21 / 46
透明人間は幸せになれるか
しおりを挟む俺、妙本箱根の朝は早い。
毎朝家族の誰よりも早く起きて、一杯のインスタントコーヒーを飲み、勉強に勤しむ。
有意義で優雅な朝である。
部屋のカーテンを開けると、窓から一斉に燈色の朝日の光が差し込む。新しい朝、希望の朝だ。
早寝早起きが座右の銘である俺は、朝日に向かって伸びをして、今日も今日とて一番乗りでリビングへと向かう。
……はずだった。
「……ん、おはよう」
「…………」
リビングには既に先客がいた。
……下着姿で歯を磨く、俺の妹、妙本瑞希である。
俺は瞬時に目を逸らしたが、瑞希は半裸であるにも関わらず、俺の事など全くもって気にも止めていないようで、歯を磨く手を止めず、寝起きの目をパチクリさせていた。
対する俺は妹の下着姿を覗いてしまったという罪悪感に苛まれていた。
が、当の瑞希が平然としている以上、ここで退出をし、変に意識していると思われるよりは、無関心を装ってやり過ごした方がまだマシだろう。
俺は顔を上げてお湯を沸かしにキッチンへと向かう。
顔を上げると、嫌でも瑞希の姿が視界に入る。嫌ということは決してないが。
……発展途上の胸と腰つき、まだ中学生だな、だが将来有望だ等という変態紳士的な感想を俺は抱いて、足先から撫でるように瑞希を眺める。
最終的に瑞希と目が合い、瑞希がご立腹な表情でこちらを見ていたことに俺は気付いた。
「……わざとじゃ無さそうだからこっちも怒らないであげていただけで、視姦していいとは一言も言ってないからね?」
「視姦だなんて、そんな滅相もない」
瑞希の従順な従者の様な弁明をして、俺は事なきを得ようとしたが、「鼻の下が伸びてるよこのバカ」という言葉と共に彼女の白く細長い足で俺は腰を蹴られた。ありがとうございます。
「はあ、お兄ちゃんがしばらく見ない内にこんな変態になってたなんて、私は悲しいよ」
「いや、男子高校生は皆こんなもんだぞ、むしろ健全だ」
「……私、高校行くのやめようかな」
何て軽口を叩き合いながら俺がキッチンへ向かうと「私にも一杯頂戴」と洗面所に向かう瑞希が言い残して行った。帰って来た瑞希はバスローブを羽織っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。朝起きた後の口の中ってメチャクチャ汚いらしいよ」
「……ああ、知ってる。だから俺も歯を磨いてきた」
嘘である。瑞希に知識マウントを取られるのが嫌だったので、適当な嘘をついたに過ぎない。そして、俺はかなりのショックを受けた。毎朝俺は汚ねぇ口でコーヒーを飲んでいたのか。今後は朝食後でなく起きてすぐ歯を磨こう。
「なあ、ところで瑞希はいつまでこっちに居るんだ?」
「うーん、分かんない」
「……父さんは何も言ってなかったのか?」
「……まあね」
「…………?」
どうにも煮え切らない態度で瑞希は答える。一体どうしたんだと、俺がその事について追求すると、瑞希は両手の人差し指をツンツンぶつけ合いながら、口を尖らせて言った。
「私、あの人とあんまり話せて無いんだよねぇ……」
「え?そうなの?」
意外な事実であった。あの馬鹿みたいに陽気な父親と、明るく元気な瑞希はかなり性格的にも近しいし、馬が合うものだと思っていたのだが……
「まあ、あの人も思春期の娘の扱いに戸惑ってるのかも知れないけど、私から話しかけても素っ気ないんだよね。もともと放任主義な人だし……そもそも、私に感心が無いのかも」
「いや、それは無いだろう。きっと瑞希の言うとおり、娘との距離感に悩んでるだけだって。ああ見えて奥手な人で、プロポーズも母さんの方がしたらしいからな」
「……そうだといいんだけど」
瑞希は物憂げに、溜息を吐いて言った。
「……そもそも、特に経済的に余裕がある訳じゃないのに二人離れて暮らそうなんて、馬鹿げてると思わない?それもどっちが娘息子を優秀に育てられるかなんて勝負で。……最初はホントに酷かったよ。もし私が小説家として売れてなかったら、体を売ろうとも思ってたくらいにね」
「……そんなに酷かったのか?」
確かに俺達の側も決して裕福だったわけではない。だが瑞希が言うほど困窮な生活を送っていた訳でもなかった。
「あの人の仕事はカメラマンっていう安定しない職業だからね。腕はあるみたいだけど、やっぱり稼げない時はあるみたいで、それがたまたま別居を始めたタイミングと被ったって訳」
瑞希は嘲笑するように息を吐いて続けた。
「……これは今でも覚えているんだけど、お母さんとあの人で、私とお兄ちゃんどっちを引き取るかをじゃんけんで決めたんだ。何でじゃんけんになったか、それは二人ともお兄ちゃんを引き取りたがってたから。私は、ハズレだったんだよ。結局、あの人が負けて私を引き取ることになったけど、あの人は私に対して素っ気なかった。つまり、そういう事だよ」
「……そ、それは元々優秀だったお前を引き取っても勝負にならないからで……」
「だったらそんな勝負しなければいいじゃん。両親二人とも一緒に暮らしてれば、少なくとも私達人並みの生活は送れてたはずだよ」
「……だ、だけど……」
「……ふふ、お兄ちゃんは優しいね。慰めてくれてありがとう。……私、お兄ちゃんの事は唯一信頼してるんだ。周りの人は皆馬鹿ばっかり、ホント、嫌になっちゃう」
「……そんな事はない。俺意外にも、お前の事を助けてくれる人はきっといる」
「……居ないよ、そんな人」
そう言うと瑞希は静かに立ち上がって、ゆっくりとリビングを後にする。
……彼女のその後ろ姿が、話しかけないでと言っている様で、俺は声をかけることが出来なかった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
Bグループの少年
櫻井春輝
青春
クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる