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言問文夏の裸が見たい
しおりを挟む「ねぇ理子ちゃん、この前のテスト満点だったんでしょ?」
「え、マジ!?神じゃん」
「いやー、でもぶっちゃけ運もあるよ。今回はたまたまラッキーだっただけ」
「と、天才様が申しております」
……キャッキャウフフと、ガールズトークに興じる女子生徒達の中に違和感なく混じる、いや、外見的には頭一つ分くらい抜けている美少女、芳山理子が他所行きのオカンみたいにワントーン上げた声で上品に口に手を当てて笑っているのを、俺、妙本箱根は徹夜明けみたいなジトッとした目で見ていた。
……俺は思う。別に理子に限った話ではないが、普段のコイツを俺は知っているだけに“ソレ”を如実に感じるのだ。
……やってんなコイツ。
例えばバカを生業にしているおバカタレントがクイズ番組で明らかに笑いを取りに行った回答をしたり、天然キャラがやらかしちゃってテヘペロしたり、それらを総称して“やりに行く”なんて言う。つまりは計算でウケを狙っているのだ。本当の天然はテヘペロなんてしないしな(偏見)。
別に休み時間に他に話す相手が居ないから、イライラしているわけではないぞ?実際ひとりぼっちは馴れたものだし、休み時間はもともと前の授業の復習や次の授業の準備をするための時間だからな。だよな?
「……何ジロジロと女の子達を眺めてるんですか、気持ち悪いですよ」
「ああ、ありがとうな言問。愛してるよ」
隣のクラスから遠路遥々やって来た言問。そんな彼女に俺は感謝を告げる。……この“ありがとう”は気持ち悪いと言われたことに対して礼を言っている訳じゃないぞ?一人で爪をかじっていた俺を見かねて話しかけてくれた事に対してのお礼だ。
ええ、とドン引いた様な表情と光悦とした表情が混在しているよく分からない顔をしている言問も多分分かってくれた筈だ。
「……何ですか急に、気持ち悪いですよ」
「いやー、改めて本当にお前はいい友人だなって思っただけだ。他意はないよ」
俺の言葉に言問は果物の種を誤って噛み砕いたみたいな表情を一瞬浮かべた。
「……友人、ですか。まあいいです、今はまだ。いつか必ず振り返らせて見せます……」
「……なあ、ところで言問」
言問はボソボソと、聞き取れないほどの小さな声で何か言っていたが、恐らく聞かれたく無いことだろうと俺は思ったので特には触れず、こちらから別の話題を振る。
「何でしょう?」
「……また今度、勉強会でもしないか?」
彼女は僅かに眉を上げた後、花の様な笑顔を浮かべた。
「いいですね!また三人で、場所は教室ですか?」
「……いや、俺とお前、二人で」
「…………え?」
まるで鳩が、いや、文鳥が豆鉄砲を喰らったような顔で言問はポカンとしていた。
「そ、それってどうゆう……」
「他意はない。本当に。まあ理子抜きで一度やってみようって話だ」
俺のちぐはぐな応答。だが言問はまたもや満面に花の笑顔を浮かべる。先程より咲きが良い。
「じゃあ場所はどうしますか?」
「うーん、まあ図書室とかが無難か。それとも放課後にカフェにでも行くか?」
カフェというものには実は昔から少し憧れがあった。だが一人で入るのは少々ハードルが高かったので今まで敬遠してきたのだが、言問と一緒なら入れるだろうという思惑が少なからずあり、それが本当の目的だったりするのだが、当の言問は……
「……あの、もしよろしければですが、……私の家に来ませんか?」
嬉々としてそう口を開いたのだった。
※
まあ俺くらいの根暗陰キャ童貞になれば放課後カフェでアルタヌーンティーなんてイベントはもはや神話の出来事であってリアルで起ころう筈もなかったのだが、その代わりとなったのが女子の部屋へ訪れるという、学校の七不思議よりもあり得ないと思っていたイベントだったのは、驚天動地の古今未曾有だった。今までの価値観が一変したね。
なんてこと言っている間にも、ドクドクと心臓が身体中に爆速で血を送り続けている。
言問の両親は不在らしく、俺は招かれたリビングに一人佇んでいた。「部屋を片付けてシャワーを浴びて着替えるので少し待っててください」と言われ、いや、絶対ちょっとじゃ済まないだろうと思いつつ、体感一時間のおおよそ十分の間、差し出されたお茶をチマチマと飲みつつ居たたまれなさを感じていた。
