さよならジーニアス

七井 望月

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王様ゲームをやりましょう

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 妙本瑞希は澄ました顔をしながらに、辛辣な台詞を吐き出した。

「……はあ」

 俺は額を押さえ、やれやれと首を降る。

 まあ、予想していなかった訳ではない。瑞希は現在中学二年生、色々と多感なお年頃である。

 それに加え小さな頃から優等生で、ある程度の事なら簡単にこなせたエリートなので、やたら自信満々でプライドが高い。

 その二つが合わさった事で、現在は反抗期真っ只中ツンツン妹へ瑞希は成り果てたのだ。

 昔の『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と俺の後ろをついて歩いてきた可愛い瑞希は今はもう居ないのである。誠に、遺憾ながら……

 そして、瑞希が増長している理由はもう一つある。

「よお、母さん。ウチの瑞希は書店大賞受賞のベストセラー作家になったけれども、お宅の箱根くんは最近どうなんですかねぇ?」

「あらあらお父さん、ウチの箱根も全国模試で一位を取ったのよ。受験者数は50万人、さて、本屋大賞とやらの倍率は知らないけれど、どっちが凄いのかしらねぇ?」

「おいおい母さん分かってないねぇ。倍率じゃあねぇのよ、凄いのは。瑞希が史上最年少を大幅に更新する14歳で大賞を取ったってところが凄いんだよ。歴代でNo.1、この世に一人だ。全国模試一位は毎年一人は出てるんだろう?」

「貴方は箱根の凄さを分かってないわ!!」

「そっちこそ、瑞希を甘く見ている!!」

「やいのやいの!!」

「やいのやいの!!」

 と、やいのやいのと夫婦喧嘩をしている父が言っていた、最年少での書店大賞受賞。それが瑞希を増長させた一番の理由である。

 今やちょっとした有名人で、テレビやラジオにも度々出演している。ただ、本人はあまり乗り気ではないようだが。

 そして相も変わらずこの夫婦二人は口喧嘩している。だが、別に仲が悪い訳ではない。

 両親が別居している原因は、姉ちゃんが亡くなった時に俺と瑞希、二人の教育方針で両親が対立し、母が俺、そして父が瑞希を引き取り、どちらが息子or娘を優秀な大人へと成長させられるかという対決に至ったからである。

 だから別に仲が悪い訳ではない。……むしろ、良い方である。

「だけど確かに箱根の努力は認めよう。それに、勉強が出来るという事はこれから先の進路も自由に選べるという事。君が育てたこの子の将来は、薔薇色の未来かもしれない」

「いや、瑞希だって凄いわ。だってベストセラー作家でしょう?もう十分立派な大人よ。それも、誰かさんの教えが良かったからよ」

「いやー、それほどでも」

「謙遜しないの♪」

「イチャイチャ」

「イチャイチャ」

 ……このように、実の息子、娘の前でイチャイチャするぐらいにはバカップルで、年甲斐もなく周りが軽く引くようなあだ名で呼び合っている。

 恥ずかしいし、見てるこっちは居たたまれなさに耐えられないので、やめてもらっていいですかね?

 そんな事を思い溜め息を吐きながら両親から目を逸らすと、たまたま横に居た瑞希と目が合った。

「あ!やっとこっち向いた!!もう!お兄ちゃん!!ため息吐いてずっとシカトって酷くない?そこまで妹が嫌いなわけ?あー、もう最低。お兄ちゃん最低」

 俺が両親のイチャラブを前にして、ATフィールドを展開しようとしたが、それは使徒瑞希によって破壊されてしまう。

 そういや瑞希の存在を、一瞬だがすっかり忘れてしまっていた。

「……悪かった、悪かったよ。別に、悪意はないさ。久しぶりに会うから、ちょっと距離の詰め方が分からないだけだ。……とりあえず、昔みたいに瑞希って呼んでいいか?」

 コミュ症全開の俺に、すかさず瑞希は『……コミュ症』と溢し、そして答える。

「ねぇ、お兄ちゃんは全国模試一位のお兄ちゃんと、史上最年少14歳での書店大賞獲得した今大注目の天才中学生作家の私、どっちが凄いと思う?」

 質問に質問で返す瑞希。後者の方ががやけに枕詞が多いと思うのは勘違いか?だがここは正直に……

「……圧倒的に後者、瑞希だな」

 そう俺が答えると、瑞希は昔の様な純粋無垢な笑顔を浮かべて言った。

「やっぱり?私もそうだと思ってたんだよ。てことは私の方が立場は上って事だよね?だから私の事は瑞希様って呼んでもらおうかな」

 純粋無垢な笑顔から放たれたのは、純粋無垢とは遠く離れた邪念しかねぇ台詞だった。

 ……やっぱり昔の瑞希は居ないんだな、涙が出そうだよ。

 けれどもやっぱり瑞希の頼み事を断れる筈もなく、妹の、尻に敷かれる、兄として(五、七、五)、俺は瑞希の従者として生きることにした。

「やぁねぇ、二人ともイチャイチャして。仲が良いのは喜ばしいけど、あまり行き過ぎちゃあだめよ?」

 その様子を見ていた母親が冗談めかしく呟く。たとえ冗談でもアンタらには言われたくねぇ台詞だな。

「……い、イチャイチャなんて、し、してないし……」

 頬を赤らめて俯きながら瑞希はそう言う。……いや、やめろよ。何というか、リアル感が出るだろ。

「あらあら」

 あらあらじゃねーよ。どういう意味で言ってんだ。

「まあまあ、あんまり虐めなさんな母さん。……それに、そろそろアイツも帰ってくるだろう」

「……成る程、それでこっちに来たのね。だけどもそれはまだ箱根には内緒だから。……それに、実はもう帰って来てるかも」

「……?」

 突如会話に入ってきた親父が何やら謎めいた事を言う。まあ、深く聞いても答えはしないだろうし、詮索はしないけども。

「……それじゃあ、せっかく四人揃っている訳だし、何かゲームでもしましょうか?」

 藪から棒に母がそんな提案をする。

「ハイハイ!じゃあ王様ゲームやりたいです!!」

 バカみたいな案が父から飛び出した。

「ふふふ、それじゃあ可愛がって上げようかしら?」

 女王様がそこに居た。

「いや、待て待て!!話が急すぎて付いていけない!!何で家族団欒でやるゲームが王様ゲームなんだよ!!」

 言語道断である。そういうのは夫婦水入らずで夜にやってくれ。俺達を巻き込むな。瑞希もやりたくないだろ……

「……王様ゲーム、王様になったら好きに命令が出来る……」

 ……あれ、瑞希さん?

「私、王様ゲームやるわッ!!」

「瑞希さんッ!?」

 瑞希はまるでマリー・アントワネットの様に、悪役令嬢的な微笑みを浮かべて王様ゲーム参加を宣言した。

「はい!賛成3、反対1で、王様ゲームを開催するに決定しましたー。ぱちぱちぱち」

 ……嘘だろ、おい。




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