さよならジーニアス

七井 望月

文字の大きさ
上 下
9 / 46

……いや、悪口だろ。それ

しおりを挟む

 ……翌朝、俺は始業の一時間半前から教室でテスト対策をしていた。

 一時間ほどが経過した頃からまばらながら教室に人が集まり始め、ざわざわと世間話が聞こえてきた。

「……なあ、聞いたかよ、芳山理子の話」

「芳山理子って、あのやけに美人な転校生か?……で、その転校生がどうしたんだよ」

 ……打倒芳山理子を目標に掲げて黙々とテスト勉強に勤しんでいた俺は、何処かからその宿敵の名が聞こえたので、勉強の手を止めて聞こえてきた世間話に耳を傾ける。

「……なんでも昨日、女子生徒達のいじめに割って入って、いじめっ子どもをフルボッコにしたらしいぜ」

「マジで!?かっけぇな」

「しかも勉強もメチャクチャ出来るらしいぜ。何でも、元々は海外の研究施設で働いていて、宇宙怪人みたいなのを造ったりとかしてな」

「うおおおお!!すげええええ!!」

「…………」

 ……噂話というのは色々と脚色されるものだが、それにしても酷すぎやしないか?そもそもなんで俺の名前が出てこないんだよ。俺だって、『お前ら言問を解放しないと痛い目見るぜ(キリッ)』みたいなこと言って、いじめの輪に割って入ったんだぜ?……いや、やっぱり誰も知らなくていい。

「……噂話というのは、やはりアテにならないものですねえ。情報はやっぱり、ちゃんとしたソースがないと信用できないものです」

 俺の脳裏にチラリと黒歴史が現れたタイミングと同時に、隣のクラスからやって来た言問が話しかけてきた。

「……ね、はーくん?」

「……例のあだ名か」

 理子によって定められた、お互いにニックネームで呼び合うという掟。それに従って俺も二人のあだ名を考えてきたのだが……何か思ってたのと違う。

 え?何、はーくんって、そんなカップルみたいな感じなの?めっちゃ恥ずかしいんですけど。それに何で言問も恥ずかしそうにしてるの?自爆やん、完全に自爆やん。こっちもめっちゃ気まずいわ。

「……悪いが、そのはーくんってのは小っ恥ずかしいから止めてくれ、言と……」

「ニックネーム」

「……え?」

「ニックネームで、呼んでください」

「…………」

 ドン!と、某海賊漫画みたいな効果音が付きそうな程に、威圧感と迫真感を持って言問は俺にあだ名呼びを強要してくる。

 ……どうしようか、言問が付けた俺のあだ名はかなり好意的なものだったが、俺が言問に付けたあだ名は少しばかりふざけている。悪口とまではいかないが、言問がすごいワクワクしている中で発表できるほど上出来なものではない。

 俺も「文夏ちゃん」とか言うべきなのか?いや、それはあだ名では無いか。ならば「あやっち」とか「ちゃんあや」とかはどうだ?いや、無理だ、俺はチャラ男じゃない、藤森◯吾にはなれない。どっちかと言えば俺はあっちゃん寄りだし。

「……どうしたんですか?はーくん」

 言問は臆面もなくまた俺のあだ名を呼んできた。コイツちょっと楽しんでるだろ。……もしかしてこれは言問なりのおふざけなのか?別に俺に対しての好意を全面的に押し付けてきているわけでは無く、ただ単に俺の反応を楽しんでいるだけなのか?

 ならば別に言問のご機嫌を取る必要は無くなる。先程までの甚だしい恥ずかしい勘違いは胸の奥に仕舞い込んで、俺は昨晩二分で考えた言問のあだ名を披露する。

「……何でもない。文鳥」

「……ぶん、ちょう?」

「そうだ。文鳥というのはカエデチョウ科の鳥類でペットとして飼われることが多い。性格は人懐っこくて寂しがり、まさに言問みたいな性格をしている。それに字面もそれとなく似てるしな」

「へー、何か、本当にあだ名って感じですね」

 言問はそんなよく分からない感想を述べた。ちなみに理子のあだ名は脳味噌である。理由は言わずもがな。

「そういえば理子はまだ来てないな」

「そうですね」

 もう始業のチャイムが鳴るまで5分を切っているが理子はまだ教室へ姿を現さない。昨日居残りさせられたと思えば今日は遅刻か、圧倒的問題児じゃないか。

「……と、噂をすれば、だな」

 ガラガラと、教室のドアが開き、芳山理子が現れた。どうやら遅刻は免れたようだ。

 理子は教室を見渡して、俺たちの姿を見つけるとニコッと笑顔を浮かべてこちらへやって来る。

「おはよう!やわらかあたま塾!ブンブンハローユーチューブ!」

「…………」

 ……いや、それはニックネームじゃなくて悪口だろ。……悪口、なのか……?




 ※



 ……昼休み。

 理子のあだ名を考えよう作戦は、俺の考えた脳味噌というあだ名に理子がキレて白紙になった。自分も似たようなあだ名を俺に付けてきたのにも関わらずだ。本当コイツ性格悪いな。

 ちなみに悪口の押収を繰り返していた俺達に対して、言問が理子に付けたあだ名はりこりんだった。本当コイツ性格良いな。

 そんな対称的な彼女達に挟まれて、俺は昼飯を食べていた。……旗から見たらハーレムだ。

「……なあ、ところで用事って何だ?」

「ん?ああ……」

 理子は弁当の卵焼きを頬張りながら相槌をうった。

 毎日、欠かすことなくひとりで弁当を食す日々を過ごしていた俺のもとに現れた理子と言問。ボッチ飯皆勤を目指していた俺は二人を追い返したが、「ちょっと用事があるから」という理子の言葉を渋々受け止めて、今に至る。

 ……周りの視線を凄い感じる。そりゃそうだ、根暗陰キャが両手に華で弁当食べてれば、生きる世界線が変わってしまったのかと思うだろう。二度見三度見、十度見は楽勝だ。

 しかし理子は辺りの反応など全く気にせず、小さい口でもごもごと卵焼きを飲み込んでから、言葉を返す。

「近頃テストがあるって話じゃない?だからここの三人で勉強会をしようと思うの。出来れば食事が終わったらすぐにでも。……どうかな?」

 理子はニコリと、ゲームでも始めるようなノリで勉強を勧めてくる。まあ、俺自身も勉強は嫌いでは無いが、そんなに楽しいものでもないと思うがな。

 ……どこで聞いたか忘れたが、天才という人種は努力を努力と思わずにこなしてしまうらしい。

 紛れもなくコイツは生まれながらの天才なのだろう。

「……ああ、いいぜ。昨日の居残り勉は主に言問の介護だったからな。今度は俺に色々教えてくれ。“天才さん”」





 ※





「……で、あるからして……」

「……おお、ナルホドです」

 ……俺の天才さん呼びに気を良くした理子は凄いノリノリで俺らに勉強を教えてくれた。

 ……そして、教わって分かったがやっぱりコイツは天才だ。ただし理系科目全振り。まさに、俺の予想通りだった。

 例外として、英語はしばらく海外で過ごしていたこともあって流暢に話す。が、現分古文は俺が圧倒している。……間違いなく、俺の勝ちは揺るがない。

 まあ、理子は学校教育から離れて研究室でずっと働いていた訳だから、学校教育というフィールドでは俺に歩があるのは当たり前なのだが。

「……ところで研究室って、理子はそこでどんな研究してたんだ?」

「ああ、そういえば話してなかったわね。私が研究してた分野は多岐にわたるのだけど、メインで研究を進めていたのはタイムマシンの実験ね」

「……タイムマシン?」

 ……タイムマシンと聞いて、俺が真っ先に思い出したのは姉の事であった。

 ……何故か、自慢げな顔を浮かべる理子の事が、一瞬姉の姿と重なった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...