今頃言問は一つ屋根の下、一糸纏わぬ姿でシャワーを浴びている頃だろう。俺は言問のスレンダーでありつつ出るところは出たスタイルのいい白い肢体を思い浮かべる。
いやいやいや、何を考えているんだ俺は。だが俺も健全なる一男子高校生である以上、仲の良い女子が壁越しだが数メートル先に裸でいるという事実に興奮してしまうのは致し方が無い事なのだが、しかし問題は俺の中に渦巻くもう一つの感情だ。
……言問文夏の裸が見たい。
ギャグでもジョークでも無く、本気でそう思ってしまうのだから我ながらタチが悪い。自身の性欲にドン引きしながら理性と欲望が戦いを繰り広げている頭を押さえて俺は踞る。
待て、落ち着け俺。これじゃあ猿山のサカッた猿どもと変わらないじゃないか。気をしっかりするんだ。あのいやはやいやはや言ってるバカだぞ?性的対象じゃない、断じてない。
「お待たせしました」
俺は勢い良く沸き出すリビドーに全力で蓋をして、風呂場から帰って来た言問に向き直る。
「……!!?」
しかし即座に俺は目を逸らした。
「……お前なぁ……」
言問はいかにもサイズが合っていないダボダボのTシャツをワンピースのように着ていた。少し動けば胸の谷間が見える程で、裾の丈は一昔前の女子高生のスカートぐらいの長さだ。下は履いているのか分からない。シュレディンガーの猫ならぬ、ズボン。まあこれ誤用なんだけど。
「どうしたんですか?」
「……お前が自分の家で何を着ようが別に構わないが、一応俺が居ることも考慮してくれ。俺は健全な一高校生で、かつこのまま三十まで生きれば無事魔法使いなんだ。まあ何だ、察してくれ、色々と」
俺は多分物凄くキョドっていたと思う。心臓のドキドキは未だかつて無いほどのデシベルで高鳴っていて、もう俺死ぬんじゃあないか?とすら思った。
「……魔法使い?とは、あれですか、十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない、みたいなヤツですか?」
いや、クラークは関係ない。
※
目のやり場に困るので俺は言問に着替えをさせ、勉強会を開始した。しかし居たたまれなさは未だ健在。やたらといい匂いのする言問を横におき、俺はずっと心臓を高鳴らせていた。
「……なあ、もう帰っていいか?」
「何でですか!!まだ始まったばかりじゃないですか!!」
だって居たたまれないんだもの。正直同学年の女子の部屋というものが、何と言うかこう、グッと来るものだとは思いもしなかった。最早勉強どころではない。
「……ねぇ、箱根くん」
「な、なんだ?」
不意に名前を呼ばれ、声が裏返る。……何故だか、名前呼びにいつもの様な嫌悪感は無かった。これが女の子部屋の魔力ってヤツか……!?
そんなアホな事を考えていると、言問は何かを決心したかの様な真っ直ぐな瞳でこちらを見て、笑顔で言った。
「……今日、両親は帰って来ないそうです」
「……そ、そうなのか」
「今、二人っきりですよ?」
「……そうだな」
「…………やっちゃいます?」
「やるわきゃねーだろバカ!!!!」
俺は声を荒げる。とか言いつつ嫌だとは微塵も思っていないけどな。
だけど倫理的に不味いだろ?付き合ってもない女子とその場の雰囲気のみで一夜を過ごしてしまうというのは、あまりにも節操がない。一夜の過ちを朝チュンで後悔してももう遅いのだ。
しかし、言問は俺の両肩をガッチリと掴んで、……いや、近いわ!薄い唇が当たりそうなほどに顔を近付た。
「嫌です、やりましょう!!」
有無を言わさぬよう俺の上に乗り掛かってマウントを取った言問は勝ち誇った顔で俺を見下ろす。言問の細身の体を振り払うことは容易だが、俺はそうしなかった。理由は聞くな。
「もう抵抗はしませんか?」
「……よく考えてくれ、棒状の突起物を人体に突き刺すんだぞ?内蔵に。痛そうじゃないか?一旦落ち着いて考えれば物凄くグロテスクなことをしようとしているんじゃないか?俺たち」
表面上は抵抗しようと、俺は口をパクパクとさせるが、声は出ていただろうか?……まあ出てなかった方が好都合なんだけどね。
……そしてされるがまま言問に潰されている俺は、ゆっくりと、目を閉じた。
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