さよならジーニアス

七井 望月

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未来は彼女の手の中

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 テストが始まってすぐ、俺は自身の変化に気づいた。

 極限集中状態。

 この状態を俗にゾーンに入るなんて言うらしいが、今の俺は間違いなくそのゾーンとやらに肩までどっぷり使っている状態であった。

 遂に俺は勉強サイヤ人になったのだ!

 この圧倒的無敵な感覚は中学の頃、名前のせいで選ばれた駅伝大会の時に感じたランナーズハイってのによく似ている。

 俺は補欠選手で選ばれたのだが、開始直前第一走者が腹痛を起こした為、急遽トップバッターとしてアップもほとんどなしに走ることとなったのだ。……もう第一走者を先輩だけどぶっ飛ばしてやろうかと思ったね。

「ケガだけはするんじゃないぞ」

 それだけ命じられて始まった駅伝大会第一区。……結果として俺は優勝候補のランナーに競り勝って区間賞を取った。ぶっ飛ばしたのは先輩じゃなくて俺の快速だったってワケ。

 その時の感覚はもう脳汁ドバドバ、ドバイの大富豪。原油で一発当てたくらいの幸福感と充実感に満たされていた。いや、そこまでじゃないけど。

 俺の今の感覚はその時のものに酷似している。生体学的にはゾーンとランナーズハイってのは全く違うものらしいのだが、精神的、感覚的にはがむしゃらに突っ走ったあの時と一緒だ。

 それも多分俺が今この時を楽しんでるのが影響しているのだろう。ランナーズハイというのは過度な運動による疲労を抑制するために脳内麻薬が放出される現象をいうらしい。きっと今の俺の脳ミソも、脳内麻薬を大量受注生産しているのだろう。勉強だからランナーズハイじゃなく、スタディハイってヤツだな。

 ……って、疲労抑制の為の脳内麻薬とか、それヤバイんじゃね?体が疲労を溜めてるって、もしやりすぎたらポックリ逝っちゃうんじゃね?真っ白な灰だけが残って燃え尽きちまうんじゃね?

 おいおい、こんなところで死んでたまるかよ。俺は理子に勝って言問に告白するまでは死ねないんだ。いや、言問を幸せにするまでは絶対に。

 脳内麻薬もほどほどに、俺は生きてこの闘いを乗り切る。

 そして俺、この戦いが終わったら告白するんd






「ふぅ、やっと終わりましたぁ~」

 全ての教科のテストが終わり、言問が達成感と疲労困憊のツートーンな様子で隣のクラスからやって来た。

 言問はゾンビの様な足取りでこちらへ来ると、俺の机の上に倒れ、ぐでっと突っ伏した。とっても自己採点の邪魔だ。

 だが言問はだいぶお疲れのようなので、とりあえず俺は言問を退かすことはせず「おつかれさん」と労いの言葉をかけてやった。

「箱根くんもお疲れ様です。自分のテストもですが、箱根くんの結果が気になって気になって気が気じゃありませんでしたよー」

 キが多いな、森か。いや、林か。

 どうでもいいけど森と林の違いは人工物かそうでないかの違いらしい。森は天然物で林は人工物、つまり森○一義は天然のイグアナって事だ。……笑っていいんだぞ?

 うん、今する話じゃなかったかもな。じゃあいつやるか?今でしょ!って人工物修先生も言ってたから、やはり俺の話は間違っていない。

「……まあ、俺に関しては心配ご無用。勉強はめちゃくちゃしてきたから、自分がどれくらい出来たかは大体分かる」

「おー、流石ですね。それでそれで、一体何点だと見積もってるんですか?」

 俺はキラキラと星のように目を輝かせる言問の方ではなく、隣の席でお高く止まって本を読んでいる理子の方を睨み付けて言った。

「全教科100点満点」

 横で言問がおぉと簡単の声を上げ、俺が見据える先の理子はフッと鼻を鳴らした。理子は人差し指を立て、こう言った。

「I will win against anybody “私は誰が相手でも勝つ”」

 理子はインテリキャラらしくイングリッシュで答えてみせた。インテリのキャラ付けにとりあえず英語しゃべらすって安直さに作者の限界を感じるな。

 ……私がナンバーワンであると言い表した理子は、とても気高く勇敢に見えたが、それは絶対王者の言葉ではなく、地に落ちたかつてのスーパースターが復讐を誓う言葉の様に俺は聞こえた。

