さよならジーニアス

七井 望月

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言問さんは呼び合いたい!

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 真っ赤に染まりゆく夕空を染々と眺めながら、俺達三人は重い足を必死こいて動かして帰路を辿っていた。

「はぁー、疲れた。もうヘトヘトよ、ヘトヘト。学園生活ってこんなにしんどい物だったかしら?」

 転校初日から地獄の二時間居残りを遂行させられた大問題児、芳山理子がぐちぐちと愚痴をぶうたれて歩く。

「ごちゃごちゃ言うな。疲れてるのはお前だけじゃない、言問だってそうだし俺もそうだ。こういう時にぶーぶーと言われると無性にイライラする。……もっと楽しい話をしようぜ」

 そうだ。居残りをさせられたのは理子だけではない、俺と言問も、居残りをさせられた問題児の一味である。三人揃って問題戦隊モンダイジャー!!何か逆に頭良さそう!!

 ……いや、実際に頭は良い。そして言問は完全なるとばっちりだ。決して問題児では無い。

 にもかかわらず、言問は嫌な顔一つせず、それどころか俺達の談笑に楽しそうに交じりながら夕暮れの道を共に歩く。言問マジでいいヤツ過ぎる。

「……言問、お前はいいヤツだよなー」

「へ?な、何ですか急に……」

 褒められた言問は頬を赤らめながら、分かりやすく照れる。こうしていれば、人畜無害な普通の美少女なんだけどなあ。……まあ、それはさておき。

「……だから代わりに俺のチャリ押してくれ」

「…………ええ、まあ、それくらいならいいですけど」

 そして面倒事を押し付けられた言問は分かりやすく嫌な顔をした。

 行きは招いてない無賃ハイヤーで悠々自適な登校だったが、帰りは自転車を押しながらの徒歩。

 理子専属のドライバーは定時で帰ったそうだ。ちくしょう、だがホワイト企業に越したことは無い。そうだろう?

 ギザーンと風を切るローラースケート侍的な事を言いつつ、首降りも忘れないようにしようと思ったが、周りの目があるのと脳震盪でも起こしそうなので自重する。

「ダメよ文夏ちゃん!あまり人の頼み事をポンポンと聞いちゃあ。断る癖を身に付けておかないと、大人になって高い壺を買わされるわよ!」

「あ、はい。すいません」

「あと……箱根も、文夏ちゃんに無理強いしないの。それじゃあいじめッ子と同じよ」

「あ、ああ、すまん」

 おかん理子に怒られる。おかんがおかんむりってな。ははははは。



「それより、言問には悪かったな、巻き込んで。お前が居残りする必要は無かったのにも関わらず」

「いやはや、全然。むしろ為になりました。天才二人に挟まれて勉強なんて、貴重な経験をさせていただきましたよ」

 ……相も変わらず言問はいいヤツだ。つくづく思う。不当に苛められていた彼女を救えて良かったと。

 言問の優しさは一つの才能と言えるだろう。理子が言っていた、優秀な者ほど生き辛いこの世界。彼女は一つの才能を神に認められたのかもしれない。

 だからといっていじめが許されると言うわけでは決して無いが。

「……それに、貴方には感謝してます。こんな私を助けてくれて……あの時、勇気を出して貴女に話しかけて良かったです。……これからも、よろしくお願いします!箱根くん」

「……なあ」

「はい、何でしょう」

「……俺の事、名前で呼ぶのは止めろ」

「この馬鹿!」

 刹那、先程まで隣で傍観していたおかん芳山理子に殴られる。凄く痛てぇ。

「何すんだよ」

「何すんだよじゃないわよ。女の子が勇気出して下の名前で呼んだんだから、アンタもそれに応えなさい!ほら、リピートアフターミー、“文夏ちゃん、好き好きチュッチュッ、愛してる”」

