さよならジーニアス

七井 望月

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貴方の秘密、そして私の秘密

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 俺の上に乗る言問の柔肌の感触を、とろける頭の片隅でぼんやりと感じながら俺は瞠目した。

「もう抵抗はしませんか?」

 俺は口をパクパクとさせ抵抗の弁論をしようとするが、……多分声は届いていなかっただろうな。言問は俺の腕を抑えて完全にロックすると、息がかかるくらいに顔を近づけて言った。

「……箱根くんって子供っぽくて可愛いですよね」

 お前に可愛いと言われる筋合いは無い。可愛いっていうなら、……お前だってそうだろう。俺は男だし可愛いと言われる事は、嫌という訳じゃないが、何となく照れくさい。

「……全く、怖がりなんですから」

 怖がりで何が悪い。誰だって無知は怖いのだ。光の差さない真っ暗な夜道を物怖じせずにずんずんと進める奴は人間として何かが欠落していて、ビクビクしながら神経巡らす俺のような人間の方が正常なのだ。

「……目を開けて下さい」

 気付けば体は軽くなっていた。俺を拘束していた言問は手を離し退いたみたいだ。俺は命令に従い目を開ける。

「……は?」

 俺は目の前に広がる光景を見て、そんな一文字を口から溢す。

 だって俺の想像していた光景とはまるっきり違っていて、一糸纏わぬ言問を前にして、責任とか過ちなんて言葉が脳裏を掠めるものの覚悟を決めつつあった俺を裏切るように、……いつもの言問がそこにいた。

 ただ1つだけいつもと違う点があり、それは手に「バイオディザスター」と書かれたR-15のグロゲーを持っていた所だ。

「……は?」

 再度俺は呆けた声を出した。

「何だそれは」

「何だって“バイオディザスター”ですよ。パッケージにそう書いてあるじゃないですか。それにさっきからやろうって言ってたのに、箱根くんが怖がって目を開けようとしないから。ほら、よく見たらそんなに怖くは無いでしょう?……パッケージは」

 言問は眉を潜めた笑みを浮かべて、血塗られたゾンビの絵が描かれたパッケージを俺に押し付ける。……おいおい、パッケージだけでも十分怖えよ。

 それはそれとして、今何が起こっているんだ。人間が絶頂する時のIQは3だという雑学を思い出しつつ、言問と一夜を過ごすことに覚悟を決めたばかりだった俺は辺りを見渡し状況を整理する。

 ……そういや言問が言ってたな、バイオディザスターというゲームを持って「さっきからやろうって言ってた」と。もしかして俺はとんでもなく恥ずかしい勘違いをしていたんじゃないか?

 言問がやろうと言ってたのはこのゲームの事で、それを俺は同衾行為と勘違いして一人でサカッていたと、そういう訳なのか?

「……なるほどな」

「……?、何の事ですか?」

「いや、何でもない」

 ……口が裂けようが、爆発四散しようが言える訳ない、こんな事。




 ※





 俺は童貞卒業を諦めると共に、燃え尽き症候群だとか賢者タイムだとかいう所謂ノイローゼに陥っていた。

 ただ放心状態でコントローラーを手に握り、隣で嬉々としてゾンビどもをヘッドショットで薙ぎ倒していくヤツの足を引っ張りながらゲームを進めていく。

 にしても言問がこんな趣味を持っていたとは驚きだった。グロゲー好きの美少女というのは某閃光の舞姫を想起させるが、俺は九◯瀬さんほど純粋では無いのでゾンビキラー言問の深い闇を感じざるを得ない。

 ……まあ答えが怖いから聞かないんだけども。

「ね?案外怖くは無いでしょう」

 たった今俺はお前が怖いと思っていた所だよ。よくもまあそこまで楽しそうにゾンビを薙ぎ倒せるな。て言うか俺は勉強会のためにここに来たんじゃないのか、何でワイワイとゲームをやっているんだ。

 そろそろ勉強を……と、言おうとしたが何だか言問が現実でもショットガンを放ってきそうな幻影が見えたので、自重する。間違いなくそんな事ないのは分かっているのだが、本能が全力で止めるのだ。

「……で、先程“なるほどな”と仰っておりましたが、一体何の事だったんでしょうか?」

「え?」

 ……言問の突然の追求に、俺は息を飲む。まさかその事を聞き出されるとは。眉間に銃を突き付けられているような緊迫感と共に俺は言問に睨まれ、キョドる。

「どうなんですか」

「そ、それはだな」

 間違いなく言うべきではない、もしくは誤魔化すべきだ。言ってしまえば幻滅されることは避けられない、が、エンドレスでゾンビを狂ったように撃ちまくる言問を前に俺は隠し事など出来ず……

「あの、ですね。俺はちょっと酷い勘違いをしていたみたいなんですよ。口に出すのも憚れるくらいな。と、そんな感じです」

「……何故敬語に?て言うかその勘違いっていうのは何ですか、それを教えてくださいよ」

「……お前が、俺を襲おうとしているんじゃないか、と」

「襲う?……それはどう言った意味で?」

「それは、まあ、あれだよ」

「……?」

 意を決して全てを話した俺を、不思議そうな顔で眺めていた言問だったが、自らの発言を振り返り、思い当たる節があったのか、頬を赤らめた顔を抑え、照れ隠しからか俺の肩をかなり強めに叩いた。痛てぇ。

「……確かにややこしいことを言った私にも非はありますが、わざわざそれを言う必要もなかったでしょう!!もう、恥ずかしいこと思い出させないで下さいよぉ、うぅ……」

「お前が聞いたから答えたんだよ!!……まあ、悪かったよ」

 ……その後は長い静寂。過ちを犯した次の日の朝みたいな男女間のギクシャクした空気が部屋を満たしていた。俺童貞だから想像に過ぎないけどな。

 暫くして、その静寂を打ち破る一つの声が響く。言問だった。

「……でも、つまりは箱根くんは私の事を一人の女として見てるってことですよね?」

「……まあな」

 まごうことなく、言問は美少女だ。ただ残念なところもある。コミュ症だしお人好しだし、いやはやいやはやと口癖が煩いし、……だけど最後にその口癖を聞いたのはいつだったっけ?

「……貴方が秘密を明かてくれたお返しに、私も秘密を明かします。今回の勉強会で私が貴方を部屋に招いたのは、まず貴方に一人の女として私を見て欲しかったからです。手始めにちょっと無防備な姿を見せてみたり、吊り橋効果を期待してホラーゲームをやったり。……でも、その、セッ……一緒に寝るというのは、いきなり飛ばしすぎというか、私もそんなつもり無かったんですけど、……箱根くんが私を女として見てくれるっていうなら、し、してもいいですけど、やっぱりまだ早いかも……だからその、そのですね……」

 言問は悶々とした自分の心を、自ら宥めるように慎重に言葉を選ぶように言った。

「……大好きです、箱根くん。私を助けてくれたあの日から、貴方は私のヒーローで、一緒にいると心が安らいで、……その、全部を引っくるめて貴方が好きです。大好きです。……だから……私を、箱根くんの彼女にしてください!!」




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