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あのー、ノロケ話やめて貰っていいです?
しおりを挟む「お待たせ。文夏ちゃん」
日曜日。駅を出て、めくるめく程の人の波を抜けると視界に映る公園。その公園のベンチに、私にとっては新鮮な私服の文夏ちゃんがいた。
ちんまりとベンチに腰かける彼女の背中に話しかけると、彼女はベンチからピッと立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。
「あ、理子さん。休日にも関わらずわざわざ付き合って頂き本当にありがとうございます」
彼女は生真面目に、笑みを浮かべて挨拶の言葉を返す。
「いや、大丈夫よ、暇だったし。それにしても珍しいね、文夏ちゃんの方から出掛けようって誘うなんて」
「はは、まあ色々とありまして……」
彼女は笑顔の眉を潜めて中指で頬を掻く。何かワケアリな感じが滲み出ているが、本人がはぐらかしている以上深掘りするのも野暮なので、私はふーんと相槌を打って話を進める。
「それじゃあどこに行こうか?」
「……では、まず喫茶店にでも寄りましょうか。理子さん朝ごはんは食べてきましたか?」
「一応食べてきたけど、全然喫茶店でもいいわよ」
「でしたら喫茶店に。まだ私朝食を済ませていないので」
そう言うと文夏ちゃんは早足で喫茶店へと向かう。そんなに急がなくても……飯は逃げないって言うじゃない?
だけども文夏ちゃんはまるで鼠を追い掛ける猫の様な機敏な動きで人波を華麗に躱しつつ、喫茶店へと一目散に向かっていく。
まだ慣れていない町を私は迷子になる事のないように、とっとこと文夏ちゃんの後ろ姿を追うのだった。
※
「……す、凄い量食べるわね……」
吸い寄せられるように喫茶店にやって来た文夏ちゃんは吸い寄せるようにサンドイッチやらパンケーキやらを口に放り込んで行く。まるで人間火力発電所だ。
「ごめんなさい。少々お腹が空いていて」
「絶対に少々ではないわよね、それ」
積み重ねられた皿は一人二人分の高さを越えて積み重ねられている。こんなに食べてよく太らないなあ、羨ましい。
引き締まっていつつも出るところは出た肢体。むしろ私ももっと食べた方がいいのかな。そうすればもう少し胸も膨らむかもしれない。
それはさておき、
「ねぇ、文夏ちゃん。わざわざ呼んだってことは、何か用事があったんじゃないの?」
「……ええ、まあ、そうですね」
文夏ちゃんは食事の手を止めて、水を飲み、言いあぐねていた言葉を飲み込むとしばらく黙った後、
「……実は私、箱根君に告白したんです」
頬を赤くして、文夏ちゃんは思わず私が立ち上がってしまう程の衝撃発言を言い放った。
「え!本当に!!それで、は、箱根は何て言ってたの!?」
蒸し上がった焼売くらいに顔を熱くした文夏ちゃんは途端に涙目になって、あ、マズイ事聞いたかも、と、私が思ったと同じタイミングで口を開いた。
「……ダメでした。箱根君は返事は保留すると言っていたんですが、あれ以来音沙汰がありません。私も、恥ずかしくて箱根君と顔を会わせることが出来なかったんですけど、電話もメールも無しです。……きっと、多分、もう無理なんじゃないかと」
失恋の涙を必死に堪えていた文夏ちゃんだったが、感情が込み上げてきたのか、大粒の涙を流し始めた。
どうしようと、オロオロとしたのは一瞬で、私は文夏ちゃんを慰めるべく言葉を投げ掛ける。
「大丈夫よ。アイツ、箱根はそんな不義理な人間じゃないし、返事をしないで突き放すなんて事は絶対にしない。きっと今も悩んでるのよ、ああ見えて要領が悪いから。大方、どうすれば文夏ちゃんが喜んでくれるだろうとか、告白の返事をすぐ返さなかった事への後悔に押し潰されてるとか、そんなところでしょうね。だから安心して。……アイツ、多分だけど文夏ちゃんの事大好きだろうから」
「…………」
……文夏ちゃんは落ち着いたのか、ただ静かに私の瞳を見ている。しかし彼女の視線は私を不可思議な様子で見つめているようにも感じた。
暫く、押し黙っていた文夏ちゃんが口を開く。
「……理子さん。前から気になっていましたが、理子さんと箱根君は、結局の所どういった関係なんですか?」
……核心を付いてきた文夏ちゃんの質問に、私は瞠目した。流石新聞記者だよ。
私は答える。
「……ただの、仲良し小良しよ」
※
で、文夏ちゃんのクエスチョンは何とか躱した訳だけど、そもそも私の正体ってよくバレないな、本当。
かつて教室にパパラッチが訪ねてきたことがあったっけ。
机を挟んで前にいるグチグチと痴話喧嘩のような文句を言う彼女こそがそのパパラッチなのだが、彼女の愚痴を適当な相槌を打ちつつ聞き流すくらいの関係を築けている今、もうバレることはなさそうだ。……文夏ちゃんの話、長いなぁ。
「……それでその時、箱根君は言ったんですよ!!私の事を一人の女として見ているかって質問に、まあなって。そんなのもう勘違いするじゃないですか!!完全にムードが出来上がっている中、告白せずにいられますか?いや、いられませんよ!!そうして釣り上げられた魚が私です。恋に釣られた鯉ですよ、ハハハ!!」
「うん、そうね」
「それと保留って何ですか!!何を悩む必要があるんです?イエスかノーでいいでしょう?!あー、もう焦れったい!!箱根君だってドギマギしてるかもしれませんが、私の方がドギマギしてますよ!!やった方よりやられた方が心に深く刻まれるんですッ!!」
「うん、そうね」
色々とツッコミ所はあるが、私は催眠術にかけられたテレビタレントが定められた言葉を連呼するようにただイエスを繰り返した。このノロケ話はいつまで続くんでしょうね。
するとタイミング良く、タイミングが良すぎて笑いそうなくらいに絶妙なタイミングで文夏ちゃんの携帯が鳴った。
「いやはや、何でしょう?」
文夏ちゃんは携帯を覗くと、メリーさんがあなたの後ろにやって来た時くらいに驚いた表情を浮かべる。
「……箱根君からメールが、あ、会いたいって……」
か細くも、感情に揺れた声で、文夏ちゃんはそう言ったのだった。
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