議な薬飲まされて
しおりを挟む「薬を盛られたッ……あの店主、エージェントだったのよ……」
不覚を取られた……。ただ全く予想だにしなかった訳ではない。気付けなかったのは私の落ち度だ。
何故、あんなに怪しさ満点だったのに……
「りっちゃん!?大丈夫!しっかりしてッ!」
「……ふふ、してやられたわね。大抵、真にヤバい奴は総じて地味だと高を括っていたわ。『ああ、コイツは怪しい男に憧れるただのバカだな』ってね。殆んどの毒を持つ生物はいかにも毒々しい見た目をしていることを、すっかり忘れていたわ」
……体が火照って熱い。しかし幸いにもそれ以外に致命的な作用はない。今現在においては。
「……もしかしたら、明日にはポックリ逝ってるかもね」
「縁起でも無いこと言わないでッ!!早く、早く病院に行かないと……!」
「いや、それは愚策よ。せっかく逃げてきたんだもの。みすみす相手の思惑に乗るような真似はしないわ」
私はフムと顎に手を当て頭を捻る。
「……とりあえず二手に分かれましょう。なるだけ人の目が集まる場所で。そうすれば奴も目立った真似はしないでしょう。あと絶対に自分の家に帰るのはダメ。今日は泊まりなさい、なるだけセキュリティがしっかりしている高いホテルで、お金は後で私が出すから……」
「……どうして?」
「いや、だから私達は追われてる身で……」
流石に物分かりの悪いトガちゃんでも呑気が過ぎるぞと、私は呆れ溜め息を一つ吐き、ジトッとした目でトガちゃんを睨み付けると、トガちゃんは泣いていた。
「どうして?りっちゃんは何にも悪いことしてないのに、どうしてこんな目に逢わないといけないの?こんなのってあんまりだよ……ッ!りっちゃんは凄いんだぞ!もっと褒められるべきなんだ!みんなりっちゃんに感謝すべきなんだ!なのにッ、どうして…………ッ」
「……だからよ」
……乾ききった一言に、トガちゃんは絶句する。
「……簡単に言えば、嫉妬ね。皆、優れたものには妬みを抱く。これは仕方がないことなの。人間には、遺伝子レベルで組み込まれてる。アデニン、グアニン、嫉妬心、ってね」
……神妙な面持ちで話を聞いていたトガちゃんであったが、最後に思わず破顔した。
「……もう、こんな時まで冗談言って……」
「いやいや、寧ろ今が一番調子がいいまであるわ。さっきの洒落も、中々洒落ていたんじゃない?最高に頭がキレてるわ」
「……昔からりっちゃんは追い込まれてからが本番みたいなとこあったからね」
「もしかしたら走馬灯かもよ」
「もう!だから笑えない冗談止めてってば!」
「冗談じゃあないわ、嘘よ」
トガちゃんはすっかりいつもの調子で、ふざける私を肘で小突いた。
「……そうね、走馬灯ではなく……そう、mad。狂ってるのよ、私は」
「そうだね。りっちゃんはちょっと可笑しいわね」
「…………え、冗談よね?いや、嘘でしょ?」
トガちゃんは私への仕返しのつもりかニコニコと笑顔を浮かべるのみで言葉を返さない。私ほどマトモな人間は他にいないと自負していたつもりだったのだけど……
「こんな可笑しな状況を、笑ってられるのはりっちゃんが可笑しいからだよ。……だからこそ、頼りにしてるんだけどね」
……ここは怒るところなのかしら、私としては可笑しいと言われることは全く心外なのだけど、……頼りにしてると言われて、嬉しくないわけ無いわね。
「……ええ、ありがとう。感謝するわ。それじゃあ明日、また笑顔で会いましょう」
「うん、そうだね」
……私達は笑顔で手を降って、また生きて再開することを誓い合ったのだった。
※
……結局、あの薬は何だったのだろう。
あれから調子が悪くなったりすることは無かったし、体は全然ピンピンしている。
……さてはあの程度の量では全くもって問題ないようなそういった代物だったのだろうか。だとすれば私の不安は取り越し苦労で済むのだが、未だに油断は禁物だ。
この薬が効果を発揮する時間すらも分からず、今この瞬間意識が持っていかれるかもしれない現状だ。意識をしっかり持って、自分の体と向き合う事が今出来る全てであろう。
……あとは、目的地に、……アイツの所に、可能な限り早く着くことだ。
「……あれ?目的地って、どこだっけ?」
私は上書きされた存在しない記憶に疑問を呈す。目的地とは?今すべきなのは人混みの中に紛れ向こうの出方を伺うことだ。そうだ、だから私は町の中心部へと行くべきなのだ。
「……なのに、どうして……?」
私の足は私の意思とは正反対に、夜の閑静な住宅街の方へと向かっている。
「体が、勝手に……ッ!?」
身体の自由が効かない。まるで操られるかのように私は夜の街を一人で駆け抜ける。早く早くと、私の思考を無視した脳信号が目的地とやらに私を連れ去ろうとする。
「……まさかッ……これが薬の……!」
……気付いた時にはもう遅く、私の体は既に私のものでは無くなっていた。
……最終的に、私がたどり着いたのは彼の家。妙本箱根が住む家であり、私がかつて生まれ育った懐かしの我が家であった。
※
『……アーアー、聞こえるか?こちらビージェント「ヤママユ」、こちらビージェント「ヤママユ」』
『……ビージェント?何じゃそりゃ?』
『いや、僕らって孫請けだろ?そんでもってエージェントの下請け。だからAジェントの次、Bジェントってね』
『……お前、言葉にはちゃんと意味ってものがあるんだぜ』
『それは分かってるさ。だって君、チーム名を欲しがってたろ?だから待機中ずっと考えててあげたんだよ?』
『…………』
……俺、コードネーム「ヤマネコ」は暇をもて余していた「ヤママユ」に文句の一つでも言ってやろうとでも思ったが、任務を失敗した背徳感から口を開けなかった。
『……君、任務を失敗したんだってね。自供薬を飲ませて彼女に研究の全貌を話させるだけの“簡単”なお仕事をね』
『……何か文句でもあんのかよ』
『その理由が聞きたい』
『…………』
俺は自他共に認める“嫌な奴”である「ヤママユ」に、事の真意を正直に話すか悩んだが、結局、全て正直に話すことにした。
『……一応言うと、薬を飲ますことには成功した。……“惚れ薬”を飲ますことにはな。まあ、お前も知っての通り、妙本って言うのはかなりの美人だ。……だからよ、ちょっとぐらい夢見ちまったんだよ』
『……それで彼女を逃がしたと、君の身勝手な行動で。そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな』
『…………』
『結構、結構、実に、結構。惚れ薬、つまりは媚薬だろ?彼女は悶々とした気持ちを常に持って暫く過ごすことになるんだろう。とても興奮するじゃないか!』
『……やっぱりお前は嫌な奴だよ』
『収集家と言ってほしいね。そして君は注文の多い男。ヤドカリとイソギンチャクのようなまさに持ちつ持たれつの良い関係じゃないか。これからもよろしく頼むよ。……ふぅ』
……その言葉を最後に聞いて、俺は無線の電源を切るのだった。
※
……私は操られるまま、彼の家の前に立ち、そして玄関の扉を開けた。
「お母さんお帰りー、……って、貴方誰ですか?」
突如現れた私を出迎えたのは妹の妙本瑞希で、……大きくなった彼女の姿に私は思わず顔が綻んだ。
「……あー、私は妙本箱根くんのクラスメイトよ。ちょっと彼に用事があって来たのだけれど、彼は何処にいるのかしら」
「お兄ちゃんですか?お兄ちゃんなら自分の部屋に居ますよ。呼んできましょうか?」
「いや、その必要は無いわ。失礼、ちょっと上がるわね」
「あ、ちょっ、ちょっと……!」
……私は彼女の制止の言葉も聞かず。彼の部屋に一直線で向かう。
……操られるまま、自分の意思とは一切の関係がなく……
※
「……い、いやはや。な、何だかひどく不吉な予感が……!?も、もしかして今までの色々な出来事はこの為の前兆……?ムムム、文夏ちゃんレーダーが酷く反応しています!今すぐ!今すぐに箱根くんのお家に行かなくては……!」
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