さよならジーニアス

七井 望月

文字の大きさ
上 下
15 / 46

あのー、ノロケ話やめて貰っていいです?

しおりを挟む
 
「お待たせ。文夏ちゃん」

 日曜日。駅を出て、めくるめく程の人の波を抜けると視界に映る公園。その公園のベンチに、私にとっては新鮮な私服の文夏ちゃんがいた。

 ちんまりとベンチに腰かける彼女の背中に話しかけると、彼女はベンチからピッと立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。

「あ、理子さん。休日にも関わらずわざわざ付き合って頂き本当にありがとうございます」

 彼女は生真面目に、笑みを浮かべて挨拶の言葉を返す。

「いや、大丈夫よ、暇だったし。それにしても珍しいね、文夏ちゃんの方から出掛けようって誘うなんて」

「はは、まあ色々とありまして……」

 彼女は笑顔の眉を潜めて中指で頬を掻く。何かワケアリな感じが滲み出ているが、本人がはぐらかしている以上深掘りするのも野暮なので、私はふーんと相槌を打って話を進める。

「それじゃあどこに行こうか?」

「……では、まず喫茶店にでも寄りましょうか。理子さん朝ごはんは食べてきましたか?」

「一応食べてきたけど、全然喫茶店でもいいわよ」

「でしたら喫茶店に。まだ私朝食を済ませていないので」

 そう言うと文夏ちゃんは早足で喫茶店へと向かう。そんなに急がなくても……飯は逃げないって言うじゃない?

 だけども文夏ちゃんはまるで鼠を追い掛ける猫の様な機敏な動きで人波を華麗に躱しつつ、喫茶店へと一目散に向かっていく。

 まだ慣れていない町を私は迷子になる事のないように、とっとこと文夏ちゃんの後ろ姿を追うのだった。




 ※





「……す、凄い量食べるわね……」

 吸い寄せられるように喫茶店にやって来た文夏ちゃんは吸い寄せるようにサンドイッチやらパンケーキやらを口に放り込んで行く。まるで人間火力発電所だ。

「ごめんなさい。少々お腹が空いていて」

「絶対に少々ではないわよね、それ」

 積み重ねられた皿は一人二人分の高さを越えて積み重ねられている。こんなに食べてよく太らないなあ、羨ましい。

 引き締まっていつつも出るところは出た肢体。むしろ私ももっと食べた方がいいのかな。そうすればもう少し胸も膨らむかもしれない。

 それはさておき、

「ねぇ、文夏ちゃん。わざわざ呼んだってことは、何か用事があったんじゃないの?」

「……ええ、まあ、そうですね」

 文夏ちゃんは食事の手を止めて、水を飲み、言いあぐねていた言葉を飲み込むとしばらく黙った後、

「……実は私、箱根君に告白したんです」

 頬を赤くして、文夏ちゃんは思わず私が立ち上がってしまう程の衝撃発言を言い放った。

「え!本当に!!それで、は、箱根は何て言ってたの!?」

 蒸し上がった焼売くらいに顔を熱くした文夏ちゃんは途端に涙目になって、あ、マズイ事聞いたかも、と、私が思ったと同じタイミングで口を開いた。

「……ダメでした。箱根君は返事は保留すると言っていたんですが、あれ以来音沙汰がありません。私も、恥ずかしくて箱根君と顔を会わせることが出来なかったんですけど、電話もメールも無しです。……きっと、多分、もう無理なんじゃないかと」

 失恋の涙を必死に堪えていた文夏ちゃんだったが、感情が込み上げてきたのか、大粒の涙を流し始めた。

 どうしようと、オロオロとしたのは一瞬で、私は文夏ちゃんを慰めるべく言葉を投げ掛ける。

「大丈夫よ。アイツ、箱根はそんな不義理な人間じゃないし、返事をしないで突き放すなんて事は絶対にしない。きっと今も悩んでるのよ、ああ見えて要領が悪いから。大方、どうすれば文夏ちゃんが喜んでくれるだろうとか、告白の返事をすぐ返さなかった事への後悔に押し潰されてるとか、そんなところでしょうね。だから安心して。……アイツ、多分だけど文夏ちゃんの事大好きだろうから」

「…………」

 ……文夏ちゃんは落ち着いたのか、ただ静かに私の瞳を見ている。しかし彼女の視線は私を不可思議な様子で見つめているようにも感じた。

 暫く、押し黙っていた文夏ちゃんが口を開く。

「……理子さん。前から気になっていましたが、理子さんと箱根君は、結局の所どういった関係なんですか?」

 ……核心を付いてきた文夏ちゃんの質問に、私は瞠目した。流石新聞記者だよ。

 私は答える。

「……ただの、仲良し小良しよ」




 ※




 で、文夏ちゃんのクエスチョンは何とか躱した訳だけど、そもそも私の正体ってよくバレないな、本当。

 かつて教室にパパラッチが訪ねてきたことがあったっけ。

 机を挟んで前にいるグチグチと痴話喧嘩のような文句を言う彼女こそがそのパパラッチなのだが、彼女の愚痴を適当な相槌を打ちつつ聞き流すくらいの関係を築けている今、もうバレることはなさそうだ。……文夏ちゃんの話、長いなぁ。

「……それでその時、箱根君は言ったんですよ!!私の事を一人の女として見ているかって質問に、まあなって。そんなのもう勘違いするじゃないですか!!完全にムードが出来上がっている中、告白せずにいられますか?いや、いられませんよ!!そうして釣り上げられた魚が私です。恋に釣られた鯉ですよ、ハハハ!!」

「うん、そうね」

「それと保留って何ですか!!何を悩む必要があるんです?イエスかノーでいいでしょう?!あー、もう焦れったい!!箱根君だってドギマギしてるかもしれませんが、私の方がドギマギしてますよ!!やった方よりやられた方が心に深く刻まれるんですッ!!」

「うん、そうね」

 色々とツッコミ所はあるが、私は催眠術にかけられたテレビタレントが定められた言葉を連呼するようにただイエスを繰り返した。このノロケ話はいつまで続くんでしょうね。

 するとタイミング良く、タイミングが良すぎて笑いそうなくらいに絶妙なタイミングで文夏ちゃんの携帯が鳴った。

「いやはや、何でしょう?」

 文夏ちゃんは携帯を覗くと、メリーさんがあなたの後ろにやって来た時くらいに驚いた表情を浮かべる。

「……箱根君からメールが、あ、会いたいって……」

 か細くも、感情に揺れた声で、文夏ちゃんはそう言ったのだった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。

ながしょー
青春
 ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。  このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

弁当 in the『マ゛ンバ』

とは
青春
「第6回ほっこり・じんわり大賞」奨励賞をいただきました! 『マ゛ンバ』 それは一人の女子中学生に訪れた試練。 言葉の意味が分からない? そうでしょうそうでしょう! 読んで下さい。 必ず納得させてみせます。 これはうっかりな母親としっかりな娘のおかしくて、いとおしい時間を過ごした日々のお話。 優しくあったかな表紙は楠木結衣様作です!

処理中です...