 ……その言葉の真意を、俺はまだ知らなかった。




 今回のテストは前回の学校主催のテストとは違い、地域の教育委員会主催の5教科7科目のガチテスト。ガチとかそうじゃないとかは己の心持ち次第ではあるが、重要度という点では今回のテストは前回の非ではない。

 前回のテストは学校の中のみで順位が決まったが、今回は地域主催であり、テストを受けた地域内のランキングが発表される。つまりライバルの数が段違いである訳だ。

 ……ま、そんなの関係ないけど。はい、おっぱっぴー。

 俺のライバルはたった一人であり、その他有象無象がいくら増えたところで焼け石に水、糠に釘、ゴーストタイプにギガインパクト、ただしみやぶられると危ないので一応多少の警戒はするけど。

 心配事はそれくらいであとはアウトオブ眼中、理子か俺かどちらが勝つか。それ以外はオッズ1000倍ってそんな感じ。

 だけど問題は別の所にあって、受ける人数が増えたということは、採点にかかる時間もまた増えるってことだ。

 そしてテストの日からしばらくたった今日、ついに待ちに待ったテスト返しの日がやって来た。待ちすぎて町になったわ。

 まあつまり、9ヶ月近く更新されなかった背景にはそういった事情があったんだよね。ウンウン。

 ……って、そんな訳ねぇだろ。オイ、作者。現実の時系列と一緒だったらそろそろ大学受験編に差し掛かる頃合いだろうよ。それにテスト返しに9ヶ月はかかりすぎ。しっかりしろや。

「おはようございます、箱根くん。遂にこの日が来ましたね」

 今日も今日とて言問は元気な笑顔を浮かべて現れて、俺の隣に腰掛けた。言問はこんなにも可愛いというのに、作者と来たら。

「自信の程はどうですか?なんて今さら聞きません。箱根くんが勝つであろう事はテストの日からずっと確信してきたことです。だから頑張って下さい」

 言問は笑顔でそう言った。……いや、今から何を頑張ればいいんだ。

「お前、テストの日の朝は確信の予感とか矛盾したこと言ってて、テスト後は気になって気になって気が気じゃないとか言ってたじゃねぇか。プラス思考なのはいいことだけど、そのチラチラ弱気が出てくるのがすごい気になるんだが。どうすんだよ俺が解答欄1つづつずれてて0点だったら」

「こ、怖い事言わないで下さいよ!ゾッとしたじゃないですか!」

「でもあり得ない話ではないからな」

 いくら俺がテストが早く終わったから12回見直ししたからといってな、絶対っていうのは絶対ないんだ絶対に。っていうパラドックス。

「……じゃあ、言問。ちょっと賭博しないか?」

 犯罪示唆だ。

「……箱根くんのテストの結果をですか?」

 良かった、言問の理解力が高くて。そうじゃなかったら警察に通報されかねなかったぜ。

「そうそう、俺は俺が理子に勝つに賭ける」

 今回の手応えは俺的にも結構あるからな。

 相対する言問は顎に人差し指を当てる艷めかしい仕草でうーんと考えている。

「……私も箱根くんと同じ……ってすると賭けになりませんからね。……そうですね、では私は“誰も予想出来ない結果になる”に一票いれます」

 言問はそんなすっとんきょうな事を言い放った。

「……どうやってそれを判定するんだ……?」

「例えばですね、“理子さんが遅刻してきてテストの結果が分からない”みたいなそういう状況を列挙してもらって、それが全部外れたら私の勝ちって事で」

「面白いなそれ」

 ナンバーズの宝くじみたいな言問の案を話の種に、俺は宇宙人襲来で学級閉鎖とか急に教室デスゲームが始まって持ち前の頭脳で見事クリアとか馬鹿げた事を言って言問とふざけ会う、そんな休み時間を過ごした。


 ……そしてテスト返しの時間が来た。

 出席番号順で教壇にいる先生から得点用紙が渡される。妙本箱根は大体真ん中少し後ろくらい、名前が呼ばれるまで緊張の時間である。

「妙本箱根」

 十川先生が俺を呼ぶ。

「はい」

「妙本、お前は……」

 神妙な面持ちで先生は得点用紙を一瞥する。俺はゴクンという音が外まで聞こえるだろう大量の唾を飲む。

「…………全教科満点だ。本当によく頑張った」

 先生はひそめた表情を満面の笑みに変えて俺に得点用紙を渡した。確かに用紙には三桁満点が7つ並んでいた。

 俺は思わずガッツポーズをしそうになったが何とか堪えた。もししてたら十川先生へのボディーブローになってたかもしれない。

「この結果に奢らず、これからも勉強に励むように」

「……はい、ありがとうございます」

 俺は笑みが溢れるのを我慢して自分の席まで戻る。

 この結果を今すぐにでも報告したい。けれども基本的にテストの点数は他の人には見せてはいけないというルールの為、俺達の結果報告会は放課後になるであろう。

 理子はもう既に得点用紙を貰っているはずだが、特に感慨もないような表情で居座っており、どのような結果だったのかは表情からは分からない。笑みがないのは喜ばしい結果ではなかったからなのか、それとも私が満点を取るのは当たり前と澄ましているのか。

 まあそれも、放課後になったら全て分かることか。

「それじゃあこれで今日は放課とする。テストの結果が良くなかったものは当然勉強し、テストの結果が良かったものも奢らず勉強するように。以上、解散」

 十川先生がそう言うと、バタバタとすぐ帰る者、あるいはヒソヒソとテストの結果を教え合う者で溢れ、その人の波を抜けて言問はすぐやって来た。

「どうでしたか!?」

「おいおいあまり大きい声を出すな。……聞いて驚け、全教科満点だ」

「おおー!やった、やりましたね!!」

 言問は俺の忠告も無視して大声を上げて喜んだ。まあ、気持ちも分からなくは無い。俺だって今必死に涙を堪えているところだ。

 隣の理子は言問とは対照的に静かな笑みを浮かべると、優しい声色で言った。

「おめでとう、頑張ったわね。……箱根」

「…………」

 卑怯だ、そんな優しい言葉を掛けやがって。そう優しくされると、……思い出してしまうじゃないか、彼女の事を。

「あっれ~?箱根、もしかして泣いてる~?も~、可愛いな~ホントに」

「うるせーバカ。……ところで理子、お前は何点だったんだよ」

 そこが一番大事なとこだ。たとえ俺が満点だとしても、理子が同様に満点を取れば結果はドロー。言問との約束は果たせなくなる。結局、未来は彼女の手の中なのだ。

「…………ああ、私は……」

「りっちゃん、さっきの件の続き……って、妙本、言問、お前らもいたのか」

 突如教室のドアがガラッと開き、そこから担任十川五月があわてふためいた表情で登場した。

「先生どうしたんすか?そんなに急いで」

「……ああ、ちょっとそこの理子に用があってな。理子、そっちの用事は後だ。すぐに職員室に来てくれ」

 先生は額の汗を拭うと手招きをし、理子を呼び出す。

「……はい、分かりました。……じゃあ、結果についてはまた今度ってことで」

「いや、ちょっと待って下さい先生!一体何があったんですか!?」

 俺は去り際の理子と十川先生を叫んで呼び止める。

 先生は目配せで事の真意を話して良いかと理子に確認し、理子が首肯するようなやり取りを経て、口を開く。

「……理子の答案用紙が、何者かに盗まれたんだ」

「……え?」

 ……信じられないその言葉を前に、俺は一瞬呆けたが、チラリと一瞬、ニヤリと笑う言問の顔を横目に見たのだった。




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