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それでもボクはヤってない。
しおりを挟む「……詳しい話はまた今度だ。理子は私と一緒に職員室に来い。言問、妙本、お前らは早く家に帰れ」
十川先生はあわただしくそう言うと、さようならをいう間もなく教室を後にしていった。
教室には俺と言問の二人だけが残され、……普段だったら互いに緊張しあってドギマギする状況なんだがな、今は全くそんな浮わついた心持ちではなかった。
……隣にいる、怪しげな笑みを浮かべる言問に俺は声をかける。
「……おい、言問。何笑ってんだよ」
「な、何って、そりゃあ結果としては箱根くんは理子さんに勝った訳ですから、確かに少々複雑ではありますが、箱根くんが勝てて良かった!これに尽きますよ。……後、放課後教室に二人きりっていうのも……」
相も変わらず言問はニヤニヤしつつ体をくねくねさせつつ言う。
……なんだか俺はひどく不愉快に感じた。
だから俺は疑心感を持って、上機嫌でいる言問に問い掛ける。
「……まさか、答案用紙盗んだのってお前だったりする?」
俺は可能な限り冗談めかした口調で言問に尋ねた。
「そ、そんなわけ……!だって、箱根くんがあんなに頑張ってたのを、私は知ってる訳ですし、そんな野暮なことしませんって、いやはや」
「いやはやって……久しぶりに聞いたな、それ」
……言問はとても動揺しているようで、俺は心に刻んだ疑心感を更に深める。
……先程、言問に答案用紙を盗んだか?と、尋ねた時の反応、ほとんど間違いなくクロだ。嘘をついていることは自明の理で、彼女が今回の事件に関わっていることは確としていた。
……俺は続けざま、死神の尋問のごとく彼女にカマをかける。
「……予想外の結果になったな、言問」
「……な、何ですか急に。……もしかして私のことを疑ってるんですか?」
「……いや?俺はただ“予想外の結果になったな”って、そのまま思ったから言っただけだ。……犯人っていうのは、どうにも自意識過剰になるらしいな、“自分のしたことがバレてないだろうか?”って挙動不審になるらしい」
「ち、違いますッ!わ、私は、ただ……」
「いやいや、そう強く否定するなって。余計怪しく見えるぞ?大抵追い詰められたヤツは大きな声を出す、悪足掻きとも言うな。死にかけの身でも相手に自分の存在を大きく見せるための、まあ苦し紛れの生存本能だな」
「……い、いや。違う。違うよ……」
「……分かりやすいな。挙動不審なヤツが犯人と言えば強い言葉で反論して、声を荒らげるヤツが犯人と言えば静かに答える。完全に犯人の動きだよ。怪しまれたくないから、従順になる。……お前が犯人なんだろ?言問」
「…………」
……非常にあからさまにボロを出す言問。最後には完全に俯いて反論の言葉を返せないでいた。もう、俺の中の疑心感は確信に変わっていた。
「……違う、違う……」
「……もう認めろよ。嘘をつきつづけると苦しくなるだけだぞ?お前のやったことは決して許されることじゃないが、素直に認めて誠心誠意謝れば後腐れも残らないだろ。……なあ、言問。……よく考えろよ」
俺は言問を諭すように言葉を投げ掛ける。湧き出す怒りは胸の奥にしまいこんで。……もう制裁は十分受けただろう。それに、言問に対しては完全に情は捨てきれない。
「違うッ!違うって……!」
……しかし、言問は俯いた顔を上げると、今まで見たことのないような形相を浮かべ、俺を睨み付け、猛った。
「……だからッ!!違うって言ってるだろ!!適当なこと言うなよ!確かに笑った、確かに怪しかった、確かに大きな声を出した、確かに従順だった、それでもッ!!それでもボクはやってないッ!!」
「…………」
珍しく、言問は怒声を上げた。珍しい、普段使わない口調で。けれども、かなり怒り慣れた様子で。
刹那、我に返った言問が弁明をするが、……俺はもう聞こうとも思わなかった。
「……い、や、今のは、今のは口が滑ったというか……」
「……ハッ、逆ギレかよ。……もういいよお前。……じゃあな」
……俺は言問に言葉を吐き捨て、感情的に、踵を返し振り返ることなく教室を去った。
……背後からは女の子が膝から崩れ落ち、切なげに泣きじゃくる声が聞こえた。
※
真っ赤な太陽に吠えたくなるくらいに、頭に血が登った俺が昇降口へ向かい廊下を歩いていると、なにやら人影が見えた。それも一人や二人ではない。……まだ、俺ら以外にも人がいたのか。
俺が気にせず通り抜けようかと考えていると、人影はぞろぞろとこちらへ向かってきた。
「おい、お前」
「……あ?」
いきなり声を掛けられ、俺は怒りを露にぶっきらぼうな返事をしてしまった。
だが別に構わないであろう。今は誰かと話すような気分にはなれない。脅すような返事に怯んでもらって、俺はその隙に立ち去ろうとする。
「……なんだお前、俺のこと覚えてないのか?」
「……え?」
そう言われ、改めて顔をよく見てみると、どこかで見たことあるようなないような、記憶の片隅に眠ってるかもしれない顔をしていた。が、数秒考え俺は記憶を呼び起こす。
「えーと、猿山?猿山の大将だっけ?」
「おう!そうだよ、猿山だよ。覚えててくれたか!」
「……あ、ああ。まあな」
……こいつ、本当に猿山って名前だったのか。蔑称のつもりだったんだけどな。猿顔の、猿山大将、敗北者(五、七、五)
猿山は俺の考えてることなど全く気にする様子もなく嬉々として語り始める。
「この間は怒鳴ったりして悪かった。お前と理子ちゃんが付き合ってるっていうのがガセだって知らなくてな。お詫びと言ってはなんだが、お前も理子ちゃんファンクラブ会員にならないか?」
……こいつ、そんなことやってたのか。
「……いや、いい。遠慮しとくよ」
別に何のお詫びでもないしな。
「……そうか、ならしょうがない。ファンクラブ召集は諦める。だが!他にお前に協力してほしい事がある。どうやら理子ちゃんのテストの答案用紙が盗まれたらしいんだ!こちらで犯人の目星はついてる!今からそいつらを殴りに行こうと思ってるんだが、お前も付いてきてくれないか?」
猿山は戦い?を前にして、まるで運動会前日の子供のようにはしゃぐ。
……だが俺はそんな気分にはなれない。先程の言問との出来事はせっかく忘れかけていたのに、思い出させやがって。気分が悪い。
「……いや、いいよ。そいつとはさっき会った。……もう十分制裁は受けたから、許してやってくれ」
「おお!流石だな!俺達より先に犯人の正体に気づくとは。そうだな、特別にお前を理子ちゃんファンクラブの名誉会員に……」
「お断りします」
※
校門を抜け、頭に黒いもやが渦巻くような嫌な感覚を味わいながら歩いていると、またしても声を掛けられた。
……紺のスーツにシルクハット、手には杖を持ちネクタイをピシッと締めた、英国紳士のような見てくれの男だ。……今は極力人に会いたくないのに、そういう時に限って人によく会う。
「……あ、あの、ちょっといいかな?」
「……何ですか?」
厳格な雰囲気からは信じられないくらいの柔らかいなよなよした声。俺は虚を付かれ拍子抜けな返事を返す。
「ちょっと、人を探してるんだけど、……東校の、妙本っていう生徒、分かるかな?」
「妙本は僕ですけど」
「……や、そうじゃなくてね」
シルクハットの男は毅然な様子で片手を軽く上げ、否定の意を表す。ジェントルマン然とした所作とキョドった口調が非常にミスマッチだ。
「そうだな、じゃあ言問って女の子は分かるかい?黒髪の、セミロングの娘なんだけど」
「……知りませんよ、そんなヤツ」
俺は吐き捨てて逃げるようにこの場を去った。
……もう少し、話を聞いてもよかったんじゃないかと今になって思う。
俺は、とんでもない勘違いをしていることにまだ気付いていなかった。
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