17 / 46
気持ち悪いよ、お兄ちゃん
しおりを挟む「……本当に、夢みたいですッ……!!」
そう言って、文夏ちゃんが耳を真っ赤にして手で顔を覆い隠し、悶えているさまを、私はベンチで文夏ちゃんの隣に座りながら見ていた。もうかれこれ一時間くらい経つ。
私は時々文夏ちゃんの頭を撫でたり背中を擦ったり、よかったねと声をかけたりしていた。
ただただ隣に居るだけの私だったが、不思議と退屈はせず、まるで超大作RPGをクリアした後の様な、ついに念願叶った我が息子を褒め称える母親の様な、そんな気持ちだった。
うん、ずっと見てきたわけだから、二人のそばで。そりゃあもうお母さんみたいな気分にもなるよ。
まあ、一番喜んでるのは当事者達で、私はそれを近くで見つめてきた保護者の様なものだから、相対喜び度数は低いだろうけど、それでも私は嬉しかった。
だからこそ、当人の喜びは、私には計り知れない。
恐らく、多分、箱根も帰り道でスキップでもしながら浮かれているんだろうなあ。
「うんうん。本当に、あの子らしいよ」
告白の答えは夢を叶えてから。そう言った彼は何処か寂しそうで、本当は今すぐにでも抱き締めたいだろうに、私に勝つために心を鬼にして我慢して……そう聞くと心が痛むが、私だって手加減するわけにはいかない。それこそ、彼の決意に対する冒涜だものね。
「……何の話ですか?」
私のうっかり漏れた独り言を、文夏ちゃんは拾って問い返す。
「いやね、箱根くんの事よ」
私が彼の名前を出すと、ボッと、ガスコンロのように文夏ちゃんは顔から火が出るほど赤面した。
「うぅ、今彼の事を思い出すと滅茶苦茶恥ずかしいです……」
「え、そこまで?」
文夏ちゃんは再度顔を覆って踞る。待って、めっちゃ可愛いんだけど。
あー、もう本当に幸せ者だなあ箱根は。こんな可愛い娘に愛されてるなんて。もうスキップ所じゃなく全裸ででんぐり返ししながら、文夏ちゃんの名前を叫んでたりしてるかもしれない。
……いや、冗談だよ?本当にやめてよ、そんな事。
※
俺、妙本箱根は非常に悩んでいた。
「……言問って、何か趣味とかあるのか?」
気が早すぎるかもしれない、否、あまりにも気が早すぎるが、俺が言問と付き合うとなった際、互いに話が合わないとなると割りと問題だ。
なので俺は浮かれた妄想糞野郎のごとく、言問と付き合ったらどうしようという取らぬ狸の皮算用をしていた。
「言問の趣味……この間やったゲーム、とかか?」
言問の家に訪れた時に一緒にプレイしたゲーム。しかしあれは普段から彼女がやっているものなのか定かではなく、俺を振り向かせる為の吊り橋効果がなんちゃらとか言ってたからそれ用に用意した可能性もある。
というかぶっちゃけそうであって欲しい。言問がグロゲー好きとかちょっと抵抗感あるし、俺自身も怖くてとても出来ないしな。
「他に女子の趣味といえば……アイドルとかか?」
アイドルとかSM○Pくらいしか知らないなあ。……いや、もう解散してるんだっけか。
そもそも女子の趣味はおろか最近の高校生の流行も知らない俺が、あれやこれやと考えても無駄だろう。最も、俺自身も最近の高校生の一人なのだが。
「……夕日が綺麗だな」
だから俺は考えるのをやめた。
眺める先の真っ赤な太陽は、その色を濃くして西の空にゆっくりと沈んでゆく。
「……明日は晴れかな」
西の空が晴れているという事はすなわち、明日の東の空は晴れるという事だ。
これは勉強で学んだ事ではない、よく公園で遊んでいた子供の頃に自然に知った事だ。もう、良く覚えてはいないけども。
姉を失って、勉強漬けになる以前の記憶は殆んど残っていない。それは姉の死を目の当たりにしたショックと気が狂うほどの勉強のせいで、脳が一部壊れてしまったせいだ。
それ以降、俺は特に感情の無い日々を送っていた。寝て、起きて、勉強、その繰り返しだ。
……だから、こんな気持ちは久しぶり、いや、初めてかもしれない。
この胸が踊るような、“恋”をするという感覚は。
……結局、俺は言問の告白を断ったけども、ただ俺の夢に一段落がついたら、また俺から告白するという約束を交わした。
心は、ひどく落ち着いていた。
「……帰ったら、勉強するか」
※
「ただいま帰りました。母上……」
「おーかーえーりー!!!!」
「え?何事……!?」
俺が家に帰り玄関に入ると、何やら密林の奥深くに住むのボスザルが威嚇する時ような低い声と、渡り鳥が一斉に飛び立つようなドタドタという音がして、……あれ、ここ家だよね?アマゾンの奥地とかじゃあないよね?
と、一瞬錯乱した後に俺の目の前に現れたのは、男性、身長は180cm、髪は黒、筋肉モリモリマッチョマンの変態だった。
……俺の親父である。
「遅かったなー箱根!!もう父さんずっと待ってたんだぜ?明日は珍しく二人とも休暇が取れたから今日はこっちで寝泊まりしようと思ってな。それにしても元気にしてたか、勉強はしてるか、好きな人の一人や二人くらい……」
「いや待て!!ちょっと待て、親父」
あまりに早口で捲し立てる父を俺は制し、尋ねる。
「二人って事は、アイツも帰って来てるのか?」
「……そうだよ」
刹那、静かに響いた声。俺は振り反る。
そこには綺麗な黒髪をすらりと肩まで伸ばした、少し背の低い少女。……俺の妹、妙本瑞希がいた。
「何?お兄ちゃん、私が居たら迷惑な訳?はぁ、それよりもさっきからずっとニヤニヤしてさ、何か良いことがあったのかもしれないけど、端から見たら気持ち悪いよ。ねぇ、お兄ちゃん」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。
ながしょー
青春
ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。
このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
弁当 in the『マ゛ンバ』
とは
青春
「第6回ほっこり・じんわり大賞」奨励賞をいただきました!
『マ゛ンバ』
それは一人の女子中学生に訪れた試練。
言葉の意味が分からない?
そうでしょうそうでしょう!
読んで下さい。
必ず納得させてみせます。
これはうっかりな母親としっかりな娘のおかしくて、いとおしい時間を過ごした日々のお話。
優しくあったかな表紙は楠木結衣様作です!

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる