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……いや、悪口だろ。それ
しおりを挟む……翌朝、俺は始業の一時間半前から教室でテスト対策をしていた。
一時間ほどが経過した頃からまばらながら教室に人が集まり始め、ざわざわと世間話が聞こえてきた。
「……なあ、聞いたかよ、芳山理子の話」
「芳山理子って、あのやけに美人な転校生か?……で、その転校生がどうしたんだよ」
……打倒芳山理子を目標に掲げて黙々とテスト勉強に勤しんでいた俺は、何処かからその宿敵の名が聞こえたので、勉強の手を止めて聞こえてきた世間話に耳を傾ける。
「……なんでも昨日、女子生徒達のいじめに割って入って、いじめっ子どもをフルボッコにしたらしいぜ」
「マジで!?かっけぇな」
「しかも勉強もメチャクチャ出来るらしいぜ。何でも、元々は海外の研究施設で働いていて、宇宙怪人みたいなのを造ったりとかしてな」
「うおおおお!!すげええええ!!」
「…………」
……噂話というのは色々と脚色されるものだが、それにしても酷すぎやしないか?そもそもなんで俺の名前が出てこないんだよ。俺だって、『お前ら言問を解放しないと痛い目見るぜ(キリッ)』みたいなこと言って、いじめの輪に割って入ったんだぜ?……いや、やっぱり誰も知らなくていい。
「……噂話というのは、やはりアテにならないものですねえ。情報はやっぱり、ちゃんとしたソースがないと信用できないものです」
俺の脳裏にチラリと黒歴史が現れたタイミングと同時に、隣のクラスからやって来た言問が話しかけてきた。
「……ね、はーくん?」
「……例のあだ名か」
理子によって定められた、お互いにニックネームで呼び合うという掟。それに従って俺も二人のあだ名を考えてきたのだが……何か思ってたのと違う。
え?何、はーくんって、そんなカップルみたいな感じなの?めっちゃ恥ずかしいんですけど。それに何で言問も恥ずかしそうにしてるの?自爆やん、完全に自爆やん。こっちもめっちゃ気まずいわ。
「……悪いが、そのはーくんってのは小っ恥ずかしいから止めてくれ、言と……」
「ニックネーム」
「……え?」
「ニックネームで、呼んでください」
「…………」
ドン!と、某海賊漫画みたいな効果音が付きそうな程に、威圧感と迫真感を持って言問は俺にあだ名呼びを強要してくる。
……どうしようか、言問が付けた俺のあだ名はかなり好意的なものだったが、俺が言問に付けたあだ名は少しばかりふざけている。悪口とまではいかないが、言問がすごいワクワクしている中で発表できるほど上出来なものではない。
俺も「文夏ちゃん」とか言うべきなのか?いや、それはあだ名では無いか。ならば「あやっち」とか「ちゃんあや」とかはどうだ?いや、無理だ、俺はチャラ男じゃない、藤森◯吾にはなれない。どっちかと言えば俺はあっちゃん寄りだし。
「……どうしたんですか?はーくん」
言問は臆面もなくまた俺のあだ名を呼んできた。コイツちょっと楽しんでるだろ。……もしかしてこれは言問なりのおふざけなのか?別に俺に対しての好意を全面的に押し付けてきているわけでは無く、ただ単に俺の反応を楽しんでいるだけなのか?
ならば別に言問のご機嫌を取る必要は無くなる。先程までの甚だしい恥ずかしい勘違いは胸の奥に仕舞い込んで、俺は昨晩二分で考えた言問のあだ名を披露する。
「……何でもない。文鳥」
「……ぶん、ちょう?」
「そうだ。文鳥というのはカエデチョウ科の鳥類でペットとして飼われることが多い。性格は人懐っこくて寂しがり、まさに言問みたいな性格をしている。それに字面もそれとなく似てるしな」
「へー、何か、本当にあだ名って感じですね」
言問はそんなよく分からない感想を述べた。ちなみに理子のあだ名は脳味噌である。理由は言わずもがな。
「そういえば理子はまだ来てないな」
「そうですね」
もう始業のチャイムが鳴るまで5分を切っているが理子はまだ教室へ姿を現さない。昨日居残りさせられたと思えば今日は遅刻か、圧倒的問題児じゃないか。
「……と、噂をすれば、だな」
ガラガラと、教室のドアが開き、芳山理子が現れた。どうやら遅刻は免れたようだ。
理子は教室を見渡して、俺たちの姿を見つけるとニコッと笑顔を浮かべてこちらへやって来る。
「おはよう!やわらかあたま塾!ブンブンハローユーチューブ!」
「…………」
……いや、それはニックネームじゃなくて悪口だろ。……悪口、なのか……?
※
……昼休み。
理子のあだ名を考えよう作戦は、俺の考えた脳味噌というあだ名に理子がキレて白紙になった。自分も似たようなあだ名を俺に付けてきたのにも関わらずだ。本当コイツ性格悪いな。
ちなみに悪口の押収を繰り返していた俺達に対して、言問が理子に付けたあだ名はりこりんだった。本当コイツ性格良いな。
そんな対称的な彼女達に挟まれて、俺は昼飯を食べていた。……旗から見たらハーレムだ。
「……なあ、ところで用事って何だ?」
「ん?ああ……」
理子は弁当の卵焼きを頬張りながら相槌をうった。
毎日、欠かすことなくひとりで弁当を食す日々を過ごしていた俺のもとに現れた理子と言問。ボッチ飯皆勤を目指していた俺は二人を追い返したが、「ちょっと用事があるから」という理子の言葉を渋々受け止めて、今に至る。
……周りの視線を凄い感じる。そりゃそうだ、根暗陰キャが両手に華で弁当食べてれば、生きる世界線が変わってしまったのかと思うだろう。二度見三度見、十度見は楽勝だ。
しかし理子は辺りの反応など全く気にせず、小さい口でもごもごと卵焼きを飲み込んでから、言葉を返す。
「近頃テストがあるって話じゃない?だからここの三人で勉強会をしようと思うの。出来れば食事が終わったらすぐにでも。……どうかな?」
理子はニコリと、ゲームでも始めるようなノリで勉強を勧めてくる。まあ、俺自身も勉強は嫌いでは無いが、そんなに楽しいものでもないと思うがな。
……どこで聞いたか忘れたが、天才という人種は努力を努力と思わずにこなしてしまうらしい。
紛れもなくコイツは生まれながらの天才なのだろう。
「……ああ、いいぜ。昨日の居残り勉は主に言問の介護だったからな。今度は俺に色々教えてくれ。“天才さん”」
※
「……で、あるからして……」
「……おお、ナルホドです」
……俺の天才さん呼びに気を良くした理子は凄いノリノリで俺らに勉強を教えてくれた。
……そして、教わって分かったがやっぱりコイツは天才だ。ただし理系科目全振り。まさに、俺の予想通りだった。
例外として、英語はしばらく海外で過ごしていたこともあって流暢に話す。が、現分古文は俺が圧倒している。……間違いなく、俺の勝ちは揺るがない。
まあ、理子は学校教育から離れて研究室でずっと働いていた訳だから、学校教育というフィールドでは俺に歩があるのは当たり前なのだが。
「……ところで研究室って、理子はそこでどんな研究してたんだ?」
「ああ、そういえば話してなかったわね。私が研究してた分野は多岐にわたるのだけど、メインで研究を進めていたのはタイムマシンの実験ね」
「……タイムマシン?」
……タイムマシンと聞いて、俺が真っ先に思い出したのは姉の事であった。
……何故か、自慢げな顔を浮かべる理子の事が、一瞬姉の姿と重なった。
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