「……何の茶番だよ」

 理子がバカップル川柳を披露してくれたが、勿論俺は復唱する気なんて更々なく、理子から視線を逸らして歩を進める。シカトされた理子はペッと地面に唾を吐いた。オッサンか、もしくはアルパカか。

「別に言問が嫌いなわけじゃない、俺の名前が嫌いなんだ。何だよ箱根って、この名前のせいで対して足も早くないのに駅伝選手に選ばれるし、いい迷惑だよ」

 第1区、走者は箱根君です。そんなアナウンスの直後の歓声とスタンディングオベーション。恥ずかしいから見るなコッチを。通っぽいオジサンも、無言の頷きやめてくれ。将来有望だなじゃあ無いんだよ。

「あと修学旅行でゆっくり温泉に使ってたら“ここが箱根温泉か”とか馬鹿にされたり、休み時間勉強してたらガリベンガリクソンとかいうあだ名もつけられるしな」

「……最後のは名前関係ないと思うんだけど」

「まあそんな訳で、俺は自分の名前が嫌いだ。それでもお前が俺の名前を呼び続けるなら、俺は不貞腐れて無視する!」

「いや、子供か!」

 子供だろう、高校生は子供だ。子供心を忘れなければ俺たちはいつまでも子供なんだぜ。嘘、流石にそれは無理がある。

「……あの、ちょっといいですか?」

「……どうした?」

 理子がキレのあるツッコミを繰り出す中、何かを考える様に顎に手を当てていた言問が口を開いた。

「……名前が嫌なら、あだ名とかはどうでしょうか?」

「……あだ名か」

 あだ名、……実を言えば、あだ名にもいい思い出が無い。先述したガリベンガリクソンしかり、蔑称しかつけられてこなかった俺にとっては名前同様忌々しい存在だ。が、しかし……

「いいわね!あだ名。つまりはニックネームね。それじゃあ三人でお互いの呼び方を決めようか。例えば文夏ちゃんだったらあややとか、箱根だったらガリレオ・ガリベンとかね。面白いじゃない」

 理子が物凄いノリノリなので断りにくい雰囲気である。というか俺のあだ名おかしいだろ。馬鹿にしてんのか。

「じゃあさ!それぞれ帰ってからお互いのニックネームを考えて、明日発表っていうのはどうかしら?楽しみだわあ、ワクワクするわね!」

「…………」

「…………はは」

 今だかつて無い程にテンションの高い理子に俺と言問は少々距離を取りつつ、家に帰るまでどうでもいい世間話に興じた。

 ……ワイワイガヤガヤと、こんなに楽しい帰り道、今まで無かったな。これが青春ってヤツなのだろうか?

 そんな大層なものじゃ無いかもしれないけれど、まあ、十数年後の話の種程度にはなるだろう。……いや、それを青春と呼ぶのか?


 ……正直、今はまだ分からない。




 ※





「ただいま帰りました」

「お帰り、晩ごはん出来てるわよ」

 家に帰ると母親が出迎えてくれた。

 ……ご機嫌な様子である。今回は特に母親の気に触れる事は無かったようだ。

 今朝の野菜炒めは死に物狂いで完食したし、理子のお陰で遅刻も免れたからな。……本当に、後でちゃんと理子にお礼しよう。

「……そういえば、来週テストよね、はーちゃん」

「そうですね」

「……勿論、学年一位よね?」

「……はい、当たり前です」

 俺はいつも通り、母親とのナンバーワンの契約を結ぶ。

 ……いつもなら、一位を取ること等造作も無いことであったが、今回は一つ不安材料がある。

 芳山理子、彼女がどれだけの力を持っているかだ。

 だが問題は無いだろう。放課後の居残り勉強を見る限り、理子はバリバリの理系だ。勝負は国語、特に俺の得意教科である古文となるだろう。

 理系科目が得意といっても、テストで取れるのは100点が限界、理系科目での得点差を5点程度に抑えられれば、確実に勝てる。




「……絶対に、勝ちますよ」




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